02-4 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅳ(4/5)
尋問……と呼ぶには穏やかすぎたが、聞き出したい内容は全て回収できたということで、改めて本来の目的地だったリリィフィールド邸に案内して頂いた。建物の大きさ自体は、他の卿爵達と比べて小さい方かもしれない。ただ、庭が広くて花壇が多い印象を受けた。……まぁ、庭のことを聞くほどの余裕が俺には無かったけれども。
ここに来るまでの間、座敷牢まで付いて来てくれた人達も、今度は宿屋で待機となり、その宿屋も既にリリィフィールド卿爵によって無償で提供されている。俺とコトリンティータ、ナオリッサさんは直接招いた客人ということで、屋敷での宿泊の用意もしてあると聞いている。
……ここまでであれば、甘えても良いかなと考えられる範囲の話。しかし、そこに先程の冗談と思われる「気に入った娘を嫁に貰え」なんて言われた日には、プレッシャーでしかない。
「さぁ、こちらに」
応接室に通された俺達は上質なソファーに腰を下ろすと、卿爵はメイドに何やら小声で指示を与えて席を外させる。
「今、お茶を持ってこさせますので少々お待ちください……直ぐに出せずに申し訳ありません」
そう言う彼女は頭を下げない。……まぁ、そうだろうな。理由が牢屋敷を経由したからであり、もしかしたら茶も含めたもてなす用意がされていたのに俺達が手間を掛けさせたかもしれないのだ。
「お構いなく、ユミューネ様。それよりも先程の話、本気ですか?」
「ん? 勇者様に娘を……って話? もちろんよ」
若干焦りつつ尋ねるナオリッサさんに卿爵は当たり前と言わんばかりに答える。
コンコン。
「入りなさい」
「失礼します」
お茶の道具と菓子類と共に明らかに貴族の娘と判る娘が2人入ってきた。
「2人とも、こちらが噂の勇者様のタイガ=サゼ様よ。ご挨拶を」
本題に入る前に娘を紹介する辺り、出鼻を挫かれて手強い人だと理解するには充分だった。
「初めまして、サゼ様。姉のアリサリア=R=リリィフィールドと申します」
彼女は軽く頭を下げ、ドレスのスカートを摘まんで見せる。儀礼用の挨拶だ。
青い瞳に胸まである金髪。母親より色素が濃いのは父親の遺伝だろうか? ただ、顔は明らかに母親似。見た目に反して低く、凛とした声。黒を基調としたドレスがとても似合っている。
「こんにちは、妹のメグムイッタです」
瞳の色は青ではあるが若干紫を帯びた色味をしている。髪は膝まである淡い金色。巫術の素質は充分にありそうではあるが、近くに精霊の存在は見えない。
顔は姉と同じく母親似なのだろうが、姉とは違い鈴の鳴るような甘い声。何より着用しているドレスが白を基調としたドレスで、その中身が姉と対象であることを示しているようにも見えた。身長も姉より5センチくらい低く、幼く庇護欲をそそるような頼りない印象を持った。
「初めまして、タイガ=サゼです」
自分があっけにとられて座ったままだということに気づき、不作法過ぎたと慌てて立ち上がって挨拶をする。すると、何故か2人がクスクスと笑い始めた。
「タイガさん、座っていて良いんですよ。勇者様なんですから」
「あっ……失礼」
身分の低い方が立って、高い方は座ったまま……というのが、この世界の作法だというのは理解していたのだが、習慣は簡単に抜けないものである。
「どうですか、わたしの娘達は。タイガ様のお気に召しましたか?」
何とも答え難い質問である。多分、卿爵もわかっていて言っているに違いない。
「はい、2人とも従者の資格はあるようです」
短時間に頭をフル回転させ、絞り出した答えがコレである。
「……なるほど。それで、タイガ様の好みはどちらでしょう?」
……あっ、これ逃げられないヤツだ。とはいえ、受け入れるわけにもいかん。
「いやいや、ユミューネ様。こんな勇者という肩書だけの得体の知れない男に大事な娘なんて渡してはいけないと思うのですよ」
「良いのですよ。娘の幸せに必要なのは勇者の嫁という肩書……地位と権力です。それに本当に悪い男とはですね、こんな風に遠慮をせずに貰えるモノは何でも貰う人ですよ。まぁ、差し出した娘を断って、娘達に辱めを与え、母親のメンツを潰すのも大概ですが……」
「ひっ……いや、でもですね、娘さんの気持ちも大事だと……」
そう、娘の気持ちは大事である。ただ契約するのとは意味が変わってくるのだから。
「……だそうよ?」
意味ありげに言葉を投げる。するとアリサリアさんは苦笑いを浮かべ、メグムイッタさんは不思議そうに俺を見ている。
「わたしはもちろん、タイガ様が宜しければご一緒したいです。是非、戦場に立ってタイガ様をお守りしたいと存じます。きっとお金のことを心配されているのかもしれませんが、大丈夫ですよ。タイガ様が歩むべき道を歩めば、自然とお金の方からやってくるものです」
そう言って、苦笑い……いや、多分それは困っていたのだろう。彼女から心遣いを感じる。まだ若いのに、多分精神年齢は俺より上に違いない。……多分ね。
「わたしはもちろん、タイガ様好きですよ。優しそうだし、かっこ良いし」
「ありがとう、メグムイッタさん」
……かっこ良いというのはお世辞だろうなぁ。そうでなければ、彼女が普通の美的感覚から外れている……もしくは、ヒューム以外の血が混ざっているか……。
「ということで、何ら結婚には支障はないようですよ?」
「うっ……」
さて、どう断るのが正しいのか。迂闊なことを言えば面倒なことになりかねない。未経験者にそんなこと言われても上手に断る術なんぞ知らんに決まっているだろう。
「えーっと……アレだ。例えば、恐らく従者になるだけでも、かなりの利益がでると思われるから、それで手を打ってみるのはどうでしょう……か?」
「却下です。わたし達は『勇者様の親戚』という肩書が欲しいのです」
「おぅ……正直すぎて逆に清々しい」
あっ……思わず言葉にしてしまった。
「それはそうですよ。どんな世辞で取り繕ったとしても、タイガ様は看破してしまいますし」
……あれ? それって何かデジャブ? まぁ、とっくに術を解除していることは内緒にしておこう。
「なるほど、納得です」
メグムイッタさんだけは別の理由っぽいけれども、少なくとも金と権力のために親戚になることを目的とした婚姻のようだ。そこに愛の有無は関係ないと。何と言うか、フィクションでしか知らぬ政略結婚のようだ……いや、そのまんまか。
「うーん。そういうことであれば、結婚しても良い……いや、俺にとって得しかないところなのですが、やっぱりできないですね」
「何故でしょう?」
卿爵が速攻で圧を掛けてくる。そして、メグムイッタが上目遣いで悲しそうに見つめてくる……これもこれで違う意味での圧がある。彼女の場合は、芝居なのか本気なのか……まだ彼女を理解できていないから判断がつかない。
「これはコトリンにも伝えてあることですが、俺は用件が済んだ時点で自分の世界に帰ります。どうしても戻らないといけない事情があるのです。ですから、何年先になるかは判らないけれど、新婚生活を味わうことなく世界から消えることになるでしょう。そんな俺と結婚しても幸せになれないと思います。ですから……」
「……そうですか。それなら仕方ないですね」
おっ、諦めてくれた?
「では、お帰りになるまでにタイガ様の子供を作って頂けないでしょうか?」
「はっ?!」
俺はとうとう耳まで悪くなったのかもしれない。本能的に思わず、2人の娘の方を見てしまう……すると、2人とも照れてはいたが、嫌がってはいないように見えて、絶望するしかなかった。
「えーっと……厳密には種族が違うかもしれないから、子供作れないかもしれませんよ?」
そう答えてから、俺も混乱しているのかもしれないと自覚した。
「いいえ、絶対授かってみせます」
そう答えたのはアリサリアさんだった。
「メグムイッタさんは?」
「うーん。絶対とは言えないけれど、それでもタイガ様との子供は欲しいです」
……本気か? しかし、やっぱり預り知らないところで俺の子が育つというのは、やっぱり無理だよなぁ。
「ありがとう。でも、やっぱりごめん。自分の子は目が届くところで育ってほしいから、無責任なことはできないかな」
「……もういいですよ。本当にごめんなさい」
「いえ、こちらこそ……」
やっと許されたか……さて、これでこの後の対応がどうなるのか……。
「そうではなくてですね。タイガ様の噂の真相を確かめるため、試させて頂きました」
そういうと、ユミューネさんは立ち上がると深々と頭を下げる。90度を超えるお辞儀だったため、かなり本気の謝罪なのだろう。
「噂? ……あぁ、俺が女好きって話ですね……」
「え、そうだったのですか? わたし達は少なくとも本気で嫁になるつもりですよ!」
おいおい……まぁ、これも彼女達なりの気遣いなのだろうと考えるようにした。
「まぁ、2人が本気ならば、それはそれで構わないけれど……交渉の材料に娘達を使うような真似はしませんので、ご心配なく」
アリサリアさん達の発言に対し配慮した言葉に俺達は内心ホッとする。正直、それが一番怖かったわけで。
「2人が本気ならば、まずはタイガ様に自分のことを知って貰わないといけないわね。それと、コトリンティータ様の要件は承知しており、全て受け入れる準備ができております」
……これ、俺がもし求婚の申し出に乗っていたらどうなったのか……内心ゾッとした。
「一応、お互いの齟齬がないよう、確認の意味を込めてお話をしましょう」
その後もユミューネさんは見返りを要求しない……でも、タダほど怖いモノは無いんだよな。




