03-1 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅰ(5/5)
やっぱり、眠らせる系の攻撃は最強手段の1つだよなぁ。
戦闘という戦闘は一切なく、一方的な強襲で制圧が完了してしまった。考えつく最も余裕な上振れ展開だったと思う。この結果は紛れもなくリョーラン達フォックスベル班の手際の良さが原因であり、彼女達の手柄である。
この後は取り調べも行い、手順はアルミザンの時と同じ。連中の正体も予想通り、ポルクスの非正規兵が9割の武術を学んだ素人集団だった。新しい情報としては、アルミザンから撤退した兵はこちらに合流していたらしい。その理由も兵士の消耗が激しかったからとのこと。戦いの激しさがそれだけでも伝わった。
取り調べが終わった時点で昼食時だったので、食事後に近隣の村へスカウト。手応え的にはまた1000人くらいだろうと思いつつ、帰ってきたのは夕飯時になっていた。まだ報告も終えていないことを考えると、もう1泊せざるを得ず、勧められたこともあり遠征始めて初の2泊をすることになってしまった。
「お話したいことが山ほどあるのですが、まずは……この度はタリマインの民を救って頂き、ありがとうございました」
そう言って、彼は老いた身体を支えて貰いながらも深々と頭を下げる。
実は、この人の存在がもう1日滞在をすることをコトリンティータが決断させた大きな理由である。
「無理をされるとお身体に障ります。どうぞ、横になられて下さい」
コトリンティータが慌てて頭を上げさせる。
彼が前伯爵であり、現伯爵の父であるケイヒッチさん。そして、彼の身体を支えている方が侯爵の前妻にして前侯爵の娘であり、目的の1人であるエムイックォさんだ。
彼は俺の方に近づくと、両手をとる。……握手の習慣はないはずなのだが。
「……貴方が勇者様。生きている間に会えたことが光栄です。私はこのタリマインを治めていた前伯爵。ケイヒッチ=G=ミッドフランネルと申します。この度は多くのアルタイル領民を救って頂き、本当にありがとうございました」
そのまま、頭を下げそうな勢いだったので、それを制止する。
「俺はたいしたことはしていません。コトリンティータが中心となってみんなが全てを賭けて頑張った成果です。これ以上は本当に身体に障りますので、横になられて下さい」
見た目はまだ60歳くらいで若いのだが、この世界でのヒューム族の寿命は平均50歳と短い。最初は彼も呪いを掛けられているのかと疑ったが、何も掛けられておらず、単に老いとこれまでのダメージ蓄積による身体の障害だろうと推察できた。アストラガルドの人々は俺達よりも老化が早いのかもしれない。
ケイヒッチさんが横になることを拒否したためソファーに身体を預けると、コトリンティータから話を切り出した。
「ウェルカローゼさんから話を聞いたのですが、ケイヒッチ様は前からリベルタスの状況をご存知でわたしを助けてくれようとしたと伺いました。その件に関しまして、詳しいお話を伺いたいのですが」
「ふむ……リベルタスの異常に関しては割と早めに気づいていた。当時はまだ確証が無かったが、セレブタス侯爵がまだ御存命だった頃だから介入して良いものか迷いがあってな。なので、様子を探りつつ決め手となる証拠が出てくるか探っていた」
ウェルカローゼさんの話から積極的に関わることを怖がることは想像できた。
「気づいたキッカケはリリィフィールド卿爵の母、ヨークォリアさんなのだが、セレブタス侯爵と同じ症状であることから、同じ病気と考えていた。ところが、彼女とは違い侯爵は亡くなられてしまった。その違いは調べる限り1つしかない。ヨークォリアさんは治療をしなかった。それが原因だとするならば、変だとは思いませんか?」
「……父は確かに治癒師の方に見て貰っていました。父は死を恐れていて、最後まで病気と闘っていました。ですが、日を追うごとに身体が弱って……」
だからといって、彼に侯爵とヨークォリアさんが同じ病気だったと断定はできない。あくまで似た症状だったということしかわかっていないのだから。しかし、やはり違和感があるんだよな。
「えぇ、存じております。あの頃はまだ使いの者をリベルタスへ出すこともできましたので。ただ、気になったのはポルクス領のエスカモール侯爵が治癒師を紹介したこと」
治癒師とは医師のような存在。原因を診断し、治療薬を指示するのが仕事。ただ、治し方が医学によるものだけではないこと。治療には薬研師が調合した薬を使用する治療というのがメインではあるが、精霊術による治療も行われる。ただし、精霊術も万能ではない。少なくとも俺の存在を知らない人からすれば、精霊術とは紋章術を指し、その紋章も長い年月と共に失われ、デザインを創造することができる人も存在しない。つまり、現存している紋章の使いまわし。または劣化コピー品である。病状に合わせて都合良く治療できる紋章を持っている人と出会える可能性は低い。
「エスカモール侯爵を幼い頃から存じておりますが、わたしにはどうしてもあの方がそのようなことをする人には思えなかったのです」
「いえ、エスカモール侯爵を疑っているわけではないんです」
「つまり、怪しいのは治療師の方ということでしょうか?」
会った事がないから断定はできないが、話を聞く限りエスカモール侯爵という方は立派な方らしい。そんな人がアルタイル領を侵略するとは思えない……と考えているようだ。
「少なくとも治療師は共犯者と考えている」
まぁ、単独犯ではないだろ。少なくともあの数の兵を動かして……って、そうだ。
「先程、ユーカリンデさんの立ち合いで捕らえた誘拐犯を尋問させて貰ったんだけど。あの連中は間違いなくポルクス領からの刺客で、監視役を除く大半が貴族の令息や令嬢だそうで。弱み握られて、渋々ではあるが、必死で実行していたと証言している。それで、その指示を出しているのがエスカモール家の使いの者と名乗っているらしい。しかし、面白いことに誰もエスカモール家の人を見たことがないそうだ」
尋問した2人から【魅了眼】と【審判眼】を使用して確認した結果だから、間違いはない。
「それと、彼らの手引きに協力している裏切り者はエーデルベル伯爵だと」
そう、彼女達はエスカモール家の人には会った事がないのに、エーデルベル家の人は直接見たらしい。
「うーん……彼がそんな愚策をとるとは考え難いのだが……」
ケイヒッチさんも俺と同じ結論に至ったようだ。チート能力無しで同じ結論に至った時点で彼を凄いと尊敬するべきなのか、それとも能力を利用しても有効に利用できない自分が無能なのか……。
「ついでに話しておくと、エーデルベル伯爵の犯行にはブルームレーン伯爵も加担している。私が掴んでいる情報から変更されていなければですが、侯爵夫人はブルームレーン伯爵に囚われているはずです。助けに行くために兵を集めていた矢先に囲まれてしまい……」
「それ、本当ですか?」
黙っていたコトリンティータだったが、流石に狼狽していた。まぁ、当然の反応だわな。
「少々情報は古いですが、本当です。移動されたとしても彼なら行き先を知っているはずです」
情報を鵜呑みにしないにしても疑う価値はある。つまるところ、ほぼ黒となった。
思わぬ収穫を得ただけで、ケイヒッチさんと会った甲斐があった。
「ところで息子から聞いたのだが、勇者様は色々な才に秀でた従者候補をお探しだとか。……ひとつお尋ねしたい。彼女は如何でしょう?」
そう言って、エムイックォさんに視線を送る。
「旦那様、それは……」
エムイックォさんは彼の意図に気づき、露骨に動揺する。しかし、その申し出は個人的には助かったとも言える。
「彼女はエムイックォ=M=ゲシュトラ。お気づきだと思いますが、前侯爵の娘でございます」
そう紹介すると、彼女も深く頭を下げる。
「彼女がここに留まらざるを得ない理由は、私の罪でもあるのです。どうか……」
「そんなことはありません。わたしは救われ……」
その話は知っているんだけれども、知っていて良い話だったか自信がないんだよなぁ。
「俺としては、是非助けて頂ければと思いますが……」
果たして、彼女が行くと決断するか……それが一番の問題のような気がする。
「お恥ずかしい話なのですが、彼女の立場は現在、ミッドフランネル家では非常に厳しい状況にあります。浮気疑惑を持たれた彼女のためにも屋敷を出ることが幸せに繋がると思うのですが、身寄りのない彼女を外に出すのも心配で……」
「なるほど。でも、一応念のため……」
エムイックォさんに従属契約の手続きに関して説明し、同意できるかを確認する。
「旦那様のご迷惑になっていることも承知しています。勇者様が宜しければ召し抱えて下さい」
同意は得た。しかし……正直、これで連れて行くのが正解なのか自信はなかった。
翌日。今日の予定は午前中の間に近隣の村の残りを巡っている間に帰りの準備をして貰いつつ、昼食後にリベルタスへ帰る……そんな段取りを朝食の前に話していた。
「あの、タイガ様。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」
そうユーカリンデさんに話しかけられ、別の部屋へと連れていかれた。
「えーっと……」
何をするつもりかと不安に思っていた。ここが彼女の部屋であることに気づいた時、半年前の俺だったら下心的な意味でドキドキしていたかもしれないと考えたが、流石に美少女や美女に囲まれた生活をし続けた結果、割と冷静に脳が仕事をしていた。
「そんなに怯えないで下さい。まずは約束通り、契約しましょう?」
伯爵から頼まれた内容の1つに、彼女との従属契約である。伯爵が望んだ理由は他の卿爵と同じ理由。解り易くて逆に安心する。親子だなと思いつつも、問題は同じく彼女の意思である。
「一応念のため。ユーカリンデさんは確かに従属契約をする資格がある。けれど、契約をするためには唇同士を重ねる必要がある。俺はユーカリンデさんが独身か既婚者か知らないが、旦那または恋人がいるのであれば、辞めた方がいいと思うんだが、俺とキスできる?」
正直、未だに理解できない文化として、キスは同意していれば不貞行為とはみなされないらしい。もちろん、嫌がる人に無理矢理するのであれば身分に関係なく犯罪らしいが。その文化が根付いた理由というのが、何時死ぬか判らぬ安全とは程遠い日常生活に原因があり、けして綺麗事だけでは成り立たないと教育されているから……らしいが。
「大丈夫ですよ。わたしは未婚ですし、婚約者も今は居ません。嫉妬されることもありませんから、安心して下さい」
少し悲しそうに言う彼女。何か理由がありそうだが、聞く意味が好奇心しかなく正当性がないので、止めておく。
「俺と唇を重ねることに抵抗はない?」
「大丈夫です」
そう、「大丈夫」なんだよなぁ。この辺が良心の痛むところ。考え過ぎなのかもしれないが、どうしても「我慢できます」に聞こえてしまうんだよ。
「あの……お願いしたいことがあります。実は、祖父の看病をしているメイド。エムイックォを連れて行って欲しいのです。彼女はこの屋敷に居て欲しくないのです」
「居て欲しくない?」
「サゼ様には大変ご迷惑な話でしかないのは重々承知してはいるのですが、問題なのは彼女の存在がミッドフランネル家の崩壊に繋がるかもしれないからなのです」
……そいつは穏やかではないなぁ。
「その話は昨日、ケイヒッチさんから聞いた。そこで1つ確認する。実はエムイックォさんが既婚者で、独身の時に伯爵と恋仲だった。それなのに、エムイックォさんに当時爵位もない男を紹介して結婚させてしまったのがケイヒッチさんだということは知っていた?」
「え? 本当ですか?!」
全く知らなかったということは無いだろう。でも、その反応から全容までは知っていなかったことは間違いない。
「本当。さて、問題だ。この真実がもし屋敷内に広まったら、どうなると思う?」
彼女は神妙な面持ちで数秒考える。
「申し訳ありません。このことは他言無用でお願いします」
「それが正解だね。でも、結局彼女も一緒に来ることになっている。それでも契約するかい?」
そう問いかけたが、彼女は返事の代わりに黒銀鉱の粉を俺に差し出した。
結果、帰るまでには過去最高の大所帯となってしまった。スカウトしたのは例によって9名だけなのだが、志願者がかなり居て……まぁ、目的は名誉や金稼ぎ目当てだったりする人が大半ではあるが……まぁ、密偵や商人ではない限り拒む理由もない。
「ごめんなさい、タイガさん。わたし、直ぐにでもセベクへ行きたい」
帰りの道中、コトリンティータが俺に並走して話しかけてきた。
「わかっている。俺も同じ気持ちだ。でも、一度リベルタスで準備を整える必要性があることは理解しているだろう? 俺達には失敗が許されないのだから」
「そうだね、ごめんなさい」
昨夜から情緒不安定な彼女を宥めるのも大変だ。正直、監視しないと1人で特攻しそうな勢いだ。多分次がミッションクリアの山場……内心、不安でしかなかった。




