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03-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅱ(4/5)

 頭でわかっていても目の前の脅威は敵であれば止めなければと思うのが心情というもの。どんどん敵兵が集まって来ては行動不能になる。多分、コトリンティータが巫術士であることは知られていないため、原因不明で対策ができていないのだろう。


「そろそろか?」


「そうっチュね」


 独り言のつもりで呟くと、マウッチュが答える。建前的に俺のボディガードではあるが、彼女には前回頑張って戦闘をして貰ったため、今回は極力騎乗用として活躍して貰うつもりだ。


 ちなみにそろそろと言っていたのは、フォックスベル班とヴァレンシュタイン班による戦場の左右から仕掛けた強襲の合流である。


「おかえり。カナは敵の弓兵と遠隔系の術を使う兵士に攻撃を」


 コトリンティータへの唯一の有効な攻撃手段がこれである。【誘眠の花香】の範囲外からの遠隔攻撃に対して、矢弾であれば剣で払う。精霊術による攻撃に関しては左腕に備えたバックラーによって受ける。レジストできることが前提なのでダメージは微々たるもの。もちろん、避けられる類であれば避けるだろうが、コトリンティータの負担としては大きい。この事実が知られていないことが幸いなのだが、戦っている最中に気づかれるのは割と早く、すぐ対策される。なので、カナリアリート以外の連中にも極力遠隔攻撃者を優先して無力化するよう指示している。


 圧倒的な人数差ではあったが、Lv2以上の従属契約者の戦闘力により不利な状況が徐々にひっくり返っていく。


「コトリン、止まって!」


「え?」


 俺の叫びに驚いて、止まった瞬間。彼女の数歩先に【炎矢の行射】が地面に刺さる。


「これ以上先には進ませるわけに行かない」


 立ち塞がったのは、エーデルベル伯爵。……伯爵は紋章術を使うのか。誰でも使うことができるという紋章術が世間に普及していないわけ。それは、紋章1つ刻印して貰うのに高額を支払わなければならないからだ。平民では支払いは難しいため、成功した冒険者か貴族の中でも裕福な者だけで独占されているのが現状というわけだ。


「コトリン、キヨノア、気を引き締め直して。今までの相手とは格が違う。アーキローズさんを相手にするつもりで挑んで」


「え? う、うん」


 咄嗟の指示にコトリンティータは戸惑うものの、キヨノアは俺が指示するまでもなく、相手の強さを感じ取っているようだった。


「さっきは確かに無かったような……」


 俺の目には彼が今までの推測から導いた法則を全否定する異常な存在に見えた。


 こんな異常に気づかないはずがないのに、彼の頭上には何度確認しても『ソルディアス=B=エーデルベル Lv5』と表示されていた。その異様さは当然ながら俺にしか気づけず、誰にも指摘できない。……一体、何がどうなっている?


 さっき会った時にはレベル表示されていなかった。こんなのは初めてだ。しかも、今まで見たのは全員が女性でLv1。それに、正直彼が仲間になるとも思えない。彼の元のステータスは知りようがないが、少なくともコトリンティータより上の可能性は高い。そう考えると、コトリンティータがLv6でも全然安心できない。


 事実、彼は【誘眠の花香】をレジストしてコトリンティータに相対している。今も剣で攻防を展開しているが、若干コトリンティータが押されている。彼女が後退したのも初めて見たし、正直、想定外である。


 ……もちろん手が無いわけではない。できれば使わずに勝ちたかっただけで。


「コトリンティータの名において汝に願う 不可侵の樹界の小姫が一柱にして花園の主よ 鋼よりも硬き種の弾丸で我等が敵を狙い撃ち給え……【砲華の種弾】!!」


 剣戟の合間に呪文を唱えると、地面から見たこともない植物が召喚される。コトリンティータが間合いを取ると、筒状のめしべの中から大き目の種が高速で伯爵に向けて6発撃ち出された。流石に至近距離での高速連射に避けることができず、剣で受けようとするが当然弾かれる。


「ぐぅ……なるほど……紋章術でなく、巫術か……」


 呪文を詠唱したことで、紋章術じゃないことがバレたって感じかな。そんなことより……。


「緑色の血って」


「タイガさん、どういうこと?」


「いや、俺もわからんよ」


 【砲華の種弾】を被弾したことによるダメージが鎧の防御力を貫通してダメージを与えたのだが、その際に口から出た血の色が緑だった。


「コトリン、ゴーレムって血が流れてる?」


「知りません!」


 ……ですよね。考えられるのは、人ではない何かに魂を売って人間を辞めたか、薬をキメて人間を辞めたか、人工生命体を作ったか? もちろん、全ての心当たりがあるわけでなくフィクションでの知識である。……だって、全然わからないし。


 そもそも、今の問い方だとゴーレムが何かを彼女が知っているかどうかも怪しいか。


「とにかく、俺から言えることは目の前の伯爵は現在人間じゃない」


 当然、前は知らない。


「状態異常の精霊術、効かないみたいね」


 キヨノアも早々に紋章術を使うのを辞めてソニアブレードも剣形態にして構えている。正直、極めて厄介な状態になっていた。


「正直、初めての厳しい戦闘かも」


 一瞬で間合いを詰めたキヨノアは剣を振うが、楽に……とは見えないが、受け止められて一撃が入らない。


「人じゃないって、じゃあ何なのですか?!」


 コトリンティータもキヨノアとタイミングを合わせて斬りかかるも、やはり一撃も通らない。もう少しで刃が届くというタイミングで凌がれる。


 やっぱり、ゴーレムって単語が通じていない。……あっ!


「精霊術で動いている人形のようなもの」


 ただ、得体が知れない存在に俺もどうすれば良いのか……正直悩んでいた。


 そもそも、一番の問題は彼のレベル表記である。


 これまでの検証で、レベル表記無しとLv1は、身体的な意味で何も変わらないことは判っている。強いて違いを指摘するなら、レベルが上がる可能性の有無である。


 このレベル表記というのは、その人の強さを示す値であることは当然なのだが、戦闘による経験や訓練による身体能力強化はレベルアップに何も貢献しない。強いて言うならばレベルが上がらずとも強くはなる。ゲーム的に表現するならばステータスアップだったり、スキルの熟練度アップだったり。


 そう言ったモノとレベルアップは根本的に違う。鍛えることで強くなることが足し算ならば、レベルアップは掛け算的に強くなる。ポイントは掛け算故にベースとなるステータスが重要な役割を果たす。元が強い人ほどレベルアップの恩恵を受ける。


 この世界の貴族は武術的な強さも求められる。つまり、ソルディアス伯爵もかなりの武術の達人だと思った方が良いだろう。そうなると、彼のLv5表記がどれくらい危険かというと、不得意とはいえLv6であるキヨノアの紋章術が全く通らず、諦めて得意な剣術のみで勝負するが、ほとんど有効な攻撃を当てられていない。ちなみに現状、キヨノアより武術において優れた者はこの兵団には存在しない。


 幸いなことは、有効ではなくとも2人がかりであれば攻撃が当たることもあるということ。実力差はあるものの、何とかなる希望はある。


 伯爵がゴーレムだったり突然のレベル表記……しかもLv5だったりとか謎なこともあるが、推測程度であれば無くもない。


 ……あくまで仮説ではあるが、今回のリベルタス襲撃を含む一連の計画にソルディアス伯爵のすげ替えが含まれているとしたら?


 だとすれば、あくまで主犯は伯爵ではなく、伯爵そっくりのゴーレムを操っている者が主犯ということになる。急なレベル表示も邪術が影響しているのなら、可能性は無くもない。そもそもそ、ゴーレムの完成度だって、ホムンクルスやクローン人間だと思えるほどの出来栄え。もちろん、この世界にそんな技術があるかどうかは知らない。我ながらご都合主義な推測ではあるが、現実問題として目の前に存在している以上、技術はあるということになる。


「タイガさん! 聞いていますか? タイガさん!!」


 ぼんやりとコトリンティータの声が耳に入ってきて、自分が思考に没入して状況が見えなくなっていたことに気づく。


「済まん。どうすれば良いかを考えていた」


「しっかりして下さい!」


 ……まぁ、怒るのも当然。コトリンティータ達は命を賭けて戦っているのだから。


「おかげで、俺も覚悟が決まった」


 もう執るべき手段は手札を切ることくらいしか残されていなかった。


 相槌が返ってこない。それだけ余裕はないということだ。


 俺が推測することに没入している内にフォックスベル班とヴァレンシュタイン班が合流し、リョーランとマオリスが参戦するものの、やはり膠着状態となっているようだった。


「コトリン、奥の手解禁で」


「わかりました。じゃあ、行きます」


 彼女とアイコンタクトで通じたのか、身長120センチ程度に成長したコトリンティータの精霊、エイロが彼女の胸に飛び込んで、そのまま身体の中に入っていく。


 彼女が大きく深呼吸すると、身体が緑色の霊力で薄っすらと光って見えた。


「来て、エイロ!」


 カッと目を見開いて呼ぶと、背中から出てきたエイロは透明度の高い緑色の身体は変わらないが、身長160センチくらいの大人の容姿に変貌する。よく見ると容姿はコトリンティータにソックリだ。


「な、なんだ、それは!」


 同じ属性の巫術士以外にも見えるようになるのが弱点ではあるが、精霊がこっちの次元に直接干渉できるというアドバンテージを得られる。コトリンティータの奥の手として用意していた【木精の召喚】だ。前情報を与えないために彼女には習得した後も使わないようにと指示していた。


「ナンデショウナノン」


 エイロの声。その声はコトリンティータの声に少し似ている。声質も話し方も幼いが。


「行くよ、エイロ!」


「イクノン!」


 先行してエイロが伯爵ゴーレムに攻撃を仕掛ける。彼が剣で斬りつけるが、彼女の身体を傷つけることなくすり抜け、彼女の拳が彼の顔面にヒットして吹き飛ぶ。


「んぉ?!」


 多分、初めてのクリティカルヒット。精霊の身体って任意で物質をすり抜けるからなぁ。


「【炎矢の行射】!」


 エイロに向けて伯爵ゴーレムが火系精霊術を放つ。だが、それをコトリンティータのソニアブレードが切り落とす。精霊力を含んだ金属を利用した武器の効果である。


 本当はコトリンティータへエイロに火系精霊術を被弾させてはいけないって注意したいところだが、そんなことを言った日には相手に『火が弱点です』と言っているようなもの。迂闊な指示は出せない。


 2人の息の合った連携攻撃が始まる。


 Lv6であるコトリンティータと同等の動きを見せるエイロの連携は絶妙で、通常攻撃と物質透過の2種類の攻撃により伯爵ゴーレムを追い詰める。


「キヨノア、リョーラン、マオリスは下がって。コトリン達の邪魔になる」


 素人目にもそう見えたので指示を出すと、3人とも異論は無いのだろう。悔しそうにしつつも伯爵ゴーレムから離れる。


 みんなには言えないが、実はこの【木精の召喚】は強力故にちゃんと弱点が存在する。一番の問題は召喚された精霊を維持している間、MPを消費し続けるということ。俺と違ってコトリンティータ達のMPは少ない。MPの回復手段のないコトリンティータにはのんびりと戦っている時間がない。


「貴方が本物の伯爵なのか、造り物なのかは存じません。ですが、これで終わりです。覚悟して下さい」


 同じだけの運動量をこなしているはずだが、コトリンティータは息切れをしていないものの、肩で息をするほどに疲労が見える。それに対し伯爵ゴーレムは余裕。長期戦で戦えば負けるのは間違いなくコトリンティータだろう。


「行きます!」


 答えぬ伯爵ゴーレムを気にもせず、コトリンティータから仕掛け、それを追い抜くようにエイロが先制攻撃を叩きこむ。結果、コトリンティータの攻撃は連撃としてヒットする。


「トドメです。【砲華の種弾】!」


 無詠唱での【砲華の種弾】による6連射。エイロもタイミングを合わせて【砲華の種弾】を放つ。計12連射を至近距離にて浴びせた後、エイロの後頭部への回し蹴りとコトリンティータの首への斬撃で、首を刎ねられたエーデルベル伯爵は倒れ、2度と動かなくなった。


「エーデルベル伯爵の首、わたし、コトリンティータ=M=セレブタスが討ち取った!」


 コトリンティータが勝利宣言をすることでルシャイン兵は降伏した。唯一の不満は、仕方なかったとはいえ、【木精の召喚】を使用したこと。もちろん、【木精の召喚】自体がハイエルフの中でも一部しか知らないということなので、それを見て精霊と認識できた人がいない可能性も充分あるけど……残念ながら、巫術士であると認識されたと考えるべきだろう。


「タイガ!」


 ロイエが近づいてきたかと思うと、俺に思いっきり抱き着いてきた。


「サワレル! タイガ、タイガ!!」


 見た目が大人なのに子供のようにはしゃぐロイエだったが、スッと姿が消える。


「ふぅ、ごめんなさい。少し目を離した隙に……」


 よく見ると、元の120センチ程度の大きさに戻ったロイエがすり抜けるのを承知でコトリンティータに体当たりの真似事をしている。言葉は聞こえないが怒っているのかも?

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