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03-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅱ(1/5)

「なんか最近、コトちゃんがピリピリしてない?」


「まぁね」


 言葉が判らない故に事情が中途半端にしか理解できていない千寿でも、最近の屋敷内の様子が異様なことには気づいていた。


「そうだな。みんなにも事情を把握して貰うか。無関係でもないし」


 この書斎には一見千寿と2人きりに傍からは見えるだろう。実際は、千寿の他にもマリアリス、ミユーエル、ユコフィーネ、ユーリボン、ユインシア、魅娑姫の自分を含め1人と7匹がいる。ちなみに、マウッチュは最近夜行性を活用して夜の警備をしてくれている。特に今日は雨天の中での見回りに住民達からも感謝されている。


 千寿達もこの生活に慣れていて、基本的には勝手に行動している。ただし、俺の近くからは原則離れない。多分、俺に何かあった時に対応するためだとは思うのだが、真相は聞いても教えて貰えないので判らない。現在も書斎に集まって話は聞いているものの、普段通りに全員が好き勝手な行動をしている。そういった具合なのは、この世界にくる前からなので、むしろこの状態が自然まである。


「まず、コトリンがピリピリしているのは、彼女の母親、マユマリンさんの情報が初めて出て来て、次の目的地であるセベクに居る可能性が高いという話になっている。コトリンは早く救出したい焦りからピリピリしているというわけ」


 そう説明したが、みんなピンときていないようだ。


「それがどうして、わたし達にも関係があるの?」


 ユコフィーネがこちらに近づいて尋ねる。他の連中と違って真面目な彼女は区切りの良いところで話を聞くために来てくれたのだが、他の連中にその気配はない。まぁ、何処にいても話は聞いているのを知っているけれども。


「俺達が帰るための現在のミッションが侯爵夫人……まぁ、コトリンの母親を救出することだから、死なない内に死なせないように取り戻さないといけない」


「……ぶっちゃけ、タイガ君1人でよくない?」


 長椅子に寝転がりながらユーリボンが尤もなことを言う。だが、問題解決はそう単純じゃない。ミッションクリアだけが目的ならば話は別なのだが。


「ダメだな。それだとミッションのクリアしかできん。……そもそも、まだ1人では手札も仲間もなく、それこそ幼稚園児くらいの子供に喧嘩して負けるくらいの強さが限界だった頃、コトリンからのリベルタスの復興を手伝えって依頼に対し、ゲームやラノベ受け売りの素人知識を助言するだけで衣食住を保障してくれたんだぜ? それくらいの大恩が彼女にはある」


「……お、おぅ」


 ユーリボンも俺の言い分が余りにも酷くて言葉に詰まったようだ。……もちろん、本質はそこではない。だが、現実問題として、碌に内情に詳しくない人からはそう言われても反論できないほどの『口だけの役立たず』状態だ。


「実際、周りの態度が変わったのも、タイガ君が勇者という肩書を知ってからデシ。当時の口振りから手札にしたかったみたいデシけど、騎士爵達に伝えたのは正解だったデシね」


「そうだなぁ……確かに」


 言葉が判っていないはずのマリアリスから的確な指摘に素直に同意した。


「そういえば、今回はセベクから手紙届かないの?」


「そもそもこっちから送ってないし」


 恐らく騎士爵という単語から連想しただろう千寿の問いに当然とばかりに返す。


「例えばさ。麻薬の家宅捜査をするとするじゃん? 相手に対して『これから家宅捜査して麻薬を探しに行きますが、ご都合は大丈夫でしょうか?』なんて問い合わせせんだろ?」


「コトちゃんのお母さんを麻薬に例える例えの悪さを除けば、それはそうね」


「良い例えが浮かばなかっただけだって。要は、対応されたくないってことだよ」


 見つかったら嫌なので、来る前に隠しました。または、処分しました。では、困るんだってことを理解して貰えれば、例えなんて何でも良いだろうに。


「とはいえ、相手は貴族様。相対するのはコトリンなわけで、当然ながらコトリンの了承も得ている。実際難しいのは、まだブルームレーン伯爵が黒確ではないってことなんだよ。黒確だったら大手を振って堂々と蹂躙するところなんだけど、証拠がない以上は疑惑。そんな中、マユマリンさんにこれ以上被害が及ばないように確保するというのは高難易度なわけだ」


 実際、何もされずに安全に監禁されているだけ……なんて甘い話はないだろう。マユユン相手にもあんな酷い状態で森に捨てたくらいだ。


 ちなみに余談ではあるが、マユユンはかなり回復し、歯や皮膚は完全に再生して腕も肘まで、脚も膝まで再生している。目は……怖くて確認していない。見る必要もないとも思っている。こっちが確認している時は相手も見えている。……自身の身体の再生経過など見せなくても良いだろう。


「見てくるデシ?」


 不意にマリアリスからの提言。


「何を?」


「そのマユマリンさんって人の所在確認デシ。顔が判れば確認は可能デシ」


 姿が見えず、扉を透過できるコイツ等は確かに偵察にはうってつけの存在ではある。


「無理だな」


「何でデシ?」


「一番の問題は本人確認だ。過去視で1年以上前まで遡ればマユマリンさんの顔を確認することができるだろう。だが、考えてみてくれ。マユマリンさんの姿が以前のままである保証はない。……マユユンの姿を見ているとね」


 更に厳密に言えば、現地を過去視して連れ込まれた当初のマユマリンさんを見つけることができれば、彼女の存在を確認することは可能かもしれない。


「残念デシ。確かに最悪、居場所の確認に何時間かかるか想像できないデシ」


 時属性の精霊術ほどMP消費は酷くないものの、時間軸調整に関しては融通が利かないらしく、過去視は長時間、集中を維持することが大変だという。


「その、マユユンさんって人の調子はどうなの?」


 ずっと黙っていたミユーエルが会話に加わったのは退屈だったからかもしれない。……娯楽がないからなぁ。


「大体半分くらい再生したかなぁ。思えば彼女が生きていてくれたことが、ブルームレーン伯爵をほぼ黒判定に特定できた要因なんだよな。だから、マユマリンさんがブルームレーン伯爵の手の者に拉致されたなら、同じ被害に遭っている可能性は高いと思ってる」


「……思うのだけど、アレって変態よね?」


「まともな人間の仕打ちじゃないでしょ」


 ユーリボンの疑問にユコフィーネが同意するものの、多分2人の言っている意味は違う気がする。まぁ、指摘するのも何なのでスルー推奨か。


「その事実をコトリンに指摘するわけにもいかず、気づいているかどうかは知らんけれど、マユユンのおかげでマユマリンさんが生きていてくれさえすれば回復できることは確認できたから、何とか生きている状態で救出したい」


 当然ながら、みんなが同意する。……失敗したら自分達も帰れない……なんて考えているかもしれんのだけど。


「そういえば、あのお婆さんとも契約したの?」


「ん? あ~、ヨークォリアさんか。言っておくけど、あの人はそんな年齢じゃないからな?」


 聞いてはきたが、ユインシアは何も知らないし、大して興味もないだろう。


「実は時属性の紋章術って効率がめっちゃ悪いんだよ。可能であれば即契約したかったんだけど、優先順位的に戦える人を増やしたかったんだ。実は今回だって在庫に余裕があれば、戦える人材と契約したかったんだけど、思っていた以上に消費が激しくて……」


 時属性の精霊術は、ぶっちゃけ反則級の性能ではある。だが、多分世界のバランスのためだとは思うのだが、消費するコストが尋常ではない。それが原因だとは思うが少なくとも俺の知る限りでは現存している時属性の紋章術は存在していない。


「そうなんだ。……それは大変だったねぇ」


「余計なお世話だ」


 コイツの言うことだから、その言葉の意味は直ぐに理解した。要は契約には唇同士を重ねる必要性があるというルールを設けたこと。不要な人材を断る口実として重宝している言い訳なのだが、当然約30歳年上の人とキスをするというリスクを考えなかったこともない。いや、リスクというのは失礼か。……あくまで個人的な好みの問題だからな。


「相手だって、好き好んで30歳近く離れた若造とキスしたいと思わんだろ? お互い様だし。それに、このルールが断るのに都合が良いのも事実。更に言うなら、ヨークォリアさんは貸し借りの観点からは絶対必要な契約だったからね。慈善事業ではないって証明のようなもんだし」


 善意であること自体は否定しないけど、無料は怖い。……絶対に。


「……それ、タイガ君はよく言うけれど、無料は実質ゼロよね? むしろ幸運だよね?」


「ユインシア、そんなことも知らないの? あのね、無料であげる人っていうのは、そのあげる物に意味が託されているものなの。その多くの場合は好意であり、友好の印。だから、不要だから要らないって断ることが失礼に当たる。お互いが困っても助け合う気はありませんって意味になるから」


 ユコフィーネが得意げに語る。……それって俺がこの世界に来る大分前に教えたことだが。


「確かに中には自分が使わない物を捨てるのは勿体ないから有効利用して貰った方が良いって意味であげる人もいるけれど、それは捨てる物をあげる人が失礼な話だし、欲しいと言われない限り押しつけになる。例え、キッカケが善意でも相手をゴミ箱扱いしているってことになるしね。だから、無料は怖いってわけ。面倒ごとに発展することが多いのだけど、人付き合いも大事だしね」


「……え~、面倒……」


 まぁ、ユインシアならそう言うと思ったよ。


「話が少々脱線しているから本筋に戻すけれど、ヨークォリアさんは従属契約したことで回復……いや、再生する。けれど、実年齢が50歳ならば時間はかなり掛かると思うよ」


 ヨークォリアさんとはタリマインから帰ってきて3日後に無事従属契約を完了し、リリィフィールド家の別邸に施療院から移動することになるだろう。どうせ、直ぐには自由に動けないだろうし。


「これで一安心デシ?」


「いや、全然。でも、心配の種は1つ減ったかな」


 ヨークォリアさんとの従属契約もスムーズに進んだわけではなかった。


「実際、ヨークォリアさんも似たようなことを考えてて、自分よりも優先すべき人がいるのではないかって言われたし」


 その指摘は正解なんだよな。


 戦闘要員の適正人材は、順番待ちで溢れている状態。これから大規模戦闘も起こりえる状態から、戦える人員は増やすに越したことはない。特に牢屋敷にいる適正者は契約して戦力として活用した方が牢屋の空きも増えるというもの。


「確か霊石っていうのが必要なんデシよね? 最近少しずつ読めるようになったデシ」


「おぅ、この世界の言葉憶えたんだ?」


「……まだ少しデシ」


 ちょっとずつ言葉は教えていたが、ついに本が読めるレベルにまで達したか。……まぁ、俺には全部日本語に見えてしまうのだから、現地の文字がどういったモノかすら知らないんだけどね。


 ちなみに会話は全然である。……話す機会は無いだろうけど。


「老化させる呪いだったよね? それって『呪い』なんて言い方していたけれど、やっぱり時属性の精霊術だったの?」


「多分違うよ」


 ユコフィーネの問いにユインシアが答える。彼女が直接見ていたからな。


「見たこともない色の精霊の力を感じたけれど、その禍々しさから強いていうなら邪属性って感じかなぁ? 正確には知らんけれど」


 コイツ等もこの世界の精霊を見る事はできない。つまり全属性の精霊を見る事ができるのは俺だけってことになるわけだが……『属性』っていうのは、試しに描いた紋章に対し、どんな精霊が作用するのか検証した結果命名しただけだから、この世界での一般的な分別ではないんだよね。そもそも、巫術士だって自分と同じ属性以外の精霊を見る事ができないわけだし、どれだけ居るか調べる手段もないってわけだ。


「でも、多分現存する精霊術では最強なんじゃないかって思う。多分、俺以外に対処する手段はないんじゃないかな? 何せ掛けられた自覚の無い術なんて対応しようがない」


 そもそも、解呪という概念があるかどうか……いや、所謂解呪に対応した精霊はいなくもないが、そういった話を聞かないんだよな。仮に解呪できたとしても、老いた肉体だけはどうにもならない。


「ねぇ、そもそも邪属性の精霊って、どういった存在なの?」


「……検証したわけじゃないから、推測でしかないけど……」


 千寿の疑問に改めて考えを纏める。


「まず、在り方が同じだから精霊という括りになっているけれど、どちらかというと悪霊とか幽霊ってイメージの方が近いと思う。そう思う根拠は、特定の対象に向けての憎悪や嫉妬とかって悪感情が根源みたいなんだよね」


 レベルが上がったことで【魔晄眼】を使用すると術の構成のようなものが見えるようになってきていた。ちなみに、理解できるとは言っていない。例えるなら、わかる単語がチラホラ見られる的な感じだろうか。そこから推察するような感じ。


「だから邪属性?」


「うーん。そういう意味では俺が仕様する巫術も一緒だったりするんだけど、大きな違いがある。俺が使う巫術は、根源がここに居るみんなだろ? だから、怪異……無意識による悪徳の具現化? 的な存在が力の依り代なのに対し、この邪属性は術者の邪な感情を好む精霊が力を貸して意思を具現化している……的な感じだ」


 簡単に例えるなら、俺の使う巫術が銃や刃物など、殺傷能力のある凶器をどう使うかを定義するのに対し、邪属性は、銃や刃物を所持した人物をどう利用するかを定義する……的なイメージだろうか。


「多分、あたし達の力を利用する巫術が『馬鹿とハサミは使い様』的なモノに対し、邪属性が『中毒』とか『強迫観念』とかってイメージで良い?」


「うん、そんな感じ」


 流石、幼馴染みの思考と一緒なだけある。曖昧でも伝わってくれるのはありがたい。


「それが判っただけでも、ヨークォリアさんを助けられて良かったと思うよ」


「そうね。でも、そうなると邪属性の術者を発見したら、黒幕で確定だね」


「そうなるね」


 まぁ、計画の黒幕かどうかは別として、このリベルタスを陥れた黒幕なことは確定と思って良いと思う。


「さて、そろそろ風呂入って寝る。……出発の日には晴れてくれれば良いけど」


 何せ、俺達の進軍は雨天中止なのだから。




 予定通り準備は5日間で完了した。しかし、天候に恵まれず1日だけ延期することになった。


 祝霊歴1921年5月15日の明け方。コトリンティータの我慢は既に限界に達しているように見えた。実際、昨日説得するのも骨が折れたし。


「タイガさん、もう文句ないわね? さぁ、行きましょう!」


「あぁ。太陽もはっきりと見えるし、みんなの力が最大限に使える。今日で決着を付けよう」


 マウッチュに跨ると先頭のキヨノアから進軍を開始する。


 実は今日、MPに余裕がある。契約者へ今晩支払うコストが少ないことが理由なのだが、あえて戦力増加のための契約は行わなかった。理由は、四肢切断されたマユマリンさんを発見した際に、即日契約して命を救うためである。……もちろん、そうでないことを祈るけど。


 颯爽と進み始めるコトリンティータが駆るラプダトールと並走するようにマウッチュも移動を開始する。


「……何とか間に合ったな……」


 ミッション失敗の通知が来ることだけが不安だったが、計画通り進めば今日でクリアだ。

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