文房具の魔法使い
もしかして、僕は魔法使いなんじゃないだろうか。
ごく普通の小学校生活を過ごしているなかで、そう感じていた。
消しゴムを落としても、「浮け」と念じたら浮いて手元まで戻ってくるし。
鉛筆に対して「削れろ」と念じれば芯がちょうどいい長さになるし。
筆箱に対して「透けろ」と念じれば中身が透けて見える。
ただ、この能力を悪用しようと思ったことはない。
というか、できないのだ。
僕の魔法はどうやら、文房具くらいの、物理的に小さいものにしか作用しないらしい。たとえば人間サイズのものに対して、「浮け」とか「透けろ」とか念じたところで無意味だ。
けれど、もし人間サイズのものに対してそれが通用すればとは、時々そう思う。
それが叶えば、僕は真っ先に、自分に「浮け」と念じるだろう。
飛行機を使わなくても、青いネコ型ロボットの助けがなくても。
自力で空を飛ぶことができたら、どんなに素敵だろう。
だから僕は、趣味で絵を描いている。
自分を鳥に見立てて、悠々と空を飛んでいる絵を。
よく晴れた日に、校庭や公園の遊具に座りながら、ゆったりとペンをスケッチブックに歩かせる。
そんな時間が、給食で出た揚げパンの次くらいに好きだ。
「いい絵だねえ、少年」
気づいたら、後ろに知らない女性が立っていた。
制服。
高校生だろうか。
小学生の目から見たら、中学生でさえ大人に見える。
その大人びた女性は、屈んで、目元にかかった髪をかき分けながら僕の絵を見つめていた。
「とてもよく描けてるけど、その鳥はもしかして、自分を見立てたものかな? 自由に空を飛べたら素敵だよね。うんうん、よく分かるよ」
「……」
「……少年?」
「僕、知らない人と話しちゃいけないって教わってるので」
「あはは、なるほど。じゃあ知り合いになろう。私は白石、きみの名前は?」
「……」
「……少年?」
「僕、知らない人に名前を教えちゃいけないって教わっているので」
「あはは、面白いねきみ」
すると、自称シライシさんは許可も取らず横に座った。
「きみ、魔法使いだろ」
「え」
僕は思わずシライシさんの方を向いた。
「どうして分かったんですか」
「聞きたい? じゃあ、知り合いになろうよ。名前も教えてくれたら嬉しいな」
「……小船です」
「そう、小船くんね。さっきの質問に答えてあげよう。魔法を使える人間は、無意識に魔力っていう魔法を使うためのエネルギーを消化しているんだ。魔力を使えばその残滓が残る。それを追ってきたら、きみにたどり着いたってわけ」
「……どういうことですか」
知らない単語ばかりで、理解が追いつかない。
「要するに、私も魔法使いで、きみと共鳴したってわけさ。……共鳴はわかるよね?」
「バカにしないでください」
「それはよかった」
「……それで、何が目的なんですか」
「うん?」
「僕以外の魔法使いに会ったことがないんでよく分かりませんけど、わざわざ声をかけてきたってことは、何か目的があるってことですよね」
「疑り深い性格だなあ。まあ、確かにそうなんだけどね」
言うと、彼女は指を鳴らした。
「浮け」
彼女がそう口にすると、僕は間もなくゆっくりと、宙に浮かび上がった。
「う、わわっ」
「きみはまだ幼い。魔法を使っても、小さいものしか動かせないんじゃないのかな? 私も小船くんくらいの時はそうだったよ。呼称をつけるなら、そうだね。文房具の魔法使いと言ったところかな」
「ダサいですね。ていうか、降ろしてくださいよ」
反発もあえなく、僕の体はどんどん空へと上昇していく。
「私はね、小船くん。魔法使いを育てたいんだ。私よりも強く、素敵な魔法使いを」
やがて雲も突き抜けて、僕の視界を青が埋めつくす。
それは、僕が描いた絵と同じ――いや、それ以上に。
大人になっても色あせないであろう、とても綺麗な光景だった。
「きみも、自分で飛べるようになりたい?」
気づけば、シライシさんは僕のすぐそばを飛んでいた。
「はい。なりたいです」
「そっか、よかった。改めて、私は星の魔法使いの白石。よろしくね」
文房具と、星か。
比べるには、あまりにも肩書のスケールが違いすぎる。
それでもいつか、見てみたいと思った。
星の魔法使いが、見ている世界の景色を。