01ー1 リベルタスを復興せよⅠ(5/5)
「おかえりなさい」
屋敷に入るとコトリンティータが俺の元へとやってきた。その表情には戸惑いや不安、苛立ちとも取れる不安定な様子が見て取れた。
「ただいま。一応全員に声を掛けてきたけど……正直手応えは微妙だった。明日の朝、ここで面接を行うことを伝えてきたんだけど、何人集まることか……」
「何故ここで?」
明らかに不満がありそうな彼女。まぁ、異論を認めるつもりないけれど。家主として不満に思う事くらいは仕方ない……とは思う。
「他に会場に適した場所がないからというのもあるけれど……やっぱり一番は、俺は手伝いであって、メインはコトリンの仕事だと思って貰うためじゃないか?」
「そうですけど、わたしは何もできていない……」
まぁ、そうなるよな。でも、そう自覚して貰うことが目的だったのだから計画通り。今後のことを考えたら、このタイミングで改心してほしいんだよね。問題は俺がそう話をもっていけるかどうかという話。ここで拗ねられてしまったら俺にとってかなり都合が悪い。
「少し、真面目な話をしよう」
彼女を誘っていつもの応接室と思われる部屋に入る。そこに向かい合って座ると、今回の主目的について、説明を始めた。
「コトリンは領主という役割や仕事について考えたことある?」
「役割は領の統治ですね。仕事は領民から税を集めて国に治めること」
……これはダメだな。とはいえ、この世界ではそれが常識かもしれない。その確率は低いと思うけれど……いや、そう思いたい。
「では、貴族と平民の違いは?」
実は平民と貴族って、地球とは分け方が違うんだよな。本を読んで知って驚いたのだが。
「それは……貴族は精霊に選ばれた存在の末裔です。その特徴は髪や瞳の色素が薄い人を指しています。巫術士になれる適正の高い人とも言います。その昔、巫術士は民衆を導くリーダーとしての役割を果たしていたと言います。その名残で、精霊に選ばれた貴き一族ということで貴族と呼ばれるようになりました」
この世界では身体的特徴は両親の遺伝を引き継ぐ。しかし、皮膚の色は生まれた場所に依存し、髪や瞳の色は精霊との親和性の高さを表すという。だから昔は髪や瞳の色素が薄い人ほど周りの期待と責任を背負わされたという歴史があるらしい。とはいえ、精霊に選ばれなかった人は色素の濃さ関係なく遺伝以外の差がないのが実情ではある。しかし、平民同士で結婚して生まれた子供が精霊に選ばれると、子供が貴族として出世して親も恩恵を得られるということで、巫術士になれなくても色素の薄い子は財産として重宝されるという。……何処の世界にもそういった権力や財産至上の人種はいるということだ。
「成り立ちはそうだね。では、現在の貴族と平民。貴族が平民に求めるモノや、平民が貴族に求めるモノとは何だろうね?」
「平民に求めるモノは、労働力ですね。国を……街を発展させるために。平民が貴族に求めてくるモノは……多分、平和で安心な日常と経済的に安定した生活でしょうか?」
「そうだね」
答えて欲しい内容に辿り着いたか。……とはいえ、無理ないんだよな。多分、この子は親から何も学べていない。直接言われていないが、会話からそう推測させるような内容が含まれている。それにゆっくり覚えれば良い内容だったものを急遽必要とされているわけだから、何となくでは理解していても言語化するのが難しいなんて、よくあること。重要なのは、仕方ないで終わらせず、尻を叩いてでもやらせて考えさせ続ける事である。
「もう1度聞くけれど、コトリンは領主という役割や仕事は領の統治や領民から税を集めて国に治めることだと思う?」
そう尋ねると、彼女は大きく息を吐いて、数秒の間を黙考する。
「もしかして、住人の要望に応える事?」
「おぉ、正解!」
思ったより早く、その結論には辿り着いてくれた。
「実際、住人は要望を出すだけで実現可能かどうかまでは考えてくれないし、叶える側はどうしても優先順位を付けなくてはいけないから、難しいところではあるけれどね」
ここは推測である。多分どんな世界でも住民の要望を聞いて労力を見える形で割いてくれる指導者であれば、支持する者も自然と多くなる。
「さて、コトリンの答えから察するに、必要なモノは労働力と平和で安心な日常と経済的に安定した生活なんだよ。無いモノは与えられないからね。では、今からできることは?」
「やはり、緊急で必要とするものは食料ですね。まずは今リベルタスで暮らす人々の分くらいは生産できないと……あ、だから労働力をスカウトしにいったのですね?」
「正解」
俺の最低限のアシストで彼女は理解が追いついた。こうなればコツを掴んだのだから、もう先を自分で考えられるはず。
「そうなると、必要になるのは農業を教えられる人。それと、身の安全の保障と労働の対価となる報酬でしょうね」
「そうだね。そして、俺の思いつく限りだと、コトリンが安全の保障と対価を用意できる。だから、早急に用意できないのは教えられる人ということになる」
俺の言ったことを踏まえて彼女は再び黙考する。しかし、考えが詰まったようだ。
「どうやって対価を支払いますか? お金もないですし……」
「街は大きいけれど、住人は僅か。なら、集めてしまえば警護は1人でも可能だろう。対価は現状では現金なんて無意味だろう。だから、代わりに食料を渡せば良い。もちろん、復興状況に応じて現金支払いに切り替える必要はあるけれど」
これだけ考えられれば、あとは時間が彼女を成長させるはず。多分、次の話し合いから有意義な時間になるに違いない。
「さて、実はコトリンにはもう1つ考えていて欲しい事がある」
「何をですか?」
多分これは自分の考えをまとめるのに時間がかかると思うから、前もって話をふる。
「平民が暮らしたくなる街について」
「それは住人に応えられる……」
「いやいや、それは領主の話。考えて欲しいのは街の話」
俺の問いを理解できていないようだ。……さて、どう説明しようか。
「リベルタスはアルタイル領の主都なんだろ? これは俺の偏見だけど、主都といえば他の近隣都市からは目指すべき一番栄えている場所であり、他の領からすれば領民が誇るべき都市であるべきだと思うんだ。とはいえ、全ての面で優れた都市というのは実質不可能だし、需要と供給というものもある。アルタイル領だけの尖った特徴があれば、外交……とは違うか。他の領との政治的取引にも使える。それを1からコトリンがつくっていく。コトリンにとって、アルタイル領とは? その核となるリベルタスという都市はどんな街?」
「えーっと……流石に難しすぎて即答は……」
「うん、無理だよね。今から考えて近い内に答えを用意しておいて。……考えることだけなら腐るほどある。それが決まれば、今後の方針は決まっていくからね」
1週間後くらいまでにはその後に大幅修正しても構わないから大雑把な方向性だけでも決めてほしいなと思いつつ。
「さて……」
「待って」
俺が席を立って読書に戻ろうと思った時、コトリンティータに呼び止められた。
「わたしも聞きたい事があります」
そう言われたので、持ち上げた腰を再び下ろした。
「いきなり唇を奪われたことには正直謝罪を頂きたいところではありますが、何でもすると言った手前、今回は不問とします。ですが、それは従属契約に必要な手続きだったからです。ですから、それにより得られる恩恵をわたしに説明して頂きたいです」
……あ~、やっぱり気が紛れていなかったか。
「従属契約によってコトリンが得られる恩恵か……今はまだ少ないけれど、時間経過と共に身体が強化される。それと、自身に向けられる支配系の精霊術を無効化する。その効果を利用して、コトリンの場合はコトリンの相棒の精霊と眷属契約ができる」
「眷属契約?」
「意味的には精霊と家族になるというものなんだけど、精霊の力の利用許可証みたいなものかな。精霊の力を借りて、精霊が使える術の具現を自分の意思で行使できるようになる」
「どうやるの?」
説明を求められ、丁寧に答える。既に成功しているのだから手段は問題ない。この後結局、契約を手伝ったことで、コトリンティータの対応が怒る前に戻って内心ホッとしていた。
異世界に召喚されたという形で転移させられてから21日目の朝。俺が目を覚ました頃には既に屋敷の前に人集りができていた。俺はそれを窓越しに確認すると身支度を整えた。
「おはよう、コトリン」
「おはようございます、タイガさん。……皆さん、既にお待ちかねですよ?」
既にいつもの果実の切り身が皿に盛られてテーブルに置かれており、それを急いで食べる。
窓から見た人数を数えたわけではないが、1人ずつ面接していたら1日仕事になることは確実。書斎を面接室として使うこともコトリンティータは渋ったが昨夜の内に説得して会場の準備を終えている。
「ごちそうさん。ちょっと様子を見てくる。ずっと待たせるわけにもいかないし、人数を把握して順番くらいは確定させておかないと」
「わたしもご一緒します」
今回の面接は俺が言い出しっぺということもあり、俺が面接官をさせて貰うことになった。本来の面接とは別に目的があり、ある適正のある人材を見つけるためなのだが……見つからない可能性の方が高いので、これもまだ言わないでいる。
外に出て、集まってくれた人達に挨拶をしながらカウントを試みる。ちなみにマリアリスは言わなくても肩車状態で俺の上に乗っている。現状役立たずではあるが、万が一彼女を見る事ができる人材がいれば、確保しなければならないと思い、こうしていることを邪険に扱わないわけだ。
「それで……だ。何故、ここ居る?」
「そんなのあたしだってわからないよ」
そんな簡易的なトラップに引っかかったのが見覚えのある姿をしたコイツだったわけで。その容姿は間違いなく紐鵜ちとせ……俺の小学生からの幼馴染みで、高校から別になって疎遠になっていた。確かに見た目はちとせなのだが、
「……なるほど。ちとせに成り切っているってことは面識があるわけだな、千寿?」
頭上に表示されている名前「千寿」という名で呼ぶと、彼女の動きが止まった。
「なんで?!」
まぁ、表示がなければ俺も気づかなかったのは内緒である。
「聞きなれない言葉……お知り合いですか?」
隣にいたコトリンティータに尋ねられ、彼女にも千寿が見えていることに気づいた。
「コイツは千寿。人間のように見えるけど、実は人じゃない。怪異……と言ってもわからないか……まぁ、この世界だと精霊に近い存在であることには間違いない」
「どうも~」
愛嬌ある笑顔を挨拶と共に振りまく。
クラウンハーフアップにしてあるお尻に掛かるほど長い茶色味を帯びた黒髪、黒い瞳で二重の大きな目、本人がコンプレックスだと言っている可愛らしい声。俺の知るちとせより垢抜けているが、その仕草が全てちとせっぽい。そして、全てが俺の知る千寿っぽくなかった。
そんな千寿に対してコトリンティータは失礼なくらいジロジロと舐め回すように見ている。
「……この方の何処が精霊なのでしょうか?」
「まぁ、厳密には精霊ではなくて、スライムと呼ばれる存在なんだけどね」
「誰がスライムよ! 何度も言っているけど、あたしは宇宙人なんだからね?」
自称宇宙人なスライム。でも、こいつは俺が召喚した悪魔というわけではない。本当に気づいたら家にいた。そして、気づいたらいなくなっていた存在。
色々聞きたいことはあったが、そんな時間的余裕が今は全く無かった。
千寿の存在は正直、かなり気になっている。今にも質問攻めしたいところではあるが、とりあえず一緒に行動する予定であることだけ確認し、面接希望者の人数のカウントを続ける。
「不思議に思っていたのだけどタイガさんって、こちらの言葉を喋れたわけではないのですね。考えてみれば言語が違うのは当たり前なのですが、召喚紋章術の効果なのですか?」
「たぶんね。仕組みは俺にもわからない」
コトリンティータと千寿の間で言葉が通じないことを内心安心しつつも、今後の不安要素であることには変わりない。だって、アイツも例外なくポンコツなのだから。
結局のところ、スターシアの思惑通りであることが腹立たしいとは思っている。自力で帰る手段も結局見つけることはできず、時間だけが過ぎていく。それに見つけたとしても、今更コトリンティータ達を見捨てて帰る……なんて選択は、どうやら俺にはできないようだ。




