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03-3   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅲ(3/5)

「これで、ようやくアルタイル領に発生していた問題を解決することができました。もちろん、細かい問題は複数残っていますが。それでも、かなり健全化できたと思います。それも皆様の協力あればこそ。本当にありがとうございました」


 コトリンティータは報告後、席を立ちあがると礼を述べ、深々と頭を下げる。アストラガルド基準では、あまり深く頭を下げなかったのは前にテーブルがあるからだろうけれども、それでも充分深すぎる。


「それで、ここからは今後の方針について話したいと思います」


 ここからは話し合いに加わるため、うっかり別の事を考えていたりすると今度こそバレたら怒られる。仏の顔も三度までとはいうけれど、二度目の時点でかなり失礼というもの。


「まず確定事項として、皆様もご存知だとは思いますがエーデルベル家とブルームレーン家の別邸を既に建築開始しています。そして、完成後にはセレブタス邸を新たに新築することになりました。今まで使用していたセレブタス邸は会議や面接、来客用の宿泊場所として利用して貰う予定です。また、こちらに移住することになった元侯爵令嬢だったエムイックォさんも建物の管理責任者として、暮らして頂く予定です」


 新築の話が出た際に、実は最初、旧宅を取り壊して新築を建てる予定だったのだが、取り壊すことを寂しそうにしていたエムイックォさんを思って代替案を用意し、それが通ったというわけである。


「それと、今回更に街の人口が2000人ほど増える予定ですので、湯浴屋を増やそうと思います。それに伴い、下水道を拡張し、労働者も完成後に増員予定です」


 実は元々湯浴屋が少ない事に関しては苦情があったらしい。そこまで手が回らなかったし、下水配備には大掛かりな工事が必要なため後回しにしてしまっていた。


 下水の件があったので民家には風呂が存在せず、平民と一緒にすると問題があるだろう貴族の別邸にのみ浴場を仕方なく用意したという経緯がある。


 尚、労働者とはレベル表示の無い女性囚人のことで、公共施設でセレブタス家の収入源でもある湯浴屋での労働と下水処理施設での労働を担っている。他にもセレブタス家の収入とは関係ないが、農場の肉体労働にも従事させている。……働いて得る給金は食費を抜いた分、釈放後に当面の生活費として渡している。……囚人も増えたことだし、増設しても問題は無いだろう。


 余談だが、男性の囚人は街道警備に回されている。命の保証がない代わりに、ある程度の自由が保障されている。ただし、性器以外を女性の姿に変えられ、勝手に逃げられないように居場所を掌握されているが。


 ……どちらが良いかは、その人次第といったところか。


「次は移住希望者に関してなのですが……これはタイガさん、お願いしていいですか?」


 打ち合わせ通りに話を振られたので、頷いて会話を引き継ぐ。つまり、今から話すことは事前に話し合って合意済みの話。


「今回の移住希望者約2000人というのは、セベク、ルシャインとその周辺の村々からの希望者となります。今回も前例同様に犯罪者や密偵、商人や元リベルタス民を除いて許可をする予定です。そして、これでアルタイル領にある村の全てを巡り終えました。よって、大規模移住者は今回で最後となります」


 この辺は説明せずとも全員が掌握している事実である。だが、問題はここから。


「この約2000人の面接を最後に、面接官を誰かに引き継ごうと考えています」


「それは……」


 不可能ではないのか? ……という声が誰からともなく噴出する。まぁ、今までがチートなのだ。


 普段面接には、【審判眼】、【透視眼】、【魔晄眼】を併用している。そして、今回からは【星導眼】も導入すれば、対象の全てを見ることができる。だが、そんなことは俺にしかできない。以前からソコを問題だと思っていた。


 過去にそれらの精霊術を紋章術にしようと試みたが、不可能ではないが、露骨な嫌悪感を示され、二度としないように叱られている。今の状況を考えると彼女達の機嫌を損ねるのは大変良くない。


「そこで、皆さんから知恵を借りたい。他の領からの密偵の移住を阻止するにはどうしたら良いかを」


 本来目指すべきは『勇者なんぞ居なくても問題ない統治』である。俺がいることで完全になっても意味はない。自分達じゃ街1つ治められませんという証明になってしまうから。……ただ、代案を考えてはみたものの、良い案が思いつかなくて強く言えない感じになっていた。


「その前に1つ、いいかしら?」


 珍しく会議の場でクミクオナ卿爵代行が質問を投じた。


「犯罪者や密偵を受け入れないというのは理解できるの。でも、商人は何故ダメなのかしら?」


 そういえば、クミクオナ卿爵代行はテンプイツに沢山商人を滞在させていたっけ。


「勘違いしてほしくないのは、街へ商人が来ることは歓迎しています。商品を仕入れて他所で売却というのは、こちらも望むところです。問題は拠点を設けられること。生産性の無い商人を街で囲うということは、街の情報も商品にさせることと同じ意味なのです」


 商人は自分達の利益が重要であり、街の活性化とかは自分の利益に繋がらない限り興味がない。また、逆に自分の商売の足を引っ張るようなら、とっとと拠点を別の土地に変える人種である。


 考え方を変えれば、商人というのは最小の街のようなもの。商団だけで世界が成立していて、街に寄生し、金を吸い上げ、旨味が無ければ別の対象へ移動する。そういった存在なのだ。もちろん、本人に自覚はないし、商人の存在は生活において必須なのも事実だが、拠点はいらないという話だ。


「そうですか。……勉強になりました。また詳しい事教えて下さいね」


 後で……か。また面倒なことになりそうな気がする。


「では、面接の手段はしばらく考えて貰うとして。コトリン、次の話をして良いよね?」


 彼女が頷くのを確認して、話を続ける。どうせ、次も俺が話すのだから。


「次にタリマインで捕らえた、ポルクスの非正規兵の処遇について」


 現在は牢屋敷に捕らえて監禁中である。彼等には罪を重ねる気はないのを承知はしているものの、流石に自由にさせるのは問題だからと納得して貰って拘束させて貰っている。


「彼らは所謂犯罪者ではありません。むしろ罪のある奴は置いてきたので、連れてきたのは被害者に近い連中です。ですが、それは相手の事情。こちらは被害者。ということで、最初から考えていたことではありますが、まずは彼等のほとんどを対ポルクスの密偵として利用しようと思います」


「どういうことですか?」


「まず、現段階で判っている事として、アルタイル領に対するポルクス領の行為は限りなく黒いです。例のゴーレムが言ったように、こちらからお願いしたという形式になっているようなので罪には問えませんが……以前だったら、ありえないことだと聞きました」


 ユリアナさんの問いに丁寧に答える。だが、今の答えは彼女が既に知っていること。


「ですから、一番ポルクス領で起きている異変を知りたい人間に、ポルクス領のことを探らせようということです。やる気を維持するためには動機というのは大事ですからね。……あっ、もちろん逃亡や裏切り行為は普通に考えられるので、リベルタスに収容された男性犯罪者同様に処理はしますが」


 つまり、見た目の9割9分を女性に変換するということだ。まぁ、どちらにせよ変装は必要だから、どうせ変装なら整形ばりに顔を変えてしまった方が良い。


「つまり、送るのは野郎だけかい?」


「いや、この件に関しては女性も送る予定。当然、男性と逆の処置をするけれども」


 送り込む女性は総じてガチムチの大男に変身させる。小柄な優男だと女装すれば女として生活できてしまうからな。


 アイナミスさんの質問に簡潔に答えるが肝心のことを言い忘れていることに気づいた。


「もちろん、全員を送るわけでは無い。従者の資格を持つ者は人質として確保する。もし、我々を裏切った場合、残った彼女達が報復することになる」


 我ながら鬼のようなことを言っている自覚はある。だが、アルタイル領のことをアルタイル領民で何とかするべきと考えるように、ポルクス領のことはポルクス領民の手で解決させたいと考えていた。


「どちらにせよ、いっぺんに人を送り込めない。だけど、これが最善策だと考える」


 俺の問いに一応異論は無かった。もちろん、腹の内まではわからないが。


 一通り報告を終えて、コトリンティータを見ると彼女が頷いて立ち上がり、入れ替わるように腰を下ろす。


「これで報告は全て終了となりますが、最後に……」


 コトリンティータがキクルミナさんに視線を向けると、キクルミナさんは部屋の外へと向かい、1分もしない内に戻って来た。その時に、後から2人ほど付いて来ていた。その2人に対して事情は説明済みなものの、やはり冷ややかな視線を向けられる。


「この度は、大変ご迷惑をおかけしました」


 そう言って、2人は頭を下げる。当然紹介するまでもなく、この場にいる全員が知っている。


 1人はサキシアレーゼ=B=エーデルベル。伯爵の第一夫人である。もう1人はユークオルハ=B=アレクルージュ。ブルームレーン伯爵の第四夫人だった人だ。ファミリーネームが変わってしまったのは伯爵が死んだために旧姓に戻っただけである。


「2人をこの場にお呼びしたのは、新たな仕組みをルシャインとセベクにも導入して頂くためです」


「新しいシステム?」


 受け答えは主にサキシアレーゼがしている。というのも、ユークオルハはまだ、発見されたばかりの第二夫人、第三夫人の惨状が目に焼き付いており、恐怖心から解放されずにいたからだ。……まぁ、明日は我が身って立場だったからなぁ。それでも、多少臆病になっただけで生活には支障がない程度にはコミュニケーションがとれるので、この場に連れてきたというわけだ。


「今、わたし達のアルタイル領では勇者様の指導により、貴族が平民に尊敬されるよう、それ相応の働きをする手段として、冒険者ギルド以外にもさまざまなギルドの運営を貴族で行うという試みをしております。現在までは成功しており、収益もあげています」


 最初は『既に異世界人が召喚されている』、『冒険者ギルドが存在し、過去にきた勇者の1人が提唱した』と聞いて、再利用のつもりで提案したのだが、既にノウハウがあったおかげで俺自身に知識が足りなくても順調に業績が上がっている。ゲームと現実は違うのだから、最初に広めようとした人はかなり苦労したことだろう。


「それをここで学び、導入して頂きます。当然ながら拒否権は無いと思って頂きたい」


 他の貴族達とは違って、2人には贖っていると示すためにも必要な行為だった。


 会議も終わって、解散となった。


 書斎に戻りながらも、一連のことを振り返ったからなのか、気になっている事2点について考えていた。


「他にやり用は無かったんかなぁ?」


 一応隣に千寿はいるものの、独り言として処理されても良いや的な感じでボヤく。


「何の話?」


「あ~、コトリンに切り札の1つを使わせてしまったって話」


 ちとせの性格を再現している千寿は優しいので俺の独り言を拾ってくれた。


「使わなければ切り札の意味がないじゃない。ましてや唯一でないのなら尚更よ」


 うん、その考え方が一般論。故に読まれていることも見越しているんだけどね。


「切り札を見せれば、対抗策を考えられてしまう。結果自分の首を絞めるだけなんだよね。どうしようも無いなら仕方ないにしても、やりようがあったかどうかは検証するべきなんよ」


「ふーん」


 まぁ、ちとせならそう反応するわな。


「そもそも、そんな決断をするはめになったのも、あのゴーレムにレベル表示があったことが原因なんだよ」


「レベル表示? そんなのあった?」


「……多分、俺にしか見えていないと思う」


 多分、女性のレベル1ならば認識を変えなくても良いとは思う。でも、契約もしていないのにレベルが2以上だったり、男性にレベル表示があったりする場合は警戒する必要があると判断せざるを得ない。……あくまで今のところだけど。


「ゲームみたいだよね、それ。でも、相手の強さが判るんだから、そんなに気にしなくても良いんじゃない?」


 何レベルだろうと千寿なら倒せると言わんばかりだし、実際そうかもしれないんだが。


「ゲームみたいに倒して終わりなら良いんだけどね」


 結局、考える材料が無いのだから、結論なんて出るわけがない……頭ではわかっているけれど、どうしても考えてしまう。


 気分転換に一応、DMアイコンを確認するも、何の反応も示さない。つまり、まだミッションのクリア通知が届かない。……やっぱりマユマリンさんの完治が条件なのだろうか? 結構時間かかりそうだけど。


 ……多分、全快には2週間ほど必要だし、それまでにできることを……なんて考えていた。

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