02-4 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅳ(3/5)
リリィフィールド卿爵の案内の下、手続きをキャンセルしてアルミザンへと入る。町を守る自警団の方々も歓迎してくれているようで、今回も変な摩擦などは起きそうにないと安心していた。
「先に牢屋敷へ向かいますね」
「助かります」
案内された牢屋敷というのはリベルタスにある物に比べて、とても小さい。でも、それはこの世界では標準的な大きさで、リベルタスに作った物が異常な大きさなのだということは既に理解している。
牢は男女共用。全部で50室くらい。それでも部屋が余っているのは、この世界では捕らえるより斬り捨てることが普通の世界だから。捕らえておくということは、お金が掛かるということ。確実に改心するとは限らないのに、そこへ投資する意味はここがどれだけ平和なのかによって価値が代わる。……それを、俺はこの世界で学んだ。
「えっと、この人とその人。それとあっちにいた人の計3名を1人ずつ尋問します。良いですか?」
「では、1人ずつ尋問室に連れて行かせますね」
と尋問室へと向かうのかと思いきや、卿爵はふと立ち止まる。
「タイガ様、女性は全員で5名いました。何故、2人を残したのでしょう?」
「細かいところは説明しにくいのですが、大雑把に説明するならば、残した2人は尋問するだけ無駄だからです。口を割らすことは可能ではありますが、それだけです。それに対し、指定した3人は従者資格があります。ですから、条件によってはこちらの戦力になってくれる可能性があります。……あくまで可能性なのですが」
……一応、念を押しておく。非人道的な事も範疇に入れれば、残した2人も戦力にすることは可能ではあるが、無理矢理言う事を聞かせて従わせたとしても、その効率は悪い。何より、そういう輩は隙があれば簡単に逃亡するだろうというのが本音である。
本来、その配慮に犯罪者は含まない。けれど、彼女達は犯罪者ではない可能性がある。仮に被害者だった場合を考えた配慮である。
「戦力……ですか?」
卿爵は俺の返答に戸惑っている感じではあったが、尋問室へと案内をしてくれた。
「ここが尋問室?」
「そうですよ」
尋問室……リベルタスのそれは失敗だったかもしれない。いや、絶対リベルタスの尋問室の方が使いやすいと思うのだが。
場所は牢屋敷の手前の方。逃亡防止用の鉄格子の牢屋側。2部屋分の牢屋スペースを普通の部屋に改装したような……実際には最初からそう設計されていたのだろうが……そんな部屋だった。それでも中に入ると1部屋分のスペースしかない辺り、隣には何らかのスペースがあるのだろう。……ベタではあるが、例えば様子を伺うための部屋とか、兵士の控え部屋とか?
「では、ここにまずは1人だけ……お願いします」
「連れて来て」
卿爵の指示で兵士が動く。その間に俺は小声で詠唱を開始する。しかし、それは卿爵の耳には聞こえていたようだ。
「聞き馴染みのない詠唱ですね。紋章術ではないのですか?」
「えぇ、巫術です。詳しくは言えないけれど、勇者専用と思って貰って良いです」
「……勇者専用……」
続けて何か質問しようとしていたようだが、ノックの音でその言葉は発せられず、内心ホッとしていた。
「連れて来ました」
「入りなさい」
入ってきたのは、少し離れた場所に入れられていた女の子だった。蜂蜜色のような濃い金髪に深い青の瞳。……多分貴族だろう。
「卿爵と護衛の方は可能であれば席を外して頂けると助かります」
何か言いたげではあったが、卿爵も護衛の方もコトリンティータ達と共に隣へ移動する。……聞かれることは仕方ないこと。相手にしてみれば当然の権利である。
「さて、話をしよう。俺はタイガ=サゼ。異世界から来た勇者と呼ばれている。で、君の名は?」
「ルナリー=N=クランホルン……です」
「ルナリーさんね。じゃあ、続けて質問するけれど……」
手口は簡単。前にマオリス達にやったのと同じ手口である。それを知っているからこそ、コトリンティータは協力的に卿爵達に移動を促したのだろう。
「ルナリーさん達はそもそも何者ですか?」
「わたしは元々ポルックス領の貴族でした。領主様の統治のやり方に異を唱えたため、貴族の地位を没収されて……今は、家族を人質に捕られ、領主の命令に従っています」
なるほどね。それが敵なのに彼女達にレベル表示があった理由というわけか。
「領主の命令か……確か、領主はエスカモール侯爵だったね?」
ルナリーに尋ねると、彼女は首を縦に振る。
「はい、ユーヤンロン様です」
ん? ユーヤンロン? ……俺の検索スキルによると、名前がナオヤルディンとなっているけど……代替わりか?
「ナオヤルディンさんはどうされていますか?」
「先代様は、御高齢のため引退されて、隠居生活をされていると聞いています」
暗殺はされていないと……多分。
「こちらの情報が古いようだ。申し訳ない。……それで、そのユーヤンロンさんは何故、アルタイル領に対して兵を送っている?」
「詳しくは聞かされていませんが、リベルタスと東側の都市を分断するのが目的と聞いています。わたし達にはそれ以上のことを教えて貰う事はないです。わたし達は非正規軍ですから」
……分断か。
「非正規軍か。正規軍と非正規軍の違いは?」
「正規軍は、ポルクス領の精鋭部隊です。防衛の要として国王様と領主様に忠誠を誓っています。非正規軍は、領主様に対し反抗的だった貴族や不要と判断した平民を中心とした者達で構成されていて、極少数ですが兵士に紛れたお目付け役から監視されています。反抗的だったり無気力だったりするとお目付け役から領主様へと報告があがり、断罪されます。そのやり方はそれぞれで決まってはいないのですが……」
ひどいな……要は使い捨ての駒だと言われているようなものだ。
「本来であれば、捕まった時点で自害しないといけないのですが、お目付け役の方々も自害されていないので、様子を伺っている次第です」
自害……情報漏洩防止策……それを強制させるための身内の人質か。そもそも生きている確証すら無いというのに……。
「最後の質問。貴女達以外の兵はかなり抵抗したと聞いています。何故、抵抗しなかったの?」
「それは……仕方なく従ってはいますが、悪いのは侵攻している我々ですから……真っ先にお目付け役が捕まったこともあり、殺意がない相手に抵抗することに罪悪感があったからです」
とりあえずはこんなものかと、次の方と交代するよう隣の部屋に向けて声を掛けた。
「1人目、終わりました。次の方と交代お願いします」
「わかりました……というか、こちらからもお尋ねしたいことが……」
「構いません。答えられることなら」
卿爵の合図で牢番兵がルナリーさんを連れて行く。それを見届けてから卿爵はこちらを見る。
「わたしの目には特に駆け引きもなく、彼女の方から自発的に話したように思えますが」
「その通りです。それが俺の勇者としての能力ですから」
一応、コトリンティータや事情を知るべき存在には、俺の使える巫術は【透視眼】、【複製眼】、【審判眼】、【魅了眼】、【魔晄眼】、【操身眼】と覚えたての【恐怯眼】の計7つと伝えている。それぞれの術の説明は適当に省略しており、全員がざっくりとした把握しかできていないのが現状である。
当然今回も、同じようにざっくりと説明する。深掘りはさせない。……いや、できないか。ちなみに現在は尋問用に【魅了眼】と【審判眼】を使っている。
「そういうわけで、彼女が嘘を言っていないことは確認済みです。状況から察するに選ばなかった2人がその『お目付け役』なのだと思います。その2人は絶対に処刑しないといけません。彼女等は好待遇でポルクス領に迎えられるはずですから」
「……なるほど」
事情を説明している中、コトリンティータだけが浮かない顔をしていた。
「どうしたの?」
「うん……エスカモール侯爵家とは近隣ということもあって仲良くしていたものだから、まさかエスカモール侯爵家が黒幕だったなんて……」
「いやいや、誰も黒幕とは言っていないからね?」
「えっ?」
あくまで黒幕候補の1人である。少なくとも無関係ではなく、敵対側の1人と断定されたのでコトリンティータがショックを受けていることは理解できる。……結局は当初通りのローラー作戦しつつ、戦力を増やしていくしかないんだよね。
その後、2人に同じ質問をして、ルナリーと同じ檻に隔離して貰う。理由は明確で『お目付け役』と引き離すため。……まぁ、『お目付け役』であることが確定ではないのだけどね。どちらにせよ、レベル無しであれば、それなりの理由があるということ。……犯罪者だしね。
結論は、ルナリーを含む3人は境遇こそ微妙に違ったりするが、当然ながらほぼ同じ内容を答えた。俺だけが確認するのであれば、それすら必要のない手間なのだが、他の人達に自供した3人が協力的であったと理解して貰うことが大事である。
「しかし、酷い話ですね」
「ですね。まさか未成年まで兵士にしているとは……」
後で確認した話ではあるのだが、ルナリーは15歳。残りの2人はまだ12歳だという。この世界の感覚で言うなら、12歳は高校生くらいの感覚だろうが、俺に言わせれば中1である。今が4月だということも考慮すれば、まだ小学生とたいして変わらないだろう。
年齢を知り、コトリンティータはもちろんだが、卿爵もまた彼女達を不憫に感じているようだ。
「あの、感づかれていると思いますが、改めてお願いします。今日取り調べた3名をこちらで引き取っても良いでしょうか? 未成年ということもあって、悪いようにはしません」
その言葉を聞いて、卿爵は確認するようにコトリンティータを見ると彼女も頷いてくれた。
「……そうですね。本来ならば殺害するのが遺恨の無い対処法ではありますが……その3名は勇者様のお言葉なので特例として扱いましょう」
苦笑いを浮かべて提案を了承してくれたが、その言葉に含みがあることは理解していた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。勇者様から戦力という言葉が出た時点で、こうなる可能性は想定していました。それに、こちらからもお願いがしやすいというもの」
「お願い……ですか?」
まぁ、そんなことだろうと思っていた。多少の無茶振りには答えるつもりではあるが……。
「そんな風に身構えないで下さいな。たいした事ではありませんので」
「というと?」
「ふふっ、わたしには娘が2人いるのですが、そのどちらかだけでも嫁に貰ってほしいのです」
「なるほど、それは……って、えっ?」
思わず耳を疑うような申し出に状況から断り辛いという事実に気づいてしまった。




