03-1 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(後編)Ⅰ(1/5)
「もう身体の方は?」
「お陰様で助かりました。もう大丈夫です」
そう答えたのは、タリマインから来た冒険者、アイシャルト=R=ウェルカローゼさん。彼女のおかげでタリマインの現状と密偵の死を知ることができ、案内役も引き受けてくれた客人である。
彼女は刃物による切り傷と毒により満身創痍。意識を失う寸前でリベルタスへギリギリ辿り着いたため、命を取り留めることができていた。その後、手厚い治療を行い翌日には完全回復という、まるでゲームのような展開が精霊術のおかげで可能となっていた。
「それにしても、タイガ様も人が悪い。キクルミナに聞かなければ危うく勇者様を平民出身の使用人だと思うところでした」
「お互い様ですよ。ウェルカローゼさんだって、まさか元々はセレブタス家のメイドだったなんて知らなかったですから」
「……それも、随分昔の話です」
金髪に青い瞳、ミドルネームがあったことから貴族かと思っていたが、貴族に仕える使用人の家系なのだという。今はメイド業をしておらず、本当に冒険者をしているとのこと。……ちなみにそのこともキクルミナさんから昨夜聞いた話だ。
「わたしの知っていたリベルタスの面影は、セレブタス邸くらいしかありませんでしたし」
「半年前は廃墟同然でしたからね」
彼女は何も言葉を返してこない。事実とはいえ少々キツイ言い方だったか?
「それにしても……」
彼女からの2度目の「それにしても」。話題を変えたいってことだろう。
「……見事に全員女性なのですね」
「そうですね。これで敵が油断してくれるとラッキーなんですけど」
きっちり情報収集するタイプの敵であれば、全然油断をしてくれないとは思うのだが、仮に予想通りポルクスの非正規兵であれば油断してくれるに違いない。
「油断……ですか?」
「そう。強そうな強い人は怖くない。最初から警戒できるし、こちらが避ければ良い。同じく、弱そうな弱い人も怖くない。面倒なのは強そうな弱い人。自分より弱そうな人には虚勢のために絡んでくるんだけど、意地なのか何なのか返り討ちにすると粘着してくるから面倒。でも、本当に怖いのは、弱そうな強い人。善人っぽい悪人でも良いけど、そういう人はこっちが本気で対応した頃には手遅れになることも多い」
割とためになる事を言ったつもりだけど、彼女の心に響いているようには見えなかった。
「……まぁ、英雄色を好むとは言うけれど……」
ウェルカローゼさんが小さな声で独り言をぼやく。……はっきりと聞こえているけどな。
確かに、この隊列は、先頭をキヨノア、その後ろを俺とコトリン、ウェルカローゼさん。ラプダトールが牽く屋形にはユリアナさんとメイドのマナミールが乗っている。その後に他の班が救援物資を運ぶ護衛として荷物毎に就き、カナリアリートは上空から、ヴァレンシュタイン班は隊列を巡回するように警備をしている。それだけ聞くと知っている人から見れば鉄壁に見えるのだが、知らない人が見れば成人したばかりの少女だけの隊列に見えるのも否めない。
それでも総勢60名以上の隊列なのだから、襲う方もそれなりの数を必要と考えてくれるはず……なんて考えていた。
「タイガ君、遠くから監視されているよ?」
ミユーエルが忠告してくれる。しかし、それに返事はできない。ウェルカローゼさんがいるからね。だから、チラッとだけ見て頷くと、ワザとらしく首を動かして誤魔化す。ミユーエルの言葉は千寿も聞いているだろうから、少なくとも俺は安全を確保されている。
「コトリン」
「ん?」
マウッチュに指示してコトリンティータに並走すると小声で話しかける。
「振り返らず聞いて。遠くから様子を監視されている。一応警戒していて」
「わかった」
ミユーエルが忠告するのだから、その監視は間違いなく敵である。だが、直ぐに仕掛ける様子もなく、伺っているだけなら今は放置かな……絶対に戦闘にならんし。
もちろん、絶対と言い切るのには根拠もある。それは誰にも事情を説明できないが、実はマップ機能が有能すぎるというのがある。それは普段何も表示されない。ただし、敵との戦闘が発生する段階になると周りの情景、敵味方のユニットの数と配置、簡単な強さなどが判る。……まさに真上から見た将棋盤のように状況が判るのだ。だから、何も表示されていない間は戦闘が発生しないというわけである。
当然、どんな機能か知る前は近隣のマップくらい表示しろよってキレたことが何度かある。
他にもキヨノアとも情報を共有して様子を見ながら移動して、街道からタリマインへ向かう道に入った後、それは動いた。
「そこの商隊、止まれ!」
ドドドドドっと走って来るラプダトールを駆って、武装した男達が行方を塞ぐ。……それにしても『商隊』? そう判断したのだとしたら、尾行していた偵察はポンコツということになるわけで。
「止まれ」
キヨノアが大きな声で指示を出すと、全員が止まる。それと同時にマップ機能のアイコンが点灯している。つまり、戦闘があるということ。
マップに表示されている内容を確認すると、相手は全員男性で総勢15名。偵察含めても16名。軽く敵のデータを閲覧するも、そこらの野盗と同レベルである。例外があるとしたら、揃いの鎧と妙に統率が取れているように見えるところだろうか。
「おっさん達、いくら女に飢えているからって、大声で『娼隊』呼びは無いんじゃない?」
「言ってないわ、どんな耳してるんだよ!」
……ん? おかしくないか?
俺の耳には確かに商隊、娼隊と、どちらも『しょうたい』ではある。ただ、それは自動翻訳による最近はアバウトと言わざるをえない翻訳された結果の日本語を聞いているだけである。故に、本来はそれらを意味する別の単語のはずだ。……それともたまたま似た単語だったりするのか? ……まぁ、俺には確かめようがないから仕方ないんだけども、気になるよなぁ。
「やだぁ、耳が見たいの? 見ちゃダメ、ハズカシイワー」
全然恥ずかしそうではない……いや、明らかに挑発しているのは判るんだけど……。
「おい!」
「わ、わかってる。……死になく無ければ武装を解除して投降しろ! そうすれば死ぬことはもちろん、痛い目を見ることもないことを保障してやる」
まぁ、こいつ等の目的は知っているし、言う事を聞けば俺だけ殺されることも知っている。そして、従う必要がないことも全員が知っていた。
「武装ってどこまで? ま、まさか全裸に?!」
そうキヨノアが言った瞬間、後ろで会話を聞いていた仲間が数名、クスクスと笑い始めた。
「テメェ……紳士に振る舞っていたら、調子に乗りやがって……」
……この文句、多分誤変換……じゃなかったら、間抜けな文句が……いや、世界が変われば常套句も違ったり?
「やだぁ、調子に乗せてくれたんじゃないの? 見つけて下さいって感じの監視付けて……ストーカーかと思ったわ」
「ストーカー? なんだ、ソレは……まぁ、いい! よく見れば、お前は商品にするには歳くいすぎだし、見せしめのために処分してやる」
「コワ~イ! ……ヤサシクシテクダサイネ」
そう言って、キヨノアは台詞を棒読みにするように告げると、ソニアブレードを抜く。コトリンティータのとは違い、刀身の太い両手剣ベースのソニアブレードだ。その威力はよく知っている。……しかし、教えてあげた『ストーカー』という単語、気に入ったのだろうか?
「舐めやがって……!」
相手も片手剣を振り被ってキヨノアに斬りつけようとする。
「【薬矢の行射】」
ボソッと呟いた紋章術の発動キー。その瞬間、相手はそのまま突っ伏すように倒れ、そのまま起き上がれない。……如何にも剣で受けます的な体勢で待っていた彼女から紋章術が飛んで来るとは思いもしなかっただろう。
「おいっ!」
周りにいた連中が動揺する。……まぁ、何処を探しても【薬矢の行射】なんて紋章術を使用する奴いるわけないので、初見なのだから動揺しても仕方ない。
「……で、どうするの? 逃げる??」
逃がす気がないのに、挑発するように言うってことは、腹たっているんだろうなぁと。
「言って、戦えるのはお前くらいだろ? だったら……」
「【薬矢の行射】」
パタっと、更に1人倒れる。
「見た目に騙されて1人ずつ挑むな。相手は術師だ!」
そう言った瞬間、3人くらいが同時にキヨノアへ躍りかかる。だが、彼女のソニアブレードの一閃で、意識はあるものの動けなくなる。……まぁ、麻痺毒だからなぁ。これで5人か。
「術師が大剣を持っているわけがないでしょうに……」
彼女がボヤくと、騒ぎを聞きつけたか周りを囲んでいた男達も正面へと集まってきた。各個撃破でも問題ないと思ったけれど、キヨノア1人で何とでもしちゃいそうな気がする。
「おい、どうした!? ……これはいったい……」
「見ての通り、返り討ちにあっただけ。じゃあ、おかわり来たし……やる?」
そこで、上を見上げカナリアリートに手を振って見せる。
「5人かぁ……全員一斉でいいよ?」
たった1人に挑発されて、普通はキレても良い場面。しかし、目の前に転がる味方を見て、相手達も大口を叩いているわけではないことは理解しているようだ。
「遠慮なく、そうさせて貰う。……みんな、集中しろ」
そう指示役が言った矢先、
「【薬球の放擲】」
問答無用な薬矢の範囲版。当然、相手は初見。パタパタっと相手が眠りに落ちて意識を失った頃には、残りの5人も既に片付いていた。
「さて、片付いたようだし、救出に向かおう。メンバーは……」
カナリアリートとマウッチュと3人で向かおうとしたところ、ウェルカローゼさんも自分から申し出て付いてくることになった。
「あの、わたしが行かなかった場合、居場所も判らないのに、どうやって助けるつもりだったのですか?」
「実は、居場所は判っているんですよ」
「え?」
移動しつつ、ウェルカローゼさんに説明する。既に上空のカナリアリートが見つけていると……嘘である。マップ機能や精霊術云々はまだ教えたくはない。
「そんなわけで……そこ、ですよね?」
「……そうです」
街道まで戻った西側、森の中にある大きく太い木の周りに女性が5人。しかも4人がレベル持ち。つまり……監視役はその1人だろう……多分。
「どうするのですか?」
「こうします。……マウッチュ、少しだけ力を貸して」
返事はない。でも拒否する言葉がない以上、了承という意味で受け取る。
「【指向性拡声】、【音撃反響】、【音波の咆哮】をその5人に」
マウッチュが大きく息を吸って、吐き出したと思った瞬間、5人が倒れた。リバティアの里でブレスをさせた時は耳がバカになる程の大音量だったのに、全く音がしない。これもマウッチュのレベルが上がって獲得した精霊術の恩恵である。
「えっ?」
「……まぁ、4人は無理に従わされていただけだろうから、カナはそいつ等を縛っておいて。で、そこの1人は処分で。逃げられたら困るし、捕らえる意味もない」
「畏まりました」
それだけ伝えると、俺は自分の目的である木の根の下にある穴……多分熊の冬眠した跡……いや、熊と似た何かかもしれんけど……へ入って行く。
「あ~、やっぱり女性ばかりか……それに思ったより衰弱しているな……」
「大丈夫ですよ、助けに来ました!」
俺の後ろから付いて来ていたウェルカローゼさんが安心させるために声をかける。
「衰弱している人が多いし、動かさない方がいいかな……それと……千寿、コイツ監視役ね」
「……!!」
そう指摘された女は慌てて起きて武器を構えるが、俺の鎧である千寿が即、相手を貫いた。
「敵意を隠すことは難しいからなぁ……バレバレなんだよ……動かすのは拙そうだし、戻ろう」
そう彼女に戻ろうと声を掛けるが、ウェルカローゼさんは驚愕しすぎて動けずにいた。




