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03-5   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅴ(3/5)

 ユーヤイズルさんと交代するようにワッカナイテが会議室に連れて来られる。


「ワッカナイテ=F=セレブタスと申します」


 怯えた表情を浮かべ、会議室に居る人達の顔色を伺っているように見えた。歳はたいして変わらないくらいの金髪碧眼の美少女……いや、この世界における美女である。この世界の人達は俺の美的センス基準だと全員が美男美女ではあるのだが、彼女がその基準の一段階上だということも理解できた。


 ちなみに彼女の情報は既に会議室にいる全員に共有済みである。


「まず、タイガ様には虚言を看破する能力があります。なので、偽りなく正直に答えて下さい。まずは、何故タッツオウガに協力する気になったのかを教えて下さい」


 数秒の間。


「……わたしは侯爵夫人になりたかった。彼に嫁いだのも、侯爵の息子だと知ったからです。それなのに現実は厳しく、貧しい。でも、彼が言ったんです。『侯爵が亡くなれば、間違いなく夫が侯爵家の長子だ』って」


 いやいや。この世界の常識では、次期侯爵はコトリンティータになるだろうよ。内心、そうツッコミを入れつつ、ユミューネさんに答える。


「ん? 割込み失礼。タッツオウガにカズサーシャさんと侯爵の話を話しましたか?」


 俺の問いに彼女は頷く。……コイツが諸悪の根源だな。


「タイガ様、もう宜しいですか? では続けます。貴女が治療師と名乗って精霊術を使っていたことは存じております。どういった経緯ですることになったのでしょう?」


「最初は『たいしたことはしなくて良い。ただ、少しだけ芝居をしてくれれば』とタッツオウガに言われました。芝居くらいなら……と、その時は後にこんな深刻な問題になるとは思っていなくて、軽い気持ちで引き受けました」


 この時点で、屑が屑を騙したとしか思えん……。


「でも、それが過ちでした。最初はただの治療師のフリをするというモノでした。ただ、騙す相手がワイズアル侯爵だけだと思っていたのですが、隣領のエスカモール侯爵や想定外で遭遇してしまった前リリィフィールド卿爵夫人まで……」


 あ~、狙ってヨークォリアさんに術を掛けたと思ったんだけど、事故だったんか。深読みし過ぎ……まぁ、推理が割とよく外れている……。


「ただ、この時は知らなかったんです。タッツオウガから貰った紋章術が遅効性の死に至る術だということを。最初は対象を疲労させる術としか聞いていなかったんです。本当です!」


 確かに彼女の言っていることは本当のことのようだ。ここまで正直に話すのは俺に嘘を看破する力があるという情報を信じたからだろう。


「では、貴女が使用した紋章術に関して、詳しいことを教えて下さい」


「治療師として借りていたのは、全部で3つです。1つは【施癒の復光】という回復系の術でした。内容は対象の精神力を使用して対象の体力を回復させる術だそうです」


 ……あれ? 俺の聞き間違いか?


「えーっと……確認します。治癒を必要とした者の精神力を使用して、体力の回復をさせる術と言いましたか?」


「はい」


 聞き間違えじゃなかった。……そんな紋章術が残っているのかよ。しかも術の存在を知らなければ、回復して貰っているのに疲れるという謎の術じゃないか。術者負担の無い術とか存在するとは思いもしなかった。


「もう1つは【老衰の呪触】。この術は最初、老化遅延の術と教えて貰っていました。ですが、ワイズアル侯爵が亡くなった後、この術は老化させる術だと聞きました。しかも、回復系の術で老化が促進され、死期を早めると……」


 あ~、やっぱり予想通りの術だったか。だから治療を拒否していたヨークォリアさんは死なずに済んだ。そして、多分カズサーシャさんは治療をすることができなかったのではないだろうか?


「最後は【誘性の呪香】で、この術を使うと自分の事を直ぐに信じてくれるようになり、疑い難くなるって聞きました」


 ん? なんでその術名でそんな効果になる?


「1つ質問」


 名前から効果を推察するに……。


「その術を使った後、妙に男性に身体を触れられたり、食事に誘われたり、口説かれたりしなかった?」


「食事に誘われたり、口説かれたりは術を使う前と変わらない感じでしたが、確かに妙に男性に触れられることが多かったような?」


「……なるほど、ありがとう」


 そっか、この人は妙に美人だから、影響はあまり感じなかったってだけか。多分、この術は疑われなくなる術ではなく、【魅了眼】と同じく精神支配系……多分、香りで魅了する系の術なのではないだろうか?


「タイガ様、もう宜しいですか? では、続けますね。それら3つの紋章術の媒体はどうしました?」


「侯爵が亡くなったのを確認して、【老衰の呪触】を聞いた翌日にはタッツオウガが回収していきました」


「そもそも、タッツオウガがそんな高価な紋章術の媒体を持っていて、貸して預けていたことを不思議に思わなかったのですか?」


「高価な物という自覚はありましたが、彼は紋章師だと名乗っていたので、沢山持っていることも違和感ありませんでした」


「……そうですか。では、わたしからは最後の問いです。何故、夫のお母様にあたるカズサーシャさんに対して、術を使用したのですか?」


 数秒の間。


「その……いつまでも若く長生きしてほしいと……」


 俺が首を横に振ると、それを視界に捕らえていたユミューネさんが何事もなかったように、


「それで本当は?」


「……くっ……ユーヤイズルに騎士爵になってほしくて」


 え? ……それも嘘?


 驚きつつも、再び首を横に振る。


「そうですか。最後のチャンスだと思って下さい。本当は?」


「嘘を見抜くって本当なのね……じゃあ、はっきり言います。あの女が邪魔だったからです」


 それが本音か……と思いつつ、首を縦に振る。


「ありがとう。わたしの質問は以上です」


「他に質問のある方は?」


 コトリンティータの問いにミーナイリスさんが手を上げる。


「どうぞ」


「それでは質問します。……お久しぶりですね、人形師さん」


「え? ……ヒッ!」


 ワッカナイテの整った表情が恐怖に歪む。


「憶えていてくれて嬉しいわ。元ブルームレーン伯爵第二夫人のミーナイリスよ。……そんなに怯えなくても死者ではないわ。……さて、質問します。あの技術は何処で?」


 ……うん、今まで優しそうなイメージだったけど、ミーナイリスさんって怒るとめっちゃ怖い。肝に銘じよう。


「元々両親は平民で人形師でした。幼い頃から見ていたので、知識はありました。でも技術は全くありませんでしたが、タッツオウガさんに紋章術を無料で頂きまして。そのおかげで有機物をイメージしたように加工することができるようになりました」


 ミーナイリスさんがチラッと俺を見て、偽りはない合図として頷く。


「有機物ですか。つまり、人体の加工も可能なのですね? 例えば、皮膚を剝がしたり……」


 そう言われるとワッカナイテはビクッと身体を震わせる。


「……やはり、そうでしたか。有機物という言い回しが気になったものですから」


「仕方なかったんです。既に侯爵に術を掛けた後で……当時は殺人未遂でしたが、殺そうとしたことは事実。それを告発すると脅迫されていました」


 うん、身勝手。まぁ、脅迫されての代理殺人。この世界ではどう判断されるのか……。


「あら? そうは見えませんでしたが?」


「そんなこと……ヒッ!」


 反射的に反論しようとして、その発言をした主がマユマリンさんだったため露骨に表情が歪んだ。


「な、なんで貴女が……わたしは確かに……」


「えぇ、とても痛かったですよ」


 声色は優しく、言葉遣いも丁寧ではあるが、ワッカナイテに向けられたマユマリンさんの視線も冷たい。


「最後にエーデルベル伯爵の人形を作ったのは? 本物のエーデルベル伯爵は?」


「はい、わたしです。伯爵の行方にわたしは関与していません」


 ……ここも繋がったか。幸い、伯爵が生きている可能性があるが、確証は無しか。


「以上です」


 ミーナイリスさんの質問は、ある種の恨みも含まれているように感じたが、要は追及だけではなく、紋章術だけでは解決できなかった人形制作の疑問についての追求だったわけか。


「次の質問はわたしで良いかしら?」


 ずっと卿爵家以上の方々が質問していたが、ここでチアリートさんが手を上げるので、コトリンティータが頷くことで先を促す。


「ありがとうございます、コトリンティータ様。さて、ワッカナイテさん。話を聞いていて、ハッキリさせないといけない点があると思ったの。……貴女、本当にユーヤイズルさんを愛してらっしゃる?」


「当然です」


 即答。だが、残念ながら俺は首を横に振らざるを得なかった。むしろ、呼吸をするように保身のための嘘を吐けることに驚く。……いや、ダメとは言わないが、普通躊躇うと思うんだよなぁ。


「もしかして、貴女が好きなのは、彼の人間性ではなく、彼の持つ可能性……財力、権力ではないですか?」


「財力も権力も彼の一部です。それも含めて彼を愛しています」


 多分、質問の意図に気づいたのか、ワッカナイテさんはキレ気味に答える。……いや、この場でキレたらダメだろ? それに……。


「また微妙な嘘を……財力も権力も彼の一部だというのは本音ですね。後半は嘘」


 今まで頷くか横に振るかでジャッジしていたのだが、思わず声に出して言ってしまった。


「可哀想な人ね。では、貴女にとって彼の魅力が財力や権力を得られる可能性だとしましょう。では、貴女が彼に与えられるものは?」


「……え?」


「財力や権力を夫に依存することは悪いとは思っていないの。でも、だとするなら、彼にとって貴女を妻として愛するのに得られるメリットは何かしら? そのメリットは男性にとって魅力的かしら?」

 ……あっ、これって追及でも追求でもない。ただの非難だわ。


「そ、それは……わたしの献身です」


「そう? それが彼にとって魅力的なら良いんだけど。それでは雑談が長くなると申し訳ないので、本題を。……貴女の知るタッツオウガとは何者?」


 おぅ、綺麗なワッカナイテの表情が怒りで歪んでいる……怖いな……。わざと挑発したのかな? ……意図が読めん。


「詳しくは知らない……です。彼は紋章師だと名乗っていましたが、彼が貴族出身で執事だったことも知っています。ただ、よく判りませんし、彼とはあまり関わりたくないと思っていたので」


 ……正解。そして、これも本音と。


「もういいわ。ありがとう」


「他に何か聞きたいことがある方は?」


 ワッカナイテも退室し、公開取り調べは終わった。しかし、会議は続く。


「やっぱりタッツオウガは実行犯にすらなってないか」


「自分で手を下さず、誰かにやらせるっていうのが手口みたいですね」


 コトリンティータが俺に同意する。でも、それは俺が言葉に出したというだけで全員が同じ印象のようだった。


「さて、コトリン。どう思う? 彼等が嘘を吐いていないことは俺が保障するけれど」


「そうね。彼を矢面に立たせて、見張るだけの仕事も悪くないかもしれないわね」


 答えたのはコトリンティータではなくマユマリンさん……言い方、物騒ですよ?


「でも、ワッカナイテはダメね。彼女は実行犯。目溢しすれば示しがつかない」


「……ですって。わたしもお母様と同意見だけど、タイガ様は?」


 会議が終わって数日後、ワッカナイテが密かに処刑されたことをカナリアリートから聞いた。

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