020.ベルアップの痛み
内田先生が撮った笑顔練習の写真で見た俺の顔はとても気持ち悪かった。
タブレットの前で頭を抱えてため息が出た。
山田先輩と船田先輩がパート練やセクション練を15分単位で区切り
2人で分けて効率的に進めていった。
ホルンとトランペットで合わせるところをリストアップしたものを山田先輩が持っていて、
ホルンの練習の部屋にトランペットが入って来た。
いつもはトランペットは後ろにいるから、頭に音が当たる感覚なんだけど、セクション練で横で一並びになった。
山田先輩も自分のトロンボーンを持ってきていて、吹き方のニュアンスを揃えるところの演奏見本をやってくれた。
それに合わせて吹くようにすると、きれいになるような気がする。
山田先輩が金管を、船田先輩が木管を担当しているようだった。
ホルンはサックスと一緒になるところがあるんだが…
と思ったら、サックスパートの白川先輩がサックスパートを連れてホルンの教室へ入って来た。
白川先輩が
「時間内からやるぞ。」
と言って、ホルンとサックスが同じところを吹いた。
時間がないせいか、白川先輩に少し焦りが見えた。
かと言って、全く怖くはない。
早口になったり、言葉に詰まったり、自分の唾液で咳き込んだりしていた。
自分らで課題を片っ端からつぶしていく。
ついて行くだけで精一杯になっている。
とにかく細かくパートを超えて練習をしていく。
やっているうちに感覚や、聴くポイントをつかめて来た。
そうやっているうちに合奏のために音楽室へ部員が集合していた。
クラリネットパートが楽器を持ち、指を動かしながら
「恵比寿、田町、多摩、五反田、恵比寿、田町、多摩、五反田、恵比寿、田町、多摩、五反田、三鷹!」
と唱えていた。
マツケンの前奏メロディ?
そんな歌詞がついていたんだ。
その後船田先輩の合図で楽器を加え、演奏をする。
内田先生が散々「なに言ってるかわからない演奏」が、よく聞くあのメロディになっている。
思わず、おお、と声を出してしまう。
揃うとこんなにすごいのか。
合奏までの間、つば抜きしている間に他の楽器の音が聞こえる。
さっきのクラリネットのは何だろう?
ちらっと絵馬先輩に聞いてみると
「あ、リズム取りにくい時に言葉を当てると譜読みが楽になるんだよ。
これは作曲家が提案してたんだけどね。」
と言って、タブレットで動画を見せてくれた。
深夜番組の1コーナーだった。
「マツケンサンバの前奏問題」
その解説によると、音大生でも歌うのは難しい譜面になっているから、言葉を当てるとよくて、それが、さっきクラリネットパートが歌っていたものと同じだった。
動画で笑ってしまったが、ふと見ると、クラリネットパートの皆様方は必死に音をさらっている。
頭には恵比寿うんぬんと歌っているのだろうか。
そう思うと、笑いは引っ込んだ。
絵馬先輩はタブレットを閉まって、つば抜きしながら
「そのうち、変拍子でリズム取りにくい曲が出てきたら、私達もあんな感じでリズム取るかもしれないから、言葉と文章のバリエーションは増やしておくといいよ。
歴史の語呂合わせみたいになるかも。国語の授業と音楽が結びつくよ、いろんなところで、近いうちに実感するから。」
そうなんだ。
たまに寝てしまうけど、役に立つなら、面白くなるなら、上達するなら、国語の授業も、もうちょっと真剣に受けてみようかな。
合奏では、内田先生が、ちょっと進んでは、指揮棒で譜面台をカカカカ!と叩いてストップかけて
「リズム崩れてる!」
「譜面にそこスタッカートって書いてあるだろうが!」
「フォルティッシモ!って書いてあるのに、その程度しか出せんのか!」
「ピアノ、って書いてあるだろうが!メリハリがついてなさすぎる!マークしとけ!」
という演奏の指示と繰り返し。
さらに
「メロディ担当は全員スタンド!」
という動きと
「メロディに合わせてステップ!」
という動きにバリエーションが付いた。
そしてアンパンマンのマーチでホルンのメロディの部分では
「ベルアップ!」
と言われた。
絵馬先輩を見てみると右手を上げる事のようだ。
同じようにやってみた。
内田先生は
「あんまり音がこっちまで飛んでこない。もう、楽器ごと上げる!」
と言った。
ん?
どうするの?
と思っていると、内田先生がこうする、と言ってやって見せてくれた姿勢は
もはや、楽器を持ち上げてエビぞりの姿勢に近い。
肩や二の腕、首、背中が痛い。
アンブシャーが狂って音にならない。
が、音が出ないと内田先生から
「音楽になってない!」
と罵声が飛んできた。
こんな姿勢で無茶言うなて。
ただでさえ難しい譜面なのに。
譜面まだ覚えてないのに、ホルン持ってエビぞりして演奏って。
「次回までに練習しとけっ!」
はい!
ようやく座った時に、全身が痛かった。
使った事のない筋肉と筋を実感する。
怖さと痛さで涙が出る。




