03-4 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅳ(3/5)
「そうはさせん! 【邪悦の狂牙】」
彼が装備していた片手剣の柄に刻まれた紋章が光る。それと同時に彼のレベル表示が1から6にアップした。
「そういう仕組みか!」
思わず声に出してしまったが、何のことか判らないカナリアリートはビクッと反応していた。
急激なレベルアップ可能な紋章術があったという話である。まぁ、使っている側からすればただの強化術だろう。だって、レベル表示が見えているのは俺だけだろうし。
「……」
一方、タケニノマエは無言のまま構え、大きく息を吐き、吸い込んだと思ったら、こちらに向かって突進してきた。恐らく、エーデルベル伯爵のようなモノが使っていた術と同じ術だろう。
「下がって!」
コトリンティータの指示に反応して、可能な限りに早く背中を見せないように後ろへ下がる。入れ替わるように彼女が間に入って来たかと思うと、カウンターの攻撃が決まる。
「……!!」
【先行迎撃】という今のところコトリンティータのみが習得している能力。俺との従属契約が仮契約から本契約に変わった際に獲得した、自分の意思では獲得できないパッシブ系の固有能力である。
その効果は近接物理攻撃の際に相手の攻撃をキャンセルし、自身の攻撃力に相手の攻撃力を加えたダメージを相手に与える。今回の場合、相手が【邪悦の狂牙】によって攻撃力が跳ねあがっているため、効果は絶大だろう。
「伯爵より弱い? これならやれる!」
まぁ、多分伯爵より弱いのだろうけど、コトリンティータの強さも無自覚に上がってますからね?
「油断は大敵。うっかり要らぬダメージを負わないように」
「わかってます!」
レベル増加による強さは元々のステータスに依存しているから、伯爵と違い、彼は元々武術の腕がそれほどでもないのかもしれない。
「カナ、俺を乗せて上空に上がれるか?」
「はい、どうぞ」
盾として使っていた大型苦無を再び横に倒し、彼女がそれに乗る。俺も続いて乗ると、上空へと昇り村全体が見えるくらいの高さまで上げて貰う。別に高所恐怖症というわけではないのだが、それなりに高いと恐怖心を覚える。それでも、最小限の手札を切る。
「カナ、今からやることは2人だけの秘密。いいね?」
「……はい? 畏まりました」
当然ながら何をするか伝えていないので、彼女の返事は「理解できていません」という感じの歯切れの悪い了承ではあった。でも、知れば意味は伝わると思う。
「巫術詠唱開始 狂星の一滴にして愚鈍なる賢牛 脱出不可なる迷宮の魔霊よ 我が目となりて 不可視なる理を捉えよ……【魔晄眼】」
全員に聞かれるくらいなら、確実に1人だけの方が良い。欲しい結果が得られるのならば、最小限の手札で済ませたい。結果、カナリアリートに力を行使するには詠唱が必要とバレてしまったが、彼女であれば口止めすれば守ってくれるだろうし、外部に漏れる心配もない……多分ね。
術の影響下にある対象が光って見えるのだが、村の中には光源が3つ。1つは、今戦っている騎士爵夫君。もう1つは村の端にある建物。最後の1つが夫君の近くの建物。彼の行動を合図にしていたのであれば、様子を伺える場所に術者はいるはず。
「見つけた。念のため確認する。秘密にするべきことは、俺が呪文を詠唱していたこと。及び、その内容……いいね?」
「はい、畏まりました」
「んじゃ、あそこだ。ボーンゴーレム召喚の主は夫君が最初にいた場所の近くにあった建物の中に術者がいる」
建物の中にいると思われるので、光源を直接見れてはいないが、窓から漏れる光は見えている。光源を見れば使っている術の仕様までわかるんだが、今は場所が絞れれば問題ない。
「本来であれば、班長の誰かにお願いするところだが、この混乱の中を指示するのも難しければ、相手に不意打ちするチャンスも逃すだろう。……カナ、悪いが戦ってくれるか?」
「もちろんです、タイガ様」
彼女に悩む素振りは無かった。元々の任務は俺の護衛であることを考えれば範囲を逸脱していることは指示を出している俺も理解している。だが、それを理解した上で彼女は即了承してくれた。
「ありがとう。状況を眺められる範囲から外れて、死角を通って強襲しよう」
そう提案すると、彼女は一度地上近くまで降りた後、建物の裏を通って、術者の死角に入る。その後、目的の建物の屋根の上にまで高速移動すると、丁度2階裏手の窓から侵入した。
乗って来た巨大苦無を盾代わりにして、部屋へ突入する。カナリアリートの念動は範囲が視界と限定されている。だから、見えないところに苦無は飛ばせない。ならば、建物に侵入した時点で見つかっている可能性を考慮した結果、時短のために突入を強行したわけだ。
「チッ」
部屋の中にいたのは淡い金髪の男。青みの強い紫の瞳で、年齢的には見た感じ俺と変わらないように思える。精悍な顔立ちのイケメンであるが、この世界、イケメンだらけなんだよなぁ……。執事だったとは聞いていたが、それを知らなければ戦士だと思ってしまったかもしれない。あくまで俺の美的感覚ではという話だが。実際、エルフやドワーフに言わせれば、俺の方が美形というのだから、感覚というのは人それぞれということなのだろうけど……。
頭上には『巫術士』と書かれており、レベル表示は無いものの傍にいるクリオネのような精霊の色は赤黒く……血の色をしていた。
「誰かと思ったら、勇者様じゃないですか。お会いできて光栄です」
そう言って、頭を下げてくる。……しかし、言い回しが妙に芝居掛かっていて、わざとらしい。そもそもこちらは名乗っていないし、最初の舌打ちの方が本音なのだと簡単に推測できる。
「知って頂いて、ありがとうございます。そして、こちらは貴方を知らず、大変申し訳ない。宜しければ名前を教えて頂けないでしょうか?」
正直、礼も謝罪もしたくないところだが、出来れば彼にはベラベラと実情を話して貰いたいところ。こちらとしては調子に乗ってくれることを期待しているのだが……。
「名乗る程の者ではありません……と言うべきでしょうが、こちらが知っているのに名乗らないのは失礼というもの。私はタッツオウガ=C=スティルラヴァ。かつて、ミッドフランネル家で執事をしていました。こちらも1つ、お伺いしたいことがありまして……」
名乗った瞬間、頭上の名前の表示がタッツオウガに変わる。コイツがあの……しかも邪属性の巫術士であれば、彼が黒幕で間違いないだろう。
「貴方、俺の精霊が見えていますね?」
……視線を辿られたか?
「もちろん」
どっちともとれる返事……元の世界だと、この手のネタは知られていて「どっちだよ?」と聞かれるので通じないのだが、ここではまだまだ有効。……既に試し済みである。
「やっぱりか。コイツが変なことばかり言うから、まさかとは思ったが……本当に女たらしだったようだな……勇者だからって、こんな奴に俺のコトリンティータが……」
ん? いろいろツッコミどころ満載の発言をいきなりしてきたな。口調は多分、こっちが素なのだろう。
「女たらしって、どういう意味?」
「コイツが、さっきから目が合っただの、格好良いだの、嫁になりたいだの煩くて敵わん。……って、待て。お前……コイツの声が聞こえないのか? 見えているのに??」
「あぁ、見えるだけだ」
これを隠す意味はない。隠すべきは誰が巫術士なのかってことであり、会話ができないこと自体は意味がない。ただ、彼がどんな結論を出すかが気になった。
「クククッ。勇者と聞いてビビったが、とんだ欠陥品か。それを知れば、俺のコトリンティータもお前に愛想が尽きるだろう。そもそも黒髪黒瞳の余所者が偉大なる巫術士である彼女の傍にいることを許されていることが変なんだ。彼女には同じ巫術士である俺こそが相応しい」
……こうして聞いていると最初の敬語は本当になんだったんだと思う。まぁ、丁寧というより馬鹿にした対応だったのだろうけども。
「ふむ。つまり、現在は『所有物に敵対されている飼い主』的な感じ?」
「わかってないな。そもそも彼女は物じゃないし、彼女とは共に愛を育むことが目的なので家畜扱いする気もない。彼女は素直じゃないだけだから、コトリンティータを救えるのは俺だけだと彼女が理解すれば、素直になるだろう」
……外堀を埋めるって話じゃないぞ? コイツ、サイコ野郎か?
「そうか? 彼女はとても従順で素直だったよ? 出会った日に俺に「何でもする」って言ってきたし、既に唇も含めた全てを貰っているが?」
もちろん、唇は契約のため。全ては従者としてという意味である。……挑発の意図をもって言ったので嘘では無いが勘違いは訂正しない。
「なっ!」
中途半端な情報を握っているはずなので、嘘だと断言できないだろう。何せ、正確ではないにしろ、事実だからな。
その証拠に彼の顔は血の気が登ったのが一目で判るくらい赤く、表情は怒り一色だった。
「異世界人は嘘が上手だな」
「事実だ。何なら本人に確認するか?」
「ふざけんなよ!」
おぉ、ブチ切れた。冷静でいられると困ったことになったから露骨な感情表現は助かるというもの。
「この男の屑が! 俺の女に手を出しやがって! ぶっ殺してやる」
「いや、それは困るかな。それに女性は物じゃない。異性は尊重するべきだと俺は思うよ?」
……見つけた。
本人が紋章を隠し持っていると思ったが、建物内に隠していやがった。
「そこか!」
わざと声に出す。……ユインシアへの合図である。事前に意図を説明してあっただけに彼女は俺の言いたい事を理解していたようだ。
パキンッ!
紋章が霊石と共に砕ける。霊石に蓄えられていたMPがユインシアの【魔晄眼】の効果で消去され、霊石だった物は黒銀鉱へと姿が変わる。
「貴様!!」
短剣を構えたタッツオウガが襲い掛かって来るが、2本の苦無が牽制する。
「なっ、どんな精霊術だ?!」
「そんな悠長に質問している余裕がある?」
大型苦無に乗ったカナリアリートが突進してくる、それを確認した後、慌てて窓から外へ出てしまった。慌てて窓の外を見るが、建物の2階だというのに、器用に下へと降りてしまった。
「カナ、追うよ? 乗せて」
「どうぞ!」
延ばされた手に捕まって引き寄せられると、直ぐに後を追って、窓から外へ出て下に運んで貰う。しかし、次に見た光景は、騎士爵夫君を丁度コトリンティータが倒した直後だった。最悪にもそのタイミングでタッツオウガがコトリンティータの前に現れてしまった。




