03-2 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅱ(3/5)
急いでトールディック伯爵を追いかける。だが、1時間以上のロスは大きい。
使用人からの報告を聞いた後、すぐに追いかけようとするコトリンティータを止めざるを得ない事情もあって、結果的にルシャインへ向かうのに遅くなってしまっていた。
新たに見つかった四肢切断された2人の女性の正体は第二夫人と第三夫人だった。マユユンのように歯と目が抜かれていなかったが、より多くの皮膚が剥がされ、精霊術による治療で生かされている状態だった。そんな彼女達が赤ん坊を入れるバスケットの中に寝かされていたのだから、悪趣味としか言えない。
時間が惜しかったので、2人の伯爵夫人と囚われていた少女達4名の計6名はユーカリンデさん率いるミッドフランネル班にリベルタスまで護送するように指示し、第四夫人など残りの伯爵家の人々はアリサリア率いるリリィフィールド班とアイミュセル率いるエルネウスト班に現場保存と伯爵家及び使用人の軟禁、監視を指示した。
セベクの兵士達は、街の女性の失踪について薄々思うところがあったらしく、実際に被害者が救出されたことで、全面的に協力してくれた。内容から察して、虐待に関与していたのは多分伯爵とその令息、あと使用人も可能性はある。奥様方に関しては何も知らなかったり、知っていても逆らえない状況だった可能性もある。どちらにせよ、調べるのはマユマリンさんを確保した後である。
残り30人オーバーとなったが、指示を出し終わった後に即ルシャインへ出発。現在に至るといった具合だ。
距離的にはリベルタスからタリマインと同じくらい。移動途中で食事をして貰い、15時前には、ルシャインの近くに辿り着くが、予想通りルシャイン兵が総出と思われる人数で出迎えていた。人数は約1000人で、30倍以上の人数差。とはいえ、これまでの経験から人数差は問題ないと思われる。特に最近Lv6になった連中は無敵なのではないだろうか? ……まぁ、本人はLv6どころか、レベルの存在すら知らないだろうし。厳密にはそこまでの差ではないが、例えるのであれば、鍛錬によるステータスアップが足し算、レベルアップは掛け算のステータス上昇差だ。これまでの戦闘による検証の結果、コトリンティータ達は一騎当千の実力と言っても過言ではない。
「あれ、全部ルシャイン兵かねぇ?」
「どうかしら? もしかしたら、ポルクス領の兵士が混ざっていても変じゃない」
俺の問いに返すコトリンティータは平然と……むしろ気迫に満ちた表情で答えた。戦闘面では全面的に負担をかけていて、これまでの生き残った経験が彼女を強くしたと言っても過言ではない。
「それじゃ、行きましょう。最後の決戦です!」
「……待った。誰か来る」
ラプダトール単騎でルシャイン側から兵士が1人だけ駆けてくる。
「単騎ですね。何か話があるみたいです」
この世界の作法らしいが、今まで見たことが無かったので全然知らなかった。単騎で武器を持たず、鎧も身に着けずに走ってきた場合は襲わないのが作法らしい。
兵士は周りを見渡し、コトリンティータの前に来て跪く。
「ソルディアス=B=エーデルベル伯爵の使いとして参じました。コトリンティータ=M=セレブタス様でしょうか?」
「わたしがコトリンティータです。要件は?」
コトリンティータの後ろでキヨノアがソニアブレードの柄を握っている。何かの際には反応できるよう、集中しているのが素人でもわかる。
「伝言を預かっております。『我々には敵対意思はない。その証拠として、諸悪の根源たるトールディック=M=ブルームレーン伯爵の断罪を実行完了済み。御所望とあれば首をお渡しする用意もございます』とのことです。返事を伺うよう申し付かっております」
……そう来たか。尻尾斬りの可能性は考えていたが、口封じされたら困るのは俺達なんだよな。しかも、まだミッション失敗の告知がないということは、まだマユマリンさんは生きているということ。ここでは退けないなぁ。
「……こちらで少々お待ち下さい。少しだけ考える時間を頂きますね」
そう言うと、兵に背を向けキヨノアにアイコンタクトをしたと思ったら、俺の腕を掴んで後ろへと引っ張られながら付いていく。
「助言を下さい。わたしは戦わず交渉してお母様が戻ってくれば、それに越したことはないと今は考えています。ですが、素直にお母様の存在を語ると言うのは……」
「気付いていたか。マユマリンさんが事情を把握していた場合は、ブルームレーン伯爵同様口封じをされる可能性があるんだよな」
本当に知らなかったとして、知っている可能性があると判断されても殺される……そうされると困るんだわ。その可能性が過ぎったため、さっきから考えているんだが……。
「コトリン、少しだけ危険な賭けをしようと思うんだが、わかっていて自分からピンチを招く覚悟、ある?」
「内容次第です」
「……ですよね。俺とコトリン、それとソニアブレードを内包した非武装の千寿と3人だけでブルームレーン伯爵の荷物を取りに行くという名目でマユマリンさんを探す」
我ながら無謀な策……いや、策と呼べるような代物ではないか。どちらにせよ、このタイミングを逃せば、戦闘による奪還しかないわけで。一応建前だとしても敵対の意思がないと言っている以上、露骨に攻撃はしてこないと思う。その口実を利用して、マユマリンさんのことをあえて伏せて荷捜しを要求。拒否られたら、敵対意思有りと強引に戦闘にもっていくしかないだろうし、拒否られなかったとしても、兵と離された場所で暗殺の可能性があり、その場合は千寿に対応して貰いつつ、コトリンティータに武器を渡す。
「……という感じで行くしかないと思うんだけど、もっと良案があったりする?」
「あの、口出し失礼。あたしが参加するのは良いんだけど、タイガ君の防御が手薄になっちゃうよ?」
「おい、真面目な話なんだから股間から顔出すな」
ハーフプレートアーマーの前垂れ部分から千寿の顔が浮き出る。普通にキモいが場所が最低である。コトリンティータもそれを見て苦笑いである。
「……で、彼女は何て?」
「千寿を装備隠しの器にすると、防具の形ができなくて、俺の警護が手薄になるってさ」
近くに居ればそんなことはないんじゃないかと思うんだけどな……。
「じゃあ、わたしに武器を渡してくれるまで、反撃を考えず、全ての攻撃を受けるのに専念して良いって伝えてくれる?」
コトリンティータが言ったことを復唱し、千寿に伝える。
「わかった。タイガ君のことは絶対守るから!」
「いや、2人とも絶対守ってくれ。じゃあ、コトリン。返事を頼む」
俺の返事から何を言ったのか想像できたコトリンティータは苦笑いを浮かべたまま、「言葉通じなくて良かったかも」とボソッと言いながら使いの兵士の元へ向かう。俺はその兵士が見えない場所で千寿に人型へと戻って貰い、コトリンティータが戻ってきた後は、千寿がソニアブレードと鎧を渡す。
「伝えたよ。じゃあ、行きましょうか」
「わかった。千寿、ボディチェックがあるらしいから、攻撃と間違えて殺さないようにな」
コトリンティータが装備を渡した後、戦いの邪魔にならないように頭上に纏めていた髪を下ろしたのを見て、何故かと尋ねたら、髪の中に武器を隠してないか調べられるということを聞いたことで初めて知った。確かに、相手からすれば非武装の確認は必須だよなぁ。
他の兵には待機を命じて、俺とコトリンティータ、千寿と3名。それと護衛という名目の武装したキヨノア。3人は武装解除状態で敵の兵士達の方へと向かう。すると、中から同じく武装を解除した伯爵と女性の兵士2名、武装した男性兵1名がこちらに向かってきた。
最初にボディチェックが行われる。男性兵士がいるところで、キヨノアが伯爵と女性兵2人のチェックを行い、その後に女性兵2人が俺とコトリンティータ、千寿のチェックを行った。
「久しぶりです、セレブタス嬢。こういう形での再会は若干残念ではございますが、仕方ないことでしょう」
「エーデルベル伯爵も無事なようで何よりです。戦わずに済んだこと、安堵するばかりです」
コトリンティータが挨拶を手短に切り上げて本題に入ろうとしたが、その前に彼は俺に近づいてきた。
「お初にお目にかかります、勇者殿。私はルシャインを預かるソルディアス=B=エーデルベルと申します。以後、お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。俺はタイガ=サゼです。その洞察力、恐縮です」
やっぱり、俺の事知ってたか。なら、俺の非力さも伝わっているかな。
「いえ、その髪と瞳の色。この世界には珍しいので。それでは、まずはご確認頂きたい」
そう言って女性兵が持っていたバレーボールほどの大きさを包んだ赤い布。それを地面に置き、包んだ布を広げる。中から出てきたのは男の生首。普通は卒倒モノなのだが、幸いなのか不幸なのか、俺は霊体のそういった類を見慣れている。
コトリンティータの方をチラリと見る。彼女は俺の視線に気づいてコクリと頷く。
「間違いなく、ブルームレーン伯爵のモノ。確かに確認致しました。伯爵の敵対意思がないことを信じます。そこで、お願いがあるのですが」
「……お願いですか?」
「はい。彼の所持品を改めさせて欲しいのです。話によるとわたしの大事なモノを所持したまま逃げたという話ですので」
数秒の沈黙。コトリンティータも伯爵も笑顔のまま。……本当に貴族っぽくなったな、コトリンティータも。……いや、俺は異世界人だから、この世界の貴族について知らんけど。
さて、どう返事するやら。
「構いません。では、兵に荷物を持ってこさせましょう」
……まぁ、そうくるよな。
「それには及びません。わたし達が向かいましょう。武装解除していますし、構わないですよね?」
「それは……流石に困りましたね。ここでは駄目ですか?」
「駄目ですね。見落とされても困りますし。それとも、案内できない理由でも?」
交渉も上手くなったな。何を探しているのか言わないという基本がまず出来ている。その上で、相手の立場を上手に利用した言い回しをしている。……正直、俺ならボロが出る可能性は充分にある。
「仕方ありませんね。……正直に言いましょう。私は、セレブタス嬢がミッドフランネル伯爵の企みで、ブルームレーン伯爵家と共に物理的に取り潰しにしようとしているのではないかと疑っております。そのために、傭兵を雇いタリマインとアルミザンを監視していたのです」
……おや、そう言っちゃうのか。これはダメ押しだなぁ。
「そうだったのですか?」
「以前より私とミッドフランネル伯爵とは対立しておりまして。もし、彼がどのように話したかは存じませんが、責任が私にもあると発言していた場合、何も知らぬセレブタス嬢は私に剣を向けるでしょう」
よくできた話だ。普通であれば、この時点でどちらの話が本当か一瞬悩むよな。
「なるほど。確かに、その話を聞けば一方的にミッドフランネル伯爵の言葉を信じるのは危険だと思いますし、わたしをルシャインへ入れることに抵抗があるのもわかります」
……こりゃ、戦闘開始で確定だな。
「エーデルベル伯爵はご存知ですか? 異世界より来た勇者様には特殊な能力を例外なく与えられています。当然ながら、タイガさんも能力を授かっているのです。それは目で、視界にいる人物の嘘を見抜くのです」
わかりやすいくらい伯爵の表情が変わる。
「タイガさん。伯爵の言葉、どうでしたか?」
「明らかに嘘をついている」
「……だそうです」
そう告げると、控えていた護衛兵が抜剣しようとするのを伯爵が止める。
「では、話し合いは決裂ということですね。残念です……殺すのは惜しいですが御覚悟を」
残念ながら最初の予定通りの方向で約30倍の人数差がある戦闘が開始された。
「正直、ヒヤッとしたよ」
陣営に戻ってきて、思わず一言漏らす。まだ、心臓がドキドキしている。それなりに戦闘は経験しているし、死体にも慣れている。それでも、殺されるかもしれないと思わせるほどの圧を伯爵から感じていた。
「あそこで仕掛けてくるような人だったら、多分もっと早く決着ついていると思う。多分、伯爵はわたしを殺すことは絶対可能と考えていて、その後のことを考えて倒し方を考慮しているのだと思う。だって、あんな茶番をしなくてもわたし達を始末した後に言い訳なんて、いくらでもできるんじゃないかな?」
「正解なんだけど……」
そう言われて気づいたことが2つ。1つは俺が自覚している以上にビビっていること。それが故に冷静な思考ができていないこと。もう1つはコトリンティータが俺の考え方をだいぶ学習していること。……我ながら情けない。
「……だけど?」
「武装を解除した俺達を街に入れたくない理由って何だろうって思ってさ」
そこだけが妙に引っ掛かるんだよなぁ。敵対状況を誰かに見せる必要があったのか? それとも、街に入られたら困ることがあったのか?
「まぁ、今考えても答えはでない。気持ちを切り替えて集中しよう」
「そうですね。今回、別動隊はありませんから。ちゃんと見ていて下さいね?」
「わかった。今回は無力だから、おとなしくしてるさ」
この『見てろ』というのも、自分の力を使ってくれって言ってるんだろうけど。
「はいはい。背中、任せます」
これも言葉通りの意味ではないんだろうなぁ。
彼女は俺の返事も聞かずに前へ出る。基本戦術はタリマイン攻略とほぼ同じ。無契約の連中に予備武器、消耗品の守護。戦場の中央をコトリンティータとキヨノアが占有。フォックスベル班とヴァレンシュタイン班が左右に展開し、各個撃破する。違いは後ろに回り込むことはできないので、左右からの挟み撃ち、中央への追い込み的な形になる。
俺が陣取る場所はというと、コトリンティータの真後ろ。術のギリギリ範囲外である。文字通り、本当に背中を任されたことに焦りつつも、俺を攻撃してくる兵はいないだろうと思っていた。もちろん念のため、例によって千寿にハーフプレートアーマーに変身して貰って俺の防御を担当して貰っている。
「コトリンティータの名において汝に願う 不可侵の樹界の小姫が一柱にして花園の主よ 近寄る者に抗い難い眠りに誘う甘き香を纏わせ給え……【誘眠の花香】」
彼女が遠くで呪文を唱える。それを聞いた彼女の精霊、エイロがコトリンティータに精霊術の力を貸す。術が掛かるとソニアブレードを抜いて、麻痺毒の入ったカートリッジをセットして、戦闘準備完了である。
彼女はゆっくりとルシャイン兵に向けて歩き始める。アクティブ系の巫術ではあるが、維持が可能。維持している間はMPを消費するがコストが低いため問題ない便利な精霊術である。一度は全員に使って貰おうと紋章を考えてみたことがあったが、命令が複雑すぎて諦めた。これはある意味、巫術士専用の精霊術である。
コトリンティータとキヨノアがお互いの軍の中間地点に来る。すると、歩兵達が2人へ向かって突撃してくる。やはり、戦闘に関する情報は収集していたようだ。普通、移動速度から考えて騎兵で突撃してくるものだが、精霊術に対して騎兵ならば抵抗を試みるが、ラプダトールは問答無用に眠ってしまう。だから、歩兵による突撃なのだと思う。
しかし、コトリンティータの巫術の範囲に入った途端、眠る兵が続出。彼女にしてみればほとんど戦わずに勝つといった具合である。睡魔にギリギリ打ち勝った僅かな兵達すらも、ソニアブレードによってついた傷から侵入した麻痺毒によって行動不能になる。その横にはキヨノアもいるのだから、圧倒的な戦闘力差だ。
30倍以上の戦力差は簡単に覆して、今回も余裕の勝利を確信していた。




