014.追加
朝からだるかった。
喉の調子が悪い。
熱はなかった。
感染症のリスクを考え、念のため使った検査キットは陰性だった。
潜伏期間の可能性もあるとは思いつつ、原因に心当たりがある。
たぶん音楽の時間で合唱で無理矢理声を出したからだ。
のど飴ですこしよくなった。
朝練で久々にひたすらロングトーン。
呼吸と音に集中する。
修行僧のようだ。
口の周りの筋肉が鍛えられていたようで、ロングトーンに耐えられるようになってきた。
休んだからとて、すぐ下手になるわけじゃないんだ。
むしろ筋肉で言えば、休ませる時間は必要だし。
朝練をやっているうちに体が目覚めて来た。
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夏休みから今も、ほぼ部活のために学校に来ているようなもの。
給食以外の6時間の授業で睡眠と休憩を取って部活に備える。
で、放課後音楽室へ行って、まずはダンスで忘れてないことの確認。
そしてパート練習。
5曲のうち、1曲はダンス、後の4曲を来月には出来るようにしないとならない。
今までみたいに、2曲…いや3曲を徹底して練習する、というのとは違って、短期間で5曲を仕上げるとなると…。
片っ端からまずやってみるか。
青と夏、これを1stでやることにした。
絵馬先輩のおすすめ、負担軽減、自分の成長を考えてのこととは言え、好きな曲で1stが出来るっていうのは何だかわくわくするようになった。
ちょっと気になったのは、本当は絵馬先輩はこの曲を譲ってくれたんじゃないのかな?っていうことだった。
かと言って、それを理由に1stから逃げてる、押し付けてる、ってことになるのも違うので、頑張るしかないのだが。
もやもやが続くのも気持ち悪いから、思い切って聞いてみた。
「絵馬先輩、この曲好きで、本当は1stやりたいのに、譲ってくれた、ってことはないですか?アイスの時みたいに。そういうのだと心苦しいんです。」
と言うと、絵馬先輩は、一瞬驚いた顔をした。
その後、絵馬先輩は自分の楽譜のファイルを開いて見せてくれた。
そして指差しながら
「『オーメンズ・オブ・ラブ』これね、ここ見て、ユニゾンだけど、ホルン音域めっちゃ高いじゃん。あとここ、軽く天国見えてくる。
あとこの『ルパン三世のテーマ』ここで完全に口の周りどころか顔ごと…。」
「すみません!頑張ります!」
マジの分担しないと、どえらいことになるやつだ。
青と夏は、ボーカルの歌い方にビビッて難しいものだと思ったけど、サビに関して言えば、主に4分音符と2分音符で助かった。
それにオブリガードもそんなに高くない。
「たくみん、コンクール終わったら、もう初心者じゃないんだよ。
それに2人しかいないから、順番にやろう。
たぶん、やってみたら意外にできるもんだよ。
それにね、他のパートも徐々に1年生に何曲か1st渡し始めてるんだ。
もしできそうだったら、他の曲もやってみる?」
と真剣に聞いてきた。
「いえ、無理です。まずは青と夏を頑張ります!」
と言うと
絵馬先輩はファイルをめくりながら
「あ、もしかしたら、天体観測とかWe Will Rock Youとかもいいかも。
We Will Rock Youは低音がメインになるところが多いから、
負担はすくないかもしれないし…。」
と考え始めた。
俺はあわてて
「あ、多分、青と夏で精一杯です!」
と言ったが
「決めた!たくみん、We Will Rock Youも1stやってみ。交換交換!」
と言って、ファイルから楽譜を引き抜いて俺に渡してきた。
「え!いや、そうなるとは…。」
「いいからいいから、先生に交代って言われたら交代しよう。それで間に合うから。
大丈夫大丈夫!たくみんの楽譜持ってきて。私2ndやる。」
もやもやを消すために質問したら、えらいことになってしまった。
言われるがまま、譜面の交換、軽く後悔。
俺にとっては、ちょっと高い音が続くんだけど…。
そこへ教室の戸が開いた。
岩尾先輩だ。
「藤村、内田先生が呼んでる。
多分新人戦の曲の事だと思う。」
と言っていた。
絵馬先輩はわかった、と言うと
「たくみん、頑張ってね。今日はとりあえず軽く譜面さらってみて。
演奏時間はコンクールの倍はあるからね。
今からバンバン吹き込んでおくんだよ!」
はい、と返事すると同時ぐらいに教室を出て行った。
新人戦の曲…。
曲が追加になるのか?
練習というより、一通り譜面を見て、音を出してみて、というので時間が終わった。
音楽室に戻ると、既に内田先生がいた。
何かいつもと様子が違う。
そばに岩尾先輩、絵馬先輩、大坪先輩がいるからかもしれない。
いつもならそこは山田先輩が仕切っているところだ。
もう体制変わるのか?
内田先生は
「今日この後は新人戦のことで、1、2年生には伝達があるから残るように。
3年生は帰っていい。」
と言うと、3年の先輩達は、はい、お疲れ様でした、と言って、ささっと片づけをして音楽室から出て行った。
その様子を見ながら内田先生は話始めた。
「毎年1月頃、1、2年生だけで新人戦が行われる。
冬のコンクールといったところだろうか。
出場する組がA組、B組とある。
違いはA組は課題曲と自由曲があり、12分以内。上位大会がある。
夏のコンクールとほぼ同じ。
課題曲は過去の吹奏楽コンクールで演奏されたもの。
今年のものでなくても、何年前のものでもかまわない。
B組は自由曲1曲のみ。上位大会はない。
時間は6分以内。
それで、新人戦は夏のコンクールを見据えてA組での出場を考えている。
曲だが、まずは課題曲、1989年度課題曲D、『ポップス・マーチ「すてきな日々」
』
自由曲は『展覧会の絵』。
全曲やると30分は超えるので、その中からプロムナード、リモージュの市場、キエフの大門をカットしてつなげるという方法を取る。
まず、楽譜なしで音源を聴くように。
課題曲から。」
そう言って、音源を流し始めた。
ホルンの音、ほとんど聞こえないんだが、気のせいか?
何かの楽器と一緒の音で目立たないのかもしれない。
と思ったら、最後の方で高めの音域でオブリガードが出て来た。
2小節ぐらいだろうか、これも高い音でメロディがあるのでは?
途中グリッサンドっぽいのが聞こえた気がする。
それに、何か、聞いたことあるなあ、何だろう。
華やか感じとゆるそうなところがあるけど、演奏するとなったら、めっちゃトリッキーだったりするのかな?
内田先生は
「次、展覧会の絵、プロムナード」
そう言って音を流し始めた。
あ、よく聴くやつだ。
これはわかりやすい。
「続いて、リモージュの市場」
とにかく速い。
音譜が多い。
ホルンがどれかわからない。
頭の中は???しか湧かなかった。
演奏のイメージがまったく湧かない。
「キエフの大門」
キエフってキーウのなったんじゃなかったっけ?
と思いながら聴いていた。
これは絶対聴いてる!
えっと、あの番組でずっと聴いてる!
頭の中には、いろんな風景とタレントさんのリアクションが出てくる。
音楽を聴きながら、すでに、何だこれ!という風景で驚いている感情になる。
いや、コンクールの曲だ。
ホルンはどれだ?
ホルンソロは…ないな?
聴いただけでは、何ともわからない。
それは譜面を見ても同じなんだけど。
いまいち実感が湧かず、とりあえず、心の中は目の前の学芸発表会の練習だよな、コンクールの件は先送り、と思っていた。
内田先生は
「今回の新人戦の練習で、プロの先生によるレッスンを数回予定している。
また夏コンの練習でやった、指揮練、あれはやらないこととした。」
安心。
あれが毎回コンクールであるとなったら地獄だし。
今考えると何の意味があったんだか。
ただただ無茶振りというか、パニくったし。
ただ次の内田先生の話で凍る。
「今回は『1人コンクール』を行う。
12分以内に1人で課題曲、自由曲を演奏する。
自分のパートの演奏をする。
休符のところはメロディを歌う。
全員が奏者であり、審査員だ。」
夏コンより地獄展開じゃねえか。
1人で舞台って無理だよ。
また緊張で吐くって。
冷や汗が出て来た。
内田先生の話は続く。
「スコアで演奏を確認したり、演奏している様子を見て
審査用紙に、どこをどうしたらいいか、ということを記入してもらう。
もちろん、自分がそうされるということも。
部員が記入した審査の評価用紙を演奏した人に直接渡すことは、しない。
一旦私のほうで受け取り、内容確認後、各々にまとめた形でフィードバックをする。
集計、講評にはまたAIを導入する。」
…あー…。
また、AIの、あの人達ね。
「体育館練習やホール練習も予定している。
体育館練習では、夏コンのように、観客を入れる。
人の目に慣れることも必要だから。」
いろいろ蘇る夏の記憶。
悪くはないけど、冬バージョンはどうなるんだろう。
3年の先輩は仮引退で、頼りの白川先輩は不在になるし。
内田先生は
「本格的に練習に入るのは学芸発表会後だが、楽譜や音源は準備中。出来次第、渡すようにする。1人コンクールは、学芸発表会後、1週間以内には行うので、今から同時進行で練習しておくように。
また日程は後日抽選があるので、決まり次第、そこに合わせて練習日程を組む。まずは事前の情報共有とした。
以上。」
と言った。
号令は、新部長の岩尾先輩だった。
部員も、きっと岩尾先輩本人もまだ慣れてない。




