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03-1   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅰ(3/5)

 ……大変拙いことになった。こんなことは初めてだ。


 タリマイン住民の視点では、街を包囲していた謎の兵士達が暫くぶりに倒されて街の出入りが自由にできるようになった。街の兵士達が頑張っても倒せなかった連中を倒してくれたリベルタス兵達は救世主だ! ……的なノリなのは理解できなくもない。しかし、だからといって身動きができないのは困るというモノ。


「コトリンティータ様、参上が遅くなり申し訳ございません」


 人垣の向こうから女性の声が聞こえたかと思うと、あれだけ迫っていた住民の壁が割れる。それは、まるでモーゼの十戒のワンシーンのようで、そこにはモデルのような美しい女性が立っていた。鼻の下が伸びてしまっているのを自覚しつつも、バレていないことを祈る。


「お久しぶりです、ユーカリンデさん」


 コトリンティータは彼女が現れたことでホッとしたようだ。


「ユリアナ様、リョーランさんも久しぶりです。皆様、来て頂きありがとうございます。さぁ、家で両親も待っています。どうぞ、こちらに」


「待って。その前に紹介します。……タイガ=サゼ様。わたしの勇者様です」


「……勇者?!」


 コトリンティータの紹介の仕方にユーカリンデさんが露骨な動揺を示す。


「ユーカリンデ様、彼は本当に異世界からいらした勇者様ですよ」


 リョーランさんの捕捉により、彼女は我に返る。


「はっ! ……失礼しました。ユーカリンデ=D=ミッドフランネルと申します」


 そう言いながら、例の深々としたお辞儀をされる。


「頭を上げて下さい。タイガ=サゼです。今回はご協力よろしくお願いします」


 ……無難だろうと思われる挨拶を返す。膝越えの淡い金髪に赤味を帯びた青い瞳。最近は、そういった容姿に対し貴族の女性だと、常識として認識できるようになった。レザーアーマーに片手剣を帯剣しており、武術を心得ているのだろう。しかし、近くに精霊がいないので彼女も巫術士ではないと思われる。頭上には自己紹介されたから、ユーカリンデと表示されており、その横にしっかりとレベル1表記されていた。


「先程兵士の方にもお伝えしたのですが、森の奥に衰弱して動けない人達がいます。救助の手配をして頂いても宜しいですか?」


 挨拶を終えたタイミングでコトリンティータがユーカリンデにお願いすると、彼女は近くの兵士に救助の指示を出す。


「お父様がお待ちしております。一緒に屋敷の方へ来て頂けませんか?」


 改めて、そう誘われたことで今度こそ屋敷へと向かった。


 ミッドフランネル邸への道は街の中心へと向かっていて、どうやら少し高いところに建っている大きな城のような建物なのだろうと直ぐに推察できた。


「ようこそ、タイガ=サゼ様。セレブタス侯爵令嬢様。そして、フォックスベル夫人」


 大きな広間に案内され、そこでミッドフランネル伯爵は笑顔で出迎えてくれた。俺達の前で結構深めに頭を下げた後、真剣な表情になった。


「この度の街の危機は全て私の失態。深くお詫び致します」


 そう言って、再びコトリンティータに頭を下げる。彼も90度を超えるお辞儀。


「頭を上げて下さい。この事に関しては責めることも許すこともわたしには権利がありません。むしろ領主の娘として、助けに行くことが遅くなったこと、本当に申し訳ありませんでした」


「そ、それこそ頭を上げて下さい。そもそも私共よりセレブタス嬢の方が苦労されたはず」


 まぁ、俺から見てもコトリンティータは随分苦労したと思う。それでも一歩ずつ前に進んだ結果、今がある。全ては彼女の力だ。


「全て、勇者様の導きのおかげです」


「そんなことはないです。……それより、まだ終わっていない」


 そう言った瞬間、伯爵の動きが止まる。


「終わっていないとは?」


「先程、ここに来るまでの間に変装した連中がいましたよ? 恐らく、長い時間を掛けて侵入されていたのかもしれないですね」


 その様子だと籠城は成功し、外部からの侵入だけは防げていると思ったのかもしれないが、守るより攻める方が簡単……それは何においてもそうだろう。


「……外の兵に至急伝達。人の出入りを一時封鎖! 少なくとも今夜いっぱいは誰も通すな!」


 そう言うと、部屋に控えていた執事が慌てて退室する。


「失礼しました。どうかお掛けください」


 大広間の中央には大きなテーブルが設置されており、テーブルの上には豪華な燭台が置かれている。光源はそれだけでなく、おそらく紋章術で灯したと思われる光が部屋を明るく照らしていた。椅子は革張りで作られたクッションの効いた立派な椅子で、流石卿爵邸とは違う伯爵の屋敷とは思うのだが、そう思うとセレブタス邸はまだ調度品が足りていないのだと理解した。


「先に、無作法な話題の切り方、申し訳ないです。その、俺はそもそも貴族ではないので作法とか知らないし、知ると大変そうなので、知らない方向でこれからも行こうと思ってます」


 自分でも話の切り方が悪いという自覚はあるが、グダグダと社交辞令や美辞麗句の応酬を見るのが本気で苦手だから、強引に断ち切っている。ただ、知人と話しているわけではないので、流石に失礼かと少しは反省している。


「少なくともここではお気になさらず。サゼ様の判断は良いと思いますよ。さて、では単刀直入に。今回助けて頂いた礼として、我々は勇者様の傘下に入る用意があります。他にも可能な限り協力は惜しまない予定です」


「正直、助かります。我々が望むのは……」


 まぁ、嘘だけど。貴族としての礼儀作法はそれなりに学習させられている。交渉ができないと貴族達には相手にすらされないと聞かされていたから。とはいえ、重要なことは1つ。依頼には報酬を用意する。辞退されたとしても無料には意図があるから善意だけとは限らない。


 もはやテンプレと化した要望を伝え、それらは駆け引き無しに全て受け入れられた。


 ノヴァイッツ=R=ミッドフランネル伯爵。40歳手前の若き伯爵。代替わりしたばかりで不慣れなタイミングで謎の兵士達に街を包囲され、苦労は絶えない。だが、聞いた情報では彼は美形で頭脳明晰、武勇にも恵まれ、かなりのリア充だったという話だ。だが、初見の印象は派手さが無く、物静かなタイプに見える。……冗談は苦手そうにも見えるなぁ。


「一応確認したいのですが、伯爵様は兵士に街を包囲されてから、街の外の情報をどのくらい把握しておりますか?」


「恥ずかしながら、全く把握しておりません。何度か助けを求めようとしたり、食料の搬入を試みました。しかし、基本的には出入りができない。運よく抜けたとしても、戻って来るタイミングで捕らえられるようで、一度出て行った者は戻ってこない……正直手詰まりでした」


 結果論で言えば、確かに手詰まりなんだよな。一番近いアルミザンも敵兵に囲まれていたし、リベルタスは廃墟と化し、フォルティチュードに寄ったとしてもマオリス達が占拠していた。頑張ってテンプイツまで行けたとしても、クミクオナ卿爵代行が兵を向かわせるかというと正直怪しいところだろう。オカブは言うまでもないし。他の伯爵家は怪しいとなると、手詰まりという表現が相応しい。


「幸い、フォックスベル夫人からの手紙を運んでくれた者が偶然街へ入ることができたため、状況を知ることができました。それまでは全く何も知ることができず……」


 やっぱりアルミザンのパターンはレアケースだったか。


「伯爵様。実はわたしの夫も亡くなりまして。町を完全に占拠され、搾取されていたところをコトリンティータ様達に救って頂きました。なので、わたしのことはシュクレア騎士爵代行とお呼びください。今後も宜しくお願いします」


「そうでしたか。確か、フォックスベル騎士爵には2人の息子さんがいましたよね? やはり、どちらか帰って来るのですか?」


「……長男に戻ってきてほしいところですが、今の生活もあると思いますから、戻れる方に爵位を継いでほしいと考えています」


 とはいっても、厳密に言えば爵位は世襲ではない。なので、国王に頼む形になるらしいのだが、形だけの手続きをするだけで、問題なければ基本的には子供が受け継ぐ形になるらしい。


「そうですか。何か困ったことがあれば、今後こそ力になりますよ」


「ありがとうございます」


 ……うん、会話に矛盾も感じられないし、この人は多分味方で問題ないとは思う。


「ところで伯爵様は、タリマインを囲んでいた兵士達に心当たりは?」


「いや、全く……」


 やっぱり、タリマイン側も兵士達の正体に関しては掴めずじまいだったか。


「実は、ポルクスの非正規兵である可能性が高いのです」


 俺が説明するべきかと思ったが、流れでコトリンティータが説明を始める。本当に頼もしくなったものだと表情には出さないものの、内心は感心していた。


「何と?」


「アルミザンもフォルティチュードも襲撃されていて、それ等が全てポルクスの非正規兵だったんです」


 フォルティチュードは非正規兵ではないんだが……軍人でないなら非正規? 微妙なラインのような気もするなぁ。


「数名から情報を聞き出すことに成功し、情報が一致しているので間違いない話です」


「しかし、何でポルクスが……エスカモール侯爵のような方がそんな事を……」


「その事なのですが、現在ポルクス領の領主は代替わりしまして。ユーヤンロンという方になったと……」


「はぁ?!」


 ……伯爵らしくない驚き方……多分、これが素なのか?


「失礼。それはおかしい……というか、それが本当であれば納得できる」


「何故でしょうか?」


「そいつはエスカモール家の人間じゃない」


 それだけで断言するのは根拠に乏しい……しかし、理解はできる。恐らく、伯爵はエスカモール侯爵家とは懇意にしていたのだと思う。そして、実際の問題として俺達は兵を差し向けたのはそのユーヤンロンという奴であることを知っている。


「詳しいのですか?」


「……名前くらいは知っている。確か、ユーヤンロン=V=グローベルクだったか。エスカモール家によく出入りしていた奴だ。ただ、奴が何者で、どういった身分なのかは知らん」


 むぅ、ヒント無しか。


「とりあえず、新しい侯爵が人間性に問題ありだということは理解しました。ただ、伯爵様に理解して頂きたいのが、今までタリマインを包囲していた兵士達はある意味被害者なのです。何せ、兵士達のほとんどが家族を人質に捕られて、無理矢理従わされたあげく使い捨てにされる運命の兵だからです」


「うーん。申し訳ないが、保護するのは無理だぞ? とはいえ、釈放するわけにもいかない」


 意図を察して、ごもっともな意見を言われる。タリマインの食糧事情から当然の判断だ。


「では、リベルタスでその者達を預かります。よろしいですか?」


 そう申し出たのは当然コトリンティータ。確かに食料には余裕ができるようにはなったが。


「そういうことなら助かる……しかし、どうするつもりか伺っても?」


「変装でもさせて、ポルクスに送ろうと考えています」


 おー、なるほどね。良い手かもしれない。


「なるほど。それではお任せします」


「変装と言えば……」


 割り込むならこのタイミングだと、再び伯爵に大事なことを伝える。


「先程も伝えた街中に潜伏している兵士ですが、外の兵士達が倒された今、動き出すなら今夜の内だと思います。可能な限り兵を増やすことをお勧めします。その上で、明日にでも俺達で捕らえます。……もし、手が足りないようならリベルタス兵にも手伝わせますが?」


「お気遣いありがとうございます。ですが無用。我々にも意地がある。絶対に逃がさないことを約束しましょう」


 一応、俺は勇者で、コトリンティータは侯爵令嬢。故に敬意をもって対応してくれているが、実は気位が高い? いや、伯爵なのだから当然な態度とも言えなくもないが……。まぁ、基本的に善人だし、気にし過ぎか?


「……長い間潜伏されているとなると、奴等の狙いはいったい何だ?」


 そう言われて、確かに足止めだけなら入り込む必要はないと気づいた。


「街の中で長期に渡って何か事件は無かったんですか?」


 伯爵はチラリと執事を見ると、慌てて部屋を出ていく。


「ずっと外の兵士をどうするか考えていて、街の中の些末な事件に関しては部下に任せていた。今、調べさせている」


 仕方ないのかもしれないが……結論はでないだろう。


「とりあえず、捕まえれば結論は出るはず。ただ、既に捕まえたアルミザンを包囲していた兵士が言うには、足止めがメインだったことには違いないと思うんですよね」


 まぁ、心当たりがないなら、この話はこれ以上無駄である。


「では、そろそろ夕食にしましょう。部下に近隣の村への手配をしておきますので」


 今一頼りなく見えたのは、多分経験値が足りないから……そう思うことにした。

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