03-3 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅲ(2/5)
会議室には何時ものメンバーが揃っていて、どうやら最後になってしまったようだ。眷属契約をしていたとはいえ、申し訳ないと思いつつ端に座ろうとして、無理矢理コトリンティータの隣へと連行された。……無慈悲である。
「それでは全員集まったので、会議を始めたいと……」
会議進行はキクルミナさんがしてくれることになり、知らないところでコトリンティータの負担を減らしてくれたようだ。正直、俺もコトリンティータも会議の準備をしている余裕も無かったからな。本当に忙しかった。
本当は良くないことだが、どうしても気になるので、こっそりとエミリーナを眷属に加えたことにより得られた巫術を確認する。
新たに覚えたのは【星導眼】。詠唱する通常の巫術であれば3秒先の未来が見えるという、異世界系のフィクションではよくある能力だったりする。アニメや漫画でよく見る能力の1つで以前は特に何とも思わなかったんだけど、アストラガルドにおいて未来が見えるというのは凄い能力で、時属性の精霊術に比べてローコストなことが素晴らしい。
応用的な使い方として、術の詠唱を終えるまでに目を閉じる。例えば、唱え終えて1分後に目を開くと、1分3秒先の未来が見える。5分ほど目を瞑っていれば5分3秒先が見える。しかも、消費MPは一緒である。……早く試してみたい。
あまり先の未来を見ようとすると確定していない未来も存在するので、起こりえる未来の内、発動した時点で最も確率の高い未来しか見られないようだ。
尚、【魔霊の召喚】状態で使用した場合、求めた未来を引き寄せることができ、その未来を選ぶために必要な行動を知ることができるらしい。……エミリーナの姿を見られる代わりにチート級の巫術になることは間違いない。
これは要確認になるが、おそらく【透視眼】と同じく見ている未来に対し【審判眼】のような巫術を併用することはできない。実は侯爵殺害犯を確認するために【透視眼】で過去を見た際に、その見た過去に対し他の術が影響を及ぼさなかったという例が既にある。これも恐らく同じ類の術ではないだろうか。
……また呪文を考えないとなぁ……。
【星導眼】も加え、一応俺が使える術は8種類ということになっている。しかし、実際に使える術は34種類。移動中や眠る前とか毎回呪文の内容を考えているような気がする。
「タイガ様?」
「ん?」
自分の考えに没頭し、うっかり会議中だったことが抜けてしまった。気づくと視線が俺に集まっている。
「……疲れてます?」
心配そうに尋ねるキクルミナさんに申し訳なく思ってしまう。
「すみません」
……会議中に別のことを熟考するのは危険だな……気を付けないと。
「では、次にエーデルベル伯爵とブルームレーン伯爵についての取り調べの結果について」
キクルミナさんの進行から考えて、どうやら俺に何か発言を求めていてスルーしてしまったようだ。だけど、結果的にキャンセルさせてしまったようだ。……本当に申し訳ない。
エーデルベル家は取り調べまでの間軟禁状態になっていた。前に来た時にざっくりと取り調べをしているので、今日は前と供述のブレをチェックした後、人質を取る作業になるだろう。
最初に取り調べたのはジュンジウス。彼の方から申し出てくれたこともあり、結果的に適任の人物から取り調べることができた。
「私が聞かされていたのは、あの日に言った通りです」
別室にて取り調べを行った際の開口一番がこうした発言だった。あの日とは当然、マユマリンさんを救出した際に行った簡易的な事情聴取のことである。
いくつか質問したが、彼の言葉に嘘はなく、本当に父親の正体や言葉を疑っていなかった。客観視すれば、自分でも調べろよって思うのだけど、今回の件に関しては父親と思っている者から聞かされた話故に信じてしまっても仕方ないのかもしれない。
次に取り調べたのはナッツキール。ジュンジウスとは腹違いの弟で、コトリンティータの元婚約者。見た目は女性受けの良さそうな美男子で、俺と違ってかなりモテそうだ。まぁ、伯爵令息である以上、不細工であったとしても権力も金もあるのだからモテるに違いないが。
「……と、お父様からは伺っていました」
言葉使いこそ丁寧なものの、表情はムカつき具合がよく伝わっている。前にこっぴどくコトリンティータにフラれていたが、婚約者がいるのに他の女性に言い寄るとか……あ、この世界ではアリだったっけ。……まぁ、コトリンティータには愛想すら尽かされたようだが。
「なるほど。ジュンジウスさんと同じ内容なことは確認できました」
彼は嘘を吐いていない。それも【審判眼】でしっかり確認済み。
次に第一夫人であるサキシアレーゼ、第二夫人のマキクォルカ、第一夫人の長女フユシアーネ、次女アスカレーナ、第二夫人令嬢のアカリアーデと聞いていくが、前に聞いた時とやはり同じ答え。……これなら取り調べする意味がないかとも思っていた。まぁ、取り調べとは別の要件で彼女達には合わなければならなかったのだが。
次がジュンジウスの妻、カオリディア。
「改めまして、カオリディア=セレブタス=エーデルベルです」
彼女は俺の意図を察しているのかセカンドネームを略さず名乗る。この世界のセカンドネームは自分が何処の家から嫁いできたのかを示す名になっていて、貴族と貴族付使用人のみが名に付ける風習がある。それでも基本的には略称を使うものだ。
「なるほど、貴女がエムイックォさんの娘さんですね?」
「やはり母の事をご存知でしたか」
この辺の話は前回していない。前回は家族の前だったから言い出しにくかったのもあるかもしれない。
「彼女は今、リベルタスの侯爵邸で暮らしていますよ」
「そうなのですね。やはり今回の件は母が関与しているのでしょうか?」
……あ~、なるほど。そう考えたのか。
「いや、無関係ですね。多分首謀者は伯爵をゴーレムにすり替えた人物だと思います」
「そうなのですね」
「それと、念のためにエーデルベル家の女性陣には前もって告げているのですが、リベルタスに来て頂くことになっています。準備のほど、よろしくお願いします」
俺が勇者だとも知らなかった人達、噂も耳に入っていないのだろう。ちなみに従者資格云々に関しては、リベルタスに来てから説明することになる。
最後に聴取したのはカオリディアの娘、ヒクアルテ。伯爵の孫にあたるはずなのだが、彼女はアカリアーデと同じ歳。……本当にこの辺は俺の常識を毎度破壊するよな。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。疑いは一応晴れましたので軟禁状態は解除致します。ですが、念のため、当面の間は人質として女性陣の方々は全て、リベルタスに移住して頂きます。お返しする時期に関しては様子を見て話し合いたいと思います」
最後にコトリンティータから通達をされて、何も知らない彼等を解放して終了となった。
結論を言うと、エーデルベル家は、ジュンジウスが爵位を継ぎ、伯爵として街を治める任に就くことになるだろうと言われている。エーデルベル伯爵はブルームレーン伯爵とは違い、普段の素行には問題が無く、今回の悪事も家族は無関係であることから、爵位剥奪は免れるだろうと。
だが、完全に疑いが晴れたわけではないので、コトリンティータからの実質的な人質要請に対し誰も逆らうことが無かったというのが、今回の本質となっている。……もちろん、相手も人間。色々な思惑はあるだろうけれども、そこまでは知らんし、敵意が無ければどうでも良いところ。
まぁ、残っている問題は、本物のソルディアス伯爵の所在についてだ。当の家族がゴーレムを一部の人が半信半疑に思いつつも結果として全員が本人だと思っていたわけなので、本人の生死すら不明な状態だ。だから、当面はジュンジウスが伯爵代行となり、一定期間の後に爵位を継ぐことになるが、どのくらいの期間を待つことになるかは知らない。
要件も済んで、帰ろうとした矢先、コトリンティータをナッツキールが呼び止めた。
「待ってくれ」
「何です?」
笑顔を見せることもなく、事務的な表情で尋ねると彼は少々怯んだ表情を見せた。
「あ、えっと……俺達、やり直せないだろうか?」
「無理ですね」
即答。……無慈悲だが、優しいとは思う。気を持たせるような言い回しをせず、失礼な言い回しもなく答える……お断りの見本だとも思う。
「何故? 確かに僕は一度、君を守ることができなかった。こちらにも事情はあったが言い訳に過ぎない事も知っている。君が指摘した通り婚約者はいるが、それが君と婚姻できない理由にはならないだろう?」
いや、俺の受けた説明が正しいなら、婚姻するという決断は無いんじゃないだろうか?
「申し訳ありませんが、わたしは侯爵の爵位を継ごうと思います。よって、婚約者のいる貴方と婚姻した場合、伯爵夫人にならざるを得なくなります。貴方への愛なき今、そこまでして貴方と婚姻する理由は無いですよね?」
コトリンティータも貴族の娘。政略結婚を一度は覚悟した身。けれども、それは彼に侯爵を継いで貰うためのモノ。彼女が伯爵夫人になってしまうのでは意味がないと言っていた。
「だったら、婚約破棄をする。そうすれば問題ないだろう?」
「……本気ですか?」
そう発したのはコトリンティータでは無かった。
「……何で貴女が……」
「わたしは本気か尋ねています」
その声音は可愛らしいものなのだが、怒りによる圧力が感じられた。長い青みを帯びた銀髪、赤味の強い紫の瞳。そして、傍らに精霊を連れている……巫術士だ。頭上にはハイヒューマンと表示されている。
「ごゆっくりどうぞ。行きましょう」
彼女の名を確認することなく、俺達は早々にエーデルベル邸から撤収した。
一方、ブルームレーン家は軟禁中、雰囲気が悪かったようだ。
トールディック伯爵の訃報は既に届いていたらしく、残っていたリオウタッドは顔色をかなり悪くしていた。
個人的には被害者のことを思えば死刑でもぬるいと思うが、彼は重要な情報を握っている可能性が高い。しかし、【魅了眼】は異性にしか効かない。仕方なく妥協して知っていることを命と引き換えに吐かせる。もちろん爵位継承権は無くなり、家からは当然ながら領内からも身体1つで追放扱いになる。まぁ、本人にとっては死ぬよりマシだろう。
第四夫人であるユークオルハさん。初対面での印象はこちらに対し敵対的な印象を持ったものの、発見された第二、第三夫人を見てからはすっかり態度を改めている。
「まさか、こんなことになっているとは思いもしませんでした」
彼女の開口一番に偽りはない。
「そうでしたか。では、何も知らなかったということで、一時的ではありますが、貴女には伯爵代行をして頂くことになるかもしれません。まぁ、正式な命令はコトリンの方から……」
「ちょっと待ってください。その、わたしの言葉を信じるのですか?」
「信じますよ」
彼女に俺の能力の説明をする義務はない。だが、彼女が嘘を言っていないことは知っている。……全部を話すとも思っていないけれども。
「同時に、貴女達にはリベルタスに来て頂くことになると思います。自身の疑いを晴らすためにも、協力をお願いしますね」
その後は第三夫人の娘であるノズオーミルさん、ユークオルハさんの娘であるイブキュリアさんにも同じ質問と説明を行う。全員レベル所持のため、いずれは従者になって貰うつもりではあるが、他に優先すべき人が多すぎる。当面後回しになるだろう。
「貴女がミサトリア=セレブタス=ブルームレーンさんで間違いない?」
「ご存知でしたか。確かにわたしがそこのリオウタッドの妻、ミサトリアです。もっと早くお会いしたかったです」
エムイックォさんの娘、カオリディアさんの妹。それを知っていると告げる。彼女は喜んで協力すると約束してくれた。その言葉には何か含みがあるように感じられた。
「皆さんに1つ、大事なお話があります」
取り調べを終えた後、女性陣が全員リベルタスへ移動の準備を始める前。
「国王様から命令がない限り、次期伯爵はリオウタッドに変わり名を伏せますが、第二夫人の娘の子になると思っていて下さい」
そうコトリンティータが告げたが、実はそれを指示したのも俺である。その子だけが従者資格が無かった。つまり、男児。ブルームレーン家の血を継ぐ、正統なる街を運営できる人材。他は女性でレベル持ちだから、そういう意味で不適任だろう。
ミサトリアさんの反応を除いた取り調べの流れは既に用意していたものだった。それが可能だったのも、事前に話を聞いていたからだ。
実はマユマリンさんと従属契約を結んだ翌日、俺は施療院へ足を運び、地下に囚われていた3人の女性と赤ちゃんの様子を見に行った。
3人はベッドに寝かされていたが、俺が姿を見せると反応して上半身を起こす。
「無理しないで。辛いなら寝たままで構わないから」
そう言ったけれど、全員が起き上がっていた。
3人の内、茶髪の人と赤髪の人はセベク在住だった娘で、両親に売られてしまった人だった。買ったのは当然ながらリオウタッドである。……まぁ、売った家族からすれば、娘があんな扱いをされるとは思ってすらいなかっただろう。
問題は金髪の女性だった。
「わたしは、ファルカナ=N=プランドレーマ。ブルームレーン伯爵とは血が繋がっていませんが、第二夫人であるミーナイリスの娘です。母娘共々助けて頂き、ありがとうございました」
「そっか、君は第二夫人の御令嬢だったのか」
彼女はベッドから出ると、この世界独特な深々と立位体前屈のようなお辞儀が見せようとして、途中で止める。
「無理しないで。それより、身体の汚れは洗った方がいい。湯浴屋……って、わからないか。あとでセレブタス邸に来るといい。そこで世話になっているから俺に用事があると言えばいい」
3人ともかなりの不衛生な状態。女性であるなら余計に気になっていることだろう。
「1つ確認したい。隣で寝ている赤ちゃんだけど、もしかしてリオウタッドとの?」
「はい。そのことが原因で幽閉されました。この子はわたしが彼に強姦された証拠なので」
でしょうね。……一応、キクルミナさんに確認した結果、この世界であっても夫婦以外の家族間での性交は犯罪という認識のようだ。血縁が無い場合はそれなりの手順を踏めば可能ではあるという話だが、そうしなかった辺り合意しての性交では無かったということになる。
「答えてくれてありがとう。あとは、君のお母様の件でお願いすることがあるかもしれない」
生きることを拒否していた場合は、やはり実の子に説得して貰う方が良いだろう。
その後はセレブタス邸に戻り、第二夫人のミーナイリスさん、第三夫人のミルヒトーミアさんとの従者契約を説得。幸いにもマユマリンさんとは違い、諸悪の根源である夫の死と娘が生きていることを知った彼女達は身体が治るということならと従者になることを承知してくれた。
諸々の契約を済ませた後、確認するために尋ねる。
「2人があの状態になった経緯、それとマユマリンさんが捕らえられてきた時の経緯を知っている範囲で良いので話して頂けませんか?」
彼女達の話では、人形師を名乗る女性がトールディックを狂気へと導いたのだという。元々彼の残虐性から人間らしい生活を送らせて貰えなかったのだが、その男が連れてきた人形師の女性の指示によって伯爵は夫人の四肢を切り落として人形のようにしたそうだ。
そして、その人形師と名乗る女性を伯爵に引き合わせたのがタッツオウガだという。
「……以上が、取り調べの内容です。その後は他の時と同様に近隣の村も巡り、必要な人材を集めた結果、現状に至った感じです」
……全く話を聞いてはいなかったが……まぁ、一緒にいたわけだし問題ないかな……多分。




