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03-4   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅳ(2/5)

 山の麓にある廃村のような小さな村、ビースブルック。山の向こうは多分ポルクス領の端の方。確かめてみれば正確に判るかもしれないが、山はドワーフの領域につき、森と同様にヒュームは無断侵入を禁じられている。


 また、他の麓にある村々と一緒で辺りの木々は枯れている。理由は土壌汚染らしく、木だけでなく、ここの土地は農作物も育たない。山の麓ならばミネラル豊富な土や天然の砂利でろ過された水などで植物類がとても育つイメージなのだが、鉱油と呼ばれる鉱石に含まれる油が原因で農業には向かない土地となっており、故にここは何もない村と言われているらしい。


 最初、鉱油と聞いて液状の石炭的なモノかと思ったのだが、見た目だけなら黒くドロドロとしており、俺の知る何かとは違う存在のようだ。そして、何より油臭い。


 それとマユマリンさんに捕まっていた時に話して貰った情報として、この村は犯罪者の温床になっている。一般的に知られてはいないが、この村では盗品の取引で賑わい、入手困難な品や非売品も価格次第で手に入れることができると噂されている。


 流石にそんなアホな……とは言ったんだよね。だけど、今はどうかわからないけれどと前置きされた上で、この村にはそれを可能とするルールが存在していて、『この村の住人、客人及びその所持品に対し殺人、破壊、窃盗をしてはならない』というもの。ルール違反は厳しく取り締まられるものの、ルールさえ守っていれば犯罪者も村としては不問。だからこそ、不毛な土地であっても税収という名の生活費が得られるという話。……それって良いのか?


「……しかし、誰もいないなぁ」


「そうみたいですね」


 コトリンティータが同意してくれる。人の気配は感じられず、隠れているわけでもなさそうだ。それに生活感もない。


「逃げたかな?」


「まぁ、そうかもですよね」


 これにも同意してくれる。しかし、彼女の返事に違和感がある。いや、もしかしたら今の状況がそもそも変なのか?


 小声でこっそりといつもの呪文を詠唱する。


「でも、全くの無人というわけでもないようですよ」


 俺が呪文を詠唱していることに気づいていると思われるコトリンティータがまるで何も気づいていないかのように話す。それにも若干の違和感。そんな矢先、第一村人発見である。


「すみません」


 割と離れた位置からキヨノアが声を掛ける。相手は成人男性……一応、この世界基準では初老に値するのだと思う。若くても40代半ばといった容姿の短い茶髪の男性。頬がこけていて痩せている印象を受けるが、腕や足など服から覗く肌を見る限り筋肉質で鍛えられているのも判った。頭上には『村人 Lv1』と表示されている。……ん? レベル1??


「何でしょうか?」


 落ち着いた声。大勢の武装した兵士を前にして落ち着き過ぎている。


「セレブタス騎士爵様のお屋敷はどちらでしょうか?」


「我が家に何か御用ですかな? 妻は床に臥せっておりますので、来客はご遠慮願いたいのですが……」


 彼がそう受け答えた瞬間、名前の表示が村人から騎士爵夫君と変わる。


 耳慣れない言葉で、こっちの世界に来てから初めて知った言葉のはずだが、過去の俺はそれを知っていたらしく、検索機能で夫人の対義語で女主人の夫のことを指す言葉らしい。……全く記憶に残っていないけれど。


「それは失礼しました。我々は……」


「存じております。領主様の軍勢ですよね? おかげさまで村民は蜘蛛の子が散らすように何処かへ逃げてしまいました」


 そう言って、彼は苦笑いする。


「初めまして。わたしは侯爵代行を務めております、コトリンティータ=M=セレブタスと申します。お名前を伺っても宜しいでしょうか?」


 キヨノアでは交渉困難と察したコトリンティータが2人に近づいて話しかける。


「貴女が……そうですか。私はタケニノマエ=G=セレブタスと申します。聞かれていたとは思いますが、妻は床に臥せっております。起き上がる余裕がない程に疲弊しております」


「存じております。恐らく、治療師は力及ばず、このままでは亡くなってしまうのではないですか?」


「ご存知だったのですか」


 そんな話、俺は聞いていないんだが? ……まさか、嘘?


「いえ。わたしは同じ手口でそのような症状に陥った者を2人ほど知っているのです。条件が揃っている以上、彼女も狙われておかしくないと考えておりました。……この状況を予想した人物がいてくれたおかげで、手遅れになる前に急いで会いに来た次第です」


 あ~、その話……なるほど、言葉を選ぶと同じ内容でも聞こえ方ってかなり変わるもんだな。どうしても、『言い方を変えても本質は一緒』って思ってしまうんだけども、やはり伝え方というのは大事なんだよな。


「手遅れではないと? その予想した人物というのは何者なのですか?」


「タイガ=サゼ様。わたしが異世界から召喚した勇者様です」


 ……おお、まさに水戸黄門の印籠状態だよな。異世界から来た勇者というだけで、これまでも大体状況は好転してきた。だけども、今回は違っていた。


「ふむ……勇者様ですか。なるほど……で、本当は?」


「は?」


 露骨に動揺するコトリンティータ。ちなみに俺も動揺している。


「実は私も勇者様の噂は聞いたことがあるんですよ。ですが、勇者である証拠というのが黒目に黒髪、化け物を従えているというだけ。その勇者が何か活躍したという話は一度も耳にしていない。……それとも、何かおありですか?」


 なるほど。俺という存在は知っていても、異世界人だということは認めないってパターンね。


「それは彼が武術の嗜みが無いだけで……」


「なるほど。戦うこともできず、勇気を示さず女性の影に隠れている者を勇者と?」


 ……痛いところを付いて来る……この様子だと説得は難しいかもしれん。


「そうですね。彼の力は従者と認めた者を強化する能力ですから」


 ……おっ、偉い。素直に公開している『見る能力』を隠した。しかも、嘘の内容も勇者の能力ではないだけで実際に行われていること。


「なるほど。それなら一応辻褄は合っていると」


「彼の強化する能力は奇跡のようなもので、身体の部位欠損や精霊術では治せない怪我や病気も治します。……会わせて頂けませんか?」


 ピリついた雰囲気を感じ、本能が逃げろと命じている気がする。嫌な予感というやつだ。


「お断りします。お帰り頂けますかな?」


「何故? カズサーシャ騎士爵の命を救える手段があるのに断るのですか?」


 すると、彼はわざとらしく溜息を吐いた。


「率直に言って信じられない。貴女達には別の目的がある。違いますか?」


 ……半分正解。無料の施しなど存在しない。今回の本当の黒幕を確定させるための情報を仕入れるため……というのが表向きの理由となっている。つまり、既に告げた半分とは俺個人の目的だけである。それすら、コトリンティータ的にはデマカセのつもりか、俺ならやりそうと思える行動を予想して言ったか。


「ならば、わたしが尋ねてきた理由を貴方はどう考えているのでしょうか?」


「簡単な話ですよ。セレブタス侯爵家の罪の抹消でしょう」


 最初何を言っているのか理解できなかったが、直ぐにセレブタス騎士爵家の成り立ちを思い出して納得する……巧妙な嘘だな。


 侯爵家の罪……つまり、エムイックォさんと結婚する前のワイズアルによる婦女暴行を指している。侯爵本人亡き今、暴行された被害者が消えれば罪は無かったものにできる。……世間一般に知られていないからこそ可能な話である。……もちろん、そんなつもりは無い。


「誤解です。そんなことは全く考えておりません」


「泥棒は尋ねられても証拠が無ければ自分が泥棒だと自白しない。私が言っていることの意味を理解できますね?」


 適当な理由で会わせてしまえば、カズサーシャさんが殺される可能性を考慮しているのだろう。逆の立場だったとしても、その考え方であれば会わせない。


「ですので、断固拒否させて頂きます。どうぞ、お帰り下さい」


「悪いですが拒否は認められません。拒むのであれば圧し通るまで」


「……では、仕方ない」


 彼がそう言った瞬間、俺は反射的に声をあげながら振り返る。


「総員、戦闘態勢に……」


 言うまでもなく、全員が既に抜剣していた。村のあちこちから武装したスケルトンが現れる。地中に潜伏していたのか、今召喚したのかは不明だが。


 俺のような戦闘の素人が指示を出すまでもなく、キヨノアが縦横無尽に戦場を駆け抜け、次々と指示を出していく。具体的に説明はしていないが、彼女も感覚的に従者とそれ以外では戦力に差があることを理解していて、厳選して連れてきた甲斐があり、圧倒的速度で殲滅している。


「くそっ、グダグダになっちまった。そもそも、アンデッドっていうのは日中現れないもんじゃないのかよっ?!」


「本来はそうなんですけど……」


 近くにいたカナリアリートが俺の問いに答えるが、こちらを見ている余裕は無さそうだ。でも、彼女のおかげで俺だけは襲われていない。


「なるほど、君が先程話していた勇者殿かな?」


「初めまして。タイガ=サゼです」


 ガコガコっと骨を粉砕する音が賑やかな戦場で、まるで雑談するかのようにタケニノマエさんが話しかけてきたが、どうにも彼の見た目や話し方とは違う殺気のようなものを感じるんだよなぁ。


「本当に君は直接戦闘する術が無いのかね?」


「実は5歳児に腕相撲で負けてしまう程の腕力ですので。武器を振ってもたかが知れているのです。仮に腕力があったとしても武術の心得がないので、素人が武器を持ったところで何の脅威にもならないでしょう」


 嘘は言っていない。武術なら……の話だが。


「ですが、見ての通り連れてきている兵は俺の力を付与した従者の兵。スケルトンでは役者不足ではないかと」


 ……役者不足って言葉の意味、伝わるか? 何となく翻訳されない気がする……。


「まぁ、スケルトン単体の力は残念ながら彼女達より弱いようだが……スタミナは無尽蔵ではないだろう?」


 そう。強化はされても無尽蔵ではない。同世代の普通の女性と比較すれば常人離れの身体能力である彼女達も……なるほど。


「戦闘がなかなか終わらないのは、そういった事情ですか」


 無限リスポーンか。ゲームでも嫌だが現実では本当に嫌すぎる。幸いなのは、普段から幽霊やオバケなどを見慣れているからこそ、死体やアンデッドに対して耐性があることくらいか。


 そもそも、やっぱりアンデッドがこの時間に現れているのは変なのか。周りを見渡すと先程まで普通に青空が見えていたのに、気付かない内に辺り一面が薄い紫色の霧のようなものに包まれている。これが原因だろうか?


「【魔晄眼】で殲滅した方が早いか?」


 タケニノマエに聞こえない程の小声で独り言のように呟く。身内には聞こえていても【魔晄眼】自体は俺も使えるので聞かれても問題ない言葉選びをしてみた。


「無駄だよ~。仮にそれらがゴーレムの類だったとしても再召喚されるだけ……召喚主を先に倒さないと無駄にMPを消費するだけ」


 ユインシアの表情は確認できなかったが、声音から呆れているのが容易に想像できた。


 ……あ、アンデッドではなくて魔法生物のボーンゴーレムってことか。やっぱりアンデッドは日中に出現できるわけがないんだよなぁ。


「それにあたしがここで姿を現すわけにいかないでしょ~?」


 それはそう。ここでいう「姿を現す」は【魔精の召喚】のことを指しているとは思うのだが、当然ながら切り札の1つであるため、ここで出す代物ではない。それに、別に実体化せずともユインシアが直接【魔晄眼】を使えば良いだけ。それでも使わないのは、姿を見せない彼女がいきなりボーンゴーレムを消し去ることができたとして、その状況をどう説明したら良いかも難しいというもの。


 とはいえ、【魔晄眼】を使わなければ倒せないわけではない。


「なるほど、ボーンゴーレムか」


 あえて『ボーンゴーレム』という単語を言葉にする。


「ほぅ?」


「そうなると、術者を探すのが先だな……」


「ふっ……異世界人を名乗る割にボーンゴーレムの正体を見破ったところまでは感心していたが、術者を探すだって? お前の目は節穴か?」


 思ったよりあっさりとボーンゴーレムだと認めた彼はゆっくりと立ち上がる。腰掛けていた岩に立てかけていたカイトシールドを左手に構え、腰に差してあった片手剣を鞘から引き抜く。


「確かに術者を潰せばボーンゴーレムの出現は止まる。だが、貴様にできるか?」


「術者を見つけることは重要だけど、術者を潰す? 倒すことは必須というわけではない。紋章をどうにかすれば良いだけだしね」


「本気でそう思うか? 見えるところに紋章があると思っているのか? そして、目の前には術者である私がいる。はたして、私が倒すのと紋章が見つかることの、どっちが早いかな?」


 そう言ってカイトシールドを正面に、剣は突き入れるために引いて構える。


「いやいや。騎士爵夫君様。貴方は術者ではない。よって、この辺に紋章があるとも思えない。なので、俺達は紋章を探しに行くよ」


 近くにいる連中に聞こえるようにわざと声に出す。目の前にいる騎士爵夫君は召喚した素振りがない。つまり、召喚主は別にいるということ。


 とはいえ……まぁ、簡単に行かせてくれるとは思えないけれども。

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