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拓海のホルン(1年9月から)  作者: 鈴木貴


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16/21

016.怖くてもやってみる

3年生が修学旅行で人数が少ない、内田先生が学会発表、学校が先生達の何かの会場で使うとかで、部活が連続して休みになった。


珍しく急に休みになると、それはそれで楽器に触れられない寂しさが出てくる。

ずっと続くとしんどいって思うのに、不思議だ。


久しぶりに音楽室へ行くと、3年生が戻っていた。

わいわいがやがやとしている。


ちょっと前の地獄の空気がなくなっていた。

というか、3年生が仮引退になったら、あの空気になるんだな。

耐えられるのかな。


内田先生が入って来て、話をはじめた。


「演奏依頼が区役所を通じて学校に来た。

今度、区役所主催で鶴花都立公園で、姉妹都市契約のある都市が集まって、名産品の物産展祭りがあるんだが、そのステージで15分程度、演奏してほしいとのことだ。

コンクールで金賞を取ったこともあり、ぜひ出演してもらえないか、ということで出る事とした。

急になるが、今週日曜なので、練習はすべてこのステージのものとする。

曲は、あらたに用意した。

パートリーダー、取りに来るように。」


パートリーダーが行って、何人か顔が引きつっている。

譜面を絵馬先輩が取りに行って、凍った顔つきで俺の隣に座った。


黙って机に並べた譜面を見て、理由がわかった。

3曲もある。

タイトルはどれも知ってる。


けど、譜面が、難しい。


曲目が

マツケンサンバ、ハッピー・ジャムジャム、アンパンマンのマーチだった。


内田先生が話始める。


「学芸発表会、1、2年生は新人戦もあるが、吹奏楽部の活動を続けるためには、色んな方面からの理解を得ることが必要だ。

今回は、その1つとして出演するので、全力を尽くすこと。

ちなみに、今度の日曜のステージは主催者側が『こちらからの依頼ですので』と丁寧に、楽器運搬の車や移動のバス、昼食まで用意してくれた。

お礼として3万円が支払われる。実質、仕事だと思って、コンクール以上の緊張感をもってやってもらいたい。

ただでさえ、吹奏楽部の活動にはお金がかかる。

それらを自分らで少しでも賄える機会があるということは、ありがたいことだ。」


金賞取る影響力。

全国行ったような学校だと、音源が発売されたりしてたもんな。


内田先生は続けて

「この選曲に疑問を持っていると思う。

理由は、ここに来るお客さんたちはファミリー層だ。

また、プログラムでは、うちの学校の演奏の後にいわゆるヒーローショーがある。

その告知がここにある。」


区報や区のホームページに、仮面ライダーと戦隊ヒーローの写真が掲載されている。


「演奏は、このショーの前座となる。

人を集めて、盛り上げ、次につなげる。

なので、小さい子供からお年寄りまで、家族で楽しめる音楽を選んだ。

それに、これは1、2年生にとってはコンクールの曲につながる要素も入っている。

普段の練習も大切だが、本番をやることのほうが実力が付く。

他にも色々演奏依頼が来ているので、スケジュールが合えば、出来る限り応えていこうと思っている。」


ひえぇ…。


「今日は一日パート練、明日は合奏で課題の洗い出し、後日パート練の後セクション練習、後はひたすら合奏して本番となる。忙しいので、体調管理をするように。

しっかり食事と睡眠をとる事。じゃあ、練習!」


山田先輩の挨拶の後、パート練へ向かった。



パート練の教室に入って、絵馬先輩と1stか2ndかと相談していると、ふと戸がガラッと開いた。

久しぶりの白川先輩と大橋先輩だ。


「これやる。」

と言って白川先輩が茶色の封筒を、絵馬先輩と俺にそれぞれ渡してきた。


中を覗いてみたが、よくわからず、出そうとすると、大橋先輩にストップ!と言われてあわてる。


大橋先輩は

「八つ橋、修学旅行のお土産。

他のパートでは、みんな後輩に持ってきてるの。

ホルンは…いないじゃん。

それで買って来た。

これ、渡しているのをサックスパートに見られたらなんか気まずいし、

あ、ちゃんとサックスには買ってきて、もう渡してあるよ。

他の先生に見つかったら校則違反で部活動停止になる。

だから、茶封筒に入れていかにも事務的なお手紙を装ったのよ。」

と言った。


「ありがとうございます!」

絵馬先輩と俺は、ほぼ同じタイミングでお礼を言った。


俺は受け取った八つ橋入りの茶封筒をポケットに入れた。


それを見届けた2人の先輩は「じゃーねー。」「頑張れー。」

と言って教室を出て行った。


何となく空気がほんわかした。




「さて。1st、2nd、どちらがいいか。」

絵馬先輩が譜面を改めて見つめる。


そうだ、どうしよう。

「絵馬先輩、音源聴きながら譜面見ませんか?

俺、まだ譜面だけで判断できないっす。」


そう言うと、絵馬先輩がうん、とうなずいた。


俺は急いで音楽室に置いてある自分のバックを、パート練の持って来た。


タブレットを取り出し、音源を再生する。


マツケンサンバ、途中まだ俺にとっては高い音があるけど、フォルテで勢いよく出せば行ける気がする。

「オーレー」の部分は吹いてみたい気がしてきた。


ハッピー・ジャムジャムも、わかる。

ホルンはほとんど目立たない。


そういえば、小さい時、近所のこどもまつりで、この曲で何度も「もう1回!」ってみんなで騒いで何度も踊っていた記憶がある。

あの時のお姉さんお兄さんたちもノリノリになってくれて、「じゃあ元気にいくよ!」「楽しいからもう1回!」「踊っちゃえー!」

などと盛り上がった。

今度は吹部で演奏側になるとは思ってなかった。

あんな風に子供が喜んでくれるといいな。


アンパンマンのマーチ、今、改めて歌詞を読むと、ちょっとじーんとしてきた。

サビの前のメロディがホルンじゃん。

サビよりむしろここの歌詞が刺さる。

ここが吹けるんだ。

ちょっと嬉しいかもしれない。

音域も無理ない。

出来そうな気もするし、結構体力使いそうだから不安な気持ちもある。


一通り聞き終わった後、絵馬先輩は穏やかな口調で

「たくみんが1st、選んでくれる?」

と言った。


俺はちょっと考えて

「俺、今回の曲、全部好きなんです。

不安で悩んでいるのは、まだ上のファの音が安定して出せないんです。

マツケンサンバはこの音、けっこう響かせてましたよね。

大事な音だと思うんで、やりたいのと怖いのと、出来なかったら嫌いになりそうなのが嫌だったり…。」


絵馬先輩は笑顔で、ほうほう、と、うなずきながら聞いている。


「なので、できれば全部2ndがいいです。」


と言うと、絵馬先輩は急に大きな声で


「たくみーん、それは違うなあ。

もっとガツガツ行くんだよ。

『あ、好きな曲!俺やります!』って、出来なくても手を挙げる!」


と満面の笑みで言う。


「好きな曲嫌いになりたくないっす。

それに今週本番ですよ。間に合うかどうかも心配です。

まずは自分の出来る範囲を確実にしてから上の音域を…。」

という俺の話を遮って


「怖がり過ぎ!」

絵馬先輩は言い切るが


「音ミスったり、出せなくて抜けたらって考えたら…。」


考えただけで怖いし、鬱だ。

内田先生も怖い。


絵馬先輩は一瞬うーん、と考え込んで、その後慎重に言葉を選びながら聞いてきた。


「思い出すの嫌かもしれないけど、たくみん、小学校でサッカーやってた時って、試合で失敗するかも、だからやらない、ボール蹴らないって選択肢あった?」


俺は

「ないっす。」

と答え、自分で、あっと気が付くと同時に絵馬先輩が

「それと同じ。試合か演奏かの違い。

もっと言うと、期末テストで間違えるかもしれないから答え書かない、ってことはしないでしょ。

何とかひねりだすと思うんだ。

同じことだよ。

やってごらん。失敗は成功の元って本当だから。

失敗しても、それ以上に出来るようになるから。」

と言った。


頭では分かった。

まだ勇気が出せない。

ここで戸惑っているぐらいなのに、本番舞台で緊張したら、もっとできない気がしている。


悩む俺を見て絵馬先輩は、ノートを一枚びりっと破った。


「何してんすか?」

と聞くと

「くじで決めよう。」

と答えた。


「なんでくじ…?」


「たくみんに足りないのは、気持ちだけ。

夏休みに相当鍛えられて十分実力あるんだよ。

この楽譜はコンクールでやった曲や、これから新人戦でやる曲に比べたら簡単だし、

好きな曲なら、なおさら伸びる。

見えてる現実で自分の可能性つぶす選択しそうだから、見えない手に導いてもらおう。」


「まじ、何言ってんすか?」

問いかける俺の声を無視して、絵馬先輩は破いたノートを折っては手で切っていく。


「まず、1stを何曲やるかを決めよう。」

細かく切った3枚の紙にそれぞれ1、2、3と書いて折りたたんで、手の中で振って、机の上にバラっとまいた。


「この中から1枚引いてみて。」


…そんなんで決めるんだ。

こういう時って内田先生に相談して決めるとかしないのかな?


そう思いつつ、言おうかとも思いつつ、1つを選び、開いてみると


1


と書かれていた。


「そうか、今のたくみんは1曲は1stってことだ。」


…ん、まあ、妥当ではないでしょうか。

今ホルン2人だけだし、絵馬先輩だけに1stって、どんだけ負担かってことも理解してる。


絵馬先輩は、またビリビリと紙を破いて、カリカリと書き込み、小さく折りたたんで、さっきと同様に手の中で混ぜて、机にばらっと置いた。


「今度は曲。何が出るかな?」

歌いながら、くじを引くように促してきた。


ひいたくじを開いてみると、

ハッピー・ジャムジャム

と書かれていた。


俺が1stをやるのはハッピー・ジャムジャム1曲となった。


楽譜を受け取り、急いで読み込み、間違えそうなところに指番号を書いたり、臨時記号をマークした。


「たくみん、1stだからっていきなり全部1人でやれ、ってことはないから安心して。

練習はちゃんと見るから。」

と、優しい口調で絵馬先輩は言った。


いつものパターンなら、個人練である程度やってからパート練で合わせる流れだと思うけど、今日は、譜面をさらうところから、一緒にやってくれた。


個人練で間違った音に気付けず、そのまま体で覚えてしまって、修正するのに時間がかかることがあったが、今回は間違ったところで最初から指摘をもらえたから、安心した。


どこでタンギングをするのか、

フレーズのまとまり、どこを一番盛り上げるのか、

ざっと3曲をさらっていき

今できなかったところを個人練する、という流れになった。


絵馬先輩によるレッスンだった。


正解がわかれば、後は練習あるのみ。

いつの間にか不安は消えていた。

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