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01ー1   リベルタスを復興せよⅠ(4/5)

 この世界の常識がない俺は、ひたすらに本を読み続けた。幸い、読み尽くすのに数日では終わらない程の本がある。とはいえ、読書だけに何ヶ月も時間を掛けていたら、状況をより悪化させるだけだ。だから、必要そうな本をピックアップして、残りは読書以外も同時進行で読み進めるという方針で、最低限必要な知識をただ丁寧に詰め込む作業に没頭した。


 書斎に籠って2週間が経過した頃、まだ何もしていないのにマリアリスのレベルが2に上がっていることに気づいた。そこで俺はレベル上昇が戦闘とは無関係……むしろ、契約した後からの時間経過に関係するのではないかと推理した。その根拠としてコトリンティータは未契約なこと以外同じ状況なのに、まだレベル1のままだ。


「食事を持って来たのですが……何かありました?」


 時計を見ると18時を過ぎたところだった。毎日のようにコトリンティータが食べ物を書斎に運んできてくれた。この果物を何処から調達しているかは知らないが、おかげで読書に専念できていた。


「いや、何でもない。食べたら少し寝るけど、起きたら打ち合わせしたい。それと……」


 彼女に伝えるべきことを既に眠くて鈍っている脳を酷使して整理しながら言葉にする。


「俺と従属契約しよう」


「従属契約って確か、もう失われた古代紋章術ですよ? そんなの誰も使えませんから」


 同じ古代紋章術である異世界からの勇者召喚を行った人に言われたくない。


「まぁまぁ。できないと思うなら拒否する理由はないよね?」


「い、いいですよ! やりますけど……でも、どうやってやるんですか?」


 準備はほぼ眷属契約と一緒。違いがあるとすれば、掌に描く紋章が違うこと。もちろん、これも本来の従属契約とは違い、似たような改良をしてある。


「わたし、コトリンティータ=M=セレブタスは、タイガ=サゼの指し示す道を切り開く剣となることを対価に契約します」


 そう彼女に唱えさせ、唇同士を重ねることで契約の証を示した。光が収束するまで驚いて離れそうになる彼女を逃がさないように強引に続け、収束すると同時に彼女を解放した。


 ……あれ? 小さくならない?


 コトリンティータの身長は縮むことなく契約前と同じ容姿。それでも契約は成功していた。……ここまでが6日前の話。


 そう、もう6日も経っているのだが、コトリンティータの機嫌は直らない。機嫌を損ねた理由は当然ながら彼女と唇を重ねたからだ。かといって無視されることはないし、指示にも概ね従ってくれる。必要な報告もしてくれるし、世話もしてくれる。しかし、雑談が全く無くなった。……そう、彼女は約束を守ってくれている。「何でもする」と。


 コトリンティータとは書斎に引き籠っていた2週間で友好な関係をそれなりに築けていたと思う。しかし、この件で木っ端微塵になった。俺得でしかない契約方法も、何でもすると言った手前、文句も言えない彼女からすれば最悪だっただろう。


 その一方、マリアリスは騙し討ちの契約に対し怒っていると思ったが、本人曰く「恋愛もせずに妻はないデシよね、さすがに」だそうで。結婚を視野に入れた恋人契約と解釈。従来は俺が彼女の眷属になる仕様を主従逆になるように変更した点は問題ないようだ。


 そして、その時の打ち合わせの結果、復興の拠点として行政の中心となるセレブタス邸から最も近い食料生産地を最初に復興させることになった。そこで、普段彼女が食料を調達しているという果樹園へ向かっている。その際に何度も声をかけてみたが未だ雑談に応じる気配はなく、黙々と先を歩いている。なお、当然のようにマリアリスは留守番を自らしている。彼女曰く、本が読みたいそうで、今はこの世界の文字を学習しつつ、翻訳を頑張っているようだ。


「ここです」


 そこは放棄された果樹園の1つ。雑草が生え、手入れが暫く入っていない。何らかの木は植わっているが、実は生っておらず、とても食料を調達できるようには見えなかった。


「手入れすれば使えそうではあるけど、食料調達できるようになるには時間かかりそうだな」


 この領内での主食は果物らしく、俺はこの世界に来てから果物しか食べていない。しかし、腹を膨らませるには充分な量を毎日食べさせて貰っている。


「いえ、最近食べている食料は、ここから調達しています」


 彼女が木の近くに行く。木に触れ、少しすると明らかに不自然な速度で実を付けた。


「ビックリした。これが巫術ってやつか」


「えぇ、そうです。でも、どうしてわかったんですか?」


「いや、だって緑色のクリオネ……じゃなかった。精霊が1人? ……単位はわからないけど、場所を厭わず、ずっとコトリンと一緒にいるし。だから、巫術士なんだなって」


「見えるんですか!?」


 今度は彼女が驚く。俺が驚いた時より明らかに驚いているように思えた。


「見えるも何も、そこら中にいろんな色の精霊が沢山いるじゃん。そんなことより、緊急事態だから今は仕方ないとしても、この手段はあまり良くない。なるべく早く辞めないと」


 そう言うと、それまでコトリンティータの傍にいた緑色の精霊は俺の傍に寄って来て、その様子をジッと彼女が見ている。何かあるのかと警戒していたが、何も起きない。


「もしかして、声は聞こえていない?」


 どうやら、精霊は何かを訴えていたようだが、見えるだけで何も聞こえない。リアクションをしない俺を見て、彼女は声が聞こえていないのだと判断したようだ。


「何か言ってたの?」


「はい。……タイガさんの指摘は正解です。無理を続けると、その木は枯れてしまうそうです」


「やっぱりな」


 とは言ったものの、俺だって詳しいわけではない。だが、それこそうろ覚えで、植物にも寿命があり、実を付けられる回数にも上限があるようなことを聞いた憶えがあっただけ。その真偽も確かめたわけでもないし、今となっては調べる術もない。でも、反応を見る限り、ここでは正解だったようだ。


「さて、現状は実を取れる程育てられている植物はない。精霊に力を借りて実を収穫していると、いずれ取れなくなる。……コトリンはどうするのが最善だと思う?」


 俺が答えを言うのは簡単で最短だとは思うけれど、考える手順だけを示唆して、自分で答えを見つけることが成長に寄与するはず。


「……正直、手詰まりとしか思えません……」


 それは、期待していた台詞とは真逆の答えだった。


「何故?」


「わたしは農業に関しては何もわかりません。ならば、わかる人……専門家に頼むのが一番だと思います。でも、もう街に居ません。他所の街から引っ張ってくるにも、報酬を用意できません。進んで貧しい街に来てくれるとも思えません。何より、街の外は危険すぎます」


 ちなみに期待したのは「人手が足りない」だったんだけどね。


「なるほど。じゃあ、街に専門家が居ないという根拠は?」


「もし、現役農家がいるのでしたら、実の成っている果樹園や畑があるでしょ」


 確かに現役はいないだろうなぁ。だって儲けが出ないんだから。


「わかった。では、今のところの計画では農園復活は無理ということだね。なら、何ができる?」


「え?」


 俺のこの問いが意外だったのか、不思議そうにこちらを見ている。


「だって、食料確保が最重要なんですよね?」


「そうだよ。でも、無理なんだろ?」


「そうですけど……」


 その顔には「アイデアくれよ!」と書かれている気がする。気づいていたとしても、今は解決案よりも、彼女自身、何ができるのかを考えることが大事。……別に正解を求めているわけでなく、アイデアを出すことが大事なんだけれど……。


「今の内、別の木を見つけておくとか?」


「見つけても、育て方がわからないんだろ?」


「だから、精霊術で……」


 よほど思いつかなかったんだろうな。


「いや、それはダメにするから……」


「ダメになったら、また別の木を探せば良いじゃないですか?」


 まぁ、正解を期待していたわけではないが……ひどいなぁ。いや、わからないと言っている彼女に無理やり答えさせている俺が悪いのか?


「この方法で、街の食糧事情を救う感じ?」


「え?」


 俺の問いに明らかに狼狽えていた。


「いや、だってリベルタスの復興が目的でしょ? なら、自分達の食糧事情ではなくて、街に住む人々の問題を解決するつもりでの対策でしょ?」


「……」


 その少し意地悪な問いに彼女の表情に少しばかり怒りの色が滲んでいた。


「じゃあ、問題点を整理しよう。話し合った結果、一番の問題は食料。これはお互い一致した結論だった。だから現在の食料調達事情を共有した。それにより、今のままだと時間の問題で食料は無くなることが確定。今指摘しているのは、俺達2人であれば時間は稼げるかもしれない。が、リベルタスの住民を救うとなると限界は寸前。ここまでは異議ない?」


 ムスッとした表情ではあるが、コトリンティータは頷く。


「ただ、コトリンティータはこれらの解決方法に心当たりがない。……だよね?」


「そうです。事実、無いでしょう?」


「……そうでもない」


 巫術を使って実の収穫をしていたことは知らなかったが、初めて街の様子を見た時から食料事情が危険なことは察していた。一部ではあるが、食料生産に関する本を読み、足りない知識は経験から予測して、可能ではないかと思われる推論は組んでいた。……もちろん、これにも絶対という保証はない。けれど、何もないよりはマシというものだ。


「どちらにせよ、食料は可能な限り確保しなくてはならない。だから、今、枯れかけ……辛うじて生き延びられそうな、その木をこの果樹園に移動させる。そして世話を始める。現状は食料を生産できる状態じゃないから何本か木を犠牲にせざるをえないが、なるべく最小限で済むように、生産量を増やす」


「さっきも言いましたけど、ノウハウがないですし、木を移し替えるために運ぶのだって、大変です。1人でできる作業じゃないんですよ?」


 そう、そこがポイントなんだよね。


「そもそも、何故1人でやることが前提なんだ?」


「それはもう、人が居ないから……」


 実はこれまで俺は街で直接住人を目視したことがない。多分彼女もそうなのだろう。


「居るよ。今はもっと減っているかもしれないが、少なくとも40人は確認している」


「え? いつの間に? どうやって調べたのですか??」


 明らかに動揺しているのが見て取れた。……実際は俺でなくマリアリスに調査して貰っていたのだが、アイツの存在はまだ秘密にしておきたい。


「はぁ? これくらいのこと調査するに決まっているだろ? コトリンの全てを貰ったんだ。それで、復興できなきゃ詐欺だろう」


 そう言って、俺は果樹園の出口へと向かう。


「これから住人全員にあたって希望してくれる労働者を集める。従わせても意味がないし、自分達の街に誇りを持ってほしいから。一緒に来る?」


「いえ。わたしはその後に起こりえる対処法を探しに行きます。ですので、どうぞ先に行って下さい」


 振り向いて尋ねてみたが、彼女は俺に背を向けてそう答えた


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