02-5 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅴ(4/5)
今日の分の面接も終わり、残りはあと僅か。予定では明日いっぱいで出発の準備が完了する予定なのだが、どうにか今回も間に合いそうだ。
コンコン。
「タイガ様、クロムゲート騎士爵夫人がお見えですが……」
扉の向こうからホノファの声。
「今行きます。応接室で良いんだよね?」
「はい」
確認して、身だしなみを直すと書斎から応接室へと場所を移動する。
コンコン。
「失礼します。どうされましたか?」
「こんばんは、タイガ様。実は先程、施療院へヨークォリア様の様子を見舞ったところで、ようやく話すことができました」
ヨークォリアさんとリエララさんは旧知の仲であることは知っている。多分何度か見舞いにいったのだろうが、タイミングが悪かったのか彼女が行ったタイミングは全てヨークォリアさんが眠っていたタイミングということで、なかなか言葉を交わすことができなかったらしい。
「良かったですね」
「本当にヨークォリア様を救って頂き、ありがとうございました」
「契約をすること自体は遅くなりそうですけどね」
どうしても即戦力が必要な現在、命に別状もないことから、どうしてもヨークォリアさんの従属契約は後回しにせざるを得なかった。とはいえ、うっかり老衰されても困るので、こっそりと彼女には肉体の老化速度を遅らせる紋章術を発動してある。
時間系の紋章術って、遅らせたり、早めたりというのは簡単なのだが、止めたり、戻したりというのは甚大なMPの消費量になってしまう。よって現実的じゃないんだよなぁ。
「いえ。放置されていたら、彼女は近い内に亡くなっていたと聞きました。全てタイガ様のおかげです。それで、ふと思い出したことをお話するために寄らせていただいた次第です」
「思い出した?」
「リベルタスを狙う動機のある人物についてです」
……まだ居たのか。コトリンティータの父ちゃんはどれだけの人に恨まれているのやら。
「タイガ様は以前、セレブタス侯爵様には、前妻がいらしたことをお教えしたのですが、憶えていますか?」
「えーっと……うん」
その話は約1ヶ月前に聞いて、コトリンティータに彼女の知らぬ真実として話したことがある。リベルタスが狙われた理由として、侯爵自身にも原因があることを説明するために。
「確か、お子さんもいるという話でしたよね?」
「はい。実は、第一子のカオリディア様はエーデルベル伯爵家のジュンジウス様と結婚されています。また、第二子のミサトリア様はブルームレーン伯爵家のリオウタッド様と結婚されています。2人が嫁いだ後に奥様が離婚されています。ですから……」
……はい?
「えーっと……話を遮る形で申し訳ないですが、どうして誰もそのことを俺に言わなかったのでしょうか?」
まぁ、これを知っていたとして、戦力差から恐らく話し合いにもならなかっただろう。でも、それを知っていたら、動機面では悩む必要すらなかったわけで。
「忘れていたので、わたしが言えた話ではないのですが……恐らく、混乱させないためでしょう。彼女達が復讐を考える余裕はないでしょうから。もちろん、復讐を黙認するくらいのことはするかもしれませんが」
「余裕がない??」
もしかして、両伯爵も何かのトラブルを抱えているのだろうか?
「はい、これから話すのはあくまで噂なのですが……」
あぁ、噂という名目の事実ね。
「……エーデルベル家に嫁いだカオリディア様は夫であるジュンジウス様を不快にさせぬよう怯えて生活している状態です。そうなったのも、全てコトリンティータ様のせいでもありますが」
「ん?」
「ご存知ありませんでしたか? 伯爵の息子、ナッツキールはコトリンティータ様の元婚約者。タイガ様が来る前……昨年の内にコトリンティータ様側から婚約を破棄されています」
「そうだったのか……」
まぁ、この世界での婚姻適齢期は早い。コトリンティータは貴族なのだから、婚約していても不思議ではない……むしろ当たり前か。
「一方、ミサトリア様はリオウタッド様のことを嫌っていたのに嫁がされたそうです。無理もないのです……リオウタッド様は父親に似た変人なのですから……」
リエララさんにしては容赦のない言葉。だから噂として処理しているのかもしれない。騎士爵夫人如きが伯爵の家を悪く言うわけにはいかないっていうことか。
「家族の中で立場の弱いカオリディア様と変人との仮面夫婦であるミサトリア様。2人ともセレブタス家を恨んでいても当然なのですが、何か行動に移すことは不可能な意味は理解して頂けたでしょうか?」
「……まぁ、なんとなく」
個人的にはそれでも、伯爵夫人なのだから権力的な何かで指示して細工することくらいはできそうだと思うのだが、誰でもない貴族様であるリエララさんが言うのだから、それは俺が理解できていない事実なのだろう。
「問題は、そんな2人の母親であるエムイックォ様です。これは本当に噂ではあるのですが、今はタリマインにいて、ミッドフランネル伯爵の父、ケイヒッチ様の世話をしているという噂があるのです」
……これは本当に噂……つまり、事実確認はできていないということか。
「どうして伯爵家に?」
「どこまで正確な話だかはわかりませんが、前侯爵であられるゲシュトラ様はケイヒッチ様と兄弟のように仲が良かったと聞いています。もしかしたらエムイックォ様とも交流があって、屋敷から追放された際に不憫に思い匿われたのかもしれません」
……事実であれば前伯爵は聖人のような人だよなぁ。まぁ、そういう意味もあれば、違う意味もあったかもしれんけど。
「そう推測させる根拠は?」
「記憶が定かではないので、細かいところはうろ覚えかもしれませんが……エムイックォ様がワイズアル侯爵と結婚できたのは、ケイヒッチ様の計らいがあってこそだったという話です」
……ん?
「当時、ワイズアル侯爵は爵位がなく、貴族でもありませんでした。ケイヒッチ様の使用人だったと伺っています。ところが、ワイズアル侯爵はエムイックォ様に一目惚れ。求婚をしたのだと。……当然身分違いで終わる話なのですが、エムイックォ様がワイズアル侯爵を気に入ってしまい、ゲシュトラ様はケイヒッチ様に何とかならないかと相談。その結果、ワイズアル侯爵は貴族の元へ養子縁組され、貴族になったことで結婚が可能になったと……」
恋は盲目という奴か。逆玉狙いの男が侯爵令嬢を惚れさせることに成功したというだけの話というわけか。その後を考えれば、そこに愛情なんて最初から無かったんだろうなぁ。
「そういうわけで、エムイックォ様だけはカオリディア様やミサトリア様と違って、割と余裕のある生活を送っています。復讐するための駒も手に入れることは可能でしょう。ただ、お聞きした戦況から考えて、彼女がリベルタス襲撃に関与している可能性は限りなく低いですが、一応頭の片隅に置いておいた方が良いかと思います」
「ありがとうございます」
これは、どう考えれば良いんだ?
「これを皆の前で言わないのはやっぱり、コトリンへの配慮ということでしょうか?」
「えぇ。コトリンティータ様からすれば、腹違いの姉達が意外に身近で暮らしていることや、自分の母のせいで陥れられた父の前妻の存在を知ることで、未熟な彼女がどんな行動に移るか油断できないので」
未熟な……か。だいぶ成長したかのように見えるコトリンティータでも、やはり貴族の猛者からすれば確かに未熟だよなぁ。
「そういえば、先程の話ですが、コトリンはどうして婚約を破棄したのですか?」
「詳しくは存じませんが、コトリンティータ様が別の男性に言い寄られていて困った際にナッツキール様が頼りにならず、ずっと男性絡みで困っていたと聞きましたよ?」
……え~、軽い男性不信だったということか? つーか、婚約って子供の時だよなぁ? 俺の感覚だとマセガキ共って印象だけれど、この世界は婚期が早いから馬鹿にできないのか?
「そうなんですね。よくある話なんですか?」
「無くはないですが、コトリンティータ様の場合は事実であれば前代未聞ですね」
……前代未聞なんて、難しい言葉はこの世界にあるのかよ……。
「どういう意味です?」
「コトリンティータ様に言い寄っていた男が貴族では無かったのです。しかも、その者はミッドフランネル伯爵家の使用人。ワイズアル侯爵様のこともあって、特にケイヒッチ様の逆鱗に触れ、彼はクビになりました。しかし、その後もしばらくは言い寄っていたようです」
それは婚約者に助けてほしかっただろうな……とは思う。
「なるほどな。昔のコトリンであれば尚更……いや、そこが問題ではないか。そうなると、ミッドフランネル伯爵というより、エムイックォさんの謀略を疑うのも理解できなくもない」
「確証はありませんので、一応、頭の片隅にでも知識として置いて頂ければ……」
確かに、この話を知らなければミッドフランネル伯爵に関しては会えば味方になると思っていたかもしれない。でも、そう単純な話ではない可能性もあるのか。
「教えて頂きありがとうございました。ところで、この話はアルタイル領の貴族の間では割と皆が良く知る話ですか?」
「えーっと、それは話の内容にもよりますが……コトリンティータ様の婚約解消に関する話であれば、皆知っています。ですが、その原因までは知られていないかと。また、エムイックォ様が侯爵の前妻であることは、35歳を超えた貴族であれば知っていますし、平民でも関心がある者は憶えているのではないでしょうか?」
「じゃあ、エムイックォさんがミッドフランネル伯爵の元にいるという話は?」
「卿爵様方なら知っていると思います。それと、騎士爵達でも知る者はいるかもしれません。ただ、平民は知らないでしょう」
そうなると、貴族間であれば割と知られている話ということになるな。隠してはいないが、聞かれてもいないのに話すようなネタにはしていない……といったところか。
「そっか。なら、割と高い確率で、そのエムイックォさんはリベルタス襲撃に関与していないし、間違いなく主犯でもないだろうな」
ぶっちゃけた話、彼女には動機しかないのだから。
「それは何故でしょうか?」
「割と簡単な話だよ。間違いなくミッドフランネル伯爵はセレブタス侯爵家に対し引け目はあったとしても、憎悪の対象ではない。だからこそ、エムイックォさんの面倒を見ていると思うんだよね。その上で、世話になっているミッドフランネル伯爵に迷惑をかけてまで、私怨である復讐を実行するかね? そして、復讐を成し遂げた結果、彼女は何を得るかね?」
もちろん、死んででも復讐してやる……くらいの憎しみがある可能性はあるんだけど、一応彼女は貴族らしい生活を送れている。どん底でもないのに、そこまでの憎悪があるかどうか。
「……それは……」
「まぁ、そういうこと。計画を知りつつ黙認する可能性はあっても関与はないよ、絶対ね」
それに、もしかしたら彼女も救出すべきセレブタス侯爵夫人の1人である可能性があるから。




