02-5 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅴ(5/5)
予定通り面接は進んでいて、今日中にはアルミザンからの移住希望者の面接は確実に終わる。初めはてこずっていた面接の進行も、慣れたこともあるが移住を希望する密偵の数も明らかに減ったこともあり、高速処理が可能になったのかもしれない。まぁ、それでも密偵の数が減ったわけではない。移住しようとせずに、数泊するだけに切り替えただけだと思う。こうなると、もう見抜いて捕まえることは無理かもしれない。
一応予定では明日にはタリマインへ出発する予定なのだが、とっくに来ていても良いミッドフランネル伯爵からの返事が来ていない。
「タイガ様!」
面接を終えた人達が退室して、入れ替わるタイミングでカナリアリートが慌てて面接室へと入ってきた。
「どうした?」
その雰囲気からただ事ではないと察してはいた。普段、大概のことは俺に伺うまでもなく独自の判断で処理をしてくれていたカナリアリートがわざわざ来たのだから。
「大変です。街の入り口付近で女性が倒れていて……どうも人に襲われた冒険者のようです」
恐らく、カナリアリートが言いたいことは、女性が倒れていたことではなく、その女性が人に襲われた形跡があるということのようだ。
「それで、その女性は?」
「施療院に運んで治療をしています」
「ナイス判断だ。チャキアラさんには紋章術の使用を許可するので、絶対死なせないように伝えて。俺も面接が終わり次第、施療院へ向かう」
指示を聞き終えたカナリアリートは速攻で部屋を出ていった。
面接は午前中で全てを終え、昼食休憩後に施療院へ向かう。昼食時間を避けたのは相手の昼食中に食事の邪魔をしたくなかったからだ。……食う、寝る、恋愛の3つを邪魔する時は殺される覚悟をしてから。これは教訓として親から厳しく言われたことの1つである。実際、故意に邪魔して殺されたなら、同情心は一切湧かない。
故に相手の食事がちゃんと終わっただろう時間に施療院へ向かう。
「タイガ様」
「カナ、例の女性は?」
「まだ目覚めていません」
……まぁ、運び込まれて2時間程度。意識を回復するには早すぎるか。
「ご指示通りに回復系の紋章術を使用して止血済み。身体の欠損もないので体力が回復次第、目が覚めるかと」
「了解。じゃあ、今病室に入っても無意味だし、カナは彼女が意識を取り戻したら教えて」
「わかりました」
目覚めるまでは何もできんし、現段階では緊急事項でもないだろう。
「じゃあ、俺はヨークォリアさんの様子を見に行ってくるから。何かあったら、そっちに」
そう言って、2階へと向かう。
前リリィフィールド卿爵夫人で、現リリィフィールド卿爵の母であるヨークォリアさんは流石に一般の方々と同じ病室にするわけにはいかず、また容体が急変する可能性も普通は考えられたので、クロムゲート騎士爵邸の一室で看病するわけにもいかず、普段病室として開放していない施療院の2階を彼女専用の病室として臨時的に利用している。
コンコン。
「こんにちは、ヨークォリアさん。お加減は如何ですか?」
「タイガ様。お陰様で……色々ありがとうございます」
「いえ、直ぐに契約できないこと、本当に申し訳ありません」
そう言って、可能な限りにこっちの世界の作法にのっとり可能な限り頭を下げる。……身体の硬さは勘弁してほしいところ。
見て貰った結果、全ての症状は老化による原因であると俺以外も断定し、やはり従属契約をする以外に改善する手段はないという結論に至った。普通であれば回復手段など無いのだから、手段があるだけでも凄いことなのだろうけど……せめて、誰かが老化は呪いによるものだと気づいていれば……とは思う。
彼女が今、最も死んでしまう可能性があるとすれば、老衰である。そこで、彼女の治療には細工がされており、老化速度を極限まで遅くしている。
時属性の紋章術は癖があり、時間経過を遅くしたり、早めたりするのは割と普通……いや、それでも支払うコストは高めである。だが、時を止めたり戻したりする場合は段違いに消費するコストが高くなる。かなりの使用条件を紋章術の術式に織り込めば可能かもしれないが、少なくとも簡単に作れる代物でもない。
なので、なるべく早く契約するにしても、戦力が必要な現在は後回しにせざるを得ない。ヨークォリアさんには本当に申し訳ないんだけどね。
「頭を上げて下さい。今まで全ての治癒術師が諦めた病状です。寿命が来ても、それが運命だと諦める覚悟は疾うの昔にできています。全てはタイガ様の判断にお任せします」
「ありがとうございます」
まぁ、彼女を死なせるつもりはない。レベル持ちである以上、失ったら後悔するタイミングが絶対に何処かである。それが無くとも、協力的な人を犠牲にするような残虐性は持ち合わせていない。
「それにしても、リベルタスも随分変わって……」
「以前のリベルタスをご存知なのですか?」
もしかしたら彼女はリエララさんより昔のことを知っているかもしれない。
「そうね、それほど詳しい方ではない……と言いたいところだけれど、今ではわたしより詳しい人は少なくなってしまったかもしれないわね」
そう言うとヨークォリアさんは寂しそうに笑顔を見せる。
「では、コトリンの父……侯爵についても?」
「あぁ、ワイズアル侯爵ね……彼は困った人だったわ。多くの女性が彼の扱いには困ったかもしれないわね」
権力が好きで女好き……それが今知る情報だから、彼女の言う「扱いには困った」というのも、そういう方面なのだろうと推測ができる。
「どんなことが知りたいのかしら?」
「ワイズアル侯爵と最後に会ったのは、何時くらいですか?」
ワイズアル侯爵とヨークォリアさんの症状が一緒であるならば、同じ術を掛けられた可能性があって、だとするなら、同じ術師の仕業の可能性が高いと思うんだよねぇ。
チラッとマリアリスを見る。アイコンタクトで意図が伝われば良いんだけど。
「確か2年くらい前でしょうか? その時から調子が悪かったらしく、治療師に見て貰っているタイミングでしたが……」
……ん?
「その治療師の方というのは?」
「申し訳ないわね。わたしが存じ上げない方で……若い女性の方で、わたしの来訪に驚きつつも、わたしの身体を気遣って軽く診察して頂いたのですが……」
なるほど。やっぱり居たじゃないか、怪しい奴が。でも、それくらいなら他の人でも突き止めていそうなのだが?
「若い女性の治療師……セレブタス侯爵家に入ることができた……か」
「ごめんなさいね。確か名前を伺ったはずなのだけど、最近思い出せなくて……」
2年前に1度だけ聞いた名前を憶えていられるか? という問いに俺は個人差があると答えると思うんだよな。確かに名前を直ぐ憶えられる人もいるのだが、俺は逆に全く憶えられないタイプだったりするし。でも、そう違和感を訴えるということは、ヨークォリアさんは憶えられるタイプの人だったのかもしれない。……老化で記憶力低下したのかな?
……うーん、せめて1日1人は最低契約できる仕様だったらと思ってしまうが、こんなチート能力、何のリスクも無く使い放題にするわけがないんだよな。
コンコン。
「タイガ様、お目覚めになられました」
「ありがとう、今行く」
扉の向こうからカナリアリートの声。俺はヨークォリアさんに礼を述べて病室を出た。
そのまま急いで階段を降りて、病室の1つに入る。
「こんにちは、お加減は如何ですか?」
そこにはコトリンティータが既にいて話しかけていた。内容から察して彼女も来たばかりだろう。彼女は俺をチラッと確認し、頷くと再び話し相手の方へ視線を戻した。その様子を見て、相手も俺を気にするのを辞めたようだ。
「それを預かっています。どうか、タリマインの人々を助けて欲しいんです」
彼女の指したそれとは、手紙と鞄に入った少数の荷物だった。
彼女の勢いが落ち着いた頃、コトリンティータが改めて声を掛けた。
「落ち着きましたか? まず、貴女のことを教えて下さい」
そう言われたことで、初めて自分がまだ名乗ってすらいないことに気づいたようだった。
「わたしはアイシャルト。冒険者です」
そう言って、身分証を見せる。……ミリタリーのネームプレートっぽいなと内心思いつつ、俺もコトリンティータが見ているところから覗き見る。
「お話をする前に、その手紙を読んで頂けませんか?」
どうやら、コトリンティータの紹介は俺が部屋へ入る前に終わっていたようだった。
「これは……」
コトリンティータはそれを見ると直ぐに俺に渡す。
「……なるほど」
「あの、その方は?」
「自己紹介が遅れました。俺はタイガ。この手紙の主の雇い主のようなものです」
「そうでしたか」
手紙の差出人は密偵として放った男の物だった。どうやらタリマインへの侵入は成功したものの、街を出る際に囚われたらしい。
「彼女はとても勇敢でした。脱出する際も先陣を切って走り抜け、自らを囮に……」
……多分、そうではないと思うのだが、そういうことにしておこう……。元々囚人なので、そんなタイプではないのだ。
「他の品は彼女の遺品です。男物が混ざっているので、きっと夫か恋人か……どうか渡してあげて下さい」
「わかりました。お預かりします」
確かに荷物だけの情報では身元は判らないだろうからね。
「現在、タリマインは正体不明の兵士達に1年半ほど囲まれ続けています。食料の供給量も需要を超えられず、街の中も平穏とは言えません。どうかタリマインを救って頂けないでしょうか?」
「安心して下さい。我々は明日、タリマインへ向かうべく既に準備を整えています。流石に今から出発というわけにはいきませんが、明日の朝に出発します。ですから、安心して下さい」
そうコトリンティータは答えると、俺を見る。多分、他に聞くべきことはあるかという意味……だと思う。
「1つだけ。知る限りで良いのですが、街を囲んでいる兵士の数と監禁場所、捕まっている人の人数とその目的を教えて欲しい」
そう尋ねるとアイシャルトさんは少し黙考すると、自信無さげに答える。
「正確な数までは把握できていませんが、多分100人程度。囚われていた場所は街道の反対側にある大きな木の下……案内できます。男性は殺して女性だけを捕らえているみたいで、襲われなかったことを考えると売却目的だと思います。人数は30人くらいだと思いますが正確には判りません……引き取りがどうのって話を耳にしたことがあるので、おそらく……」
……まぁ、囚われた人に自身の今後のことを教えるのはドラマぐらいだよなぁ。
「判りました。では、明日は案内よろしくお願いします」
「任せて下さい」
まぁ、冒険者であれば最前線でもなければ自分の身は守れるだろう。
「それと、是非彼女の家族に伝えて頂ければと思うのですが……」
自分を庇うように死んだ勇敢な最後だったと……彼女は悔しそうにそう言った。
話を全部聞き終え、病室を出ようとした際に、声を掛けられた。
「あの……多分、彼女もそうだったと思うのですが、今は街に入ることも難しくなっています」
「大丈夫、敵は正面から倒す予定ですから」
そう言って、俺達は病室を出た。
「……多分、アルミザンから撤退した兵が合流しているよね?」
「十中八九な。今夜はキヨノアやアーキローズさん達を呼んで戦略会議だなぁ」
とりあえず、面接が終わっていて良かった。まずはキヨノアのところへ向かって……と、段取りを考えていた。
「ねぇ、タイガさん。『じゅっちゅうはっく』って何?」
……久しぶりの自動翻訳ミスかよ……何て思いつつ、俺達は同じ方向へと歩いていた。




