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03-3   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅲ(5/5)

 これは流石におかしい。システムの故障は考え難いので、問題があるとすれば、まだミッション達成の条件に達していないということになる。


 翌日にはコトリンティータとの協力によりマユマリンさんの生還を大々的に演出し、街はお祭り騒ぎになったのだが、その後に毎度のメンバーではなく、関係者だけを集めて会議を行った。メンバーは俺とコトリンティータ、カナリアリート、マユマリンさん、アーキローズさん、キクルミナさん、エムイックォさん、アイシャルトさん、ミサトリアさんとカオリディアさん。あとはそれぞれ直属のメイドさん。2人の専属メイドも独身時代からの使用人ということで来て頂いた。それぞれを紹介した後、本題を切り出す。


「御集り頂いた理由は1つ。セレブタス侯爵について教えてほしいからです」


「何を知りたいの?」


「侯爵夫人……特に誰かから説明されたわけではないけれど、婚姻を結んだ関係だと思っていた。ところが聞いた話では、正妻とは別に側室で良いのか? そう言う制度があると知ったんだ。その者も侯爵夫人扱いになるのだろうか? だとしたら、セレブタス侯爵にはそういった人がいたのか……教えてほしい」


 コトリンティータの問いになるべく丁寧に答えたつもりだった。それに最初答えてくれたのはアイシャルトさんだった。


「そうですね。正妻以外、侯爵夫人と表向きは呼ばれません。ですが、正妻は名乗れなくとも、侯爵との子を産んでいる場合、呼ばないだけで侯爵夫人であると認識されます。もちろん、正妻は子を産めなくとも侯爵夫人として呼ばれますし、認識もされます」


 確かハーレム生活について調べていた際に、この世界では一夫多妻も多夫一妻も可能ではあるが、複数の異性と婚姻する側が養わなければならないという国際法が存在し、それに違反した場合は貴族や王族であっても、例外なく罰せられる。これらの法は主に雇用主が使用人に性的乱暴をしないようにするために作られた法だという。当然、抜け穴もあり、それらを巡っての攻防戦は出産するまで続くらしい。


「なるほど。そうなると、俺の知る限り侯爵夫人はエムイックォさんとマユマリンさんの2人だけ。それで正しいよね?」


 その言葉にエムイックォさんとアイシャルトさんは頷くが、マユマリンさんは当然驚いていた。まぁ、侯爵から話を聞いていないのだから仕方ないことだけど。


「じゃあ、2人以外で侯爵との間に子を産んだ人っている?」


 これで居なければ手詰まりである。


「何でそんなことを聞くの?」


 コトリンティータが、当然な質問をしてくる。一応、問題は主犯格と思われるソルディアス……の模造品の死によって完結している。本物の生死は不明だが、報告の後、国王が最終判決をするとはいえ、新たな問題は発生しない。それが彼女の認識のはずだ。


「それは、事情聴取の結果、まだ問題は解決していないと判断したからだよ」


 それを聞いた全員が詰め寄ってくる。


「実は、問題の関係者の内、2名がまだ確認をとれていない。1人は人形師と呼ばれた女性で名前も含めて全て不明。昨年末から姿を見ていないとのことだから、もうアルタイル領にはいない可能性が高い。ただ、もう1人の男性。タッツオウガという名に心当たりはある?」


 その名を出した途端、露骨にコトリンティータの表情が暗くなる。


「まだワイズアルが生きていた頃に何度か屋敷に来ましたね。彼の客ということで、わたしは直接お相手しませんでしたが……」


 マユマリンさんが侯爵を名前で呼んだことで「あぁ、侯爵夫人なんだな」と実感したのは内緒だが、侯爵の生前ということは2年近く前ということか。


「……確か、わたしの前任である、ケイヒッチ様の執事の名がそうだったと記憶しています」


 そう答えたのはエムイックォさん。


「どうして辞められたかは聞いていますか?」


 その問いに答えたのは意外にもコトリンティータだった。


「それは、わたしが原因です。以前、彼が執事の身でありながら、当時婚約者がいたわたしに対して求婚されたのです。それまでは良き話し相手だったのですが、お断りした途端に態度が急変して……」


 それで、当時伯爵だったケイヒッチさんが自分の執事をクビにしたってことか。


「そんなことで侯爵家を壊すほどの恨みになるとは考え難いけれど、彼も今回の問題の重要な歯車の1つということだと俺は考えています。彼が放置されている以上、問題が完全に終結とはいかないでしょう。ですので、教えて頂きたいのです」


 本当は精霊王のミッションの話をできれば楽なのだが……いくら信仰心に違いがあるとはいえ、「神の指示です」なんて話して、胡散臭く思われるのも問題なんだよ。


「そういえば……うろ覚えで申し訳ございません。ですが、侯爵がエムイックォ様とご婚約される前、そういった話があったような……」


「婚約する前となると、ケイヒッチ様に紹介して頂いた卿爵の方に彼を養子にって頃の話?」


 アイシャルトさんの記憶の裏付けるようにエムイックォさんが当時の記憶を思い出す。


「養子って、何の話ですか?」


 そう尋ねるマユマリンさんに彼女は当時を思い出すよう、ゆっくりと話し始めた。


「婚約前、ワイズアルは当時ケイヒッチ様が面倒を見ていた執事見習でした。タリマイン近郊で移動中に襲われ、ケイヒッチ様が駆けつけた頃に生き残っていたのは彼だけで彼の家族も含め殺されていたそうで、不憫に思った彼が気まぐれで雇ったのだそうです」


 つまり、彼は貴族使用人の家系でなく、平民の子供ということ。


「彼と会ったのは10歳の頃。彼は14歳で最初は子供のわたしを女性扱いしてくれる、とても優しい人だと感じていました。仲が良かったわたし達は何も知らずに結婚を意識しました。しかし、後に身分の差が問題視されました。わたしに甘かったお父様がケイヒッチ様に頼んで、養子として迎え入れてくれる貴族の斡旋をお願いした。それがセレブタス卿爵家です」


 それを聞いて、少し腑に落ちた。アルタイル領は4つの領と隣接している。しかし、卿爵家は4つあるのに、南東の街道にだけ町がない。多分、そこにセレブタス卿爵家の町があったのだろう。


「ワイズアルはセレブタス家の養子に入り、予定では6年ほど暮らし、貴族としての礼儀作法を身に着け、その後わたしと結婚するという予定でした。ところが、セレブタス家の生活は1年くらいで終わってしまったのです」


「何故ですか?」


 コトリンティータの疑問は最もで、俺も疑問だ。


「セレブタス家は彼と令嬢を残し、亡くなったからです。夜に強盗が入り殺害されたということになっています。それが原因で、急遽婚約してゲシュトラ家で暮らすことになったのです」


「しかし、セレブタス卿爵家の御令嬢も婚約者の元へ嫁がれる予定だったのですが、彼女の妊娠が発覚し破談。お腹の子の父親はワイズアルだと発覚し、ゲシュトラ侯爵様は責任を感じ、彼女もゲシュトラ邸で暮らすことを許し、身寄りのない彼女に対し、ワイズアルの側妻にするよう命じたのです」


 エムイックォさんの言葉を継いだアイシャルトさんの語る内容は酷い話だった。当然ながら、少なくとも表向きは一緒にいるところを見られることは無かったらしい。


「ですが、彼女は侯爵様にここで暮らすことが辛い。離れた場所で本当に愛する人と暮らしたいと願い出て、彼女の運命を狂わせた原因の一端として、せめての償いにと侯爵様は王様に申し出て、彼女に騎士爵の地位を授けて貰い、侯爵様からは土地を貰い、好きな人と結婚したと聞いています」


 なるほど。好きな人と……と話している辺り、はっきりとは明言していないが、ワイズアル侯爵はその令嬢とは愛し合っていなかった。それなのに妊娠した。つまるところ強姦したんだろうな。あと、口ぶりから卿爵夫婦の死もワイズアルが噛んでいる可能性もあるが証拠がなく、そう処理されていないと同様なことも言っていた。


「なるほどね。すると、今回の発端はその元卿爵令嬢の騎士爵様ってことかな。彼女の名前と現在地ってわかりますか?」


 俺の問いにエムイックォさんとアイシャルトさんが顔を見合わせるが、知らないようだ。


「……カズサーシャ=P=セレブタスです。居場所はルシャイン近郊にあるビースブルックという村に夫と息子と娘と息子の嫁が暮らしていると聞いています」


 そう答えたのは、カオリディアさんだった。


「それで、サゼ様は彼女がワイズアルを殺害したとお考えですか?」


「いや。それは可能性が低いと考えている。少なくとも状況がそう言っている」


 エムイックォの問いに俺は即答する。


「まず、ここまでカズサーシャさんの名前が情報収集上に上がってこないのが不自然。俺が活動するより前から動いているのだから、俺が勇者だってことより有名になってても不思議じゃないだろ?」


 保護するべき対象が主犯であっては俺が困るんだよ。




「いや、でも、彼女自身は全然動いていないから」


「そう、動いていない。多分彼女が直接殺害する機会はかなりあったはずだし」


 コトリンティータの問いにも即答える。


「そんなの実行犯が別にいるんじゃ……」


「その実行犯がタッツオウガだと俺は考えている。根拠はワイズアルやヨークォリア様が同じ邪属性の精霊術に掛かっていた事。多分、全員が彼と接触している」


 カオリディアさんの問いに肯定し、全員と接触可能な人物が誰かを想像させる。


「ここからは推測だけど、もし、そう思わせるのが相手の策であるならば、実行犯だけでなく、大元もタッツオウガという可能性が高いと考えている。もし、彼が実行犯なだけで主犯の動機を利用していると仮定した場合、彼が利用されている理由は何だと思う?」


 動機があり、実行力もある。なのに、利用されるまで何もせず、何もしない彼女のために手を汚す。その見返りは何なのか?


「俺が出した結論は『命の保証』です。彼はこの作戦を遂行して得たいモノはコトリンの独占だと思うんです。だが、それを得るために命を捨てたら意味がない。そこで、力尽くで奪っても責任を取らないで済む方法……それが主犯に従うという手段なんですよ」


 そこまで力説した上で、「所詮、推測ですが」と付け加える。


「推測を事実と断定するには、証明するしかないですね」


「そう。だから、カズサーシャさんは生かして捕らえなければならない」


 コトリンティータに同意しつつ、カズサーシャさんを捕らえるという方向に誘導することに成功した。


「……1つ、お話があります」


 目的を達成して、ホッとしたのも束の間。途中から黙ってしまったマユマリンさんが口を開いた。


「亡き夫の本性を知って動揺してしまいました。申し訳ございません。その話を聞くまでは信じていなかった情報を持っています。……それは、ブルームレーン伯爵が語った真相です」


 うーん。これは困ったな。真偽を確認したくても伯爵は既に死んでいる。


「ワイズアルの殺害を計画したのは、カズサーシャさんではありません。彼女とワイズアルの間に生まれた令息です。動機は母と自分を捨てた仇だと聞きました。多分彼は、母親がレイプされて生まれた子だということを知らないのでしょう。だから本来であれば侯爵を継げたのは自分なのだと考えたそうです。……ですが、彼の計画はワイズアルが亡くなった時点で終わったそうです」


 ……は? じゃあ、召喚された日の前後数か月の間、リベルタスが襲撃されなかった理由というのは、既に計画終了していたからってこと?


「ブルームレーン伯爵とエーデルベル伯爵は彼の協力者であるタッツオウガの仲介で、見返りと引き換えに協力に応じたそうです。エーデルベル伯爵の目的はコトリンティータと侯爵の権力。ブルームレーン伯爵の目的は最初からわたしだったそうです」


 ハイヒュームのお人形、そんなに作りたかったのか。


「結局、タッツオウガの最終目的は何だったんだ?」


「多分、コトリンティータ様を妊娠させ、既成事実化することではないでしょうか?」


 そう答えたのはミサトリアさん。それにカオリディアさんも同意する。


「そうね。……彼は異常だった。当時はまだコトリンティータ様の婚約者だったナッツキールにすら敵意を向けていたくらいだったし」


 他人の欲と悪意を上手に利用した略奪愛か……洒落にならんくらい怖い。マジで。




 強引に結婚したって相手が愛情を育ててくれるとは限らないのに、本当によくやる。意外だったのは2人ともタッツオウガと面識があったってことだけど。それはそれとして……、


「男のヤンデレは見るに堪えないな……まぁ、そこは性別関係ないかもしれないが……それこそ、二次に限るって奴だな」


 そう呟くと、視線が俺に集まっていて自分の失言に気付いた。


「えっと、タイガさん。男女について言っているのは判るのですが、こちらにない言葉だったので、もう少し優しい言葉でお願いしてもいい?」


「あ、今の発言は独り言のようなものだから気にしなくていい。というか、この場では不謹慎だった。……すみませんでした」


 立ち上がり、習慣に倣って柔軟性の限界まで頭を下げた。

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