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02-4   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅳ(1/5)

 タラセドから帰ってきて4日が経過した。現在、祝霊歴1921年4月28日。予定では明後日には先方の都合が悪くない限りアルタイル領北東の町、アルミザンへ向かう予定。


 コンコン。一応のノック。多分まだ誰も居ない応接室。ここに来たのは来客がこれからあるからだ。現在、19時過ぎ。少なくとも、この世界では常識的に来客があるような時間ではないことは間違いない。それでも来るのは俺のせいでもある。忙しい俺のために居る時間を考慮しての遅い時間帯だろう。


「あれ?」


「退屈だから早めに来たの」


 返事を待たずに入室した俺に呆れながら、先に来ていたコトリンティータは隣の席を勧める。隣に無遠慮で腰掛けると、彼女から話し始めた。


「面接の調子はどう?」


「今のところ良いペース。多分、明日には余裕持って終わると思う」


 同じ工程を何度も繰り返しているのだから、流石に要領も覚えたというもの。今となってはかなり他所の密偵は少ないものの、確実に排除しつつ街の人口は増え続けている。


「良かった。問題無さそうね」


「まぁね。それにしても、随分早いじゃん? まだ来ていないと思って油断してたわ」


 来客とは当然コトリンティータのことではない。実は20時くらいに報告があるとかでクロムゲート家のメイドが面接中の俺のところへ来たわけで。配慮して貰っていることに感謝しつつ、待っていると返事したところ、コトリンティータにも同じく使いが行っていたらしい。まぁ、コトリンティータの方が家主なので当然とも言えるけれど。


「現状の細かい情報を共有しようと思って、整理が終わったら呼ぶつもりだったの。でも、思ったより早く来て、こっちがビックリしたくらいです」


「それなら食事時でも良かったのに」


「確かに時間の使い方的には有効かとは思いますけど、食事の時くらいは休憩して頂きたいと思うもの。タイガさんはただでさえ、聞き流しが多いのですから」


「……否定できんなぁ……すまん」


 彼女も元々年齢よりは大人びていたが、貴族の方々との交流により学び、随分と侯爵令嬢っぽく治政にも頼りがいがでてきた。いや、違うか……今では俺より詳しいまである。


 コトリンティータからの報告は真新しいものは何も無かった。というのも、俺は面接をしながらも、だいたいの事は把握している。噂話に戸は立てられない……とは言ったもので、故に情報の制限はある程度必要だと感じている。


「じゃあ、次は俺からの報告か? ……ん~、概ね掌握しているとは思うけれど、大きいのは昨日の話かな。同意の元、マユユンさんと従属契約の実験を行った」


 マユユン=ローレルハイドは、何者かの手によって死ぬ寸前の状態で森の中に捨てられていた。具体的には、毛髪を頭皮ごと剥がされ、他にも背中や腹部といったところの皮膚は剥がされていた。四肢は根元から切断され、眼球や歯は全て抜き取られていた。出血が酷く、生きていたのが奇跡とも思えるのだが、それも早期発見と素早い処置のおかげと言えなくもない。……ただ、俺との出会いがもう数日遅かったら亡くなっていたと思われる。それは彼女が平民で精霊術の治療を受けられない環境だったからだ。


 そんな彼女を助けて欲しいと懇願され、協力の約束と引き換えに精霊術による治療を行い一命は取り留めた状態である。少なくとも出血死の心配はない程度には回復している。


「最初は紋章を描くべき両手がないことや、呪文詠唱するのに歯がないため正しい発音ができないこと等心配していたんだが、無事に契約できた」


 とは言ったものの、できる確信があったことは言わずにおく。


 できると思った根拠として、まず四肢切断されて歯がないのにレベルの表示がされていること。そもそも契約できない相手にレベル表示はされないだろうから、可能なのだろうと。それに、契約を司る精霊王スターシアは俺の心を読もうとせずとも読んでいた。だから、口から出た音ではなく、心の声を聞いて術の承認をしている可能性もあった。


「具体的には腕の付け根の部分に紋章を描いて暗記させた呪文を詠唱させる。正しい発音には拘らず、心から願うことを重点に置いて詠唱して貰った結果、契約が成立した。多分、カナの足の時のように数日後には治っていると思う」


「ねぇ、カナリアリートの時は理解できるとして、彼女は完全に肉体欠損状態なんでしょ? 再生されるの?」


「理論上はね。やったことないから何とも言えないけれど、生まれつきの状態でない限り回復するはずだよ。……ただ、回復の行程はどうなるかわからないから、屋敷の空き部屋の1つを治療用として借りちゃったけれど……」


「そうね、仕方ないと思う。肉体が完全に再生するなんて知られたら、それを悪用しようとする人達が出現してもおかしくない」


 コトリンティータには悪いが……正直、今更とは思う。従属契約はある意味、全てを俺に差し出している。その対価として、あらゆる肉体欠損や、状態異常を回復してしまう。


「唯一、母親と一時的とはいえ、引き離してしまうことだけが申し訳ないとは思うんだよな」


 どんな情報も伝播する。できることは、その情報の伝播速度を遅くすることだけだった。


「その辺りは娘が健康で戻って来てくれるだけでも良しとして頂くしか……流石に実の娘をトラウマにしてしまうわけにはいきませんし」


 付き添いで彼女の世話をしてくれていたユミルマさんはマユユンさんの母である。残念ながら、自身の夫とマユユンさんの旦那は俺が姿を見る事もなく亡くなっていて、既に埋葬済みだという。増えたはずの家族を失った悲しみと、座敷牢に囚われている義理の息子の妹で娘の親友の彼女のことを思うと、唯一生き残った娘のマユユンさんを手離したくはないだろうが、それすら引き剥がしてしまうことに良心が結構痛い。


「まぁ、そうなんだけどね。それで、治療を開始したことを、昨日の夜に約束した当人に報告をしてきたよ」


 約束した当人というのが、マユユンさんの義理の妹で一応親友らしいマナティル=ティフノスである。親友だと称しているのは今のところマナティル側だけなので、仮にそうなのだろうという話である。


「どうでした?」


「感謝してくれたよ。一応ね……でも、彼女としてもまだ半信半疑なんじゃないかな? 普通、失った目や手足が生えてくるなんて信じられないでしょ?」


「……確かにそうですね」


 この世界であっても常識的に在り得ない精霊術である。確かに契約紋章術なんてほぼ廃れた術である。悪用しようと思えば、とても危険な術である。だからこそ、廃れたのであって風化すべくしてした術とも言える。


「だから、彼女との従属契約は、マユユンさんの治療が順調に進んでいることを確認した後になると思う。そうでないと、彼女も気持ちよく契約できないでしょ」


「本来ならタイガさんが命令すれば、彼女に断る権利なんて無いんですけどね」


 それだけ勇者であるという事実は権力的な意味で絶対的な強みである。だが、それを突き付けられる度に思うのが、無理矢理従えたとして、実力以上の力が発揮できるとは思えないんだよね。ゲーム的に言えば、積極性とか忠誠度とかね。


「そう言うなって。そんな訳で当面は面会謝絶。自身の身体を見てマユユンさんがショックを受けないように包帯で頭部をグルグル巻きにしている。誰も入らないように徹底して」


 もしも、再生途中を見られて……ホラーチックだったら変な噂が立つかもしれないからな。


「わかった。キクルミナ達も入らないように徹底した方がいいのよね」


「うん。正直、誰も見ない方が良い」


 まぁ、本当は同性が面倒を見た方が良いのだろうけれど……そこだけは勘弁して貰いたい。


「他に何かあった?」


「ん~、まぁ、大した内容ではないんだけど……今日の昼にさ、休憩がてら練兵場に様子を見に行ったんだ」


 主な理由は新人が怯んでいないかって心配になったからなんだけど。


「そう言えば居たね」


「声掛けても良かったんだけど、訓練の邪魔はしたくなかったから、遠目から見ていたよ」


 変に誰かに声掛けて、昼食を食べる時間を失うのも怖かったし。ただ、あの面接会場で食事をする気だけは起きないんだよ、マジで。


 あとは紋章術が販売されたことで、術を使った訓練も行われているかもと様子を見に来たのもあった。


「その時にアイナミスさんに声を掛けられて」


「何を話していたの?」


「アーキローズさんの容姿にビビってた」


「ビビってた?」


「あ~、驚いていたってこと」


 なるほど、ビビるも変換されないのね。


 コトリンティータ達の武術の師匠であるアーキローズ=G=ブレットンは現在42歳で、アストラガルドでは割と高齢扱いである。化粧品技術が未発達であり、スキンケアが難しく、俺からは年齢にしては老けた印象を感じている。しかし、今の彼女の容姿は20代後半といったところだろう。


「あはは。そうね……わたし達にとっては微妙な変化でも暫くぶりに見る人にとっては……」


 驚いた様子を想像でもしたのだろうか、彼女はおかしそうに笑っていた。


 話をしていたら、扉がノックされる。


「クロムゲート様がお見えになりました」


「通して下さい」


 扉越しのキクルミナさんの声にコトリンティータが答える。その後すぐに再びノック。


「お連れしました」


 そう聞こえたかと思うと返事をする前に扉が開かれる。そこには予想したリエララさんではなく、娘のナオリッサさんが入ってきた。


「こんばんは、夜分遅くにごめんなさいね」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


 忙しい俺達に気を使って夜間に来てくれた彼女を邪魔に思う訳がない。


「もう遅い時間なので用件だけ手短に話すわね。まず、アルミザン行きはわたしが行くことになりました。それと、コレ」


 そう言って、手紙を差し出す。差出人に心当たりはないが、中身を確認すると間違いなく密偵からの報告である。


「アルミザンは物資不足のようね。何かあったのでしょうか?」


「みたいですね。ナオリッサ様、農耕師ギルドや調理師ギルドに声を掛けて在庫の多い食料を支援用に用意するようにわたしの名前で伝えて貰えませんか?」


「承知しました」


 どうやら、アルミザンはアルミザンで色々問題が発生しているようだった。


 翌々日の30日。空が明るくなりかけたくらいの早朝から出発を控えて慌ただしく準備に追われていた。そんな中、眠そうなユーリボンが俺の元へと戻ってきた。


「大牙君、中庭、光ってるよ?」


「マジか……急いでるのに……」


 無視するわけにもいかんし……MPに余裕があるからと従属契約のために呼び出していたアイミュセルを待たせる形になるが、急いで中庭へと移動する。


「ほぇ? ……ここは??」


 光の柱は既に収まっていて、そこに立っていたのは懐かしい顔である魅娑姫だった。


「説明は後。ついて来い。……急いで俺と家族になるぞ」


 俺の一言に動揺している間に、騙し討ちのようで申し訳ないが急いで眷属契約を行った。

 読んで頂き、大変ありがとうございました!


 今回も私信になります。


 前回の投稿後にブックマークをして下さった方、ありがとうございました。筆者が確認できました3人目の読者様です。読んで貰えたことに感謝いっぱいでございます。


 これからも読者がいて下さるということを励みに書き続ける所存です。今後も精進して書いていきますので、引き続きご愛読よろしくお願いします!

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