009.ダンスの自主練
「えらいことになったなあ…。」
小松がぼやいた。
俺もそう思う。
1年男子5人の空気は重い。
山田先輩と船田先輩は
「まあ、吹部なら通る道だと思ってさ。」
「やってみたら色々見えるよ。
みんなソーラン節踊ったりしたじゃん。」
と軽い返答だった。
「先輩達もそうだったんすか?」
黒沢が聞くと、山田先輩が
「うん、やったよ、定期演奏会で、踊るし歌うし。
曲によっては叫ぶし、気合も入れる。」
と答えた。
続けて船田先輩は
「これね、本当はコンクール前にやっておけば良かったなあって思うんだよ。
曲に合わせて踊ると、体に曲が入るんだ。
そうすると曲が好きになるし、演奏したくなる。
また、踊りを見てると、さらに演奏に力は言ったりするんだ。
ある意味指揮者と同じぐらい影響するんだよ。」
と言った。
そんな事言われるとプレッシャーでしかねえ。
「あと、冬に新人戦あるから、それまでのスキルアップも兼ねてると思って。
技術的に不安な感情があって、音に気持ちを乗せ切れてなかったのも反省点だと思ってる。
精神論になっちゃうけど、まず、楽しいってことが分かってたら、技術的な不安も減ると思うんだ。
私達はもう卒業するから、コンクール出られないけど、後輩たちは冬の新人戦と、来年の夏のコンクールもある。
それまでには、もっと、音楽は楽しい、楽しませられる、って実感してほしい。
それができたら金賞取って全国へ行けると思うんだ。」
うーん…。
言ってることはわかった。
「でも、何で俺ら…?」
藤井が聞くと、山田先輩は苦笑いを浮かべながら
「正直な話、吹部内で、まとまった平和なグループを前面に出したい。」
と言った。
「多分、今アイドル的なことをやりたい女子は沢山いると思うんですけど。
動画で一時期よく流れて来たから、立候補させたほうが…。」
と小松が言うと、さえぎるように船田先輩が
「絶対揉める!
3年がプロデュースして、1年男子を『吹部版嵐』としました、ってやると
女子は多分納得して、演奏するから。
1年、2年の女子でやりたがる子が出てきて、収集着くと思うかね?」
と問いかけて来た。
「それは、3年の先輩方がパワハラして、いう事聞かせればいいじゃないですか。」
と藤井が言うと、山田先輩が
「今やってるじゃん。」
と言った。
「自覚してんすね。」
と小松が苦笑いした。
山田先輩は、ごめんと謝りながら
「おんなじことを繰り返してしまうんだけど、
吹部の音楽を盛り上げるためのダンスであって、
ダンスのためのBGMじゃないのよ。
多分、立候補してくる女子は大体頭に浮かぶんだけど、その子たちにやらせたら、
吹部にいながら吹部の音楽をBGMにしそうで。
それではダメなのよ。
ラッツ&スターの場合は、歌を盛り上げるために、
ひっそりコーラスとダンスがあって、スパイスでトランペットがあると思うんだ。
そういうのを謙虚に受け止めて、表現してくれそうな人を考えたら、
3年満場一致で1年男子5人になった。」
と言った。
「ちょっと質問いいですか?」
齋藤が手を挙げて続ける。
「本家のラッツ&スターって踊っている時、笑顔じゃないですよね?
真顔でいいですか?
踊ってみた動画だと、みんな笑顔ですけど、
それだと、先輩達の言う『吹部の音楽を盛り上げるためのダンス』
ではなくなるような気がしたんですが…。」
みんな一瞬黙り込む。
踊るのだけで精一杯なのに、さらに笑顔まで、って要求されても無理だ。
山田先輩は、思いついたように
「無表情だと楽しさは伝わらないから、せめて『ドヤ顔』してくれる?」
と言った。
何無茶言い出すんだ?
ドヤ顔って笑顔よりムズイわ。
と思ったら声に出ていた。
はっと気が付いて口を抑えると、山田先輩と船田先輩は苦笑いしていた。
「ごめんごめん。
まあ、ドヤ顔の見本はさっきの映像にばっちりあるから、
ちょっとマネしてみてくれないかな?」
と目の前で2人の先輩が拝んできた。
ここで返事をしないと、この先輩達、多分土下座してきそうだ。
男子は顔を見合わせて、うなずいて、
「やります。」「わかりました。」「はい。」「がんばります。」「うす。」
など、それぞれ返事をした。
先輩2人は、ほっとしたようだった。
そして船田先輩は
「良かった…、ここで返事もらえなかったら、白川入れるしかないなって思ってたんだけど。」
と言った。
山田先輩は
「6人なら『SixTONES』になるね。
あいつ、多分自分がジェシーって言いだすと思うわ。」
と言うと
「いや、俺は松村北斗だ。」
という声に振り向くと、白川先輩だった。
「もう大丈夫、引っ込んどれ。
ファンに刺されるから、その発言取り消しとけ。
校内にSixTONESファンどれだけいると思ってる?」
山田先輩に詰められた白川先輩は、はい、とおとなしく引き下がった。
白川先輩は切り替えた様子で山田先輩と船田先輩に
「あの事は伝えたのか?」
と聞いた。
あの事って?
山田先輩はこれから伝える、と言った後
「引き受けてくれたから言うね。
出来るだけ内緒にしておいて欲しいんだけど、
学芸発表会の後、サイゼリヤでデザートおごるから。」
と言った。
5人揃って思わず湧く。
船田先輩は
「3年でお小遣い内でどうにかお礼を考えたら、これがどうかな?って思ったの。
ドリンクバーは各自でお願いね。」
と言った。
ちょっとだけ、やってみようと思った。
チョコレートケーキ食べたい。
その後は空いている教室で先輩3人に見守られながら
今日教わった内容をひたすら繰り返して練習時間が終わった。
明日も続くのか…。
家に帰ってタブレットで吹部roomを開くと、その中に【め組:ダンス関連】という表示がされていた。
無意識にそこを開いた。
動画があがっていた。
再生してみると、さっきの茅野先生のダンスだった。
内田先生からのメッセージが付いている。
「今日のダンスレッスン料動画付きで5.000円です。
部費から支出しています。
プロ中のプロの方のため、レッスン料は本来、1人1時間2万円~、グループレッスンは1時間3万円から、定期的な指導は事前見積もりにて相談、という方なのですが、今回無理を言ってかなり格安で対応してくださっています。」
安くしてくれてるのはわかるけど、15分5,000円は高く感じる。
1人15分1,000円ってことだよね?
え?
本来なら1人1時間2万円
×5人で10万円÷4(15分だから)は25,000円?
それともグループレッスン?
3万円÷4=7,500円?
相場がわかんないから高いんだか安いんだか、騙されてるんだか。
スペースを空けて、内田先生の
「期待しています。」
の一文が怖い。
この【め組:ダンス関連】のメンバーは、内田先生が管理者で、俺と黒沢、小松、藤井、齋藤と山田先輩と船田先輩、白川先輩、江口先輩が入っていた。
白川先輩の「頑張れー」のコメント
続く山田先輩の「あ、すぐ出来ると思います。」
船田先輩の「もう、大丈夫です。来週の合奏にはもう行けます。」
と並んでいた。
はあ?
マジで何言ってんの?
先輩とは言え、いきなり今日やって、って言われて、もう出来るわけねーだろ!
…くっ…。
山田先輩からメッセージが入った。
「1年男子は明日と明後日の朝練でダンス練習で、そこで仕上げていきます。
次の合奏では、踊ってもらいます。」
…2時間程度で仕上げろと…。
「め組のひとの指揮は私、山田が指揮をやります。
曲とダンス、総合的に内田先生に見ていただくことになっています。
踊りにくい部分があるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
…地獄展開確定。
「わかりました、頑張ります。」
「はい、承知しました。」
齋藤と小松は返事を書き込んでいた。
恥ずかしい、やりたくない。
3年の先輩が
この日に仮引退で、3月まで受験に集中して、3月には合流して定期演奏会って言ってたな。
この舞台を楽しみに、エネルギー注いでいることはわかってる。
他のやりたがるメンバーでは演出が違うことになるっていうのは、なんとなく察知できた。
かといって、俺らかよ、っていうのがある。
明日朝から憂鬱だ…。
内田先生のコメントが入った。
「明日の朝練までに、5人は振りを入れてきてください。」
しばらく凍りついて動けない。
っふざけんな!
続けて内田先生のコメントが入った。
「1分程度の踊り、とっとと頭と体に入れてきてください。
曲も演出もこれだけで時間を取っている場合ではないです。
1,2年生は同時に冬の新人戦の曲練習にも入ります。
また演出が決まらないと、実行委員への伝達が遅れ、
先生方にも負担が行きます。
自分らの事だけでいっぱいになっているのではなく、
つながりや、時系列での判断も必要です。
そのあたりを考えて自分に与えられた役割は全力で取り組む事。」
…っ!
何なんだ、一方的すぎるんじゃないか!
頭に来て、両手で頭を掻きむしっていると
黒沢の
「はい」
というコメントが出た。
そこに続けて藤井の
「わかりました!」
というコメントが表示された。
何で、はいとか、わかりましたとか言えるの?
俺は無理です、
そう打ち込んだ。
それを消して
「やります。」
と打ち込んで、送信した。
俺のコメントが表示された。
やります、なわけないじゃん。
こんな圧かけられて、断ったら明日から部活行けないじゃん。
部活行けない空気で、教室へ行くのも恐ろしくなるじゃん。
ぬぁ゛ー!
こうやって、長くて強いものに巻かれていくのが大人になるってことだな?
ちくしょー。
何でこんなことになるんだよお。
夕食後、タブレットを見ながら必死に茅野先生のダンスを覚える。
久実の
「なんかお兄ちゃんが…」
と言うのに、母さんが、しっ!と合図をして
「あんまり見るんじゃない!」
と、こそこそ話しているのは聞こえている。
色々あるけど、説明するのがしんどい。




