02-4 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅳ(2/5)
リベルタスを出たのは予定より若干遅い8時くらいだった。アルミザンまでの移動時間はラプダトールで約6時間。1時間の休憩を挟んだとして、到着は15時くらいだろうか。出発が遅くなった原因は間違いなく俺のせいである。……本当に申し訳ない。
今回も表向きの目的はアルミザンでのギルド制の導入。それに伴う流通経路の確保。それとレベル持ちの勧誘。ただ本命は、リベルタスを襲撃し、マユマリンさんを拉致した人物の特定のためのローラー作戦である。
まぁ、目星は付いているのだけど……返り討ちになる可能性を考えて戦力を蓄えている段階だったりする。
「ご主人様、アルミザンって、どんなところっちゅ?」
不意にマウッチュから声を掛けられる。とはいえ、彼女は現在、メローリンの姿で俺を乗せている。だから、その言葉を理解できるのは距離的にも言語的にも俺だけ。傍から見れば、俺の独り言である。……慣れているけどね、そういう状況。
「うーん。俺も行ったことはないけれど、他の町と大差はないと思うよ。ただ状況は違うみたいだけど」
「状況?」
「……うん、なんか色々あるっぽいんだ」
アルミザンを治めているのはリリィフィールド卿爵という、アルタイル領内で唯一の女性卿爵だ。女性卿爵が珍しいかと問われると国全体で見れば、そんなことはなく、性別は一切影響なく実力で選ばれるらしい。……問題は何をもって実力とされるかなのだが。
そんな卿爵は、見た目や人当たりからは想像できないくらいの好戦的な性格らしく、特に紋章術を使った戦闘と知略に秀でている術師タイプの人らしい。アイナミスさんの真逆のタイプと評している人もいたくらいだ。
「色々?」
「うん。どうやら正体不明の武装組織に町を包囲されていて、他の集落と分断されていたらしい。多分、小さな戦闘はあったと思うんだけどね」
アイナミスさん曰く、リリィフィールド卿爵はセレブタス侯爵と親しかったらしく、リベルタスの危機に駆け付けなかったというのは考えられなかったらしい。理由までは知らないが、好意的であるならば助かるというもの。交渉もスムーズにいけば良いのだけど。
「それで、いっぱい食べ物持っていくの?」
「そう。だからアレはお腹減っても食べちゃダメだよ?」
返事をしない……隙あらば食べる気だろうか? ……まぁ、大丈夫だろうけど。
「さっきから、何独り言を言ってるんですか?」
俺に並走している怪異が話しかけてきたが、そもそも、お前さんと話していても傍から見れば独り言だろうよ……と内心毒づいていた。
「独り言じゃない。この子と話していたんだよ。なぁ、マウッチュ?」
「ちゅっ♪」
走力的にラプダトールよりメローリンの方が早いことは知っていたので、俺と会話する余裕もある。こうして移動中は時々会話して移動するのが日常になっていた。
「あ~、そうだ。今の内に事情を説明しとくか」
慌てて連行したので、多分コイツは何も解っていないんだよな。
「まずは、ここはアストラガルドと呼ばれる異世界。マジョロカーダ大陸を支配するプティライド王国のアルタイル領っていうのが現在地ね」
「……え?」
まぁ、1回で理解できる方が頭おかしいまである。
彼女は7匹目の使い魔。その正体は羅刹と呼ばれる鬼女である。
彼女の名は魅娑姫。俺は『みさき』という名の知り合いがいたので、あえて『ミサキチ』と呼んでいる。遥か昔、呪いによって鬼にされた元『人間の子』である。しかも同じ人間に封印をされていたのを助けた結果懐かれてしまったという。
話から察するに平安時代の生まれの子だとは思うのだが確証は無く、調べる手段も必要性もない。本人曰く、鬼になる以前の記憶はなく、名前も鬼になってから呼ばれていた名前らしい。現在の姿も人間時の最後の姿で年齢も14歳と言っていたが、それも封印される前に言われた内容らしく、記憶はない。
鬼というだけあって額に立派な角があり、人間ではありえない程の身体能力の持ち主ではあるのだが、メンタルが弱く、かなりの臆病者である。怪談等の怖い話はもちろん、ホラーゲームもダメという。ただし、キレると人が変わったかのように怒って暴力的になるため、怒らせてはいけない怪異なのだが、基本優しくてお淑やかな性格なため、沸点はかなり高い。
元々黒髪で黒い瞳の女の子だったのだとは思うが、現在は毛先が赤いセミロングの銀髪に血のように赤黒い瞳をしている。契約前の見た目は14歳くらいの女の子だったのだが……例によって誰にも見えていない。
「俺達は元の世界に帰るためにミッションを行っている。で、先程行った魔法のようなものは、俺が魅娑姫を眷属にするための術というわけだ」
「わかった。タイガ君に付いて行く」
……そう言うと思った。彼女の性格から我儘を言ったり、自分で何かしたいと主張したりするタイプではないことは理解していた。
「ありがと、助かる」
えへへ……とはにかむ魅娑姫。契約により身体が縮んだだけに幼さもあって可愛い。まぁ、彼女は元々幼くはあるが。
「……なるほど、魅娑姫の力を借りた精霊術は【恐怯眼】か。魅娑姫っぽくない術だな」
しかし、鬼らしくはある。【恐怯眼】は、視界範囲の任意の対象に対し恐怖を与えるというもの。相手が恐怖状態になると、力が抜けて身動きが取れなくなったり、逃げ出したりする。使いどころを選びそうだが、誰かに攻撃されそうな時は有効かもしれない。
公表していない覚えた術も併用して駆使すれば、もう無双できそうな程の実力を発揮できそうではあるが……意味がないし、むしろ害悪すらありそうなんだよなぁ。切り札として秘密にしといた方が良さそうだから内緒にしているけれども。
「ご主人様、誰か来るっちゅ!」
先の様子をジッと目を凝らすと、確かに人と思われる何かがこちらに向かっていた。
「何か来てる」
「大丈夫です、気づいていますから。それにあの方は……」
声が届く程度に離れた距離を並走していたコトリンティータに確かめたところ、当然気づいていた。むしろ、向かってくる何かに心当たりがあるようだった。
小さくて人であることくらいしか判らない物体が、近づいてくるにつれ大きくなって性別が判り、やがて移動速度が異常なことに気づき……って、早くないか?
更に近づいて来て、速さの秘密に気づく。紋章術による移動……飛んでいるようには見えないから、出回っている術で構成していると仮定して……多分、風系で風除けを作って、土系で身体を運ばせているか、水系で氷を作って滑っているかと言ったところだろう。
そんな予想をしている間に距離は詰まり、目の前に現れた。答えは土系……多分。
「コトリンティータ様、お久しぶりですね」
「お久しぶりです、リリィフィールド卿爵」
コトリンティータは彼女が近づく寸前で全体の移動を止め、ラプダトールから降りて彼女が来るのを待っていた。当然、俺も。
卿爵の挨拶に対し、コトリンティータは頭を軽く下げて応える。ラプダトールが牽く屋形からもナオリッサさんが降りて来て、コトリンティータより深く頭を下げる。
「ナオリッサさんもリエララ様はお元気ですか?」
「えぇ、とても元気で。ただ、長旅には自信が無いと……またお会いできるのを楽しみにしていますと言っておりました」
卿爵はナオリッサさんを見て、すぐに誰か気づいたようで、卿爵の方が身分は高いのに彼女の方から声を掛ける。立ち振る舞いは優雅な貴婦人そのものなのだが、気さくな方なのだろう。
「お初にお目にかかります。領主様に代わりアルミザンを治めております、ユミューネ=R=リリィフィールドと申します」
俺のことは当然知っていると言わんばかりに、丁重に挨拶をしてくれた。
コトリンティータと同じくらい淡い金髪。結ってあるので長さは正確にはわからないが、かなり長そうである。そして、少しだけ赤味が差した青い瞳。思わず視線誘導されてしまうくらいの大きな胸。……まぁ、この世界にはそういうスタイル抜群な女性が多いのは事実なのだが、この人、わざと露出が多めの服を着ているように思える。というのも、この世界の既婚女性は露出が少ない服が一般的。多分、それも含めて彼女の所作の全てが生きる術なのだろう。
再びコトリンティータへと向き直ると、今度は卿爵の方が深々と頭を下げる。身体が柔らかいと感心するほどに。
「コトリンティータ様。……街の異変は気づいておりましたのに、助ける事できず、大変申し訳ありませんでした」
……あぁ、やっぱり初手はこれからか……まぁ、確かにそうだろうなと納得もしていた。
「頭を上げて下さい」
卿爵が頭を上げるのを確認すると、コトリンティータが言葉を続ける。
「気づいていたのですか?」
「実はついこの前まで、このアルミザンは所属不明の組織に包囲されていました。その間、わたしも含め、町の住人達は周辺の村へ行くこともできず、また、外の人間が入ることもできませんでした」
所属不明……つまり、相対していたアルミザン側も相手が何者かを知ることができなかったということか。
「それで、被害は?」
「最初こそ多少の損害はでましたが、町からでない限り襲って来ることもなく、食料不足にはなりましたが、とりあえずは大丈夫でした」
食糧不足は充分に深刻な問題だと思うのだが? でも、その口振りから察するに耐えることはできたということか。
「それにしても……町を完全に包囲し続けていたの?」
「そうですね。とてもアルミザンだけの兵力では難しかったと思います。相手は用意周到に作戦を練っていたようで。わたし自らが出ることで解決できると思ったのですが……」
そうか。戦力の問題じゃないと言いたいわけか。
アルミザンの事情はこの前の報告で概ね把握している。先月いっぱいまで包囲は続いていて、長いこと包囲されていたために、商人達の流れから外れてしまい、物資が入り難くなっているという。
「あの、俺からも質問して良いですか?」
「何なりと」
うーん。敬意を払ってくれるのは嬉しいが、露骨な勇者扱いは慣れない……我慢か。
「その所属不明の組織、いつ頃現れたのですか?」
「いつ頃? ……そうですね。侯爵様が亡くなって……暫くしてから……」
「なるほど。では、侯爵夫人のマユマリンさんが行方不明なのはご存知だと思いますが、彼女が居なくなった時期と比較して、組織が現れたのは前ですか? 後ろですか?」
この質問も確定するには甘い質問ではあるが、関連性を裏付ける材料にはなる。
「前ですね。コトリンティータ様が1人になられたと知り、駆け付けたいと思っていましたが、既に囲まれた後でしたので。ただ、何故4月に入った途端に撤収したのかがわかりません」
そう卿爵は言うが、俺には心当たり……仮説があった。
3月末に何があったか? それは、ミッションクリアである。つまり、リベルタスが復興したということ。……まぁ、タイムラグを考えたとして、リバティアの里へ向かう直前に何処からか移民希望者が大量に現れたタイミング……森の中で捕縛されるヒューム達。それらは関連していると考えるならば……。どちらにせよ、今のところ確かな証拠は得られないか。
「なるほど。でも、そうなると……町の外へ出られない状態なのに、よく俺のことを知っていましたね?」
「情報の往来に人が正門を出入りする必要はないのです。それに、不思議ではありませんでしたか?」
「ん?」
不思議? ……何を不思議に思えば良いのか……むしろ、不思議だらけなのだが?
「わたしがここに居る理由ですよ。まるで、皆様がこの辺に居ることを知っていたかのように」
あ、それは不思議なことなのか。……思わず、コトリンティータに視線を向けると、彼女は頷く。……どういう意味で頷かれたのか、全く理解できなかった。
「確かに町は包囲されていましたが、抜け道はあるのです。あとは町の中から外の様子を伺って、来客があれば、外までお迎えにあがっていると」
「じゃあ、物資不足は……?」
その抜け道から搬入されていたと考えて良いのだろうか?
「まだ回復には至っていません。餓死しない程度には食料を供給できたことが幸いだったと思うしかない状態です。派手に物資を運搬しては見つかる可能性がありましたので、少量を少数で運ぶ必要があり、全員に行き渡らせるのは難しかったのです。それでも、町の中で採れた作物や増やした家畜を消費することで、飢えは何とか凌げました。ただ、長い事封鎖されていたために、商人達の交易ルートからは完全に外されてしまったのです」
確かに、商人は危険を避けるのが道理だよな。
「なるほど。まぁ、その辺は何とでもなるとして……一番の問題は所属不明の組織の正体か」
「これまで交戦してきて、心当たりは無いのですか?」
言葉を継いでコトリンティータが尋ねる。彼女も気にしている部分だろうし。そのまま会話の主導権を彼女に渡しても……。
「えぇ。装備にも所属を示すモノは何も掲げていませんし、捕らえた者もいますが、口を割らないので、困っているところです」
「尋問してもダメ……術による制約でも課せられているのでしょうか?」
「そういった術は聞いたこともないですね。まだ成人になったばかりの男女なので尋問すれば簡単に話すと思ったのですが……わたしの知らない術による制約があるのかもしれませんね」
なるほどね。生け捕りにしているならば、情報を聞き出して特定できる。
「俺ならば、尋問にて情報を得られるかもしれない。数名、やらせて貰えませんか?」
その要請に卿爵は考えることもなく、すぐに頷いた。




