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02-3   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅲ(5/5)

 屋内に戻ると、まだ見ていなかったメイドが部屋で待機していた。


「奥様、旦那様。食事の用意が整いました」


 ……ここは普通、屋敷の主であるシーゲルアッド卿爵を先に呼ぶと思うのだが、やはり実際はアイナミスさんが主なのだとメイドの様子から確信する。


「わかった。皆様をご案内してください。……丁度良いタイミングですので、このまま食事をしながら、続きを話しましょう。どうぞ、こちらです」


 シーゲルアッド卿爵が声を掛け、メイドの案内で食堂へと入る。


 食堂はかなり広く、やはり人を招くことを前提とした広さで24畳程度だろうか……これがこの世界の貴族のスタンダードな食堂の広さなのかもしれない。


 一番奥の中央はアイナミスさんが陣取る……ここは本来……いや、もう言うまい。で彼女から見て左前にはシーゲルアッド卿爵が座り、その横にアイミュセルさんが座る。俺はシーゲルアッド卿爵の向かいに案内され、その右隣にはコトリンティータが座った。その横にはユッキーナさん……これで全員だと思うのだが、まだ席と食器類が並べられている。


「改めて、どう思う?」


 アイナミスさんがアイミュセルさんに尋ねる。


「これまで真剣に相対して、お母様以外に負けたことがありませんでした。ですから、正直ショックではあります」


 僅差で負けたとか、運が悪かったってレベルではなく、完膚なきまでに負けたわけだから言い訳のしようもないだろう。


「コトリンティータ様はまだ15歳になられたばかりだと伺っています。まさか、ここまで実力差があるとは思いませんでした。先程の話から、タイガ様の力を身体で理解した次第です」


 少なくとも、そんな風には見えない彼女の鼻っ柱は折ったことになる。実は彼女の負けず嫌いなところは、言葉の端々から隠しきれていないのには気づいていた。


「……ですので、喜んでタイガ様のお力になります」


「……だそうだ。相手が同じ条件であれば負けることは滅多にない。タイガ様の盾として重宝することは保証しましょう」


 多分、素の状態では一番強いのではないか? とは、素人ながらデータ上では思っていた。


「そうですね。力になって頂けたなら、ありがたいです」


 ……あえて含みを持たす。


 そんな答え方をしたのには理由があるのだが、その矢先に食堂へ入ってくる人達がいた。


「紹介しましょう」


 そう言って、シーゲルアッド卿爵が立ち上がるものだから、慌てて俺達も立ち上がる。


「アイミュセルの弟に当たります、長兄のアロージュです」


「初めまして、アロージュ=L=エルネウストと申します」


 喋り方は父親譲りなのだが、どう見ても母親似の野性味溢れる息子さんだった。


「そして、こっちが私の妻で……」


「お初にお目に掛かります。第二夫人のモカオール=S=エルネウストと申します」


 この人はレベル持ち……でも、戦闘系には見えない。品の良い奥様である。


「モカオールの娘でエミリアと申します」


「ユーリンナです」


 シーゲルアッド卿爵が紹介する前に2人とも軽くお辞儀をして名乗る。武才に関してはアイミュセルさんよりは各段に劣りそうに思える。……それでも、素の俺がどうこうできるレベルではないだろうけども。


「……最後に、息子の妻だ」


「ハールカッテ=D=エルネウストと申します」


 ……この世界では夫が紹介するものじゃないのか? とは思うのだが、当人の反応がない。


「さて、全員揃ったし、食べよう。皆さんも遠慮せず食べてくれ」


 アイナミスがそう言うと、みんな座って食べ始める。


「どうだ? ウチの家族は? タイガ様にはどう見える?」


 この質問の意図はレベル持ちのことを指しているのだろうな。


「そうですね、資格はエルネウスト家の女性全員にあります。メイドの方も資格のある方が数名見受けられます」


 資格があったとしても、従者になるとは限らないけどな。


「ほぅ、それは面白いな」


 それを聞いたアイミュセルさんの持つスプーンがピタリと止まる。


「タイガ様がスカウトする10名の内、この中には何人いますか?」


「うーん……とりあえず2人。アイミュセルさんとエミリアさんだね」


「何の話ですか?」


 アイミュセルさんとの会話にエミリアさんが入ってこようとするが、アイミュセルさんがそれを止める。


「あとで、説明があると思うから……もう少し待って」


 そう言うと、エミリアさんはおとなしく引き下がる。多分おとなしい性格?


「……近隣の村へは、わたしが案内します。宜しいでしょうか?」


「助かります。一応、明日は遅くとも10時には出発したい。その前に村を巡りたいのですが……」


 気のせいか、少し怒っているような気がしなくもないが、彼女を怒らせる要素に覚えがない。


「構いませんよ。では今夜の内に使いを出しておきましょう」


 そう言うと、食事を終えた途端にシーゲルアッド卿爵はアロージュ君を連れて部屋を出る。


 男性2人だけが食堂から出ていったことに何か思惑があるのではないかと疑っていた。それと同時に、息子さん……アロージュ君は俺のことを詳しく知らされてはいないようだった。食事中は頻りにコトリンティータを気にしていたようだった。まぁ、強引に話しかけるような真似はしなかったけれど。


「さて、そろそろ良いか。事前に話していた通り、彼は勇者のタイガ様。噂についての真偽を確かめた結果、半分偽りだということが判った」


 さっき話した内容。女好きだから侍らしているという噂をしっかり否定してくれた。非力で女の後ろ隠れる弱い男と事実も添えて。


「アイミュセルが身をもって証明したことで、彼の力は凄く、完敗した。よって、結果論として中立的だった我々はタイガ様の加護の元、コトリンティータ様の下に入る。そこで、勇者の従者の資格あるものを探している」


 そう伝えると、先程のエミリアさんの表情がパツと明るくなる。


「従者になる、ならないは問わず、我々が協力することに変わりない。しかし、先程確認したところ、全員に従者資格があるという。……まぁ、いくつか問題があるらしいのだが……タイガ様、続きの説明頼む」


 アイナミスさんは苦笑しながら俺に話を引き継がせる。……まぁ、当然か。


「えーっと……敬語が苦手で、こっちの世界の礼儀に疎いので、気を付けますが失礼あったら申し訳ないです。実は多くの従者を募集していますが、直ぐに従者にできない状況です」


 説明してみるものの、リアクションは悪いだろうと想像していた。


「資格がある希望された方とは漏れなく従属契約を結びたいと思っていますが、どうしても優先順位が存在しますし、制限なく無尽蔵に従者を増やせるわけでもないんです」


「それで、先程話されていたスカウトですか?」


 話に割ってエミリアさんが尋ねる。


「そう。緊急で欲しいのは武術の心得のある方です。ですので、アイミュセルさんとエミリアさんは是非従者になって頂きたい。……それとは別に希望されるのであれば、是非一緒にリベルタスに来て頂いて、力を拝借したい。……ですが、問題もあります」


「問題……ですか?」


 そう聞き返すアイミュセルさんに、苦笑するアイナミスさん。それを横目に確認しつつ。


「1つは、従属契約を近日中に結ぶことができないこと。もう1つが契約を結ぶのには唇同士も合わせる必要があること。それを踏まえて、それでも俺の従者になっても良いと言う方を募集しています」


「そのぉ……タイガ様が宜しければ是非……」


 ニッコニコの笑顔で言うエミリアさんに対し、アイミュセルさんの無言の笑顔に圧を感じる。


「タイガ様。この通りエミリアが従者になりたがっています。ですが、先約はアイミュセル。それを忘れないで頂きたいね。ついでに、嫁に貰ってくれても構わないから」


「お、お母さん!」


 豪快に笑うアイナミスさんに恥ずかしがるアイミュセルさん。


 ……あっ、それが素の呼び方なんだろうな。まぁ、失礼ながら貴族的なマナーが似合う感じじゃないし。


 嬉し恥ずかしい感じで盛り上がる空気の中、隣を見る勇気は俺に無かった。




 夕食後、タラセドは夜間出歩いていても賑やかだという話で、外に出た。出た理由は、一緒に来た仲間の様子の確認と、レベル持ちのチェックのためである。


 無事、戦闘要員外のレベル持ちを数名スカウトしたのだが、夜間だというのに店がやっているのが驚きだった。明かりが付いていても害獣、害虫の被害がほぼ無い。それは冒険者が多く集まっていて、小遣い稼ぎで自警団と共に町を守っている連中が多いのだという。出現数そのものは多いが、それ以上に警備の人手が多く、夜間運営が成立しているというレアケースの町なのだという。


 ……24時間、何らかの店がやっている……懐かしい感覚でもある。


 翌日は各村を巡るため、日の昇る少し前から行動を開始した。……おかげで激しく眠い。でも、この時ばかりは流石に自業自得だと眠気に耐えることを義務としていた。何の言い訳も無いし。


「タイガ様、眠そうですね」


「すっかり夜更かししてしまいました。面目ない」


 自己管理が出来ていないことを素直に詫びる。しかし……。


「あの『メンボクナイ』って何ですか?」


 ……おぅ、最近調子良かった自動翻訳が翻訳できなかったか。


「あ~。申し訳ないって意味です。すみません」


「あっ、気になさらず。逆のパターンもきっとありますし」


 俺の一言で事情を察してくれたようだが、幸いなことに逆のパターンは存在しないんだよな。……っていうか、製造者がスターシアなら、『面目ない』くらい登録しておいてほしい。


 しかし、これは大袈裟な表現ではなく、本当にこんな集中力の欠けた状態で村々を巡れるのは全て、同行してくれている仲間達のおかげである。実際、今までと違って、害獣や害虫の遭遇数が多い。これなら確かに兵士を抜かれるのは困るはずだ。


「ありがとう。近隣に村はいくつある?」


「タラセドが管轄している村は9つですね。出てくる時が4時半くらいでしたから、移動時間込みで1つの村に避ける時間は30分くらいってところですかね」


「そうだね。急いで巡ることになるけれど、よろしく」


 隣を並走するアイミュセルさんに礼を言う。


「それにしても、皆さん強いですね。特にコトリンティータ様より強いと評されたキヨノア様と班長であるリョーラン様。他に数名がわたしより強いと思います」


 害虫駆除の戦闘で動きを見ていたアイミュセルさんの素直な感想だろう。


「これまでの経験から、若い子ほど俺の注ぐ力を満期まで蓄積するのが早いのです。逆に言うと、若い子程注がれる器が小さいということ。逆に年齢が高い方ほど注がれる器が大きいけれど、満期になるまで時間が掛かる……まぁ、そんな感じです」


 こんな感じで雑談をしながら村々を巡る。村から村への移動時間はラプダトールを限界速度まで走らせて平均10分くらい。村を治める騎士爵が村の女性達を効率良く見られるように集めて下れたおかげで最短の移動となった。


 意外なのは、リベルタスへの移住希望者が割と多かったこと。その一番の理由が幼い子供がいる家族が、子供を安心して育てられないというものだった。タラセドとは違って村は金がなく、警備に人員を割くことができないことが一番の要因らしい。……もちろん、他の理由で移住希望する者もいたけれど。


 男性達も拒否反応示すかと思いきや、嫁や娘が選ばれれば自分も主都移住確定とばかりに好意的? な人がいた。多分宝くじ感覚なのだろうなぁ……。




 タラセドを出発する予定時刻は遅くとも10時としていたが、残念ながら30分ほど遅れての出発となった。そのため、リベルタスへ到着したのは21時近くになっていた。やはり、幼い子供が多いことが原因なのだろう。ラプダトールが引く屋形に乗せていたとしても、思い通りには進まない。……それでも、個人的には上出来と言わざるを得ない。無茶させたと内心は思っている。


「おかえりなさい、タイガ君」


 出迎えにきたアーキローズを見て、アイナミスさんの動きが止まる。


「あの、まさか……アーキローズ様? ……その姿……マジか……」


「ようこそリベルタスへ」


 アーキローズの若返った姿を見た彼女が面食らった姿に俺も思わず笑ってしまった。

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