03-4 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅳ(4/5)
「あっ」
案の定、コトリンティータはタッツオウガを見て硬直する。その様子を見て、彼はニヤリと笑った。……いや、多分好意的な笑みのつもりなのかもしれんけど。
「お久しぶりです、コトリンティータ様。このようなところで出会えたこと、眼福の極みにございます」
そう言って、頭を下げる。……いや、眼福なのはわかるけれど。挨拶として、それでいいのか? と、問いたくなるところ。
「やはり、タイガ様の読み通り、貴方の企みだったのね」
そういうと、ニヤリとしていた表情が急に無表情となる。
「残念ながら、俺が首謀者というわけではない。が、それは別として貴女から他の男の名を聞くのは不快だな」
彼本来のものと思われる口調で告げつつ俺を睨んでくる……やっぱり、タイガというのが俺の名であることくらいは把握しているか。
「直接そいつを殺してやりたいところだが、それは許されていないからな。……今は退散させて頂きたく思います」
最後だけ丁重な口調に戻り、堂々と宣言するが、そう簡単に逃がす訳がない……そう思っていたのだが、直ぐに難しくなることをわからされることになる。
「一体、これ以上何を?!」
騎士爵夫君の遺体が血のような赤黒い色に輝き始める。
「そいつの死をトリガーに術を発動するよう、紋章を刻んでおいた。俺が離れる代わりに……」
言っている傍から、彼の遺体が変化していき、骨の竜が現れた。物理法則というか、質量保存の法則も無視ですか? と小一時間問いたくなる。が、多分彼にはコトリンティータ以外……特に俺を相手にする気はないだろう。
「こいつはボーンゴーレム。ただし、竜の骨で作ったもの。更に……【邪悦の狂牙】」
近くに放り出された小剣を回収すると、精霊術を発動した。
「何故発動するの?!」
紋章術というのは、最初の使用者以外に発動させることができない。言うなれば使い捨ての術のはずである。それに巫術士が紋章術を使うとダメなことは一般常識のはず。
「まぁ、所持者が死亡したからな。それに、この小剣はアイツの物じゃない。使用者が死亡して所有者不在になれば、俺でも使える」
ほぅ。勉強になったわ……情報ありがとよ。しかし、紋章で発動したように演技するか?
「ということで、ボーンドラゴンゴーレムは強化され徐々に狂暴化していく。放置して俺を追いかけてきても構わないが、その場合、被害は相当なことになる覚悟はした方がいいですよ」
そう言って、彼は少しずつ距離をとっていく。逃がすものかと遠距離攻撃をする者もいたが、逃げられてしまった。もちろん、追いかけることも戦力を分散させることで不可能ではないが。
「悔しいけど、アイツは放置だ。今は、この化物を何とかしないといけない」
ドラゴン。東洋系ではなく、西洋系のドラゴン。骨だけではあるが、【邪悦の狂牙】により、頭上には『ボーンドラゴンゴーレム Lv7』と表示されている。ヒューム、エルフ、ドワーフ、メローリンと種族が変わればステータスも変わる。もちろん、根拠となるべきデータはないが、大きさとドラゴンというネームバリューから考えて、ステータスが同程度なわけがないし、それがレベル7にもなろうものなら、最悪全滅の可能性もある。かといって、逃げることもできず、とてもタッツオウガを追いかけている余裕はない。
それよりも、今は指示が先である。
「もうボーンゴーレムは復活しない。骨とはいえドラゴン。戦う自信のない者は足手纏いになる前に離れて遮蔽物に隠れろ! 攻撃が当たれば即死すると心得ろ!」
そう叫びつつ、非戦闘員な俺もその場を離れ、建物の影に隠れる。まぁ、建物ごと破戒されたらアウトなのだが、そこまでの力がないことを祈る。幸い、ドラゴンとしては小型なのか、それとも、そのくらいの大きさがこの世界のドラゴンの標準なのか、大きさは2トントラック程度。とはいえ、充分な脅威である。
ドンッ!!!
激しい衝撃音が鳴る。周りの避難状況に気をとられている間にボーンドラゴンゴーレムを囲んでいた従者の何名かが尾による薙ぎ払いで吹き飛ばされる。
「ひっ!」
誰かの悲鳴。多分吹き飛ばされた連中の内、重傷者をたまたま見てしまったのかもしれない。
「そこ、怯んでいないで回復を!」
さて、こんな化物をどうやってコトリンティータに倒させるか?
ボーンドラゴンゴーレムの場合、見た目はアンデッドではあるが、ゴーレムなので回復によるダメージは発生しない。純粋なダメージを与える必要があるため、攻撃力的には厳しいかもしれない。一方、相手の攻撃に関しては常に致命傷になりえたりする。
術のダメージは効いているが元々防御力があるのか微妙な効果。それでは倒すのに何時間かかるか知れん。武器による攻撃は更に無駄。元々ソニアブレードが破壊目的ではなく毒による副効果で倒す武器故に毒の効かないゴーレムには無駄。一番有効なのは鈍器だろうけど、鈍器使いが皆無なんだよなぁ。
悩んでいる間にも戦闘は続いており、コトリンティータは確認するまでもなく、【木精の召喚】を使ってエイロを呼んで同時攻撃を行っているが、彼女だけがまともな戦力では分が悪い。
1人、また1人とレベルの低い者から戦闘を維持出来なくなっていく。
「うーん、仕方ない。コトリンティータは俺のところに。他は戻るまで時間稼ぎを頼む」
各々返事をして踏ん張る中、コトリンティータだけが不安そうに戻ってきた。
「どうするの? 【木精の召喚】ですら歯が立たないよ」
「仕方ないので切り札を使う」
「まだ、何か隠していたんですか?!」
コトリンティータの表情が怖い。まぁ、気持ちはわかるんだが、使いたくなかったんだって。
「一応、ノーリスクの手は全て使っている。それでも駄目ならリスクを受け入れて使うしかない。この力は時間制限ありで、時間が切れたらコトリンは自分の身体が暫く動かせなくなる。最悪気絶する」
「そういうことですか。それを使えば倒せるんですか?」
「どうだろうな? でも、現状俺達が行使できる最強の力と言っても過言じゃない。ただ、倒すのはコトリンになる。今のままでも攻撃用の精霊術をチマチマ撃ち続ければ何時間後には倒せるかもしれない。被害も凄い事になるかもしれないが、倒すだけなら何とかなる可能性がある。それでも使うか?」
「ちなみにどのくらいの時間で倒さないといけないの?」
「今なら7分は耐えられるんじゃないだろうか」
「……7分……」
時間は7分で間違いない。ただ7分で倒せるかどうかは、使ったことがないからわからんというのが本音。残っているMP全部を引き換えに行使するので、効果が切れれば気絶確定。
「タイミングは?」
「自分の好きなタイミングで使えるよ」
「使い方、教えて下さい」
俺は頷くと、使い方とどういった術なのかを説明する。彼女の質問にも可能な限り丁寧に答え、理解させる。
「どう?」
「行きます!」
ボーンドラゴンゴーレムの元へと駆けて行きながら、再び【木精の召喚】を使用して【砲華の種弾】を撃ち込む。
「みんな、離れて。あとはわたしがやります」
コトリンティータの宣言に戸惑いつつも全員が従って、距離をとる。
「行きます! 【木精の魂装】!!」
召喚されていたエイロがコトリンティータに自身を溶かすように身体を重ねる。完全に合わさったその瞬間、コトリンティータの髪が鮮やかな淡い緑色に変わり、瞳の色が深緑に変わる。装備の上に半透明な緑の鎧が纏われ、明らかに雰囲気が変わる。
「時間がないのん! さっさと倒すん!!!」
そう言って、ゴーレムに斬りかかり、爪が彼女の身体を抉ろうとするが、ダメージを与えることなく、爪が身体をすり抜ける。
「半精霊に物理攻撃は無駄なのん!!!」
ガンッと腕に剣を叩きつけると、ゴーレムの腕にヒビが入る。
「硬いんね……それならぁ!! 【散華の憧憬】!!!!!」
コトリンティータが叫ぶと同時に辺り一帯に高速で木が生え、生い茂り、葉が散る。その葉が強靭な刃となって、ゴーレムに集中砲火した。
ズドドドドドドという葉がぶつかったにしては激しすぎる音を立ててゴーレムの骨を削っていく。腕や足は折れて身動きが取れなくなるが、それでも攻撃の意思は止まらない。
「しぶといのん。トドメぇ!」
辺り一面に固定砲台のようなものがずらっと並び、ゴーレムに照準を合わせている。
「【砲華の種弾】×100」
一斉放射にて、ゴーレムの身体を粉々に砕いていく。ゴーレムは抗うことも防御することもできず、ただサンドバッグのように弾を受け続け、頭部の一部を残して砕け散った。
「さぁ、これで……」
頭部の一部をポコッとソニアブレードで殴ると、それも砕け散る。完全に存在を消滅したのを確認してから、一言。
「わたし達の……勝ちっ!」
武器を持っていない方の手を握って空に突き上げる。高らかに勝利宣言をした瞬間、ワッと周りが勝利の歓声に沸く。ゆっくりと、俺の方を見たかと思ったら全力でダッシュしてきたかと思ったら、俺に思いっきりダイブして抱き着き、勢いで俺を押し倒す。
「勝った、勝ったのん! あのね、あのね! ……タイガ、大好きなのん!!」
そう言ったかと思うと、俺に全体重を預け抱き着いたかのように見えた。だが、その瞬間、彼女の髪は淡い緑から青黒く変色する。そして、抱き着いたまま動く気配がない。
「……あぁ、7分か……よいっしょ!」
案の定、気絶している。エイロが横で何かを訴えているが、やはり何も聞こえない。……見た目はかなり成長して、140センチくらいの少女の姿になっているんだけどな。




