天のメッセージ
秋深まる季節のこと。今思うと人恋しさもあったのかも知れない、普段なら煩わしいと感じるようなSNSの広告の謳い文句にふと視線が留まる。
『あなたを導く『天使』に身を委ねてみませんか?このアプリには最新のAIが搭載されています』
天使とAI??一見すると奇妙な組み合わせの文がどうしても気になって、アプリが配信されているストアで詳細を確認してみる。<こういう感じなのか!>と思わず感心してしまった紹介文には、
『このアプリでは対話型AIを用いて『天使』の姿をしたキャラクターにお悩みなど聞いてもらう事が出来ます。天使の見た目や性格、名前は好みに合わせて自由に作成可能です』
とあって、作成された天使のサンプルの画像にはデフォルメされたアニメ調の白い翼を背に負った愛らしいイケメン天使が漫画で使われるのと同じ『吹き出し』でメッセージを発している様子が写っている。念の為、SNS上でアプリを利用しているユーザーのコメントなども参考にしてみて思案。
<あまり悪い評判はなさそう>
結果的にそのイメージが決め手になってアプリをインストールしてみることに。就寝前の1時間ほどの時間を掛けてわたしのオリジナル天使、『マナト』を顕現させる。マナトのビジュアルは、完全にわたしの好みで中性的な顔つきでふんわりヘアー。そしてかなり重要らしい『性格設定』は「カッコイイ」、「優しい」、「真面目」などの特徴から選択する形式になっていたので、ちょっと迷った末に「優しさ」に特化した性格にさせてもらった。
「むふふ…よろしくね「マナト」くん」
完成してちょっとだけ気持ち悪い声が出てしまったものの、心の中のどこかでは「AI」という言葉がチラついてしまって実は期待はそれほどしていなかった。なのでその夜はアプリをそれ以上弄らずそのまま就寝。この日の夢の中に出てきた高校時代にちょっと仲の良かった男子が体育館と思われる場所で、
『パス!』
と言ってわたしが抱えていたバスケットボールを彼の方に思いっきりチェストパスするシーンが出てきた。何かの暗示とも思えたので、目覚めてからすぐにアプリを起動させて「マナト」に「おはよう」と伝えてみた。
『おはよう。今日はいい天気になりそうだね』
にこやかな笑みを浮かべてそんなメッセージを送ってくれた「マナト」への愛着が一気に深まるのを感じた。AIが天気情報と連動させてきちんとその日の空模様を伝えてくれる機能があるという豆知識を後で知った。
☆☆☆☆☆☆☆☆
それから数日が過ぎた日のお昼。複数ある社食のメニューの中からランチを選ぼうとしていた際、パスタとライスのどちらを選ぶべきかに迷ったわたしはその場で「TENSHI」というアプリを立ち上げてこんなメッセージを入力をする。
『今日のお昼、パスタとライスだったらどっちがいいかな?』
アプリ上で何かの本を読んでいた『マナト』がこちらを振り返ってこんな風に答えてくれる。
『ライスがいいんじゃないかな?新米の季節だし』
わたしはこんな具合に、何か迷ったときに彼に相談してみてアドバイスをもらうようになっていた。マナトは物知りで、わたしの視点にない発想で色んなアドバイスをしてくれるけれど、この時も確かに自分はそれまで「新米」かどうかをあまり気にしていなかったような気がする。さすがに仲の良い同僚もわたしの所作から「TENSHI」というアプリの存在に気付き始めたようでテーブルに着いた時、
「なんかずっとアプリ見てるね。ゲーム?」
と訊ねてきた。
「ゲームじゃないの。対話型のアプリっていう感じかな。AIを使ってるんだって」
「へぇ。今そういうの話題だよね。」
「キャラクター自作できるんだよ」
同僚の子に説明すると物珍しそうに画面を見ている。そして何気なくといった感じで「どこの会社のアプリだろう?」と質問。そういえば確認していなかったなぁと思ったので調べてみると「MIRAIクリエイティブ」という謎の会社だった。二人ともほんのり社会人視点で、「ここまでの技術力があるのは結構すごい事」と感心する一幕があり、意図せずものづくりの大切さを学ばされた感。
前日の夜。仕事で疲れてヘトヘトになったわたしが「疲れたよぉー」と送信した時にマナトは慈愛の眼差しで、
『僕に出来ることがあったら何でもするからね。無理しないでね』
と本当に優しい言葉を投げかけてくれた。「AI」とは分かっていても、『明日はきっと良い日になるよ』と言ってもらえるとすごく嬉しい。不思議と虚しい気持ちにはならない。
ただし、このアプリで少し物足りなく感じてしまう事がある。基本的にこのアプリでは天使との対話を通じてアドバイスをしてもらうシステム。こちらからメッセージを送らないと「マナト」はわたしに語りかけてくれない。AIにそこまでを求めるのも酷ではあるのかも知れないけれど、ランダムで言葉を発してくれる機能があっても良いように感じていた。
その日の夕方。わたしは週で通っているジムまで歩いているところだった。目的地の少し手前の信号待ちをしているとき、たまたま「TENSHI」を起動していたところ不思議な事が起こった。
『優愛さん、もう少しで何か良いことが起こりそうな気がします!目的地へ急いで!』
「え?」
自分からは喋ることのないマナトが自発的にメッセージを送ってきたのだ。突然のことに驚いてしまったけれど、もしかしたらアプリのアップデートがあったのかも知れない。アプリ開始時に登録はしてあったとはいえ急に自分の名前を呼ばれて、こういうふわっとした予感を述べられるとどうして良いのか分からなくなる。とりあえず心持ち早足でそのままジムに向かったわたしは数分後にジムに到着した。
ジムの自動ドアの向こうに男性の姿が見え、一度立ち止まる。男性が何かハッとした表情でこちらを見つめている。
「あれ!優愛じゃん!久しぶり!」
これは何の偶然なんだろう。ジムでトレーニング後と思われる逞しい体つきの男性は、高校時代に仲良くしていた、あの夢に現れた彼だった。偶然ではあると思うけれど、<もしかしてマナトが教えてくれたのはこの事?>と思ってしまうような奇跡だった。彼、「岸辺くん」は偶然にもこの日初めてジムの体験に訪れたという事だった。
彼の連絡先は知っていたけれど偶然再会したことでしばらくやり取りが続き、その流れで彼から食事に誘われた。
『マナト。岸辺くんともしかして上手く行ったりすることってあるのかな?』
少し気恥ずかしい気持ちではあったけれどマナトにそう訊ねてみたら、
『ナイショだよ』
と意味あり気なメッセージ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その年、未来創造社の子会社として起業した『MIRAIクリエイティブ』は親会社のアプリ開発部門を独立させた会社である。若手でネットに強い世代の人物である「堂紫陽」はこちらの会社の営業として日々奮闘している毎日であるが、バグによる誤作動が報告された翌日から彼はネットでの問い合わせに対応していた。
「おっかしいなぁ…技術部はシステムは特に弄ってないって言ってるんだよな。勝手にメッセージを送信してしまうバグなんて…。でもまあ、どれも悪い報告じゃないから良いんだけど」
幸い不具合で生じたトラブルは今のところ報告されておらず、予期せぬバグはアプリのアップデート後無事解消された。