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03-3   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅲ(4/5)

 会議後、かなり多忙な日々を過ごしていた。


 会議が行われた日の翌日から移住希望者の面接を開始した。面接は会議で説明したように犯罪者や密偵、商人や元リベルタス住民以外は移住を認めていた。


 また、同時進行で行われていたのがポルクスの非正規兵をポルクスに密偵として送り込む作戦である。優先的に密偵送りが行われた理由は2つ。非正規兵がアルタイル領に入って来たルートを確認し、逆利用が可能かどうかを確認するため。それと、非正規兵を牢屋敷に捕らえている間、食料などで財産を余計に消費してしまうからだ。




「やっぱりダメか」


 ……何がダメかというと、非正規兵が送り込まれた道についてだ。


「結構前に埋められたようデシ」


 リアクションはできないが、そういうことだろうな……とマリアリスに内心同意する。


 予想はしていた。


「多分タイミングは、タリマインへ兵を送った後だろうな」


 そもそもトカゲの尻尾切り的な扱いなのだから、片道切符で充分という判断なのだろう。


「そうなのですか?」


「そもそも監視報告役程度の人数であれば、堂々と街道を歩いてくれば良い。見張りはいるが国内なのだから通り抜けは自由だしね」


 尋ねるカナリアリートに答える形で、マリアリスへの肯定の意思を示す。……伝わるとは思う。マリアリスは賢いから。


「じゃあ、行こうか?」


 振り返った時、完全に女性の姿になっていた非正規兵の男性が安堵した表情になっていたことを見逃さなかった。……多分、証言と違うことで処罰される可能性を考えていたのかもしれない。……真偽はどっちでも良いけど。


 全員が頷き、ラプダトールを走らせる。


「念のため、確認する。君達の仕事は正体を見破られることなく、ポルクス領内の異変に関する情報を探る事。命懸けでやる必要はないが、見破られる危険性を冒さない程度で可能な限りの情報を手に入れてほしい。……報酬は元の姿に戻す事。いいね?」


 今回は全員男性なので男の娘を送り込むことになったが、それを数回に分けて送り込んだ。


 結構な回数に分けて送り込む必要性があり、何度もタラセドの北、領境まで足を運んでいた。いっぺんに送ってしまうとバレてしまうからね。まぁ、男女比が見た目だけ逆転しているから、割とチェックも緩いことを期待してはいるんだけど……能力に差はあれど、強さに差は無いから、女性でも関係なく厳しくチェックされるかどうか……多分、同じ国内だし問題ないと思うんだけどね。




「タイガ様、随分街道の治安が良くなった気がします。やっぱり、成果でしょうか?」


 何度か非正規兵をポルクス領へ送った帰り道、カナリアリートとリベルタスへ向かっている途中はよく彼女と雑談をしていた。


「だろうな。害獣や害虫が減っているわけではなく、街道沿いに現れなくなったというのは大きいし、何より野盗の類が現れなくなったのは頻繁に移動する商人にも都合が良いかな」


「商人ですか?」


 俺が商人を住まわせないようにしているので、その発言を意外に感じたのかもしれない。


「リベルタスに拠点を持たれるのは困るけれども、商人が街に来るのは歓迎しているからね。そのためにも安全な道というのはお金を生むための必須条件のようなものってわけ」


 積極的にアルタイル領の農産物を領外に販売に行ってくれる商人はありがたい存在だ。逆は若干困る存在なので少ないほど良いが、それらの商売だって安全が担保されてこそ。


「一般人が購入する量なんてたかがしているし、やはり商人が一括で仕入れてくれる方が纏まった利益を得ることができるんだよ」


 それもそれで、情報が抜かれるのではないかとドキドキするところではあるけれど、ある程度のリスクは覚悟しておかないと利益は生まれないというもの。そして、全く損益を出さないなんてことは不可能であることも、俺でなくても全員が体験して理解しているだろう。


「わたしがタイガ様付きのメイドになった頃と比べると、随分裕福になりましたよね。ラクサピオンしか食べて無かった頃が懐かしいです」


「まだ半年経ってないんだよ? 俺の常識から言えば、こんな短期間に植物が育つということの方が驚きなんだよ」


 農業に詳しいわけじゃないけれど、1年に1度収穫するといううろ覚えの知識に対し、アストラガルドでは土地によるらしく、アルタイル領は国内で1番食料事情に恵まれた土地だという。ソースは書斎にあった本だから、多分間違いない。


「そうなんですか? タイガ様の世界では植物ってそんなに育たない感じですか?」


「ここに比べればね……」


 でも、その成長速度のおかげで貧困から免れ、今ではお金を生み出している。品質のよい食材を求めて、外から買いに来る人がいるおかげで、着実に経済圏の総額は増えている。


「そろそろリベルタス以外の整備も確認しないとかな……時間ないけれど」


 お金の回収システム……何とか順調に機能していることに実は内心安堵していた。


 気づいている人も数名いるが、このシステムって実は欠陥がある。それを阻止するために商人の拠点をリベルタスに置くことを禁じているのだが、それで完全に防げるわけでもない。


 大きな欠陥は2つ。アルタイル領で禁じる法を制定するべきだが、1つはお金の独占。アルタイル領が持つお金の総額は変わらないのに、財力が極端に集結すると、領民の平均所持額が少なくなってしまう。財産を蓄えることが悪いわけではないが、領内の総額が変わらないということは、領内のお金を吸い上げたことになり、それが悪いと言っている。増やすならアルタイル領の外から稼いでこないと。


 もう1つが、ギルドを介さず商人と直接交渉をすること。これはギルドシステムを採用した際に脱税行為として犯罪に制定している。商人からすれば、定額で品質が保持された状態で大量に仕入れることができて楽なのだが、品薄の時に安く買い叩かれることを考えると、農耕師の負荷が大きくなる。とはいえ、目先の金に釣られる人というのは一定数いるもの。やり取りをするのは商品だけに限らず、情報も抜かれる可能性を考えると絶対阻止したい。




「湯浴屋の利用者、かなり増えましたね」


 リベルタスに入って、カナリアリートが湯浴屋へ並ぶ列を見て感心している。ついこの前まで入浴の習慣が無かったのだから、それだけで衛生面の改善が確認できた。


「増やしたからね。10倍にね」


 元々男風呂、女風呂が各1ずつの2軒しか無かったのだが、人口増加に対応できていないということで、新たに18軒作り、元の2軒に関しても増築して拡張した。この世界の技術であれば建物を作るのは早いのだが、下水路を作るのが大変で知識が無いものだから、とても苦労した。


「空き家はかなり減りましたね」


「うん、今回の面接が全部終わったら空き家も無くなるだろうなぁ」


 カモフラージュの目的を終えた元廃屋……最近は移住希望者の仮宿なので空き家扱いの建物が取り壊され、新築の家が建設されていく。ちなみに、生活用の排水は精霊術で汚れた水は浄化して、それから排水路に流す。汚水問題が発生しないのは下水管理がない分、逆に助かる。


「以前のリベルタスより、凄く発展した感じがします」


「それは頑張った甲斐があったけれど、大変なのはこれからなんだよなぁ」


 何においても作ることより維持管理することの方が大変なんだよね。


「そういうモノですか?」


「そそ。使えば劣化する。使わなくとも時間経過で劣化する。劣化したものは品質や安全性が保障できない。だから、不具合が怒らないようにメンテを行う。公共の物を大切に扱う文化、この世界にもあれば良いんだけど……」


 取り壊した建物を見ると、リペアという文化はあるものの、壊れた物を修復するというだけで、壊れる前に点検する文化はないように思えた。……まぁ、実際はどうだか知らんけど。


 でも、そういう文化が無かったとしても理解はできなくもない。全てを人力で作っていないこともあって、異様なほどに精度が高く、頑丈に出来ている。だからこそ、セレブタス邸もかなりの年季の入った建物でメンテしている様子もないのに違和感なく生活を続けられている。それが、メンテ要らずの世界を証明していると思わせるポイントである。




「かなりの大きさになりそうですね」


「だなぁ。……まぁ、エーデルベル邸を見ちゃうと、それくらい大きくて良いと思うよ。伯爵邸より小さい侯爵邸というのは格好つかないだろ?」


 セレブタス邸の裏庭から建築途中の新しいセレブタス邸を眺める。完成までは時間が掛かるとは思うけれど、こちらの世界の建築は人々の筋力上限の差や精霊術という恩恵があることで完成までの日数は圧倒的に短い。


「それにしても、ここの景色も結構変わったな」


 少し前までは森と大きな池しかなかったんだが、今は伯爵別邸が3軒建っている。


「建物が増えましたよね。わたしは新しいセレブタス邸で作られる湯浴場が楽しみです」


 ……結局、「風呂」という単語は定着しなかったんだよなぁ。翻訳された際の言葉に違和感があったんだろうなぁ、多分。


「カナ、最近はずっと付き合わせてばかりだけど、大丈夫?」


「何がですか? タイガ様と一緒に行動できるのは嬉しいのですが、長すぎですか?」


 ……どうやら問題ないようだ。仕事なのだから、ずっと仕えているのは疲れるのではないかと心配しているのだが、彼女の様子は変わらない。


「ありがと。正直助かっている」


 贔屓目抜きで彼女は有能である。……まぁ、従属契約を結んだ人は漏れなく有能だけど。そう考えると、スターシアに与えられた能力がどれだけ有能なのかが証明されるんだよな。




 レベル表示のおかげもあって順調に潜在能力の高い人物と従属契約できている。最近も会議の日にエムイックォさん、その2日後にはブルームレーン伯爵第二夫人の娘、ファルカナと。続いてエーデルベル伯爵第一夫人の娘、ユフシアーネと。その後はマオリス率いるヴァレンシュタイン班に補充するべくミコットーニェが間に入ったものの、その次がエムイックォさんの娘のミサトリアさん。ちなみに彼女は罪人となった夫と離婚してから従者に加わった。今後はエムイックォさんと共に暮らすらしい。そして、本日はカオリディアさんと契約することが決まっていた。


 こんなことがあったのだが、みんな積極的に従者になるべく契約を望んでくれる。でも、薄々気づいている。……多分、俺に協力をしたいというのは建前で、実は『勇者の従者』という免罪符を手に入れたいのではないだろうかと。……ヒューム族で純粋に協力したいと思ってくれる人は割といない……それが俺の印象なんだよな。




「さて、そろそろ様子を見に行くかな」


 今日あたり、マユマリンさんが完治していると思うんだよな。というのも、後から契約したブルームレーン伯爵第二夫人でファルカナの母であるミーナイリスさんが昨日全快していたからだ。


「念のため、キクルミナさんにマユマリンさんの衣服等の準備をするよう伝えておいて」


「畏まりました」


 カナリアリートは了承すると、キクルミナさんを探しに行く。それを見届けてからマユマリンさんがいる寝室へ向かう。




「……うん、大丈夫。完治ですね。包帯を外します」


「はい」


 歯も再生され、声もちゃんと発音できている。しばらく歩いていなかったので、リハビリは多少必要かもしれないが、問題ないだろう。


 祝霊歴1921年5月29日。救出した日から丁度2週間。マユマリンさんの完治を確認。


「……なんで?」


 しかし、何となく嫌な予感はしていたのだが、やはりミッション達成の通知は来なかった。

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