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カメラを回せ、俳優志望のかわいい姪がVRMMOで勇者になる!

作者: 黒目初志

 始まりは義兄の葬式だった。


 都心で売れない脚本家をやっていた俺は、ある日姉の夫が交通事故で亡くなったと知らせを聞き実家へと戻った。


 普段は鬼か皇帝かと言わんばかりに気の強い姉が恐ろしいくらい消沈していたのだから帰らないわけにはいかなかった。


 早くに両親を亡くした俺達はただ二人の家族だったが、それはまるで俺達以外の家族を許さないと言わんばかりで。


 それは彼女と義兄の子供にも言えた事らしく、長男は死産し、次に産まれた長女は事故で二歳程で亡くなってしまった。



「私達、呪われてるのかな」



 普段は気丈な姉が俺の姿を見るなり泣きついてくる。


 そんな事は無い、というにはあまりにも悲劇が重なり過ぎた。


 だが清廉潔白に生きてきたとは言わないが、誰かから恨まれるような生き方をした覚えはない。


 つまり宿命なのだろう。


 俺が仕事で成功しないのも、彼女が家族を奪われるのも。


 ただし希望はある。



「叔父、さん?」


「亜璃子、久しぶりだね」


「叔父さん……!!」



 『亜璃子』――――姉さんの次女で、虚弱体質ではあるものの十歳になる今の今まで生きている。


 彼女と最後に会ったのは三年前だったが覚えてくれていたらしい。


 それなりに有名な俳優だった父を強く尊敬していた事を覚えている。


 今、その心境を計り知る事は俺には出来ない。


 ただその日は、姉と姪と三人で静かに義兄の死を悼んだ。



 ◆



 あの日以来、俺は姉さん達と同居し亜璃子の父親代わりをしている。


 元々仕事はVR通信でもやり取り可能だったが、物理的な距離が近いと色々都合が良い事が多いので都内に住んでいただけの話だ。


 そうして一年が経った時、亜璃子は義兄のような俳優になりたいと言った。


 俺は、正直厳しいと思い彼女を静かに嗜める。


 彼女は年の三分の一は保健室で授業を受けている。


 体力は皆無に等しく、病弱ですぐ体調を崩す。


 俳優がいかに体力を使う仕事かはそれなりに理解しているつもりだ。


 ただし……彼女は若い。


 体力・体質の問題はちゃんとした身体作りをすれば成人する頃合には改善される可能性がある。


 十年計画になるが、やりきる覚悟はあるかと尋ねると彼女はそれを承諾した。


 姉さんにその事を伝えると、さめざめと泣きやや消極的な態度を示したが体質改善の必要性とそのモチベーションの為の必要性を説くと了承した。



 ただ、それだけでは不十分だと思った。


 俺は趣味でやっていたVRゲームが体質改善前の演技のレッスンに最適だと思い至り彼女へと勧める。


 『TPG』――――『Trans Phantom Garden』


 Blessing Cursシリーズで有名なニアソフトウェアから出たVR MMORPGで非常に高い自由度が売りのゲームだった。


 プレイヤーは開拓中の惑星にアバターを用いて降り立ち、既に開拓済みの場所を基点に未開拓地帯に住む原生生物の討伐ないしは捕獲・調教し開拓を行う。


 加えて単純なアクション要素だけではなくアバターの改造、住居や搭乗する乗り物の作成等、多くの要素が絡み合うゲームだ。



 加えて公式サーバーの中には『フルロールプレイングモード』のサーバーが存在する。


 此処では敵味方問わずNPCが高度AIで制御されまるで生きているかのように反応するのだ。


 そのサーバーにおいてはプレイヤーも必然的にその世界の人物としての行動を求められる。


 当初は多くの人で賑わっていたが此処では現実と同様の振る舞いを求められ、加えて『TPG』の世界観を踏まえた反応もしなければならない。


 やがてライトプレイヤーは離れ今ではコアファンや個人サーバーを除き比較的人数が少ないサーバーである事から何らかの特殊な遊び方をする事を目的とする人が集まっていた。


 俺達は後者になる。


 だが、始めるとあれよあれよと話は転がっていき、いつしか亜璃子はこのサーバーの『勇者』と呼ばれるようになっていた。


 NPCならずプレイヤーからも。


 体力の軛の無い彼女は父親譲りの、いやそれ以上の演技の才能を持っていたのだった。



 ◆



 彼女が小学校を卒業するまではいわゆる慣らしだった。


 VRゲームはあまり幼少期にやるのはおすすめ出来ない。


 現実とVRの区別が曖昧になり、肉体で不可能な動きが出来ると現実でも思い込んで行動しがちだ。


 故に小学校を卒業するまではTPGはプレイさせず現実の肉体と同程度の動きしか出来ないプラットフォーム内での行動を行った。


 それでも彼女はほぼ無尽蔵の体力を得た事に感激して燥いでいたが、現実でも同様に行動してしまい息切れでVRゲームの危険性は理解したようだった。



「というわけで今日からチャンネル解説します」


「えっ!?」


「亜璃子ちゃんの勇姿をつぶさに観察し皆さんにも楽しんでもらおうかなと」


「恥ずかしいよ!」


「人気が出ればお金も出るよ」


「えっ」



 そして本格的な活動が始まった彼女の中学二年生になった頃で、俺達は趣味と実益を兼ねて動画配信サイト『WeNDo』にてチャンネル『Alice In TPG』を作成した。


 小学生時代に行った演技指導で公式の『フルロールプレイサーバー』に殴り込み、彼女の活躍を一つの物語として配信し、あわよくば収益化して儲けようという話である。


 もっともこの時点でTPGはサービス開始から四年が経っていたし、非ロールプレイサーバーや個人サーバーである程度やれる事はやり尽くされた感じであった。


 追加コンテンツも適宜更新されていたが、原生生物の追加が主であり、時折マップが更新され新しい開拓地が現れる。


 ただ、ゲーム的にやる事はそこまで変わらない為、定着したファンからの支援でサービスが続いている、みたいな感じだ。



 そんな中に放り込まれた役者の卵未満は、チャンネル名にもなっている『アリス』の名前を使い、NPCやプレイヤーとの交流していく。


 現在、プレイヤー達は開拓地の最新部にいる超巨大原生生物『ジャバウォック』を討伐する計画を立てていたが、明らかに人数が足りないという事が話題に上がっていた。


 他のサーバーから誘致しようにも、購買のみならスキル値の上昇にもNPCとの交渉が必要で一から始めるとなると倦厭される。


 そんな中に放り込まれた俺達――――特にアリスは姫扱いで――――熟練のプレイヤーから手厚い施しを受けた。


 システム的な知識や恩恵から、まさにこの世界で演技するのに重要な世界観についても。



 かつてこの開拓惑星『M668』には多くの開拓者が居たが、凶悪な原生生物により撤退を余儀なくされ、新たに訪れるものは極僅かだという。


 アバターを用いた開拓者『プレイヤー』達は死なないがその分無茶な行動をしがちで、その癖すぐ居なくなる。


 時折変な発言が多いが、おそらくアバターを用いる際に脳がおかしくなるんだろう。


 そんな散々な近況がプレイヤーやNPCから語られ、アリスはややゲンナリしていた。


 そもそも演技をするにしても、ストーリーはどうするのかと厳しい指摘が入る。


 一応物語仕立てでチャンネルを運営するし、演技の指導的にもその点は必要だろう。


 故に俺はネットでいくつか使えそうな事例をかき集め、行動を開始した。


 ひとまずの結末は『ジャバウォックの討伐』だ。



 まずは資金調達と慣れの為に仕事を繰り返す。


 次いでジャバウォックの情報を集める。


 最後にNPCのプレイヤーへの好感度を上げる。


 地道な下積み時代ももれなく動画に残し、編集してそれっぽいのに仕上げて投稿する。


 チャンネル数は伸びなかったが、まあ最初はこんなもんだろう。


 そうして半年後、俺達は超巨大原生生物を倒すという『クライマックス』の為に本格的に行動を開始した。



 まずジャバウォックに単騎特攻し玉砕した。


 敵の強さを理解したアリスはプレイヤーのみならずNPCを総動員しジャバウォック討伐を提案する。


 プレイヤー達はNPCが死ぬと補充されず最悪システム面での自由が利かなくなるので渋っていたが、人数が足りない現状使えるものは何でも使うべきだと説いた。


 最終的に双方人的損害を出したくないという思いから、多くのNPCは後方支援に回ってもらう。


 ただそれだと前衛が圧倒的足りないので――――俺がなんとかした。


 自動操縦のロボットを幾つか配置し、囮として攪乱させる。


 火力は熟練のプレイヤー頼りになってしまうが、勝ち筋はこれしかないだろう。


 『マッツ』と名乗る熟練プレイヤーを筆頭にジャバウォック攻略戦が始まるが戦闘は熾烈を極めた。


 大金を掛けて作った自動操縦ロボット部隊は開始三十分で壊滅した。


 残りの一時間、ベテランプレイヤーがかなりジャバウォックの体力を削ってくれたが、それでも倒しきれなかった。


 俺も自動操縦ロボットを指揮していたが、乗っていたロボットが破壊され無力化しなんとかカメラをAliceに向けるので手一杯だった。



 そして――――味方の最大火力だった『マッツ』が破れ、前衛は壊滅した。


 敗北を悟ったNPCはNPC側の指導者である『ハートルッド』により撤退を開始する。


 プレイヤーのリスポーンは拠点からになる。


 設営された前線基地も全て破壊されておりプレイヤー達のリスポーンは開拓都市からとなり、そうなるとかなり距離があり、復帰は望めない。


 戦闘が終了するとジャバウォックは指定位置に戻り急速に体力を回復する。


、万全を期したが敗北だった。


 もう十人、いや五人ベテランプレイヤーがいれば押し切れたかもしれないと、そう思わせる戦いだった。


 これはこれで映えるだろうが、半年間の努力が無駄になったのは残念としか言い様がない。


 それは、彼女も同じようだった。



 アリスがその場に残った武装と機体を駆って駆け抜ける。


 疲弊したジャバウォックはそれでも三割程体力を残しており半年間でレベルを上げたAliceといえどもまだまだ荷が重過ぎた。


 だが彼女は驚くべき集中力を発揮し、亜璃子ではなく"アリス"として、まだ戦いは終わってない事を告げた。


 熟練プレイヤーが戻ってくるまで耐えれば戦闘は継続される。


 ジャバウォックを回復さえさせなければ、もう一息で討伐可能なのだ。



「私は、諦めたくありません……!」



 搭乗する機体の無線を通じて、何人かのNPCが足止め作戦に参加するも、数分と持たなかった。


 それでも、アリスは驚くべき集中力を発揮し慣れない機体で耐え続けた。



「叔父さん!」


「叔父さんって言わない!」



 無論、それはカメラを回し続ける俺も同じで、残っていた車両で彼女の援護を継続した。


 そうこうしている内に全体チャットで呼びかけていたベテラン勢があり合わせの武装で駆けつける。


 その時には驚くべき事にジャバウォックの体力は1割まで減っていた。



「アリス、トドメはキミに!」



 マッツの武装を受け取ったアリスの一撃がジャバウォックの首を断ち切り、長い長い戦いが終わりを告げる。


 NPCに出た犠牲者の弔いと、ジャバウォック討伐の祝賀を兼ねた祭りが開かれ、プレイター・NPC問わず戦いの終わりを喜んだ。


 特にアリスの持ち上げられっぷりは凄く、実際今回の勝利の立役者だった。


 そうして嬉しい事に、この勝利を機にWeNDoのチャンネルで配信していた動画の再生数が爆上がりして収益化が可能となった。


 なんでも有名掲示板で動画が取り上げられたらしく、そこから火が付いたらしい。


 激動の中学二年期が終わり、中学三年生になった彼女は受験に向けてしばらく活動休止を宣言する。


 だがそれと機を同じくしてTPGは五周年記念に新システム「魔法」を公表した。


 にわかにTPG界隈は慌ただしくなり、俺も単独で彼女が復帰するまでのチャンネル動画を撮ったりもしたが、いかんせん評判は良くなかった。


 そして彼女は近隣の名門高校に合格する事になる。


 演劇科のある高校に進学する事も考えたそうだが、その点は俺に一任するので基礎を固めたいとの事だった。


 その頃には彼女の体質は多少改善されていたが、それでもまだ十分とは言えなかった。



 ◆



 亜璃子が高校に上がってからは現実で多くイベントがあったように思う。


 まず俺の書いた脚本が当たり、そこそこ有名な子供番組の脚本でレギュラー脚本を書かせてもらえる事になった。


 半年の仕事とはいえ、ほぼ毎週の番組脚本を書き上げるのは筆の速さが必要だが、俺にその実力はない。


 故に費やされるのは仕事外の時間と、他からアイデアを持ってきて尚且つパクリだと言われないようにする技量だ。


 チャンネルの運営は正直難しく休止は延長かと思ったが、亜璃子の方でも転機があったらしい。


 高校の先輩に『マッツ』がいたのだという。


 ふとした切っ掛けで身バレした二人は、意気投合して一緒にチャンネル運営をしようという話になったのだそうだ。


 ……それって、ヤバくね?


 と親心は思ったが、渡りに船であったのも事実だ。


 この半年間が終わった後はどうなるか分からない以上、副次収入であるチャンネル活動はまだ継続しておきたい。


 とはいえ分け前が三等分になるのはやや厳しいか?


 まあ、代理期間中は三等分で暇になったらその際また考えればいいか。


 などと考えていた俺は後に後悔する事になる。



「ア、アンチって……」



 レギュラーを終えてひとまずの休暇期間を得た俺がTPGに戻ると何だかギスギスしていた。


 加えて動画に口汚いコメントを残す視聴者が増えたように感じる。


 俺は今まで居なかった間に投稿された動画を見直してみて、その原因がなんとなく分かった。


 アリスとマッツ、非常に距離が近づいていた。


 今まで俺という撮影者は基本黒子で出来るだけ画面外に居る事に徹していたのだが、マッツはわりと気軽にアリスに話しかけ彼女もそれに応える。


 見る人が見ればこれは出来ているだろう。


 ある種、彼女のアイドル性が失われたのだ。



「これは……どうすればいいんだ?」



 一応事実確認の為に二人の現在の状況を尋ねると、付き合ってはいないらしい。


 マッツには遠距離恋愛中の彼女がいて、アリスもその気は無いのだという。


 だが若いという事はそれだけ変わるという事で、いつそういう関係になってもおかしくはない。


 特に二人はリアルでも接点がある。


 年こそは違うが、その点は考慮すべきだろうと。


 悩んだ結果俺は、俺の復帰イベント――ようは茶番を行う事にした。



 動画を撮っているマッツにサプライズを掛けてその主導権を奪い返す――というシナリオで動画を組む事にする。


 もちろんやらせで、マッツにも了承済みだ。


 というか、二人もアンチが増えた事は気にしていたらしい。


 俺が指摘するまで気付かなかったのはなんというか若いというかなのだが。


 結果だけ言うと、それなりに盛り上がって事態ややや収束する。


 もっとも微妙に火は残った感じで色々厄介事も起きたりするのだが……楽しい時間であった事に変わりはなかった。



 ◆



 何はともあれ怒涛の高校一年時代は幕を閉じ、二年、三年と時が過ぎた。


 当初は過疎っていたフルロールプレイサーバーは今では運営開始当初の賑わいを取り戻しているように見えた。


 一方でAlice In TPGも非常に大きなチャンネルとなった。


 マッツの彼女や他何名かのスタッフが入り、遂にはTPG公式のPVを撮るだなんて大役を任せられたり。


 季節は過ぎ去り、彼女の体質も大分改善された。


 それこそ、役者をしてもギリギリ大丈夫な体力を得られる程度には。


 亜璃子は高校卒業と同時にある事務所の所属となり、役者としての道を歩み始める。



 一方で俺は、会社を立ち上げた。


 VR技術を駆使して映像作品を作るスタジオで、立ち上げにはマッツの彼女が出資してくれたり、脚本家時代のコネが色々役に立ったり。


 登場人物が活躍する世界の素材はマッツがAI生成で作成し、役者はVR機器を装着してその世界で演技をしてもらう。


 この形は身体能力に自信の無い役者もバリバリにアクションが出来るし、ファンタジックなアクション映画を少ない予算で作成出来る。


 このスタイルで幾つか映画を撮ったのだが、そこそこウケが良く有名俳優や有名声優を起用した大型企画は会社の名前を大きく上げる一助となった。



 そして今度撮る大型企画は『アリス』が主役のTPGを題材とした話だった。


 TPGは既にサービスは終了して久しい。


 もっともそれはネガティブな意味ではなく、VR機器の次世代機に対応する形で新たに発売されたTPG2に全力投球する為だった。


 そちらはそちらで人気なようだが、社会の喧騒からなかなか俺達は手を出せないでいる。


 それでもかつての思い出と、熱意を思い返し、再び形にしていく。


 最後に特典に付属したチャンネルの作成経緯がまた別の波乱の切っ掛けになるのだが、それはまた別の機会に。

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