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03-5   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅴ(1/5)

 ミッションのクリア通知には、次のミッションも当然記されていた。ただ、そのミッションを見て、直ぐに行動に移ることはできないと判断。まだ『やるべきこと』があるので、それらを処理することの方が優先だと考えていた。


「た、タイガきゅん……」


 そう呼ばれてビクッとする。禍夜の存在は俺のトラウマの1つである。だが、彼女が特殊ケースであることは、スターシアの彼女への扱いで推測ができる。


 幸いにも眷属契約をしたことにより、彼女の身長が140センチくらいに縮んで幼い容姿になったため、その恐怖心は若干ながら緩和された。また、眷属契約して強制命令権を得たことで、最悪な場合の安全確保も得られたことが心の支えになっていた。


「何?」


 相変わらず髪が長いのと、背が低くなったことで視線が低すぎて表情が髪に隠れて全く判らない。声も若干幼くなっているものの、話し方まで変わるわけでもなく、得体は知れない……いや、能力は把握しているけれども。


「あ、あのね……これまでの経緯……教えてほしい……タイガきゅん以外、聞ける人、いない……お願い」


 あ~、今までと違って、マリアリス達と禍夜には接点がない。まぁ、いろいろ知識と精霊術を得てこの世界においては対応策がいくらでもあるのだから露骨に拒否しなくても良いか。……頭では解っているんだけどね。


「んじゃあ、超簡単にではあるけど。スターシアに会ったのなら知っていると思うけど、ここは異世界アストラガルド。で、この大陸を支配しているプティライド王国の南東にあるアルタイル領。で、今いる場所というのが、そのアルタイル領の領主、セレブタス侯爵家の屋敷というわけだ」


 まぁ、世界名なんて普通無いだろうなと思うのだが、異世界人が何人も来ているこの世界には元の世界と違うので名称を必要としたのだろう……と、推測。


「俺達は元の世界へ戻るため、スターシアから出されるミッションの達成を目標に行動している。俺を助けるようにって言ってきたのは、そういう意味。つまり、禍夜の力が今後は必要になるってことなんだ」


 俺達の会話、他の連中に聞かれていないか用心しつつ、不安そうにしている彼女に配慮するのは割と神経を使うことなのだと気づく。


「今は、『セレブタス侯爵夫人を救出せよ』をクリアしたばかり。それらの事後処理が残っているという段階なわけだ。どう決着したかというと……」


 自分の考えを整理する意味も含め、禍夜にどのように終結したかを話し始めた。




 ビースブルックで戦闘を行った翌日にはコトリンティータが普通に朝、目を覚ましていた。何故それが判ったかというと、悲鳴が上がったからだ。


 当然それに反応したのは俺より先に部屋を訪れたホノファだった。


「入ってこないで! そして、タイガさんを呼んで!」


 ……声が聞こえる距離には既に近づいているんだけど。


「コトリン、俺だけど……どうした?」


「タイガさんだけ入って欲しい。他の人は暫く1人にしてほしいから、部屋に近づかないで」


「……だそうだけど?」


 他にも悲鳴が聞こえたキクルミナさんやマユマリンさんが様子を見に来る中、コトリンティータの発言を受けて周囲を見回す。


「本人がそういうなら……タイガ君。あとはお願いね」


 そう言って、全員が部屋の前から撤退するのを確認してから再びノックする。


「全員、仕事に戻ったようだけど、入って良い?」


「……どうぞ」


 久しぶりにコトリンティータの私室に入る。それこそ、前回入ったのが何時だったか記憶にないほど前だったのかもしれない。


 彼女は部屋で俺を待ち受けるように立っていた。彼女の瞳は黒く、髪も黒……いや、若干青みも感じる黒銀鉱のような色をしていた。


「どうした?」


「どうしたって……この姿を見て、何とも思わないの?」


 あ~、そうか。本人は気絶していて今知ったのか。とはいえ、貴族の髪や瞳が黒くなることが何を指すのか、俺はこれまでの扱いでよく理解していた。


「まあ、俺からすれば見慣れた感じだからな。ただの美人にしか見えないよ」


「そういう話じゃない! わたし、巫術士ですらなくなったの? エイロは何処?」


「エイロはそこに……って見えていないの?」


 悲しそうに頷く彼女。だが、どうやら彼女は根本的なことを忘れていたようだ。


「すぐに元に戻るよ。そもそも四肢欠損状態でも治るんだから。確認した方が良いだろうけど、もしかしたら姿が見えないのなら巫術が使えなくなっている可能性もある。暫くはおとなしくしていた方が良いかもね」


「あっ……」


 そう、彼女には何度も言っているが、従属契約による恩恵として生まれつきでない限り怪我や病気は完治する。……厳密には、今の彼女の症状は病気の類ではないのだが。


「俺が奥の手として伝えなかった理由、解ったでしょ? 代償が大きすぎる」


「ですね」


 そう言って、彼女は黒くなった髪を弄る。


「本当に元に戻るよね?」


「うん。そのための契約でもあるしね」


 そう、実は従属契約をせずに【木精の魂装】を使用すれば、二度とコトリンティータは巫術を使用することができなくなっていただろう。


「そう……なら良かったです。言われてみればそうなんですが、動揺してしまいました。……それで、わたしはどれほど眠っていたのでしょう?」


「今は翌日の朝。ちょっと沢山寝たって程度だから安心して」


 まぁ、MP欠乏は一晩で全回復するのは知っていたから、そこは心配していない。


「それで、あれからどうなったの?」


「当然聞くよな……えーっとだな……あの後、俺単身で騎士爵に会いに行った。あっ、単身って言っても千寿は一緒だからね?」


 慌てるコトリンティータに小言を言われる前に補足する。もちろん、その程度の補足で叱られることは回避できんのだが。


「……で、結論を伝えると騎士爵……カズサーシャさんは事情を知っていたが、例の呪いを掛けられていて老化が既に始まっていた状態。で、カズサーシャさんの子供。タケニノマエの娘も知ってはいるけど関与無し。だから、実質お咎めなしで人質扱いということで良いかと思い、こっちに連れてきている」


「……どうせ、従者資格があるんでしょ? それで?」


「問題は侯爵との子供であるユーヤイズルさんは、リベルタス過疎化の主犯の1人であることが確定。ただ、詳しい事情が判らないので屋敷で軟禁状態。……これで良かったよね?」


 牢屋敷に入れるべきかと悩んだけれど、俺が判断するべきではないかと考えて檻に入れずにセレブタス邸の空き家にて監禁状態となっている。


「そう……だね……」


 答えたコトリンティータもいまいち判断に自信が持てない状態なのは当然だと思う。


「それで、問題はそのユーヤイズルさんの夫人の話」


「ん?」


「まだ、追及もしていないし、自白させてもいないけれど、彼女は例の治療師であり、人形師だよ」


「えっ?!」


 元々治療師は女性だという情報を持っていたので、タッツオウガではないことは知っていた。だから協力者がいるのではないかという話にはなっていた。


「この件に関してはコトリンの胸の内だけに秘めておいて。これは公開で暴かなければいけない案件だと思うから」


「……うん、そうだね」


 何処まで彼女が理解しているか判らないけれど、まだ時間があるのだから今の内に情報を整理して把握してほしいところ。


「それと、最後にタッツオウガのことだけど」


「何か判ったの?」


 コトリンティータの問いに首を横に振る。


「そうじゃない。マユマリンさんと話す前にコトリンには正しく理解して欲しい話がある」


「どういうこと?」


 何となく予感はしていた。……彼女がソレに気づいていないということ。


「まぁ、直接会うまでは半信半疑ではあったんだけど……これはコトリンの使命になるかもしれないと思って聞いて欲しい。まず、タッツオウガは黒幕ではなく、彼を指示している何者かが背後にいる」


「まぁ、そうでしょうね」


 そう、そこまでは判るのは想定済みだ。


「それを前提にこの前の話を思い出してほしい。タッツオウガはコトリンに執着している。彼はコトリンに近づくためにミッドフランネル家の執事となり、コトリンに気に入られようと行動する。しかし、コトリンに拒否されたため、彼的には予定が狂ったはずだ」


「……どういう意味?」


「実は最初、これを聞いた時、ワイズアル侯爵の行動を偶然何処かで知り、参考にして行動しているのだと思った。だけど、彼の行動を指示することができる者が存在し、この知識を彼に授けたのだとしたら?」


「え?」


「考えてもみなよ。ワイズアル侯爵とタッツオウガの年齢差はどんなもんなのか? 俺と年齢はそう変わらないだろう。だとするなら、ワイズアル侯爵の件は当然ながらタッツオウガが生まれる前の話。もしくは生後まもなく。そんな状態の彼が当時の事知るわけがない」


「あっ……」


「ワイズアル侯爵はもしかしたら彼の背後に誰がいるのか知っていたかもしれない。だから殺された……なんていうのは考えすぎかもしれんけど、それを追求するのはコトリンの使命なんじゃないかなって思うよ」


 使命という言い方は重すぎるかもしれん。でも、タッツオウガがこれで諦めるとも思えない。彼女自身が向き合うよう仕向けることは大事なのだ。




「……という流れになっているんだ」


 禍夜に細かいことを補足しつつも、これまでの流れを説明した。……今まで任せられたのは随分楽だったんだなって実感する。この説明、面倒。「卿爵って何? 男爵いないの?」とか、「巫術? 魔法じゃないの?」とか、随分前の話で、時間が掛かり過ぎる。……けど、俺は耐えたよ? 頑張ったと我ながら思う。


「な、なるほどぉ……」


 いまいち理解したのか判らない返事を返され、若干イラっとする。


「それで、今日の夜に会議となっているんだけど、別に会議じゃなくて公開取り調べになる予定。今回の事件に関して情報を共有するのが目的ってわけだ」


 コトリンティータの髪や瞳はその次の日には回復しており、何も副作用は無かった。まさに計画通りで本当に良かったと安堵している。その状態を確認した上で今回の会議を俺から提案している。今回の一件はセレブタス家の罪も含まれているので侯爵代行とはいえ、彼女の一存で判断して良い内容ではないからだ。


「それでわたしはどうしたら?」


「今はまだ何もしなくていいよ。禍夜の仕事はこれからになると思うから」


 禍夜の力を借りた巫術は【鑑定眼】。見たモノの正しい情報や能力や効果を知ることができる。つまり記憶に左右されない絶対能力である。だから、今は不要というのが本音である。


 禍夜の現在のレベルは4。誰にも言うつもりは無いが彼女の力を借りて使う巫術は鏡を媒介に使った空間・移動系が多い印象。逆を言えば鏡が無ければ概ね無力。……鏡、どうやって入手するべきか。


 そんなことを考えていると、扉がノックされた。


「ちょっと良い?」


 扉を開けるとコトリンティータが立っていた。


「良いけど、どうしたん?」


「今日の取り調べの件で相談したいことがあるの」


 そう言うと、彼女は部屋の中に入って来る。書斎に入って来ることは何度もあったが寝室に入ってきたのは超久しぶりだ。


「タイガさんは今回の決断、何を意識すれば間違えないと思う?」


「そうだな。公平であることも大事なんだけど、それよりも領民の利益になることが大事かな」


 個人的にはタッツオウガの捜索、貴重な巫術士の有効利用、そして、許されないことの線引きを示す事。これが求められるのではないかと思うのだが、今の彼女なら多分大丈夫だろう。

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