007.結果報告と話し合い
次の日の部活で音楽室へ行くと、内田先生と山田先輩、北沢先輩と、松田先生、その横に20代ぐらいの私服の女の人が立っていた。
そっと入って椅子に座った。
私服の女の人は
「先生達の対応は、部員を尊重していませんよね。
生徒会長側で、学校のためには、部員の気持ちは2の次で。
舞台に出る人達が積み重ねて来たものを、利用しようとする人や、
その心得を正すのが、大人や教員の仕事ではないですか?
それとも、部員は学生だから、って軽く見てるんでしょうか?
しかも吹部の子には抗議したら、暴力振るわれて、救急車で運ばれたって。
そこは生徒会に厳重指導だけで済ませるおつもりですか?
大人として情けなくないんですか?」
と、厳しい口調で内田先生と松田先生が詰められていた。
内田先生が、追い込まれるとは…。
めっちゃ怖いんだけど…。
こういうのって生徒がいないところで話すもんだと思ったら…。
内田先生が
「もう、おっしゃる通りで…この後対応します。」
と神妙に答えた。
続いて松田先生も
「自分も、話し合いに同席すべきでした。
生徒同士でまとまってる、あるいはこれから詳細を詰めていくことで、
色々可能性があるのかな?と認識が甘かったと思っています。」
と、しゅんとした様子で話した。
内田先生は
「全く同様の事を、昨日、校長先生や保護者の方から、何通もご意見いただいており、
事の重大さを認識しています。」
と言うと、松田先生も
「自分もその場におり、考えれば、もっと早く止められるものであったと、
しかも生徒には怪我をしたものが出たとなると、悔やんでも悔やみきれないです。」
と言った。
続々と集まる吹部員たちは、なんだなんだと、ひそひそ話をしながら席についた。
「じゃあ、コラボの話は?」
とその女性が聞くと、内田先生は
「ありません。」
と言った。
部員はそれに、一瞬わあっと声を上げて、あわてて声を潜めた。
女性が
「それについて、ダンス部員とも共有したいんで、合同でミーティングしていただいていいですか?」
と言うと、内田先生と松田先生は、はい、と言った。
女性は
「北沢、みんなを音楽室に連れてきてくれる?」
と言うと、
「もういます。入って。」
と言った。
ダンス部員が音楽室に入って来た。
女性が
「結果と、そこに至るまでの情報共有をお願いします。」
と言った。
ミーティングが始まった。
内田先生が話始めた。
「先日、生徒会主導でダンス部と吹奏楽部のコラボの話があったが、無くなった。
先日のように、事態が大きくなる前に介入が遅れてしまい、申し訳なかった。」
と言って頭を下げた。
それに合わせるように、松田先生も頭を下げた。
ダンス部員が
「生徒会ってどうなるの?
特にあの子をひっぱたいて病院送りになったやつ。
あれ野放しってありえないんだけど。」
と聞いた。
吹奏楽部員では絶対に聞けないやつ。
でも知りたい。
内田先生
「どうして、そんな行動を取ったのか、聴取したところ
『生徒会が解散させられる、内申に影響が出る、後輩にも影響がある、校内でさらし者にされる、選挙で勝ち取ったのに…』という思いがあって、混乱してしまったとのことだった。すでに当事者間では話し合いの上、謝罪、合意が取れていて…」
というのに被せて
「そんなの、当事者って1年生の立場だったら、相手が生徒会と先生だったら、
力関係で折れるしかないじゃん!
要は黙らせた、っていうのが正しいんじゃねえの?」
とダンス部員から発言があった。
吹奏楽部員では絶対に言えない事。
ほぼ内田先生絶対体制だから。
ダンス部員が黒沢を差して
「あの子が強く言ってくれたから、事態が元に戻ったんじゃん。
こうならなかったら、先生達は、俺らの事より生徒会長と、
その学校のアピールになる企画と、って、部員に丸投げしてたんだよな。
何か、違うんだよ。
それとも、この環境があるのは、大人のおかげだから、おとなしく従っておけってこと?」
と言うと、松田先生が
「そんなつもりではなかった!…けど、そう思われても仕方がなかった。
小谷の『調整して、完成させる。それまでの多少の意見のズレは何とかなる範囲』というのを、鵜呑みにしてしまった。」
と言った。
「騙されてんじゃねえよ。」
ダンス部は声を上げている。
「吹部は理不尽にどんだけ耐えているんだよ。
ほんとはこんなの、話が来た段階で、まず内田先生が断れ、って話。
わかってんの?
部員が傷つけられてんだからさ。
生徒会に『うちの部員に何してくれてんだ!』ぐらいの事は言ったよな?」
吹奏楽部員では絶対に言えない事。
ほぼ内田先生絶対体制だから。
内田先生は、腕を組んで黙り込んでいる。
「おい!聞こえてんだろーが!
まさかと思うけど、何も言わなかったんか?
まじでありえないんだけど!
吹部の部員はおとなしく従うだろうけど、うちらダンス部員は違うからな!」
ダンス部員の発言に色々考える。
内田先生は
「私も実はとても怒っている。
入ったばかりの1年生が、これで学校や音楽、吹奏楽が嫌いになったりでもしたら…と思ったら、そっちのほうが個人的には辛いし、今回の生徒会の、特に暴力について批判的に思っている。
本音では同じように平手打ちしてやりたいと思った。
やったことはどういう事か、痛みは、心は、という事を身を持って教えるべきかとも思う。
が、教員の立場では、それは…できないんだ。
体罰禁止、っていうのがあって。
森下は今回の事を受けて、副会長を辞任したいという話をしてきた。
『水に落ちた犬は打つな』という言葉がある。
もうすでに弱っているものに追い打ちをかけるな、ということだが、
『水に落ちた犬は打て』のほうが使われているようで。
愚か者は愚か者だから、今後二度と歯向かうことが無いように叩きのめすという風潮がある。
今回の場合、どちらがいいんだろうかと判断に迷っている。
私の中で、教員として、吹奏楽部顧問として、学校として、下される判断と、個人的見解と思いが違うこともあることは承知して欲しい。」
と言った。
そんな悩んでたんだ。
シンプルに、暴力事件だから罰します、じゃダメなの?
社会人なら1発アウトなんじゃないのか?
それとも、相手が女子だから甘いんじゃないの?
これが男子から女子だったら、もっとどえらいことになるじゃん。
それに、こういう事に甘いから、次から次へといろんな問題起こってる。
たまたま黒沢が巻き込まれてるから、そう感じてしまうのだろうか。
松田先生は
「学校としては、今回の件を受けて、学芸発表会実行委員を設置して、
期間限定で、生徒会と同等の権限を持つ組織を作って対応する。
確か昨日か今日、担任の先生を通じて通達が行っていると思う。
学級委員会とも連携して、学芸発表会の遂行をしてもらうことになった。
生徒会には、今回の学芸発表会には離れてもらい、それ以外の、
本来の生徒の意見の代弁等のみにしてもらう。
また、学芸発表会の後に新たな生徒会選挙がある。
なので、任期はそこまでにして、今の生徒会メンバーは次の生徒会選挙には出馬しないこととした。
生徒会の中には、会長とは違った意見を持ったものもいたのだが、
会長を止められなかったこと、
暴力事件を起こしたことの連帯責任として、このようにした。
それで納得してもらえないだろうか?」
と話した。
「じゃあ、これまで通り、ダンス部はダンス部、
吹部は吹部、生徒会とは関係しない、ってことでOK?」
とダンス部員が聞くと、内田先生は
「その認識通り。生徒会は今回の学芸発表会には一切関与しない。
これまでの学芸発表会の運営資料等は、
副校長先生が一括して受け取り、そのまま学芸発表会実行委員に引き渡す。
その後の新たな生徒会発足時に、その資料は引き継ぐ。
11月の生徒会役員選挙で、今回のような学芸発表会実行委員が必要かどうかを検討してもらう。」
と答えた。
ダンス部の部員が
「あの1年生!この場で思ってる事言っちゃいなよ!
今ならダンス部が付いてるし、何なら、守るからさ。
吹部だけじゃなくて、ダンス部のためにも体張ってくれたじゃん!」
と、黒沢を指差した。
「そうだよ!あんたが一番怒っていい奴だから!」
「怖いかもしれないけど、今思ってること言っときなよ。今後のためだし!」
黒沢は一瞬、驚いた顔をした。
しばらく黙り込んでから立ち上がって、慎重に言葉を選んでいるようでゆっくり話始めた。
「ご心配ありがとうございます。
一応検査して、異常なかったです。
病院で気が付いたんですけど、腕をガラスで切ってた部分は3針縫いました。
すぐ回復しますし、神経も筋も無事なんで、ちょっと深い切り傷程度です。
痛みにも気づかなかった興奮状態だったので、点滴もしました。
内田先生、何で言わないのかわかんないですけど、
森下先輩と生徒会長に『話が違う!』って激ギレしてました。
それに、本当は俺、不信任案をちらつかせて、冷静に話し合いに着かせるヒーローになろうと考えてたんです。
だけど、結局心配かけることになって、すっごいかっこ悪いなーって落ち込んでたんですけど、こうやってたくさんの人が真剣に考えてくれて、結果良かったから、あとは俺、トランペット楽しく吹きたいっす。」
音楽室がシーンとなった。
その静けさに、黒沢は焦って
「俺、滑ったの?」
とおろおろしていた。
「いいぞー!1年トランぺッター!」
「応援するよー!」
ダンス部員たちの拍手。
次第に吹部の部員達も拍手し始めた。
黒沢は照れ笑いでお辞儀して座った。
北沢先輩が
「希望通りの決着で、黒沢君も特に異論とかなさそうだから、
色々まだ思うところはあるかもしれないけど、これで完了にして、部活に戻らない?」
と聞くと、ダンス部員は
「はーい!」
「イエー!」
などと盛り上がった。
松田先生が
「改めて、みんなごめん、本当、申し訳なかった。」
と謝り、頭を下げた。
「おう!いいよ、まっつん。
やるだけやってくれたみたいだから。
これからもよろ~」
ダンス部員達はそんな感じで軽い空気になった。
北沢先輩の
「じゃあみんな、練習行くぞー!」
の声に、ダンス部員は、おー!
と返事をした。
「お邪魔しましたー!」
と言って、ダンス部一行は音楽室を出て行った。
再び音楽室が静かになる。
内田先生が
「改めて私からも謝罪したい、申し訳ない。
今後は話を当事者から聞き取り、気持ちを理解するように努めたい。」
と謝罪すると部員はいつもの、はい、という返事をした。
そしていつもの内田先生に戻り
「学芸発表会の楽譜だ。
パートリーダー、取りに来い。
また楽譜が配布されたら、今日はその練習。基礎練習も合わせて行う事。
2年生は役職決めをするので、音楽室に残るように。」
と言った。
絵馬先輩があわてて譜面を渡してきた。
「とりあえず、1stも2ndも両方渡すね。
青と夏以外にも1stできそうだったら教えてくれる?
無理はしなくていいよ。見てみるだけでも。
私は役職決めで音楽室に残るから、個人練で、
音源聴きながら譜面見てみるのもいいかもしれないよ。
短期間で5曲仕上げて、さらに新人大会での曲も追加になるから、
これからまた怒涛の練習になるからね。頑張ろう。」
「わかりました。ありがとうございます。」
渡されたのは5曲分の譜面。
オーメンズ・オブ・ラブ (T-SQUARE)
ルパン三世のテーマ
め組のひと (ラッツ&スター)
天体観測(BUMP OF CHICKEN)
We Will Rock You (Queen)
中々の枚数なんだけど…。
練習にタブレットも持ち込んで、基礎練の合間に譜面をみながら、
音源を再生した。
吹部roomには音源がアップされていたり、参考動画のリンクがあった。
片っ端から見ていく。
これ、全部かっこいいじゃん…出来たらだけど。
オーメンズ・オブ・ラブとか、ルパン三世のテーマはちょっと難しそうだな。
頑張れば天体観測、We Will Rock You あたりなら1stいけるかな?
多分新人戦?でまた難しい曲やることになるんだろうし、
それまでにうまくなっていればいいけどなあ…。
また元々の曲と比べて、吹奏楽になると、迫力がプラスされるな。
それが魅力かもしれない。
ちょっとそれで提案してみようかな。
コンコンというノック音が聞こえた。
山田先輩と船田先輩だ。
ちょっといい?と言うので、はい、と返事をすると、
山田先輩と船田先輩の後に
藤井、黒沢、斎藤、小松と1年男子が続いて入って来た。
「ちょっと、何ですか?」
と聞くと、船田先輩が
「相談なんだけど…『め組の人』で、1年男子5人で踊ってくれないかな?」
と尋ねてきた。
「は?」
相手が先輩という事を忘れて、素の返事をしてしまう。
山田先輩が
「あ、やっぱりそうなるよね。ここにいるみんなもそんな感じだった。」
と言った。
「だったら、ダンス部とコラボじゃないですか?」
と言うと、山田先輩は
「そうじゃないんだよ。ダンス部とやると、吹部はBGMになるでしょ。
吹部の音楽を盛り上げるための、吹部員によるダンスなの。
それにスペースもないしね。」
何となくわかるような、わからないような。
船田先輩は
「振り付けはもう考えてあるの。
元々のラッツ&スターの振り付けを基本にする。
特に『めっ!』の部分で角度とタイミングをそろえて欲しい。」
と言って、タブレットから音源を流し始めた。
前奏の後、サビのメロディ。
4分音符2つずつステップを左右に踏みながら、右手、左手でノックをするような感じで、
『めっ!』の直前は、4分音符1つずつで右・左・『めっ!』
これを2回繰り返した後、4小節ちょっとがトランペット、おそらく江口先輩のソロになるので、それに注目させるように周りを手でキラキラさせる。
その後1コーラスあって、サビでさっきの振りを入れる。
歌の部分は、簡単だけど、ノリが良いものを、さっきのダンス部部長の北沢先輩に相談しに行くという事だった。
実は先日、3年生だけで曲決めの時、ダンス部に振りやダンスの相談をしようという話がすでに出ていて、北沢先輩は2つ返事でOKしてくれていた。
山田先輩は
「先生に許可取ったから、これからちょっとダンス部に行ってみよう。」
と言った。
つば抜きもそこそこ、急いで楽器をケースにしまって、その他もろもろ急いでまとめて片付けて、山田先輩、船田先輩の後に1年男子5人がついて行った。