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03-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅱ(5/5)

「大丈夫?」


「少し疲れたけど、大丈夫。そんなこと言っていられません。早くお母様を探さないと」


 聞きたい事と違う返事を貰ったが、さして重要でもないのでエイロとの事はスルーして、ルシャイン兵を集めさせる。


 反抗の意思を見せないルシャイン兵の監視は未契約の兵士と念のためマウッチュに任せ、エーデルベル邸へは、俺とコトリンティータ、カナリアリート、キヨノアと、フォックスベル班とヴァレンシュタイン班で突入する。この世界の使用人達は戦闘技術も身に着けている者が多いので、カナリアリートは主に俺の護衛役である。


 降伏した兵士達の団長に案内をさせながらルシャインの街へと入る。外で戦闘が行われていたことは周知されていたようで、街の中は閑散としていた。それでも、まばらながら人の姿が確認できたが、こちらを認識した瞬間に建物へ駆けこんで、中からこちらの様子を伺っている。まぁ、返り血を浴びた兵士もいるからな、こっち。それでも、コトリンティータは動じず、堂々と案内させる。俺はその後ろを付いて行きつつ、こっそり小声で呪文を詠唱しておく。


 見えてきたエーデルベル邸も、お城のように大きな建物だった。セレブタス邸と屋敷の大きさが違うのは、セレブタス邸がアルタイル領で一番古い大きな屋敷で、増改築を行っていないからだという。……エーデルベル邸が恐らく、アルタイル領において最大の建物なのではないだろうか?


「ヴァレンシュタイン班のメンバーは屋敷に入らず出口を押さえて、出てきた連中を確保して。間違えても殺さないように」


 俺の指示に返事をすることもなく動き始める。


「みんなも煽られたからって殺さないようにね。情報は重要……いいね?」


 残った全員が無言で頷く。


「フォックスベル班は屋敷に入り次第、使用人の確保。残りは一緒に動く」


「じゃあ、入ります」


 作戦を伝え終えたと判断したコトリンティータが、ルシャイン兵団長に扉を開けさせた。


 屋敷の中も豪華ではあったのだが、ミッドフランネル邸やブルームレーン邸を先に見ていたので、感動するほどではなかったが、セレブタス邸を改修工事する際の参考にしようと心に誓う程度には素晴らしい玄関だった。


 待ち受けていたのは男性2人。2人とも金髪で青い瞳を持った貴族様で、1人は年上で、もう1人は明らかに年下だった。2人とも防具は身に着けていないものの、帯剣しており、年上の方は見えるところに紋章が確認できた。


 コトリンティータに相対するように立っていた彼等の横を抜けて、フォックスベル班が使用人のいる場所を探しに行く。それに対し2人は動じず、コトリンティータを見つめていた。


「武装を解除して下さい。兵士はみな降伏しました。伯爵……でいいのかわかりませんが、彼も死にました。無駄な戦闘はしたくありません」


 コトリンティータが2人に冷たく言い放つ。その言葉を聞いて2人は携帯した武器を外して床に置く。


「ご協力ありがとうございます、ジュンジウス様。それとナッツキールさん」


 ……なるほど、彼等とは知り合いなのか。わかりやすいよう、わざわざ顔を見て名前を言うコトリンティータから、俺への紹介を兼ねているのだろうと推測。結果、彼等の頭上には名前が表示された。


「父では止めること叶わなかったか。そこまでしなくとも、アルタイル領は領主の娘たる貴女の方針に従っただろう。それに、力で蹂躙しようとも、民は付いて来ない」


 年上のジュンジウスという男が諭すように言うが……そんなことは百も承知なんだよな。


「確かにその通りでしょう。ですが、追い詰めたのはそちらの側の手段によるもの。そして、わたし達には時間がありません。貴方に直接の罪はないかもしれませんが、次期伯爵として、罪が確定次第、責任を背負って貰うことになりますよ」


「ん? 何の罪を……」


 そう言いかけたところでコトリンティータが手で制した。


「時間が惜しいのです。伯爵夫人のところへ案内して頂けますね? 1度で説明を終えたいのですが」


「……わかった」


 そう言うと、ジュンジウスは背を向けて2階へと向かおうとする。が、それに付いて行こうとする俺達をナッツキールが塞いだ。


「コトリンティータ。何故、そんな追い詰められる前に僕に相談してくれなかったんだ? 僕なら全てを投げうってでも力になったのに!」


「……ナッツキールさん。何も事情を知らない貴方にそんなことを言う資格はないと思いますよ。それに、もう婚約は破棄されています。それなのに、全てを投げうることなど不可能でしょう? その、リップサービスだけで期待させる癖、直した方が良いかと思いますよ」


「なっ! 僕はそんなつもりは……」


「そうそう。ご紹介します。こちらはタイガ様……貴方が呼ぶのを諦めるよう言っていた、わたしの勇者様です」


 彼の動きがピタリと止まる。……おいおい、めっちゃ俺を睨んでるって。余計な敵対心を煽るなって。いったいどういうつもりだっての?!


「そうか。貴様が彼女をたぶらかしたのか……貴様が……」


「勘違いしないで下さいね。どちらかというとたぶらかしていたのは貴方ですから。というか、そういった台詞を言う資格がないこと、わたしが知らないとでも思ってますか?」


「え?」


「……ご婚約おめでとうございます。直接は聞いてませんでしたが、噂は耳に入ってますよ。ご自分が婚約しておいて、他人の色恋に口を挟むのは無作法では? ……それに、いい加減退いて下さい。時間がありませんから」


 声色は冷たいが、怒気を含むものでもなく、ただ淡々とコトリンティータは告げる。


「行きましょう、タイガ様」


 まるで脱力してよろけるように道を開ける彼の横を俺達が通る。ジュンジウスが案内してくれた部屋には女性陣が怯えるように立っていた。使用人を除き、総勢7名。案内してきたジュンジウスと後から入ってきたナッツキール。エーデルベル家9名が揃った。


「皆様、お久しぶりです」


 ペコリと彼女が頭を下げるが、誰も反応しない。


「このような来訪になったこと、残念に思います。本来であれば、すぐにでもブルームレーン伯爵が利用していた部屋へ案内して頂きたいところですが、先程ジュンジウス様の話を聞く限り、大きく誤解されている様子。少し話を伺ってもよろしいですか?」


 俺としては先にマユマリンさんの無事を確保することの方が優先のように思えるのだが、何か思うところがあるのかもしれないと、口を挟むことはしなかった。


 とても時間が惜しい。何故今、事情聴取しなきゃならんのか? 内心そんなことをボヤきながら、1人ずつ凄く簡易的に話を聞くことになった。


 エーデルベル家は第一伯爵夫人と第二伯爵夫人がいて、第一夫人には3人、第二夫人には2人子供がいる。第一夫人の長男には嫁がいて、その間にも1人子供がいる。伯爵にとって第二夫人の娘が、孫娘と同じ歳だと知った時は、どんだけ元気なのかと考えたほどだ。


 孫娘も含めた子供達からの話は内容が一緒で、ブルームレーン伯爵がリベルタスに対し何らかの攻撃を行っていた。それに対し、コトリンティータが軍事力で卿爵達を仲間に引き入れ報復を狙っていた。そこにミッドフランネル伯爵が付け入り、エーデルベル伯爵もブルームレーン伯爵と組んでいて、敵だと唆した。


 一方、ブルームレーン伯爵は身の危険を感じ、アルタイル領の貴族のほとんどがコトリンティータ側に付いていたため、唯一中立だったルシャインへ向かう。エーデルベル伯爵は中立を貫いていたが、諸悪の根源がこちらに来たことで殺害。彼の首を差し出すことで戦闘を回避しようとしたが、彼等からすれば父親が殺害されたというわけだ。既にその筋書きはエーデルベル伯爵本人から聞いていたが、彼の子供達は当然信じていたようだ。……まぁ、よくできた話だった。


 伯爵夫人の2人とジュンジウスの妻であるカオリディアさんに関しては、同じ説明を受けていたものの、鵜呑みにはしていなかったようだ。特に彼女の話は興味深かった。


「あの、1つお伺いしたいのですが、セレブタスということは……」


 彼女の名は、カオリディア=S=エーデルベルなのだが、わざとミドルネームを略さず「セレブタス」と言ったことで、そこに意図があると直ぐに気づけた。


「はい。わたしの父はセレブタス侯爵でした」


「……ということは、コトリンとは……」


「腹違いの姉という立場になります」


「なるほど。エムイックォさんの」


「娘です。母がミッドフランネル伯爵のところでお世話になっていることは存じております。確かにミッドフランネル家とエーデルベル家は犬猿の仲ではありますが、ミッドフランネル伯爵は幼い頃から知った仲ではありますので、彼が誰かを焚きつけるような真似をするとは思えなかったのです。彼はわたしがエーデルベル家に嫁いだことも知っていますから」


 なるほど。それが原因で鵜呑みにしなかったわけだ。もちろん、それだけでは確証はないだろう。それと、鋭いと感じたこととして。


「義父に違和感があったのです。些細な問題ばかりなので今回の件まで気にもしませんでしたが……」


 例えを聞いたところ、食べ物の好き嫌いだったり、趣味に興味が無くなったり、よく外出するようになったりと、確かに些細な事。気にしなければ気付かない問題なのだが、日々違和感が増すばかりだったのだろう。


 取り調べは俺に一任しているコトリンティータもカオリディアさんには反応し、


「この度は、知らなかったこととはいえ、生まれ育った家を追い出してしまったこと、誠に申し訳ございませんでした」


 そう謝ったコトリンティータに貴女に責任はないと言ったカオリディアさんが印象的だった。


 取り調べを終え、一応悪事に加担してはいないと判明した。そこには、何も知らずに盲目に信じていた者と、疑いつつも確信を得られなかった者だけだった。……まぁ、家族なら前者でも仕方なく、後者も何処まで信じて良いやらと言った感じだ。


「なぁ、コトリン。さっきから、この子が」


 『この子』とは言ったが、わざと周りには判らない言い回しをしただけで、実際には緑色のクリオネのような精霊が俺にくっついている。植物の無いこの部屋でこの精霊がいるのが不自然なわけで、巫術士が近くにいる可能性が高く、コトリンティータに聞いてみるのが早いと判断した。


「……!! トールディックが使っていた部屋、大至急案内して頂いて頂きたい」


 彼女は改めてブルームレーン伯爵が利用した部屋に案内を頼んだ。




 来客時に泊まらせる客室と思われる部屋。10畳程度の部屋にベッドにクローゼット、高級そうな椅子が2脚と大きなテーブル。そのテーブルの上に恐らくトールディック伯爵の物と思われる荷物が無造作に置かれていた。


「このテーブルの上に置かれている物でトールディック伯爵が持ち込んだ荷物の全てで間違いありませんか?」


「間違いありません」


 コトリンティータの問いに使用人の男が答える。


 彼は嘘を言って無い……良かった。まだ荷物は処分されていなかったようだ。


 荷物の中に、革製の大きなカバンに先程の精霊が近づき、俺とコトリンティータに何かアピールしている。それを見たコトリンティータは血相を変えて鞄に触れようとした。


「待って、コトリン」


「何で止めるの? そこにお母様が……」


 俺はこの部屋に着く前に仮説を立てていた。


 最初、その精霊は俺に何かを訴えていた。まず、そこが不自然なんだ。そもそも、相棒の娘であるコトリンティータと面識が無いわけがない。それなのに、彼女のところに行かなかった。更に言うと、この精霊はエイロと同じ木精霊。巫術士は自分の相棒と同じ属性の精霊だけ視認することができる。人間の個体差も精霊は認識できる。だから、この彼女のところに行かなかったことが偶然とは思えなかった。


「すみません。みなさん、ちょっと席を外して下さい。カナ、キヨノア、お願い」


 2人が他の者を連れて部屋から退室したのを確認した後、なるべく優しく問いかける。それでも、彼女を怒らせない自信は全く無かった。


「なるべく落ち着いて聞いて欲しい。マユマリンさんは現在、君と顔を合わせたくない可能性が高い」


「なっ!!」


「……申し訳ない。でも、そうとしか考えられない」


 今にも衝動的に俺を殴ってしまいそうな勢いのコトリンティータだったが、頭を下げた俺を見て、必死に堪えているように思えた。


「何故?」


「……この精霊、マユマリンさんのだよね? この子は何故、面識のあるコトリンではなく、俺の方に来たのだと思う? しかも、君に気づかれないように」


 今の彼女なら同じ結論に至る。まぁ、屁理屈をこねるなら幾らでも言えるだろうが……。


「わかりました。お母様を宜しくお願いします」


 そう言って、彼女も部屋を出る。……理解を示してと言った感じではない。今にも感情が爆発しそうなのを堪えて、我慢して部屋をでた……そんな感じだった。


「マユマリンさん、助けに来ました。開けますね」


 そう一言声をかけてから鞄を開ける。すると、予想通りのマユマリンさんと思われる女性が入っていた。


 鞄から彼女を抱え上げる。やはりマユユンと同じように髪は抜かれ、目は義眼に替えられ、歯も抜かれ、皮膚も一部剥がされ、四肢を切り落とされた後に処置された惨い姿だった。そんな何も見えない彼女の義眼から涙が零れた。


「……殺して……」


 発音が聞き取りにくいながらも、そう言った事は間違いなかった。


「この姿を……誰にも……見られたく……ない」


 まぁ、気持ちは理解できなくもない。でも、彼女に死なせるわけにはいかない。


「聞いてください。俺はタイガ=サゼ。貴女の娘が召喚した勇者です。数日時間を頂きますが、俺には貴女を元の姿に戻す力があります。ですから、生きるのを諦めないで下さい」


 ……そうは言ったとて、記憶が消えるわけでも、これまでの仕打ちを無かったことにもできないし、それを俺にはどうすることもできない。


「コトリンティータが? ……そうだったのですか。あの子が……」


「すぐそこに居ますよ。姿を見せることに抵抗があるなら、せめて鞄越しに声だけでも……」


 彼女の了承を得て鞄に戻した後、コトリンティータを再び呼ぶ。


「コトリン、やっぱり姿は見られたくないって。でも、会話はするって。だから……」


 彼女が頷くのを確認した後、俺は部屋から出た。




 2人きりでどんな会話をしたのか、俺を含め誰も聞いていない。しかし、会話を終えたマユマリンさんは生きる気力を若干取り戻していて、俺とカナリアリート、マウッチュだけは後始末を他の人達に任せて一足先にリベルタスへ戻った。


 予めコトリンティータの許可を得ていた俺は、カナリアリートを扉に前に待機させた上で、侯爵夫妻の寝室に入室。鞄から彼女を出してベッドに寝かせる。そして、彼女が再び死にたくなる前に従属契約を伴う治療の段取りについて説明し、強引に承諾を得る。


「カナ、この部屋への出入りを俺以外禁じる。これはマユマリンさんの指示でもある。……って、みんなに伝えて来て。キクルミナさんやホノファには特に注意するように伝えて」


 カナリアリートが伝えに行き、2人きりになるとユーリボンによる【操身眼】で義眼を外し仮歯を一時的に生やす。……マユユンの時にやれば良かったという反省を活かす。


「わたし、マユマリン=M=メリーメイは、タイガ=サゼの指し示す道を切り開く剣となることを対価に契約します」


 これでミッションはクリア……そう思っていた。

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