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「聖女と言うならば、何故レティシアを助けてくれないんだ?」
「私は・・・」
「自分が嫌いな相手は助けなくていいと言うのか?それはおかしいだろう。都合のいい時だけ『聖女』なのかい?君は自分が神が何かになったつもりなのか?」
ミランダの目は泳いでいた。
「陛下、私からも宜しいですか?」
アズベルトが前に進み出た。
「私の調べたところ、聖女には聖女特有の人を惹きつける力、簡単に言えば『カリスマ性』『魅了』といった力が備わっているようです。男女問わず聖女に肩入れしていたのは、その為でしょう」
やはり、か。
それなら、周りの違和感にも説明がつく。
自分がレティシアに無関心になった事に対しても・・・。
アズベルトはそういう力に耐性が強かった。だからこそ、協力を求め調べてもらったのだ。
僕にはない力。
僕より優れた弟。
僕は弟のようにはなれない。それでもいい。
僕は国王陛下に向き直り、膝を折った。
「国王陛下。私は王太子の座を降りることをお許しください。そして、王族籍を抜けることをお認めください。
大事な婚約者一人を守ることさえできない男が、この国を良き未来に導くことはできないでしょう。このような愚かな男に、国の舵を取る資格はありません」
「正気か・・・」
「はい。幸い弟である、アズベルトは私よりも優秀な男です。この国の未来を託せる光であります」
「お前はどうする」
「一介の騎士として地方に行きたいと思っております」
「ロベルト様!!」
ミランダは叫ぶ。自分の未来のためー。
僕はレティシアがいてくれたらかまわない。
「僕は王太子の座も王族の座にも未練はない。君に対しても恋愛感情はない」
「では私は・・・。私はアズベルト様の婚約者になるの?」
浅はかな・・・。
やはり、君は王太子妃にしか興味はなかったのか・・・。だから、レティシアを貶めようとしたのか・・・。
「誰が君と婚約するんだ。既に私には大事な婚約者がいる。彼女を幸せにすることが一番の使命だ」
アズベルト・・・。
うん、君はそんな男だ。
格好いいよ。
スカーレット嬢一筋だ。
彼女が幸せなら世界を滅ぼすことも厭わないだろう。だが、彼女はこの国が国民が好きなのだ。だからこそ、この国を安心して任せることができる。スカーレット嬢がこの国でいるだけでこの国は安泰だ。
「私は、私の幸せは?王妃になる願いは!!」
「国王陛下。こちらを」
ミランダについていた『影』が父に一枚の紙を渡す。
それを見て、父は眉をおもいっきりしかめた。
「ほぅ、『聖女』だからと、好き放題したようだな」
「へっ?」
「学園では、ロベルトの前だからと真面目を演出していたようだが、外では買い物三昧に、男漁りか。気に入らない者には、権力をちらつかせる・・・。なかなかな巧妙にしてくれたようだな。たいした『聖女』様、だな」
「あっ、それは・・・、してない・・・」
小さな声。
虫が鳴いているかのような。
暑くもないのに、タラタラと汗をかいている。
「私の『影』を疑うのか?」
「ひっ・・・」
ぞっとする国王陛下の眼差しにミランダは恐れをなしたのか、ガクンとひざまついて、震えていた。
「『聖女』よ。俗世を捨て、生涯を神殿の中で神に仕えよ。その身を一生、国民のために捧げよ。もし破れば、その時は神の身元に行ってもらうことになるだろう」
「ふふふっ・・・」
狂ったように笑うミランダ。
どうにもならないことをやっと理解したのか。
買い物三昧に男漁り・・・。虐め。聖女とは思えない行動だ。
そんなことをしろうとしなかった僕も僕だがー。
アレックスたちを見たが、誰一人と僕を見ようとはしない。
下を向きただ震えている。
そう言うことか。皆、ミランダと関係を持っていたから公平でなかったのか。
「お前たち・・・。残念だ。僕がいなくなった後の就職先を斡旋するつもりだったが、無かったことにさせてもらうよ」
「殿下!!」
「僕はもう、殿下でない。すでに手続きは終えている。」
彼らは悲壮感に満ちた表情をしていた。
自業自得だろうに・・・。
彼らに明日からの未来はない。
家族にも婚約者にも・・・。
自分自身で考え動けばいい。どう生きようと、僕の手を離れたことだ。情をかける必要はなくなった。
僕の地位については既に話はついていた。
どんな結果であろうと、僕はこうするつもりだったのだから。
この場までの身分になっている。
会場を出れば、もう戻ることはできない。
この場にいるすべてのものに敬礼し、国王陛下とアズベルトの前で膝をつく。
「私事で、この祝いの席を壊したこと、誠に申し訳ありませんでした。ですが、最後にこの国の膿を出し切ることができました。
アズベルト殿下の立太子式、そして、スカーレット様の御婚約式として、この場を変えさせていただきます。おめでとうございます」
臣下として、頭を下げる。
静かに僕の行いを見守ってくれた。
「ロベルト・・・」
「失礼します」
立ち上がり、国王陛下から、アズベルトから目を背ける。
僕はそのまま、会場を出た。
「兄上!!」
アズベルトが追いかけてくる。
珍しい。幼い頃はよくあったなと、懐かしい気持ちが込み上げた。
振り返り、弟を見る。
泣きそうな顔だ。
いつぶりだろうか・・・。こんな顔を見るのは・・・。
泣かないで。泣く必要はないんだ。
「アズベルト殿下」
「兄上」
まだ、こんな愚かな僕を兄と呼んでくれるのか?
「すまない。全てを押し付けて。出来の悪い兄で本当にすまない。恨んでくれていい。憎んでくれていい」
「兄上は、僕の兄上です」
その言葉が嬉しい。
救われる気がする。
アズベルトは涙を湛え、笑ってくれた。
「兄上・・・いってらっしゃい」
「・・・いってきます」
僕は用意していた荷物を担ぐと馬に跨り、走らせた。