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01-2   リベルタスを復興せよⅡ(3/5)

 カナリアリートを試用して1週間が経過した。その間に色々な成果と発見があった。


 俺が直接携わっていない事項からだと、果樹園の整備が完了した。ちゃんと世話をすれば、1ヶ月後には実を収穫できるようになるらしい。それを聞いて最初こそ、だったら自然に実っていても不思議ではないと思ったのだが、実際は人が食べられるほど育つ前に野生の獣や虫に食べられてしまうそうだ。……こんなに早く実って1年中育つのであれば狙われて当然だろうと、初めて聞いた時はこの世界の農業の常識に驚愕してしまった。僅かにあった数種類の種も畑を作って植えたらしいので、果実よりは遅くなるだろうが、いずれ穀物や野菜も収穫できるようになるだろう。


 一方、俺が直接関与した事項といえば、まずカナリアリートが予想より真面目に仕事をしていた。マリアリスと千寿がこっそり監視していたが、意外とありそうな盗みやサボりは無く、ただ、足が不自由なため、洗濯が上手にこなせているとは言い難いという程度だった。でも、その辺りは直ぐにクリアになると考えている。


 他に想定より契約による対価を支払う負担が大きい事も初体験した。具体的な症状として、疲労感。実際、深夜にMPの消費も確認した。MPとはマジックポイントではなくて、メンタルポイント。直訳は違えども内容は一緒。精霊術で使用できるコストの残量である。ちなみに誰の分の対価を支払ったかというのは自覚できていて、思い込みではない根拠として払われた本人も自覚し、俺とは逆に大変リフレッシュされて、気力体力共に嘘みたいに充実しているとの言質を得ている。……多分、かなり元気を吸われた……そんな感じである。


 それと面接前には気づいていたが、【ユニット】機能のリストにコトリンティータの名前が表示され、【アビリティ】機能の一覧にマリアリスと千寿の名前があり、マリアリスから2つ、千寿から1つ、力を借りて巫術が使えるようになっていた。これ自体は歓迎していたのだが、悲報として無詠唱巫術なるものが不可能なことが確定。使用できる術が増えたら暗記が厳しいのではないかと不安になる。ただでさえ発動速度も不安なのに、噛んだらどうしようか。


 最後にコトリンティータが今日からLv2になっていた。それに伴ったことだと思うのだが、彼女の相棒である精霊が全長40センチくらいの2頭身幼女の姿に進化していた。その姿は髪や瞳の色が緑なデフォルメしたコトリンティータに似ていて、名はエイロということをコトリンティータから聞いた。俺とのコミュニケーションが可能になったのも驚く要素だ。ただ、その手段が身振り手振りなので、正確な理解に苦労することになる。緊急性を伴う時はイライラする可能性もあるとは思うが、普段はただただ可愛い2頭身幼女である。


 大雑把にはこんなものかと振り返りながら、1週間経過の早さを痛感していた。思えばアストラガルドに来て丁度30日目である。そう考えると1ヶ月早すぎるまである。


「今日で1週間。試用期間が終わるんだけど、続けられそう? 不満はない?」


「不満なんて、そんな……思っていた以上に幸せで、もっと厳しいモノを想像していたので」


 試用期間なので、任せていたのは屋敷内の洗濯。あと時間になったなら果物を切って、みんなに配るという作業だけである。もちろん、時間は余る。両足不自由で作業に対し多めに時間をかけるとはいえ、1日で行う作業量に対して少なすぎる。ということで、余った時間は自由に行動して貰った。


「今は自由時間多めだけど、以前話した通り、色々と習得して貰わないとならないけれど、それも含めて、今後もやっていけそう?」


「大丈夫です。頑張ります!」


 ……とりあえず、やる気はある。仕事中の態度は問題なし……むしろ良すぎる。じゃあ、次の段階だなぁ。


「じゃあ、これからは足の治療も始めようと思うんだけど、実は手段が2種類ある。念のための最終確認なんだけど、足は生まれつき動かなかったわけではない。……だよね?」


「はい。動かなくなって約4年くらいですね」


 彼女が10歳の誕生日を迎えた翌日、ずっと育ててくれた祖父が亡くなった。それが原因で彼女は孤児院へと引き取られることになったらしい。彼女が言うには、両親は生死不明。祖母は生きているとは聞いているが名前も含めて消息不明。そして、孤児院に来て1年未満だった頃に彼女が、一緒に暮らしている幼児のボールを木の枝から取ってあげた時、木から落ちてしまった。元々木登りは得意ではないのに、面倒を見ようと頑張った代償にしては大きなモノになってしまった。


 孤児院の院長は、病気や怪我を治す紋章術の使い手で、軽症であれば治療することができたらしい。しかし、彼女の怪我は院長には手に負えない程の重症。しかも、病院……ここでは施療院と言われているらしいが、そこで見て貰うには大金が必要。当然、孤児院にそんなお金はなかった。仮にお金を払ったとしても、治せたかどうかは判らない程重症だったらしい。


 この確認が重要で、現在の俺の使用する手段では生まれつきの障害は治せない。まぁ、そういう人にレベル表示がされることはないとは思うのだけど。


「オッケー。まず1つ目は従来の治療方法。治療用の紋章術を使用して、ゆっくりと治していく。これでも絶対治らないということは無いけれど、直ぐには治らないことは覚悟してほしい。そして、それを選んだ場合、カナのメイド職は解任となり、治り次第みんなと一緒に農業の仕事に従事して貰うことになる」


「えっ?!」


 突然の宣言にカナリアリートは当然驚くのだが、こちらを選ぶ可能性が高いと俺は考えており、それはそれで仕方ないと考えていた。


「もう1つの方法。それは俺と従属契約をする。それだけで驚くほどの速度で回復する。具体的な時間まではわからないが、来月中には完治すると思う」


 当然、カナリアリートは従属契約という契約紋章術に関しての知識は無い。彼女はこれまで屋敷で過ごしている間に書斎の本に関しての閲覧を許可していた。だが、契約紋章術について書かれている本は、古代精霊語で書かれているらしく、読めないのだという。……自動翻訳で読んでいた俺は全く気付かなかったことなんだけど。……『従属契約』という名称くらいしか知らない彼女にその内容は説明していないし、これまで興味も示さなかった。


「そんなに早く完治ですか?」


 そう尋ねられても仕方ない。所謂ゲームの回復魔法のように、即行で全回復するような精霊術というのは存在しないと言われている。簡単な傷であれば可能かもしれないが、従来の手段の場合、自然治癒力を増強させることで完治まで回復させるので、徐々に回復するというイメージだ。当然ダメージが大きければ回復時間もかかる。精霊術でも完治までとなるとかなりの日数がかかるというのが、この世界での常識のようだ。


「うん。多分、この世界では非常識な速度で完治する。ただ、カナ的に問題が1つある。従属契約には唇同士を重ねる必要がある。面接の時に好きな人はいないと聞いたけど、脚を治すためとはいえ、俺とキスできる?」


 例えば、密かに好きな人がいる……なんて場合は無理だろう。仮にいなかったとしても俺とのキスは生理的に無理……なんて可能性もある。


「いいですよ」


「いいの?」


 俺の心配も杞憂だったくらい、彼女はあっさりと承諾した。


「それ以上に酷い扱いをメイドになった時点で覚悟していました。しかし、今まで優しく接してくれた上に、セクハラされたこともありませんでした」


 ……セクハラなんて言葉あるの? と一瞬思ったが、自動翻訳でそう訳されただけかと直ぐに悟った。


「なので、キスくらいなら平気です」


 まぁ、キスも充分酷いこと……そう認識されているのはわかっているわけで。


「ごめんな」


「謝らないでください。脚を治して頂くのですから」


 設定当初は「もし、従属契約の特権欲しさに契約を望む輩が現れた場合、断る口実として都合が良い」という考えが9割以上を占めていたのも事実。唇同士を触れさせる行為にここまで罪悪感を抱くことになるとは、その時点で想定していなかった。


「わかった。覚悟が鈍る前にさっさと契約してしまおう」


 勝手ながらキスを経験したことで好奇心より良心が勝り、かなり心が痛んだのだが、今更善人ぶるなよと自分にツッコミを入れつつ、昨晩の内に用意しておいた紋章術用のインクが入った小皿とコトリンティータの時に使った詠唱する文言のメモを持って来る。描くべき紋章を一度確認してから、彼女の両方の掌を拝借して紋章を描く。


「よし、これで準備完了。メモの内容は暗記できた?」


「はい、大丈夫です」


 まぁ、そんな長い内容でもないし、一瞬憶えるだけなら大丈夫なはず。彼女が言い間違えないようにさっさと始めるべく、お互いの手を繋ぐ。両手で貝殻繋ぎというやつだ。彼女に対して頷くと、詠唱を始めた。


「わたし、カナリアリート=クレイディアは、タイガ=サゼの指し示す道を切り開く剣となることを対価に契約します」


 詠唱を始めると同時に組まれた掌から光が溢れ出す。そして、詠唱が終わるのを確認すると膝を屈め、車椅子に座る彼女の唇に唇を重ねる。すると、ゆっくりと光の強さが弱まっていき、やがて完全に消えた。


「おつかれ。これで契約は完了。次はこれ」


「これは石……いえ、鉱石ですか?」


 この世界に宝石という概念は存在しない。装飾のためだけに石を身に付けるという習慣がない。あるのは鉱石と霊石と呼ばれる……例えるなら、MP版乾電池と言ったところか。だが、今取り出したものは霊石でもなければ鉱石でもない。


「これは宿主を選ぶ石。名前は『心の葡萄石』といって、カナに力を与えるモノだよ」


 厳密に言えば石ですらないんだけどな。説明が胡散臭くなるから省略である。


 何で俺がそんなものを持っているのかというとマリアリスから貰ったから。日本で暮らす一般人がそんなものを持っているのだとしたら、それは間違いなくフィクションである。でも、悪魔は実際に持っていた……ってだけの話。


 この石のような物の正体。それは封印された状態の魔女の魂だという。普通に宝石に見えるから、何となくググって似た宝石名を俺が付けた。マリアリス曰く、適正ない人にとってはただの宝石だという。そんなもんプレゼントされても……と当時は思って彼女に返したのだが、この世界ではかなり役立つ装備っぽい。


 葡萄石……プレナイトと呼ばれるマスカットのような色をした宝石なんだけど、この石も専門家以外が見れば同じモノと判断するくらいの葡萄石そのまんま。でも、適性があるカナリアリートが持つと話は別。


 ……使い方? 俺は当然知らないけれどマリアリスなら知っている。俺は彼女が言っている言葉をそのまま伝言するだけ。


「コレがでしょうか?」


 そう言いながら、俺から受け取った『心の葡萄石』を摘まんで光にかざす。


「まぁ、精霊や紋章みたいなものさ。もちろん、使いこなすのに訓練は必要なんだけど」


 実は面接を行った際、部屋に隠すように石を置いて、その石の存在を知覚できるかどうかを見ていた。そして知覚できたカナリアリートがメイドとして採用されたというわけである。知覚と言えば聞こえが良いが、要は魔女に寄生するための宿主として選ばれただけなのだが。


「わぁ、綺麗」


 本当であれば、宿主として選ばれた者が触れば寄生され、肉体に侵蝕していくのだが、従属契約の効果により彼女の身体を魔女は奪うことができないという仕掛けだ。肉体を奪えないので行動の自由は得られないが、カナリアリートが石に触れているだけで、魔女に対し生命エネルギーと精神エネルギーが供給される。それだけでも魔女がカナリアリートを利用する価値があると判断するらしいのだ。


「まぁ、物は試し。まずは、この本を触れずに持ち上げてみようか?」


 そういって机の上の本を指す。もちろん、事前にどんなことができるかはマリアリスに確認済み。……とはいえ、誰も使えないから目視したわけじゃないんだけどね。


「えっと……どうやれば?」


 マリアリスに視線を一瞬送り、彼女がする説明をカナリアリートに伝える。


「そうだなぁ……えーっと……イメージをして。その石はカナの身体の一部。身体には血が巡り、神経が張り巡らされ、生命力と精神力に満たされている。当然、石も同様のこと」


 やがて、『心の葡萄石』は仄かな光を放ち始める。


「その調子。そのまま、本を見て、見えない自分の手で本を持ち上げるイメージをする」


 そう伝えた途端、僅かながら本が重力に逆らって浮かび上がる。


「わぁ……すごいです!」


 浮いたことに喜んで俺を見た瞬間、集中が途切れたのだろう。本は机に落ちた。


「あっ……」


「ざっくりと説明すると、『心の葡萄石』の能力の第一段階は、無機質の物体を移動させることができる。今は試しで本を1冊移動してもらったけれど、熟練すれば、持ち上げられる重さも一度に移動できる数も増えていく」


 俺の説明にマリアリスは「説明バッチリデシ」と言ってくれているが、生憎それを聞いているのは俺と千寿のみである。肝心のカナリアリートには聞こえていない。


「しばらくはこの『心の葡萄石』を使いこなす訓練をして貰うから、それはカナが自分で管理していてね」


「宜しいのですか?」


「うん。無くさないようにね」


 彼女は黄緑色に輝く石を再び光にかざして見つめている。


「まず、最初の訓練はコレ」


 そういって用意したのは、先程持って来ておいた使用人用の椅子の中で足の造りが一番しっかりしたもの。多分、使用人の偉い人が使っていたのだろうか、クッションの効いた座り心地が良い椅子で、常時座りっぱなしのカナリアリートにも負担が減るだろう。


 俺は彼女を車椅子から下ろし、その椅子に座らせる。


「まずは自分の座っている椅子を持ち上げて見て。落とされないように注意しながらね」


「やってみます」


 自分が乗っているからなのか、椅子は持ち上がるが、あまり高い位置まで上げる気がないようだ。……まぁ、今はそれでいいだろう。


「うん。持ち上がっているね。じゃあ、そのまま移動してみようか?」


 その移動はゆっくりと行われた。まぁ、まだ椅子を浮かせるということに自信がないのだろう。むしろ、覚えが早い方だと俺は考えている。流石、魔女に認められただけあるってことか。


「注意するべきは、椅子を床に引き摺らないこと。今日から車椅子は終了で、この椅子で移動して貰うことになるからね?」


「は、はい。頑張ります」


 そう言うとカナリアリートは深く息を吐きだす。長い時間の集中は疲れたのだろう。実際、人間の集中力なんて普通は1~3分くらいと言われている。もちろん、訓練を積めば、集中力も多少は長く維持できる。訓練を積まなくても好きなモノであれば、無意識に集中時間が継続されることもある。けれど、彼女には少なくともそんな訓練は積んだことないし、ましてや体験したこともないのだから、好きなモノというわけでもないだろう。


「今日から、しばらくはこの移動に慣れてね。時間がかかってしまうことを最初は気にしなくていいから、継続して続けられるよう、無理せずにやってね」


「畏まりました」


 部屋を出るタイミングで車椅子を運び出そうとするとカナリアリートに慌てた様子で呼び止められた。


「あ、あの、クルマイス……」


「もう必要ないだろう? これからは訓練も兼ねるのだから」


「ぅ……か、畏まりました」


廊下に出て、誰も人がいないのを確認してから声をかける。


「千寿、もういいよ。今日までお疲れ様」


 そう声をかけると、車椅子だったものはグニャリと形を変える。


「ふぅ、やっと解放された~」


 普段のちとせの姿をした千寿に戻ると、軽く伸びをした後、俺の部屋へと戻って行った。


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