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02-5   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅴ(2/5)

「タイガ君、おつかれさま」


「ガチで疲れたわ……」


 書斎に入って椅子に座ると大きく息を吐く。やはり毎日と違うことをすると普段がギリギリなだけにオーバーワーク気味になる。


「これで従者は何人?」


「マウッチュを含めれば55人になったよ」


 そう千寿に答えると、彼女は鎧の形状から人型形態へと変化する。彼女は最近ずっと俺の鎧をさせているのだが不満の1つも言わない。正直最強のボディガードであり助かっている。


「増えたねぇ」


 今日も朝から面接をして、面接が終わるとずっと契約を待たせていたハッカディア騎士爵の娘、ムッツミーアとリリィフィールド卿爵の娘、アリサリアと従属契約を行った。今夜のコストの支払い予定が無いから2人同時契約を行ったものの、怠さは慣れない。今日1日で回復しないのも辛いところで、俺の残りMPも僅かとなっている。


 コンコン。


「どうぞ」


 コトリンティータかカナリアリートか、それともホノファ辺りだと思って気軽に返事をしてしまったが、入ってきたのは想定外の人物。


「夜分遅く失礼しますね」


「あっ、リリィフィールド卿爵」


 他のリリィフィールドさんが居る時には便宜上名前で呼ばせて貰っていたが、それに対してもどう思われているか判らない。


「あら、名前で呼んで頂いても良いのですよ? それよりも、今日はアリサリアを従者として迎え入れて頂き、ありがとうございました」


 そう言って、深々と頭を下げる。


「いえいえ。こちらこそ、これからお世話になります」


「それにしても、リベルタスは凄いですね。タイガ様が暮らしていた世界の文化ですか? とても発展していて驚きです」


「そうですね。衛生面を整えることは病気を防ぐ誰にでも可能な手段の1つです。小さなことですが、病気は馬鹿にできませんし、そこだけは知識を提供しました」


 ……と、仰々しく言っているが、要は風呂と石鹸、シャンプー製造の知識である。それでも俺の知る既製品に比べれば劣るものの、絶大な効果をもたらせている。


「わたしが特に驚いたのは紋章屋の品揃えと練兵場で行われている紋章術を使った戦闘訓練ですね。しかし、不思議なことに売られている品には無い紋章術を使っている者もいまして、それらはわたしも知らない術ばかり。……もしかして、タイガ様が?」


「それは極秘情報ですので、他言無用で」


 気づかれるとは思っていた。誤魔化すことも考えたが、バレた時のリスクを考えると愚策だと思い、正直に話す事を決めていた。


「……2人で何の話をしているんだい?」


 ノックもなく、気づいた時にはアイナミスさんが部屋の中へと入るところだった。


 ……2人?


 そういえば、気づくと千寿が居ない。リリィフィールド卿爵がノックした時点で隠れたか、別の部屋へ退避したか……。


「今日、娘のアリサリアをタイガ様の従者にして頂いたのです。その礼のついでに今は紋章術を使用した練兵場での訓練について感想を話していたところです」


「なるほど、アレを見たのか」


 どうやら、本当にリリィフィールド卿爵との会話を聞かれていなかったのか?


「えぇ、紋章術の運用方法が素晴らしかっ……」


「そこじゃないだろ? 一番驚くべきは、アーキローズ様が直接指導しているところだろう?」


「その辺はタイガ様の従者となられたのだから、想定内では?」


 見事なまでに着眼点が違う2人。正反対と評価されるだけのことはあるのかな? わからんけれど。


「1つ問うが、アルミザンの兵士達とリベルタスの兵達を戦わせたとして、リベルタスの兵を攻略できる自身はあるか?」


 アイナミスさんの問いにリリィフィールド卿爵は言葉が出てこない。


「悩むだろ? わたしもそうだった。驚くべきは、その兵士達のほとんどが昨年まで素人だった『にわか兵士』だということさ。わたしは最初、もう何年も修行を積んでいる手練れの兵士だと思ったくらいだよ」


「それは本当でしょうか?」


 そうリリィフィールド卿爵に確認され、俺は頷く。


「見て驚くぞ? アーキローズ様の指導は」


「むしろ、もう驚いています。アーキローズ様の容姿に」


 まぁ、そうですよね。今じゃ見た目が20代半ばに見えるアーキローズさんは既に全盛期の動きに近い動きをしているらしい。


「あぁ、それはわたしも驚いて、何度も早くタイガ様と契約したいと申し出て却下されている。それよりも、タイガ様と契約させた従者の訓練は見たか?」


「えぇ、見させて頂きました。もはや成人したばかりの少女の動きでは無かった……あれもタイガ様の力の一端なのでしょうか?」


「そうです。従属契約の恩恵により恐らく時間経過に応じて身体能力が強化されています。ですから、アリサリアさんも時間の経過と共にあんな感じの身体能力になると思います」


 今、一番身体能力に優れているのは、キヨノア。本来の身体能力の5倍……だと思われる。それを言うなら、コトリンティータやリョーラン、マオリスなども多分5倍になっているのだと思う。しかし、元の身体能力の差で数字上はキヨノアが一番となっている。


 まぁ、身体能力とは言っても、いろいろ要素があって、単純に筋力が元の5倍とかではないので、身体能力トータルで5倍といった感じで、その主な要素はHPとMPなのだから具体的な説明のしようがない。


 コンコン。


「どうぞ」


 扉がノックされる。開かれるとカナリアリートの後ろにはリックアーネ卿爵夫人が見えた。


「マグルーシュ卿爵夫人がお見えで……」


「見えてる。どうぞ、リックアーネさん」


 そう、彼女からも名を呼んで欲しいと言われている。その理由が旧姓のミルナイトと呼ばれるのが一番だが、立場上許されないため、妥協して……とのこと。夫に対し愛情が全くない彼女からすれば、マグルーシュの名は聞きたくないそうで。


「夜分遅く失礼しますね。先程エルネウスト卿爵夫人が中に入って行くのが見えましたので、何事かと駆け付けた次第です」


 これ、絶対理由が違うんじゃないか? ……そう、勘ぐっていた。


「何かあったのかと思ったのですが……いったい何を?」


「いや、リベルタスの発展具合について話していたところ。主に練兵場の話をしていたところだよ」


 リックアーネ卿爵夫人の思惑は判らず、多分この場の全員が疑っていたかもしれないが、とりあえずアイナミスさんが答える。


「……そんな内容だったのですね。てっきり何かあったのかと……というか、そのような話はもっと早い時間に……」


「タイガ様は面接で忙しいので気を使っているのです。もっとも、わたしは娘がタイガ様の従者として契約して頂いたので、その礼を伝えにきただけなのですが……」


「ならば、要件は終わったことだし、お前さんは帰るかい? わたしはもう少し話し込むが?」


「いいえ、わたしが帰る時は皆を連れて出て行かなければ……」


 リリィフィールド卿爵の発言で、リックアーネ卿爵夫人は事情を察したようだ。


「なるほど、元凶は予想通りだったのですね。事情は少々違ったようですが……」


「おいっ、元凶は人聞きが悪くないか?」


「……そうですね、リベルタスに来て驚いたのは、貴族が働いているところですかね」


 アイナミスさんを軽くスルーして、リックアーネ卿爵夫人は話を戻す。


「あ~、それは俺が原因です。以前、コトリンに説教したことがあって。細かいところまでは憶えていないですが、貴族が平民に尽くされるのが当然ならば、尽くされるに値する貴族になるべき……的な話をしたことがあって」


「では、これはタイガ様が?」


「いや、元々ギルド制度はこの世界に存在していたから、運用方法に関してはコトリン達で決めたこと。ただ、俺はギルミスに騎士爵を宛がって、模範を示して貰えばって話しただけ」


 とは答えたものの、アイデアの大枠を作ったのは俺であることは違いない。それでも、これはコトリンティータの成果だとしなければならない。俺の手柄ではコトリンティータの評価は上がらない。


「確かに、わたし共は貴族としての立場を当然と受け入れすぎなのかもしれませんね。特に巫術士でもない者が平民と何が違うのか……」


「そうですね」


 リックアーネ卿爵夫人にリリィフィールド卿爵が同意する。直接聞いてはいないが、リリィフィールド卿爵は巫術士に対し、紋章術士故に何か思うところがあるのかもしれない。


「まぁ、正直な話……貴族が商人の真似事をすることに抵抗があったんじゃないか?」


「ありました。最初はリベルタスの各ギルドも騎士爵自身に任せていたのですが、全員に拒否反応が出てしまいまして……」


 そう答えると質問したアイナミスさんは「だろうな」と苦笑いをする。


「それは、騎士爵達がバカだからですわ」


 そう答えたのは扉の向こう側からだった。その瞬間、扉が開き小さい大人が立っていた。


「やっぱり、クミクオナ卿爵代行も来ましたか」


「タイガ様。わたしのことは『クミちゃん』と呼んで欲しいと言いましたが?」


 そういって、本来はマンビッシャー卿爵代行と礼儀上呼ぶべきロリババ様も現れた。


「やだなぁ、しっかりお断りしたはずですよ? 名前呼びで妥協して下さい。それよりも、どうしてこちらに?」


「いえね、夜も遅いのにリリィフィールド卿爵が露出多めの服を着てセレブタス邸へと向かったという情報がありまして。タイガ様の貞操の危機かと思って救出に来た次第です」


 ……あ~、この人苦手だわ……。


 暫くの間、彼女の行動を見ていた結果、その幼い振る舞いや言動も全部ブラフだということに気づいた。まさに『言っていることと、やっていることが違う』の典型例で、実は割と堅実な人である。その幼い振る舞いは全て相手を油断させるもの……だけとは思えないんだけど、それも含まれていることは間違いない。


 そもそも、本当にそのままの性格であれば、ビビックルトやカオルーンが、あんなにしっかり者に育つわけがないんだよな。


「そんなわけないでしょうに……」


 アンタじゃないんだよ……とツッコミいれたいところだが、流石に自重する。


「あら? タイガ様がお望みならば、わたしもタイガ様に嫁ぎましょうか?」


「リリィフィールド卿爵も悪ノリしないで。話していたのはリベルタスの街についてだから」


 そういえば、この人もそういうノリだったな。まぁ、リリィフィールド卿爵は冗談と判るだけ良い。……クミクオナ卿爵代行は最近ガチなのではないかと不安になる。


「リベルタスについて? 言われてみれば当たり前の画期的なシステムを運用している素晴らしい街ってところかしら?」


 あら、意外に高評価。


「おや、マンビッシャー卿爵代行は街そのものには関心がないと思いましたが」


 俺もリックアーネ卿爵夫人に同意。どういった風の吹き回しなのやら。


「そういや、言われてみれば当たり前なシステムって何の話だ?」


「そりゃ、当然集金システムですわ。……この方法に気づいていれば、もっと贅沢な暮らしができたかもしれない……オホンっ……いえ、そうではなくてですね。労働者を豊かにすることで運営側が豊かになる。そして、街の外にお金が流出しにくいシステムは素晴らしいとはわかっていても実現は難しい……それを実現させただけでも素晴らしい!」


 多少本音が駄々洩れしているものの、最も興味が少なそうなアイナミスさんの疑問に的を射た説明で……この人、本当に金儲けに対しては関心が高いのな。


「今はリベルタス内で回している資金循環システムだけど、最終的にはアルタイル領全体で回して、それ以上は広がらないようにしたいところだなぁ」


 俺の話していることを理解している人は少なそうだが、正直今は深掘りされてもリソース割かれて面倒臭い。


 多分、クミクオナ卿爵代行にとって今は金儲けの勉強が主目的に違いない。


「広がらないように……とは?」


「皆様が色々褒めて頂いて、嬉しくは思うものの、まだまだ改善の余地があるということです」


 その一言に4人はより好奇心丸出しでこちらを見る。


「それはどういうことでしょう?」


「例えばですね……今のお金の循環の輪の話をするならば、輪の外の総数が減れば減る程に利益は減るということです。一方、輪を広げれば内側の総数は増えてしまう。そうなると、入って来るお金は減り、循環内のお金は分配分が減る」


 そう話すとクミクオナ卿爵代行が鋭い質問を投げる。


「つまり、輪の外のお金を少数精鋭で奪ってしまおうって話にならない?」


「ならない。何故なら少数でできる事は限られているから。資源だって全部が揃っている土地も存在しない。アルタイル領で言うなら、植物の生産に優れた土地。他では無理ですよね?」


「つまり、必要なモノを全てアルタイル領内で賄えない以上、出ていくお金は存在する?」


「そういうこと。あと、練兵場関連の話をするならば、紋章術の普及率や使い方の知識、適正武器の使用率とメンテナンスや材料についてとかね。課題はある」


 また、言葉にはしないものの、それらには出費する関連の項目があるということ。


「……俺はアイデアだけを提供し、実用化させるのはコトリンティータを中心とした騎士爵達の知恵と努力。そして成功した暁にはみんなの自信へと繋がる」


 そう話すと、どういった解釈をしたのか、見当はずれとは言い切れないことを言われる。


「つまり、タイガ様のアイデアをより具体的にできる実力もタイガ様の従属契約による力の恩恵なのですね?」


 間違ってはいないものの、そういった話はしていないつもりだったのだが?


「わたしもマグルーシュ卿爵夫人と同意見です。商人の知識もないのに、アイデアを実用化できるほどの能力、恩恵に違いありませんね」


 と、リリィフィールド卿爵も同意する。


「タイガ様、やはりわたし達も早く従属契約を……」


 ……あぁ、そう言いたかったのか……言われて彼女等の目的に納得してしまった。


「申し訳ないですが、以前話しましたが優先順位が存在しますので、申し訳ありません」


 ただでさえスカウトした人達で溢れているのに、不規則に気分だけで契約してしまっていては、いざ必要な人材と契約したい時に契約できなくなってしまう。


 従者の維持にはコストを支払う必要性があるのだから。


「なぁ、タイガ様。お忙しいのは承知しているが、コトリンティータ様を正妻に迎え、アイミュセルを2番目でも構わないから、伯爵様を招く前に、とりあえず結婚して子供を仕込んで貰えないか?」


「ちょ、何を言って……」


 一番、そういった事に無関心そうだったアイナミスさんから言われ、何故そんなことを言い出したのかと考え……あぁ、伯爵夫人も問題のある人なんだ……と直ぐに悟った。


「……いや、相手が伯爵様でも帰る意思は変わりませんので、お気遣い不要です」


 今まで冗談のように話していたが、これだけは割と真剣に話す。流石に卿爵達も俺が真剣に話したことが伝わったようで、これ以上勧められることは無かった。

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