016.怖くてもやってみる
3年生が修学旅行で人数が少ない、内田先生が学会発表、学校が先生達の何かの会場で使うとかで、部活が連続して休みになった。
珍しく急に休みになると、それはそれで楽器に触れられない寂しさが出てくる。
ずっと続くとしんどいって思うのに、不思議だ。
久しぶりに音楽室へ行くと、3年生が戻っていた。
わいわいがやがやとしている。
ちょっと前の地獄の空気がなくなっていた。
というか、3年生が仮引退になったら、あの空気になるんだな。
耐えられるのかな。
内田先生が入って来て、話をはじめた。
「演奏依頼が区役所を通じて学校に来た。
今度、区役所主催で鶴花都立公園で、姉妹都市契約のある都市が集まって、名産品の物産展祭りがあるんだが、そのステージで15分程度、演奏してほしいとのことだ。
コンクールで金賞を取ったこともあり、ぜひ出演してもらえないか、ということで出る事とした。
急になるが、今週日曜なので、練習はすべてこのステージのものとする。
曲は、あらたに用意した。
パートリーダー、取りに来るように。」
パートリーダーが行って、何人か顔が引きつっている。
譜面を絵馬先輩が取りに行って、凍った顔つきで俺の隣に座った。
黙って机に並べた譜面を見て、理由がわかった。
3曲もある。
タイトルはどれも知ってる。
けど、譜面が、難しい。
曲目が
マツケンサンバ、ハッピー・ジャムジャム、アンパンマンのマーチだった。
内田先生が話始める。
「学芸発表会、1、2年生は新人戦もあるが、吹奏楽部の活動を続けるためには、色んな方面からの理解を得ることが必要だ。
今回は、その1つとして出演するので、全力を尽くすこと。
ちなみに、今度の日曜のステージは主催者側が『こちらからの依頼ですので』と丁寧に、楽器運搬の車や移動のバス、昼食まで用意してくれた。
お礼として3万円が支払われる。実質、仕事だと思って、コンクール以上の緊張感をもってやってもらいたい。
ただでさえ、吹奏楽部の活動にはお金がかかる。
それらを自分らで少しでも賄える機会があるということは、ありがたいことだ。」
金賞取る影響力。
全国行ったような学校だと、音源が発売されたりしてたもんな。
内田先生は続けて
「この選曲に疑問を持っていると思う。
理由は、ここに来るお客さんたちはファミリー層だ。
また、プログラムでは、うちの学校の演奏の後にいわゆるヒーローショーがある。
その告知がここにある。」
区報や区のホームページに、仮面ライダーと戦隊ヒーローの写真が掲載されている。
「演奏は、このショーの前座となる。
人を集めて、盛り上げ、次につなげる。
なので、小さい子供からお年寄りまで、家族で楽しめる音楽を選んだ。
それに、これは1、2年生にとってはコンクールの曲につながる要素も入っている。
普段の練習も大切だが、本番をやることのほうが実力が付く。
他にも色々演奏依頼が来ているので、スケジュールが合えば、出来る限り応えていこうと思っている。」
ひえぇ…。
「今日は一日パート練、明日は合奏で課題の洗い出し、後日パート練の後セクション練習、後はひたすら合奏して本番となる。忙しいので、体調管理をするように。
しっかり食事と睡眠をとる事。じゃあ、練習!」
山田先輩の挨拶の後、パート練へ向かった。
パート練の教室に入って、絵馬先輩と1stか2ndかと相談していると、ふと戸がガラッと開いた。
久しぶりの白川先輩と大橋先輩だ。
「これやる。」
と言って白川先輩が茶色の封筒を、絵馬先輩と俺にそれぞれ渡してきた。
中を覗いてみたが、よくわからず、出そうとすると、大橋先輩にストップ!と言われてあわてる。
大橋先輩は
「八つ橋、修学旅行のお土産。
他のパートでは、みんな後輩に持ってきてるの。
ホルンは…いないじゃん。
それで買って来た。
これ、渡しているのをサックスパートに見られたらなんか気まずいし、
あ、ちゃんとサックスには買ってきて、もう渡してあるよ。
他の先生に見つかったら校則違反で部活動停止になる。
だから、茶封筒に入れていかにも事務的なお手紙を装ったのよ。」
と言った。
「ありがとうございます!」
絵馬先輩と俺は、ほぼ同じタイミングでお礼を言った。
俺は受け取った八つ橋入りの茶封筒をポケットに入れた。
それを見届けた2人の先輩は「じゃーねー。」「頑張れー。」
と言って教室を出て行った。
何となく空気がほんわかした。
「さて。1st、2nd、どちらがいいか。」
絵馬先輩が譜面を改めて見つめる。
そうだ、どうしよう。
「絵馬先輩、音源聴きながら譜面見ませんか?
俺、まだ譜面だけで判断できないっす。」
そう言うと、絵馬先輩がうん、とうなずいた。
俺は急いで音楽室に置いてある自分のバックを、パート練の持って来た。
タブレットを取り出し、音源を再生する。
マツケンサンバ、途中まだ俺にとっては高い音があるけど、フォルテで勢いよく出せば行ける気がする。
「オーレー」の部分は吹いてみたい気がしてきた。
ハッピー・ジャムジャムも、わかる。
ホルンはほとんど目立たない。
そういえば、小さい時、近所のこどもまつりで、この曲で何度も「もう1回!」ってみんなで騒いで何度も踊っていた記憶がある。
あの時のお姉さんお兄さんたちもノリノリになってくれて、「じゃあ元気にいくよ!」「楽しいからもう1回!」「踊っちゃえー!」
などと盛り上がった。
今度は吹部で演奏側になるとは思ってなかった。
あんな風に子供が喜んでくれるといいな。
アンパンマンのマーチ、今、改めて歌詞を読むと、ちょっとじーんとしてきた。
サビの前のメロディがホルンじゃん。
サビよりむしろここの歌詞が刺さる。
ここが吹けるんだ。
ちょっと嬉しいかもしれない。
音域も無理ない。
出来そうな気もするし、結構体力使いそうだから不安な気持ちもある。
一通り聞き終わった後、絵馬先輩は穏やかな口調で
「たくみんが1st、選んでくれる?」
と言った。
俺はちょっと考えて
「俺、今回の曲、全部好きなんです。
不安で悩んでいるのは、まだ上のファの音が安定して出せないんです。
マツケンサンバはこの音、けっこう響かせてましたよね。
大事な音だと思うんで、やりたいのと怖いのと、出来なかったら嫌いになりそうなのが嫌だったり…。」
絵馬先輩は笑顔で、ほうほう、と、うなずきながら聞いている。
「なので、できれば全部2ndがいいです。」
と言うと、絵馬先輩は急に大きな声で
「たくみーん、それは違うなあ。
もっとガツガツ行くんだよ。
『あ、好きな曲!俺やります!』って、出来なくても手を挙げる!」
と満面の笑みで言う。
「好きな曲嫌いになりたくないっす。
それに今週本番ですよ。間に合うかどうかも心配です。
まずは自分の出来る範囲を確実にしてから上の音域を…。」
という俺の話を遮って
「怖がり過ぎ!」
絵馬先輩は言い切るが
「音ミスったり、出せなくて抜けたらって考えたら…。」
考えただけで怖いし、鬱だ。
内田先生も怖い。
絵馬先輩は一瞬うーん、と考え込んで、その後慎重に言葉を選びながら聞いてきた。
「思い出すの嫌かもしれないけど、たくみん、小学校でサッカーやってた時って、試合で失敗するかも、だからやらない、ボール蹴らないって選択肢あった?」
俺は
「ないっす。」
と答え、自分で、あっと気が付くと同時に絵馬先輩が
「それと同じ。試合か演奏かの違い。
もっと言うと、期末テストで間違えるかもしれないから答え書かない、ってことはしないでしょ。
何とかひねりだすと思うんだ。
同じことだよ。
やってごらん。失敗は成功の元って本当だから。
失敗しても、それ以上に出来るようになるから。」
と言った。
頭では分かった。
まだ勇気が出せない。
ここで戸惑っているぐらいなのに、本番舞台で緊張したら、もっとできない気がしている。
悩む俺を見て絵馬先輩は、ノートを一枚びりっと破った。
「何してんすか?」
と聞くと
「くじで決めよう。」
と答えた。
「なんでくじ…?」
「たくみんに足りないのは、気持ちだけ。
夏休みに相当鍛えられて十分実力あるんだよ。
この楽譜はコンクールでやった曲や、これから新人戦でやる曲に比べたら簡単だし、
好きな曲なら、なおさら伸びる。
見えてる現実で自分の可能性つぶす選択しそうだから、見えない手に導いてもらおう。」
「まじ、何言ってんすか?」
問いかける俺の声を無視して、絵馬先輩は破いたノートを折っては手で切っていく。
「まず、1stを何曲やるかを決めよう。」
細かく切った3枚の紙にそれぞれ1、2、3と書いて折りたたんで、手の中で振って、机の上にバラっとまいた。
「この中から1枚引いてみて。」
…そんなんで決めるんだ。
こういう時って内田先生に相談して決めるとかしないのかな?
そう思いつつ、言おうかとも思いつつ、1つを選び、開いてみると
1
と書かれていた。
「そうか、今のたくみんは1曲は1stってことだ。」
…ん、まあ、妥当ではないでしょうか。
今ホルン2人だけだし、絵馬先輩だけに1stって、どんだけ負担かってことも理解してる。
絵馬先輩は、またビリビリと紙を破いて、カリカリと書き込み、小さく折りたたんで、さっきと同様に手の中で混ぜて、机にばらっと置いた。
「今度は曲。何が出るかな?」
歌いながら、くじを引くように促してきた。
ひいたくじを開いてみると、
ハッピー・ジャムジャム
と書かれていた。
俺が1stをやるのはハッピー・ジャムジャム1曲となった。
楽譜を受け取り、急いで読み込み、間違えそうなところに指番号を書いたり、臨時記号をマークした。
「たくみん、1stだからっていきなり全部1人でやれ、ってことはないから安心して。
練習はちゃんと見るから。」
と、優しい口調で絵馬先輩は言った。
いつものパターンなら、個人練である程度やってからパート練で合わせる流れだと思うけど、今日は、譜面をさらうところから、一緒にやってくれた。
個人練で間違った音に気付けず、そのまま体で覚えてしまって、修正するのに時間がかかることがあったが、今回は間違ったところで最初から指摘をもらえたから、安心した。
どこでタンギングをするのか、
フレーズのまとまり、どこを一番盛り上げるのか、
ざっと3曲をさらっていき
今できなかったところを個人練する、という流れになった。
絵馬先輩によるレッスンだった。
正解がわかれば、後は練習あるのみ。
いつの間にか不安は消えていた。




