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03-1   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅰ(2/5)

「ウェルカローゼさん?」


「は、はいっ!」


 硬直していたので声を掛けるとビクッと身震いしながら返事をされる。……様子がおかしいと思ったが、直ぐに俺が悪いと気が付いた。


「あ~、なんかゴメン。説明を省き過ぎたね」


「えっと……」


 何かを聞きたいけれど、何から聞いたら良いか判らない……多分、そんな感じ。違ったら相手から聞いてくるだろう。


「まず、最初にウェルカローゼさんを連れて行こうとしなかった理由は、この周囲に人払いの精霊術が発動されていて、案内が不可能だと察したからなんだ。その精霊術を破壊することは(ユインシアが)できるので、安全な場所に居てくれた方が良いかなって考えていた。で、もう気づいているとは思うけれど、見張りを倒したマウッチュ……外にいるメローリンは霊獣なんだ。あとは……この鎧……これは千寿。きっと会った事あるはずだよ」


 そう言うと、鎧の一部が普段のちとせの頭部に変化する。


「ヒッ!」


「こらっ、驚かすな。……ごめん、ウェルカローゼさん。で、さっきの攻撃はこの千寿が行ったモノなんだ。……多分、これで疑問は解消されたと思うけれど……」


 彼女は黙ってコクコクと頷く。うーん……ビビらせただけかもしれん。


 穴から出て、マウッチュにコトリンティータとアリサリアの班を呼びに行って貰った。


「コトリン、アリサリア。この穴の中に衰弱した女性がいる。アリサリア率いるリリィフィールド班はここで、応急処置と護衛をしてほしい。コトリンは中を一応確認して」


「了解しました」


「わかった……そうそう、タイガさん。みんなは既に移動を開始してる。戻る頃には、タリマインの手前で待機しているはず」


「オッケー。コトリンが内容を確認したら、俺達も向かおう。アリサリア達、任せるね」


 呼ばれて来た彼女達は指示の下、緊張の面持ちで作業に当たる。……アリサリア達に任せた理由はアリサリアがまだ契約したばかりで未契約者とほぼ変わらないからだ。そして、リリィフィールド班のメンバーも当然ながら全員未契約者。訓練した日数を考えてもアリサリアを除けば、さっきの人攫い兵団にも簡単に負ける実力であることは間違いない。


「見てきたよ。酷い扱いだったみたい……少し、食料と水を置いて行った方がいいかも。誰か2人、付いて来て。……タイガさん、戻りましょう」


 アリサリアの指示で指名された2人とコトリンティータ、カナリアリートと共に隊列へと戻る。隊列はコトリンティータの言う通り、街の手前で待機していた。


「これは……結構いるね」


「ですね」


 肉眼で確認しても判るくらいの人が街の出入り口から出てきた人を狙えるように構えていた。


「んじゃあ、大規模戦闘の基本でもある、人数と戦力の把握からしてくるわ。カナ、手伝ってくれる?」


「はい!」


 上空から確認すると、マップ機能の画面も合わせて確認がしやすい。マウッチュもそうだが、カナリアリートもコトリンティータやキヨノア達と同じく既にレベル5。正直、1人でも無双できるほどの強さなのだが……俺と同じく彼女も活躍しては困るんだよね。


「コトリン、キヨノア。俺達が戻るまで待機で。ざっくりと調べてくるから」


「……はいはい。キッチリ調べてくるんでしょ? タイガさんはすぐ自分の発言に保険を掛けるから」


 ……この世界に保険は無いが? いや、多分それに相当する言葉があるのか? 知らんけど。


「用心深いと言って欲しいっつーの。……じゃあ、行ってくる」


「行ってまいります」


 カナリアリートが巨大苦無を手元に持ってくると、その上に乗り、俺に手を差し出す。彼女の手を取って苦無の上に乗ると、毎度の如く彼女の腰にしっかり抱き着く。……最初は役得とか考えていたけど、浮ついた気持ちは最初だけ。


「オッケー」


「行きます!」


 矢が届かぬ距離まで上空へ上がると、精霊術による攻撃にだけ注意するよう伝え、マップを開く。ちなみに既に前の戦闘が始まる前から【透視眼】、【審判眼】、【魔晄眼】の3つは発動済みである。


「俺が指揮に助言するようになって初の100人越えの戦闘か」


「それでも戦争と考えると少ない方ですよ?」


 そうなんだよな。この世界の軍で考えると1個隊なんだわ、100人って。厳密に人数ぴったりではないということは、元々はもっといたのだが、タリマイン兵と戦って消耗したのかもしれない。


「そうだよな。俺は元の世界でも戦争は未経験で記録映像やフィクション……えーっと……架空の物語でしか知らないから」


「そうなんですね……そう考えると、タイガ様もこちらの世界に随分と慣れたんですね」


「約4ヶ月滞在しているからね。でも、知らないことばかりだよ」


「ですよね」


 聞かれる心配がないからなのか、少々気が緩んで雑談をしてしまったが、レベル持ちは結構いる。それらを失いたくないな……。


「タリマインは出入口が4ヶ所。一番大きい正面には30人くらい。あとは10人……班単位で取り囲んでいると。そして、多分、術師系か狙撃系か知らないけれど、少し離れたところに数名いる。……正面は男性のみか……なるほどね」


 わざとカナリアリートに聞こえるように言う。


「カナは戦闘が始まったら、基本的には戦闘に参戦しないで、戦場から離脱しようとしている人だけを捕縛して欲しい」


「大勢居たら難しいかもしれないですよ?」


 それはそう。でも、能力なんて無くても予想できるくらい簡単にその可能性はないと断言できる。


「正直、多数が一斉に逃げることはできないかな。実力差がありすぎるだからね。ただ、運が良いというか、たまたま離れていた人がこっそり逃げる可能性とかあるかもしれんから、それを取り締まるくらいの感覚で良いよ。いいね?」


「畏まりました」


 俺(千寿)やカナリアリートは戦闘に参加しない。マウッチュは自ら戦うことは性格的にないだろうし、極力戦わせたくない。


「じゃあ、戻るか。作戦を説明しないと」


 カナリアリートは返事の代わりに向きを反転する。大型苦無をスケボーやサーフィンのように乗り回す姿は格好良くて目立つと思うのだが……今のところ気づかれてはいない。


 来た時と同じ速度で音も無く帰って来る。精霊術とは根本的に現理の違う能力なので、こちらの世界では感知のしようが無い。肉眼で視界に捕らえられたら不運だった……くらいである。


「ただいま」


「おか……えり……ちょっと、くっつき過ぎ!」


 戻ってきたら、開口一番で行く時はこの場に居なかったリョーランが俺とカナリアリートを引き剥がす。リョーランだけでなく各班の班長が打ち合わせのために集まっていた。


「無理言わないでくれ……どのくらい高い場所に居たと思っているんだよ?」


「もう低いから大丈夫です」


 ……何をプリプリ怒っているのか……俺がセクハラしているようにでも見えた……見えるか……うん、でも、怖いんだよね……。


 ぶっちゃけ視界に都合良く鳥がいれば、俺自身が変身して単身で偵察も可能なんだけど。そのためだけに鳥を連れて歩くのは面倒である。


「さて、総数は100人越え。とはいえ、大半が例のポルクスの非正規兵であれば士気は低いだろう。正面には30人。他に1班単位で周囲を囲んでいる。強さは先程倒した連中と大差はない。そこで、リョーランとマオリスは班員を連れてタリマインの反対側へ密かに移動。カナに合図を出させるから、それを目安にリョーラン達フォックスベル班は南回り、マオリス達ヴァレンシュタイン班は北周りで正面に戻りながら襲い掛かって来る者を返り討ちにしつつ、逃げようとする者は捕らえるように。尚、ちゃんと降伏勧告もしつつ、戦闘放棄した者には拘束しつつも丁重に扱うように。……一応、彼等も犠牲者だからね」


 そこまでいっきに説明すると、リョーランもマオリスも微妙な反応だった。


「犠牲者ですか?」


「タリマインの人達を苦しめておいて?」


 いや、マオリスが言っちゃダメだろ、その台詞……まぁ、被害者だったリョーランの言い分は理解できるけれど。


「うーん。俺は、肉親を救うため……というところに同情の余地があると思っている。もちろん、そんな立場であっても戦果をあげて出世するなんて欲出す奴は命を賭けているだろうけれども、相手に対して申し訳ないと思いつつも逆らえず従っているだけの連中であれば、命まで取る必要はないかなって考える。……不服?」


 2人の顔を見て、本心を探る……まぁ、俺に考えていることを読む力なんて無いんだが。


「いえ」


「タイガ様に従います」


 もちろん、今だけ降参しといて後で逃亡する……なんてスパイ的な行動が普通はできなくもないんだけど、当然そんな普通なことをさせる気はない。


「そして、キヨノアとコトリン。2人は正面から、正攻法で向かってくる奴等を返り討ちに。2人が危機に陥るような敵じゃないから、任せて良いかな?」


「もちろん」


「そして、女はタイガさんの従者になれる可能性がある者もいるから、殺さないようにっていうのも追加しておきますね」


 コトリンティータの言葉で他の3人も俺の本音に気づかれてしまったようだった。


「……まぁ、そういう意図も無くはないけど……ちゃんと理解してほしいのは、命を奪おうとする奴は奪われる覚悟も必要だってことね。逆を言えば、戦意喪失している奴の命を奪えば、一方的な搾取となってしまう。それはするなって話だよ」


「「「「わかっています」」」」


 お、おぅ……なら、良いんだけど。


「じゃあ、フォックスベル班とヴァレンシュタイン班は速やかに気づかれないように移動して配置について。カナ、上空から伝令よろしく」


 そう告げると、20人は速やかに移動を開始。カナリアリートは上空へ。


「残りは正面に陣形を展開。2人がとり零した兵達を処理するように。処理内容は、逃げてくる連中であれば捕縛した後に保護。武器を振り上げてくる奴に関しては容赦なく仕留めて」


 そう他の班の班長達に指示を出す。……多分、出番はないだろうけど。


 数分後、マップ機能にて2班が配置についたことを確認。カナリアリートもそれを確認して戻ってきた。


「タイガ様、配置につきました」


「了解。それじゃあ、コトリン、キヨノア。2人とも気を付けて」


 残りのメンバーは既に正門へ向けて陣形を展開し、非正規兵に向けて圧力をかけている。そこへ2人だけが前に出る。もちろん、それぞれ抜き身のソニアブレードを構えてだけど……何も知らなければ、功績を得るチャンスとばかりに襲ってくる……おっ?


「何だか知らないが2人だけ出てきたぞ、やっちまえ!」


 血気盛んな連中が2人に向けて襲い掛かっていく。その様子を見て、カナリアリートに指示を飛ばす。


「リョーランとマオリスに開戦指示を」


「行ってまいります」


 そう言って、上空へと上がっていく。


 その間にも、コトリンティータとキヨノアの無双が繰り広げられていく。


「【薬球の放擲】」


 キヨノアが遠慮なく紋章術を放って相手を眠らせて無効化していく。武器を使っていない辺り、かなり手加減しているのだろう。


 一方、コトリンティータへは近づく前に敵が睡魔により倒れていく。現在彼女を中心に発動している【誘眠の花香】はコトリンティータが使うメイン戦術。ここに居る連中でレベルの上がったコトリンティータの巫術を突破してくる可能性はかなり低いだろう。


「やっぱり、これでも過剰戦力だったか……」


 まぁ、これも従者全員に配った【木精の信徒】による効果があればこそだが。本当に紋章術の普及は戦力差を簡単にひっくり返すと予想以上の戦力をもたらせた。


 特に目新しい戦術はしていない。要約すれば寝かせて捕らえる。古のTRPGにおける常套手段である。


 【木精の信徒】は木属性精霊術に対し、デバフ効果を無効化させる。直接ダメージや物理ダメージは無効化しないものの、毒や睡眠などは効かなくなる。よって、紋章術による睡眠の効果やコトリンティータの自分を中心に一定範囲を眠らせる【誘眠の花香】や【薬球の放擲】のような範囲系攻撃魔法の睡眠効果に関しては完全無効化状態で戦うことができるというわけだ。


 他にも、満期の従者には形状は人によってカスタムされているが、ソニアブレードを与えている。それにより、麻痺毒による相手の無力化は更に戦闘時間を短縮させる。


「……終わり……かな?」


「そうみたいですね」


 気が付くと、全員が縛り上げられていて、リョーランやマオリス達も戻ってきていた。


「お疲れ様。やはり投降した人は結構いたみたいだね」


「全部、タイガ様の予想通りでしたよ」


 リョーランは余程余裕だったのだろう。そう答えた彼女はかなり気が抜けているように見えた。本当は気を引き締めてほしいところだが、マオリスもその状態で決着ついているし、仕方ないかとも思ってしまう。


「リョーラン。それにみんなも見られているということを自覚して。俺達の振る舞いでコトリンの……リベルタスの印象が変わるということをね」


 よく見ると、閉ざされたタリマインの正門から、こちらを覗いている人達が結構いる。


「し、失礼しました」


 ……さて、見ているのならば……。


「コトリン」


「うん。……わたしは、セレブタス侯爵代行のコトリンティータ=M=セレブタスと申します。周囲を包囲していた兵士達は全員捕らえました。尚、街道を超えた先の森の中に囚われていた女性達を保護しています。どうかご協力お願いできませんか?」


 中に居た兵士たちは返事をすると、格子状の門が開門されていく。


 祝霊歴1921年5月6日。俺達はやっとタリマインへ入ることができた。


「事情は伯爵様にもお話しますが、処刑は暫くお待ち頂いても宜しいですか? 実は彼等のほとんどが被害者である可能性が高いので、事情を詳しく説明してくれる可能性があります」


「了解しました。伯爵様の指示あるまでは檻に入れておきます」


 コトリンティータが兵士に説明し、とりあえず敵は檻に監禁することになった。


「凄いですね、皆さん。お若い女性だけで、あの人数の兵士たちを……」


 他の兵士がキヨノア達に話しかける。きっと見た目が若いから話しかけやすいのかもしれん。


「ありがとうございます。全ては勇者様の力をお借りしたコトリンティータ様のおかげです」


 リョーランが代表してお手本のような返事をタリマイン兵たちに返す。これは騒ぎが大きくなる前に伯爵邸に向かった方が良さそうな予感がする。


「リベルタスの美しき兵士達、タリマインを助けてくれてありがとう!」


 想定外だったのは、戦いっぷりを見ていたのが兵士だけでなく、タリマインで暮らす住民の方々にも見られていたことだった。

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