02-5 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅴ(1/5)
アルミザンから帰ってきた翌日の祝霊歴1921年5月1日。これまでと同じく日中は再び約1000名の移住希望者の面接を行っていた。予定では1日で200人くらいを面接するので、5日で終わらせたい。そして、夜には人を集めての会議を開いた。
参加者は俺とコトリンティータ。騎士爵夫人達10名。卿爵夫人達4名。あとはアーキローズさんの17名とその他(メイド達や精霊や怪異達)である。実質17名の会議である。
場所はセレブタス邸の2階。毎度会議に利用するパーティなどに利用する大きな部屋。今は会議室と呼ばれている。パーティなどには料理や人が溢れてダンスなどを行うはずのこの部屋は現在何もなく、ただテーブルと椅子があるのみの殺風景な部屋である。
「遅い時間にお集まりいただきありがとうございます」
久しぶりの夜間会議。卿爵夫人達がリベルタスへ来て初の会議である。
「タイガ様のお仕事の都合で夜まで手が空きませんので、ご容赦下さい」
コトリンティータが卿爵夫人方に向かってそう告げることで会議が始まる。卿爵夫人方も特に発言することなく頷く。
「最初に、今回のアルミザンからの移住希望者も1000人オーバーです。1ヶ月で4000人くらいの移住者が暮らし始めたことになります」
フォルティチュード遠征時と違って移住者の必要性はリベルタス側には無い。それでも移住希望者が多い理由は俺の存在とスカウトした人達の家族。あと、今の生活に不満がある人達がこぞってやってきた感じだという。
「改めて、今回の目的であるリベルタス襲撃の黒幕を炙り出す件ですが、予想通り4つの町は無関係でした。ただし、色々判ったこともあります」
そこでコトリンティータがこちらを見る。……まぁ、直接調べた俺の方が詳しいわな。
「えーっと……ポルクス領の関与が確定しました。ただし、ポルクス領が黒幕とは断定できません。むしろ、侯爵夫人のマユマリンさん誘拐の件に関してポルクス領とは無関係である可能性の方が高いと思われます。つまり、リベルタス住民の扇動を促したのは違う人物……まぁ、これも確定ではありません。なので、これからも引き続き伯爵達と連絡をとり、黒幕を炙り出しつつ、戦力を蓄えます」
「タイガさん、ありがとう。そこで、準備期間が5日間しかありませんので、次に向かうべき街……接触すべき伯爵の順番を決めようと思います」
訪問される側からすれば、従者のスカウトやギルド制度普及など情報を散らしているものの、本命はこれである。
「是非、皆様の知恵をお貸しください」
コトリンティータのこの一言をもって報告が終了し、話し合いが始まった。
「最初に確認したい」
そう言ったのは、アイナミスさんだった。
「リリィフィールド卿爵。ポルクスの非正規軍に町を包囲されていたと聞いたが、その連中は北から来たのか? それとも南からか?」
その問いの意味をその場にいる全員が直ぐに理解した。
「南ですね。間違いありません」
「そうなるとだ。このことは既にコトリンティータ様にも報告していることだが、ポルクスの兵士がタラセドはもちろん、領境を超えたという報告はない。それはつまり、何処かに抜け道があるという話になる」
ユミューネ卿爵の答えを受けてアイナミスさんが告げた内容は、俺の話を裏付けるものだった。そもそも、抜け道が存在しているならば、報告が上がってもおかしくない。つまり、侵入ルートを黙っている輩が存在しているという話になる。
「もちろん、オカブにも兵士……もしくは荷物を多く抱えた纏まった人達が通過したという報告もないわ。そうなるとポルクスの人達が通ったルートは……山の中ということになる。そうなると怪しいのはブルームレーン伯爵か、エーデルベル伯爵……」
リックアーネ卿爵夫人が言葉を継ぐ。
「そうとは限らない。ドワーフが協力しているのかもしれない」
「ドワーフの協力の有無は関係ないわ。山から出てきた軍隊が誰にも気づかれずにアルミザンまで来られたということは、協力者がいると言っているのだから」
クミクオナ卿爵代行の発言に対し、即リックアーネ卿爵夫人が意図違いを訂正して説明する。実際、ここでドワーフと事を構えるのは賢い選択とは思えない。
「あの、前にも少し言ったかもしれないんですが、俺がこの世界に来るまでの約1年間。何処からも表立った襲撃は無かったらしいんです。街が空っぽになるのを待つまでもなく、セレブタス家への復讐が目的であるならば、直ぐに済ませることは可能だったと思うんですよ」
今のコトリンティータは不可能だろうけど、会ったばかりの彼女であれば簡単に殺害することはできたはず。
「で、出した結論は首謀者の目的は既に達成済みなのではないかということなんです」
「……なるほど。つまり、セレブタス侯爵の殺害……」
リックアーネ卿爵夫人の確認に頷く。
「そうなると、難しいのが現在の首謀者が何を狙っているのかという話なんです」
この世界の常識として、税金を国に治められなかった集落はその貴族の管理権が剥奪される。それは貴族の階級に関係なく実行される。だから、基本的に治めている集落を略奪することはできず、奪った側が犯罪者になるだけの話である。……つまり、全く意味のない行為ということになる。
「協力者には色々目的があって行動を継続していると考えるならば、それはコトリンティータ様自身じゃないんですかね?」
「……かも、しれませんね」
アイナミスさんの推測にコトリンティータも同意する。俺が現れた時点で街に残っていた価値あるものは、侯爵継承権を持つコトリンティータだけだったのだから。
「……コトリンティータ様。もう1度皆の前で確認したいのですが、セレブタス侯爵様と母の症状、似ていたのでしょうか?」
「はい、同じと言って過言ではありません」
実はヨークォリアさんを見舞った日の夜にコトリンティータから呪いによる症状について詳しい説明を求められた。だから、ヨークォリアさんの呪いはただの老化の呪いであること。ただし、老化によって免疫が低下して色々な病気を誘発させる可能性があることを伝えた後、色々質問をされた。もしかしたら、ヨークォリアさんを見て思うところがあったのかもしれない。
「タイガ様、セレブタス侯爵の死因が精霊術の影響であったかを確認する手段はありませんか?」
「絶対にできるとは言わないけれど、試す価値のある手段はある。そのためには、コトリンから父親の部屋に入る許可が貰えなければならないけど。……あっ、侯爵が自室で死亡したのでないのなら、亡くなった時の部屋に入る必要があるけれど」
そういえば、その手段あったな……完全に失念していたわ。確かに俺自身はできないけれど、マリアリス自身が使う【透視眼】であれば、過去を見通すことも可能なんだよな。そして、【魔霊の召喚】で使用させることで俺自身が直接見る事ができ、【魔晄眼】で確認すれば、解除は不可能でも術による影響かどうかくらいは判るかもしれない。
「できるの?!」
「……断言はできんって。でも、その可能性すら考えてなかったわ」
正直、そっちに思考のリソースを割く余裕が無かったしなぁ。
「上手くいけば、掛けた人を絞ることができるかもしれない。……掛けられていたならね。どうする?」
「わかりました。特別に許可します。会議の後にでもお願いします」
俺がコトリンティータと暮らすようになったばかりの頃、父親が使っていた寝室を借りていると思っていた。でも、それは俺の思い込みで、実は違っていて執事長の部屋だったらしい。父親の部屋は存在せず、母親と同じ寝室を利用していたらしく、その部屋への出入りはメイドも含めて立ち入りを禁じられていた。
「恐らく、これで呪いを掛けた容疑者を特定することができるかもしれませんね」
リリィフィールド卿爵は笑顔を浮かべる。もし、その犯人の可能性がある人物を絞って、その人の内、ヨークォリアさんにも会いに行っていたのだとしたら、確定に限りなく近くなる。
「実際には難しいと思って下さい。術を発動したタイミングが判らないですから」
とは言ったものの、そもそも過去視で見た内容に他の術の影響が反映されるか疑問だった。
「それに関連して、皆さんにお伺いしたい。現在リベルタス侯爵は亡くなり、マユマリン侯爵夫人は行方不明。リベルタスの街には何者かの扇動により住民が一度はほぼ居なくなり、廃墟と化しました。一連の犯行が同一犯と断定することはできませんが、そうなったことで誰が一番利益を得たでしょうか?」
「……利益……」
リックアーネ卿爵夫人は黙って考えを巡らしているのだろう。まぁ、誰も考えなかったなんてことはない。ただ、判り易い利益をあげた人物がいないだけの話だと思う。特に金の流れであれば、クミクオナ卿爵代行は耳聡いはず。
「具体的には?」
「多分、お金の流れや人の流れは既に調べられていると思うので、それ以外。例えば、現状のアルタイル領で一番の権力者は誰か? ……とか」
アイナミスさんの問いに判り易いものを答える。何も利益は何かを得るだけではない。ライバルの消失も利益になるのだから。
「リベルタスにあるモノで誰かが何かを欲しがっていたとか、逆に侯爵に何か弱みを握られていたとか?」
そこまで例を出すと、室内が静まり返る。
「答えは全員よ」
そう答えたのはリックアーネ卿爵夫人。他の卿爵夫人方も否定をしない辺り、周知の事実であり、彼女が答えたのは俺に判り易く伝えるための人選……かもしれん。
「侯爵は賢い方でしたが、癖の強い方でした。彼に関わる全ての人間が何かしら思うところがあると思います。ですが、それが動機となるのなら、全員が望むことになってしまいます。ですから、答えは誰も得をしていないということになります」
含みのある言い方。公の場では言い難いだけの可能性もある……のか? 流石にセレブタス侯爵の悪癖は俺やコトリンティータの耳にも入っていて、だからこそヨークォリアさんの感謝っぷりに驚いたまである。
「そうなると、俺の仮説通り……単独犯ではない可能性が濃厚になりますね」
まぁ、既にポルクス領が関与していたり、ドワーフが関与した疑惑があったりと思うところが無くもないが……そうなると首謀者まで探し当てるのは大変かもしれない。
「さて、これ以上話を詰めても、結論は多分でないでしょう。……コトリン、話進めて良い?」
チラリとコトリンティータの方を見て、彼女が頷くのを確認した。
「アルタイル領内の卿爵達の全てがコトリンティータの支援をしてくれることになりました。そこで、次は伯爵達へ接触をしようと思う。それで最初の話に戻りますが、何処から向かうべきだと考えますか?」
多分、これは本来コトリンティータが皆に問いかけるのが良かったのかもしれない。けど、些細な問題。話に煮詰まって時間を無駄にすることの方が問題だ。今は、単独犯ではないかもしれないと臭わせることができれば良い。1人に絞って隙ができることの方が恐ろしい。……まぁ、的外れかもしれんけど。
「やはり、無難にミッドフランネル伯爵様に接触するのが良いかと思います。まぁ、全伯爵に疑いがあるとはいえ、ブルームレーン伯爵様とエーデルベル伯爵様は背後にポルクス領が付いている可能性がある以上、確実にそうではないミッドフランネル伯爵を着実に味方に引き入れ、他の伯爵に対抗できる戦力を保持するべきだと思います」
リエララさんの提言に他の騎士爵夫人達も同意する。
「幸いにも、ミッドフランネル伯爵はセレブタス侯爵と深い付き合いな上に、フォックスベル家とも懇意にしていたはず。……そうですよね?」
リエララさんの問いに、ユリアナさんは頷く。
「伯爵夫人のアックォレア様とは、とても仲良くさせて頂いております。ご紹介することは可能です」
「……わかりました。それではユリアナ様はミッドフランネル伯爵へ出す使者の用意を」
コトリンティータはそう決断し、今夜の会議を〆た。
会議は終わった。しかし、ミッドフランネル伯爵と接触することが決まった瞬間、卿爵夫人達の表情が曇ったことが気になっていた。
「あのぉ……」
帰ろうとするリックアーネ卿爵夫人を捕まえて尋ねる。
「ミッドフランネル伯爵と接触することって、何か問題があるのでしょうか?」
「どの伯爵と接触しても問題はあります。その決断は多分正しいモノでしょう。ですが、何かあった時はタイガ様がコトリンティータ様を支えて下さるよう、お願いします」
もっと話を聞きたいところだったが、もうこの世界では充分に遅すぎる時間になっていた。
多少の不安感はあるものの、リックアーネ卿爵夫人が言う通り、最善の選択であることも間違いない。詳しい事情は後日以降に聞くとして、俺も密偵を送る準備を始めた。




