005.ぶつかる
楽器類を片付けて、水筒のお茶を飲みながら座って待っていると、音楽室の戸が勢いよく開いた。
白川先輩だ。
「おい!鈴木!クロのバックと自分のバック持って来い!」
俺にそう言って、白川先輩は、自分のバックを持った。
「へ?何があったんすか?」
と尋ねると
「生徒会室で、クロが副会長にビンタくらった拍子によろけて戸にぶつかって、戸が外れて戸ごと倒れた。
頭打ってる。
意識あるけど、今、救急車呼んでもらってる。」
え!
俺は急いで、黒沢のバックを持って、出て行こうとしたところ、小松と斎藤もついてきた。
「俺も行く。」
「俺も。」
そう言ってる横を走り抜けていった人がいた。
江口先輩だ。
江口先輩を追いかけて、生徒会室へ向かった。
生徒会室の前は人があふれていた。
吹部やダンス部だけでなく、野次馬もいた。
かきわけて中に入って行くと、
戸が外れていて、その上に黒沢が倒れている。
戸にはめ込まれているガラスが割れている。
小松が怒った声で
「何でクロがこんな事になってんだよ!」
と叫んだ。
黒沢は、顔をしかめつつ
「まあ、そんな痛くねえからさ。」
と起き上がろうとした。
ダンス部顧問の松田先生が
「黒沢君、頭打ってるから、動かないで。
近くの病院に搬送してもらえそうだから。」
と、そのまま動かないよう、促した。
「うわーん、クロー!」
そばで藤井が泣いている。
生徒会のメンバーが立ち尽くしている。
救急車のサイレンが学校で止まった。
校長先生と内田先生に続いて、救急隊の人が入って来た。
状況の聞き取りで、山田先輩が話すには
口論になったところで、副会長が黒沢を平手打ちした時、黒沢がよろけて戸にぶつかり、戸が勢いで倒れて黒沢も一緒に倒れた、ということだった。
救急隊の人は、何か機械を当てながらメモをし、スマホで連絡を取りながら、
あっという間に黒沢を担架に乗せて運んでいく。
ついて行こうとすると、内田先生が
「私が行く、救急車にそんな人数は乗れない。黒沢のバックはそれか?」
と言って俺の持ってるバックを差した。
「はい。」
と言うと、内田先生は、預かる、と言って黒沢のバックを持った。
見送るしかなかった。
「森下ぁ…。
生徒会って、自分に不利な事とか都合悪い事言われたら暴力振るうわけ?」
北沢先輩が怒鳴ると、森下先輩…副会長は、泣きながら
「ごめんなさい…。」
とうつむいた。
「はぁ!?泣いて謝ってすませようとしてる?
ざけんなよ、クロは、まっとうなこと言ってただけだろ!」
白川先輩がそういうと、外のダンス部、吹部の部員がそーだそーだ!と声を上げていた。
「クロになんかあったら…俺…うわーん!」
藤井が5歳児のように泣いている。
俺は、藤井の背中をさすった。
山田先輩は
「吹部とダンス部でコラボする、って勝手に生徒会で決めて、
強引に話進めて納得いかないです。
それに内田先生と松田先生は、生徒同士で決めたことなら、
生徒会長と話し合えってことでしたよね?
話し合いに来たら、全く吹部も、ダンス部も尊重されない。
そんな状況から、黒沢君が
『不信任案出すしかない。
今の1年、2年の生徒会役員が立候補しなおしても俺は絶対投票しない。』
って言ったら、森下が黒沢君を張り倒した。」
と言うと、森下先輩は
「そんな!張り倒したなんて!」
と言うのに被せて、女子2人が
「1年男子ぶっ飛ばして、戸まで突き破らせるなんて、ひどすぎ!」
「頭打って体が波打つ状態って、どんだけ力ずくなんですかー?」
という声が聞こえた。
マジか…。
そんなん見たから、藤井は混乱したんだな。
まだ泣いてる。
校長先生は
「森下さん、黒沢さんの顔を叩いたのは事実かね?」
と尋ねると、森下先輩は
「はい…。」
と小さく返事をした。
野次馬がどよめいた。
ひどくね?生徒会、
ちょっと怖すぎんだけどー、
暴力振るったほうが泣いてるって、おかしくない?
どよめき声が聞こえる。
船田先輩は
「吹部は吹部で、ダンス部はダンス部で、それぞれ表現したいことがあり、
内容も決定し、練習に入っています。
それを生徒会長が強引にコラボすると、スケジュール決めると、指揮もやると…。
私達の表現を邪魔するどころか、利用する姿勢に不信感しかありません。」
と言うと、野次馬も、そうだー!と騒いでいる。
北沢先輩も
「『新しい事をする時には反対勢力が必ず出てくるもの』とか言って。
敵扱いをして、全く私達の気持ちを汲み取ろうとしない。
そんな生徒会長、生徒会、辞めて!」
と言うと、野次馬から、辞めろコールが盛り上がった。
生徒会長は、無表情で腕を組んで立っている。
たまに手を顎に当てる程度で全く動じていないように見える。
本音はわからないけど、音楽室での話の通じなさから、
事態の重さをこの期に及んでも感じていないだろうなと思った。
野次馬が増えている。
部活終わりの人達が集まっていたようだ。
ユニフォームを見ると、野球部やバスケ部、テニス部、
その他何かで学校に残っていた人が、騒ぎを聞きつけて集まって来たようだ。
白河先輩は野次馬に向かって
「吹部もダンス部も、それぞれ、舞台で思いっきりはじけたいだけなんだ!
会長の独断で、やりたくもないことさせられるのなんか、まっぴらなんだー!」
と叫ぶと、野次馬は
「吹部頑張れー!」
「ダンス部頑張れー!」
「楽しみにしてるぞー!」
「吹部毎年楽しみにしてるー!」
「今年何やるの?」
と声が聞こえた。
そこに続いて
「泣くなー、吹部1年!応援してるぞー!」
と声が聞こえた。
誰かわからない。
藤井が顔を上げた。
藤井は、その声のする方へ向き
「誰かわかんないけど、ありがとうございま…うわーん!」
とお礼を言おうとして、また泣いた。
女子の
かわいいー!という声が聞こえた。
「そんなに難しい事かな?
僕には揉める理由が理解できない。
どうして話し合って一緒に作り上げようとしないかな?」
生徒会長の声が聞こえた。
「てめ!マジでいい加減にしろよ!」
白川先輩が生徒会長につかみかかろうとした瞬間、
江口先輩が白川先輩の襟首をつかんで後ろに引いた。
面食らった白川先輩が
「いや!江口!止めてくれるな!」
と再びつかみかかろうとしたのを、さらに力強く後ろに引っ張った。
衿で首が閉まった白川先輩が咳き込み、何すんだ!と言っている途中で
江口先輩は、生徒会長の耳元で何かをささやき、
そのままダッシュで野次馬の向こうへ走り去っていった。
その様子を白川先輩は、ぽかん顔で見ている。
生徒会長は目を見開き、あわてた様子で江口先輩を追おうとしたが
「この件は預からせていただくから、各々、持ち場に戻りなさい。
みんなも!」
という声でみんなが我に返った。
校長先生が言った。
存在をすっかり忘れてた。
横に松田先生も申し訳なさそうに立っている。
江口先輩、何言ったんだろう?
というか、下校時刻過ぎてる。
吹部の部員は一旦音楽室へ戻った。
山田先輩は
「遅くなってごめんなさい。
あと、話は私が絶対何とかします!」
と頭を下げた。
船田先輩は
「いや、3年みんなでやろう、これは。」
と言うと、
「私もやりますー!」
「私もー!」
クラスの女子2人だ。
そのうち、部員全体が、俺も私もと言い始めた。
「ありがとう!いざとなったら、力を貸してください。」
と山田先輩は頭を下げた。
この人が生徒会長になればいいのに。
すばる先輩の妹なら十分出来ると思う。
こういうことだよ、生徒会長。
人の事は言えないけど、あの人は決定的に何かが欠けてると思う。
帰りの挨拶をして、音楽室を出た。
藤井はまだ泣いている。
分かる。
罪悪感とショック。
俺も1学期に同じ気分だったから。
小松と斎藤も一緒に歩いた。
藤井:「俺…止められなかった…。」
俺:「まあ、ショックだよなあ。」
小松:「大丈夫だよ、クロは戦い慣れしてるよ。」
斎藤:「まさか平手打ちしてくるとは誰も思わないし。」
3人で藤井を家まで送り、玄関で藤井の母さんに、軽く事情を説明して、驚かれ、お礼を言われて、それぞれ帰宅した。
家でスマホを見ると、黒沢からメールが届いていた。
「異常なし!CTもレントゲンも撮ったけど何にもなかった!
点滴してもらって逆に元気!」
ん?
何もなければ点滴なんてしないんでは?
疑問に感じて、そのまま質問した。
すぐに返信が来た。
「ちょっと興奮してたからね。少し休めって感じで。
でも、明日から普通に学校はOK。」
そういうことか。
「よかった。お大事に」
と返信した。
黒沢といい、女子2人といい、口が立つやつがうらやましい。
あの状況で、討論できる、思ったことが言える、言葉で戦えるっていいなあ。
藤井と俺は同じようなタイプかもしれない。
あ、藤井!
再度黒沢に
「藤井が心配してずっと泣いてた。」
と送信すると
「わかった、連絡しとく。」
と返信が来た。
俺はホルンが吹ければそれでいい。