02-3 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅲ(4/5)
アイナミスさんが庭へ出て、それにアイミュセルさんも続く。俺達も彼女達に続いて庭に出るが、かなり広いことに想定内ではあっても感心してしまう。地面は土が露わになっているが、石は避けてあって、木で敷地を囲っているようだ。庭師が手入れしているのだろう……綺麗に刈られた木々は壁ように葉が外を遮っていた。芝が張っていないのは、日頃から鍛錬の場として使っているからだろう……日本だったら、かなりの田舎に行かないと税金が半端ない。
アイナミスさんは適当な木刀を数本コトリンティータに見せる。
「好きなのを選びな?」
「はい。それじゃあ……」
木刀を見比べて、一番長いモノを選ぶ。
「これ、お借りします」
どうやら、アイミュセルさんは自分専用の木刀があるようだ。とはいえ、それでもコトリンティータの方が圧倒的に強いだろう。
「ルールは簡単。これから林檎を頭上と左胸に付ける。自分の林檎を全て落とされる前に相手の林檎を全て落とせば勝ち。これならコトリンティータ様も怪我させないし、実力を測るのにも充分というもの」
と、アイナミスさんが説明する。その言い方からアイミュセルさんが勝つと思っているのだろう。
「わかりました」
コトリンティータが答えると、屋敷のメイド達が2人に林檎を取り付け始める。林檎はテニスボールサイズのかなり小振りで、1つ持たせて貰ったが、かなり軽い……スカスカの林檎……かなり不味いかもしれない。いや、世界が違うのだから食用ではないのかもしれないし、そもそも林檎の味が違うかもしれない。
頭にどう固定するのかと思ったら鉢巻状の布に林檎を取り付け、林檎が頭頂部に来るよう頭に巻くことで林檎を付けていた。髪の長い彼女達だからこそ、しっかり固定できる結び方だと思う。長時間は持たないだろうけど、勝負の間くらいなら持つのだろう。そして、胸に付ける林檎は革鎧に直接付ける感じのようだが……いや、これ以上の観察はセクハラかもしれん。そもそもセクハラの概念がない世界という疑いもあるけど。
2人に準備をしていたメイド達が離れるのを確認。
「準備は良いか? それでは……始め!!」
アイナミスさんの開始の合図。その瞬間、アイミュセルさんの頭上の林檎が消えた。その数秒後に彼女から離れた場所に林檎が落ちて勢いよく転がっていく。それを見たエルネウスト夫妻とユッキーナさんが一瞬驚く。
「!! ……早いな」
「わたしも初めて見たのですが、まさかここまでとは……」
アイナミスさんの感想にユッキーナさんも同意する。まぁ、初見ならば驚くかもしれない。そもそも彼女が普段から振るうソニアブレードは鞭状の形状に変形することもあり、かなり重い。それを軽々と振り回しているのだから、木刀であれば神速になることは予想できていた。
しかし、アイミュセルさんは一瞬驚くものの怯んでいる様子はない。今度はアイミュセルから仕掛け、頭上の林檎を狙うが、彼女の木刀は林檎に当たらない。
コトリンティータは受けることなくアイミュセルさんの連撃を避けていた。彼女には余裕があり無駄な動きが一切無く、最小限の動きで躱している。動きを完全に見切っているのだろう。冷静に相手の太刀筋を見ている……と素人ながらに見えた。太刀筋、見えていないけどね!
それに比べるとアイミュセルさん方は明らかに焦っている。必死に木刀を振っているが、一切受けられることすらなく、かすりもしない。
ただ、アイミュセルさんもかなりの使い手なのだろう。コトリンティータをどんどん後退させていく。それは横に逃げるだけでは間に合わないと言っている……多分。それとも余裕があるから相手の実力を計っているのか。
「はっ!」
気合と共に放たれた一閃はブンッと音が聞こえるほどの剣圧。しかし、彼女に触れることはない。大振りのそれを見て、コトリンティータは移動し位置を入れかえる。
アイミュセルさんの動揺が見てとれるほどに大きくなったタイミングで、コトリンティータから動く。恐らく終わりにするためだろう。実力差を明らかに示すことができたと判断したに違いない。苦し紛れに放ったアイミュセルさんの一閃が大きく空を切った瞬間、彼女の胸の林檎が一瞬にして消えた。そして、数秒遅れで林檎が地面に落ちて、勢いよく転がった。
「そこまで」
アイナミスさんの鋭い声。その瞬間アイミュセルさんはハッとしたかのように構えていた木刀を下ろし、それを見てコトリンティータも木刀を下ろした。
「ありがとうございました」
コトリンティータが頭を下げる。そう言われて遅れながらも、
「こちらこそ、ありがとうございました」
アイミュセルさんも頭を下げる。だが、明らかに彼女は動揺しているように見えた。もちろん、俺の気のせいである可能性は充分にあるのだが。
コトリンティータはアイナミスさんの元へと向かい、木刀を差し出す。
「アイナミス様。これで問題ありませんね?」
「そうだな」
アイナミスさんが木刀を受け取ろうとする。
「待って。……待ってください。もう1回……もう1度だけチャンスを……」
「見苦しい。殺し合いに『もう1回』は存在しない。お前が一番わかっているはずだ」
多分、何度やっても結果は変わらない。それほどに実力差はあった。そして、素人である俺ですらそう思うのだから、心得のあるアイナミスさんは差を理解しているはずだ。
「……」
「我々はコトリンティータ様……それと、彼女に力を授けたタイガ様に従おう。……しかし、ここまでお強いとは思わなかった。正直、あたしでも勝てるかどうか……」
そう話すアイナミスさんは謙遜のつもりかもしれない。けれど、ここはハッキリさせておくべきだろう。彼女達が強さを重視するのであれば、尚の事……。
「実は、これでもコトリンは剣術しか見せていない。精霊術を合わせるならば、現在従者の中で1、2番目の強さを誇ります」
その剣術すら、手加減しているのが現状だ。ちなみに精霊術と言ったのは、彼女が巫術士であるかどうかを告げるのは、彼女の判断だと思ったからだ。仲間とはいえ、他人の素性をベラベラと喋るのは品が無いというもの。
「正直、アイナでも無理ね。コトリンティータ様はタイガ様の恩恵を賜って英雄クラスの実力を有していますから」
ユッキーナさんの発言に思わず彼女の方を見てしまったが、考えてみれば従属契約の情報は漏れているものだと考えておいて良いのかもしれない。
「タイガ様の恩恵……ねぇ」
そう言って、ようやくコトリンティータから木刀を受け取る。
「コトリンティータ様は、どう思う? タイガ様の恩恵と思うか? それとも鍛錬の成果か?」
「鍛錬の成果……と言えれば良かったのですが、アーキローズ様に稽古をつけて貰うまで、怠っていました。ですので、この実力は彼の恩恵で間違いありません」
努力で何とかなる力量ではないと思うんだけどな。
「なるほど。そういうことか……ならば事実として受け止めなければいけないんだろうな。まぁ、そういうことだ。アイル、諦めろ」
「何を?」
思わず反射的にアイナミスさんに尋ねる。そして直ぐに言葉使いがラフ過ぎたかと様子を見たが、彼女は全く気にしている風には見えなかった。……一応、気にしない人とは聞いていたが、礼儀的なモノを多少は気にしないといけないと思っていたんだけど……。
「元々、コトリンティータ様との立ち合いはアイルが希望したもの。コイツは自分が勝ったら、ここに残ると宣言していたんだ」
それが負けたことで俺達に協力するようにと念押ししたわけか。
「元々はタイガ様の力の秘密と引き換えに最初から協力する気だったんだ。……タイガ様の要求する内容は把握していたからね」
そう言って、アイナミスさんはアイミュセルさんの方をチラリと見た。
「……正直、タイガ様達がこちらへ来ないことを祈っておりました」
話を継いで、アイミュセルさんはそう切り出した。
「タイガ様は気づいているとは思いますが、タラセド周辺は治安が悪いんです。なので、有能な兵士を連れて行かれるとタラセド内すら治安が悪くなる可能性があるのです」
「だから自分が残ると?」
俺がそう尋ねると彼女は頷く。
「なるほど、勘違いしていることはよくわかった」
「勘違い?」
「俺達は兵を徴収しようとしているわけじゃない。改めて統制下に入って貰うだけ。要は確認作業。基本的な防衛力を落とすような真似をするつもりはないし、今までもしていない」
確かに私兵をスカウトしているわけだから、普通に考えて現役を誘っていると思うよな。
「……でも、オカブでは……」
なるほど、そういうことか。
「確かにオカブでは思いの外多くの人がリベルタスへ向かってくれることになったけど、現役で仕事をしている衛兵からは人を抜いていない」
「そうでしたか」
ちなみに想定より多くの人がリベルタスへの移住を希望した理由は、若い女性とその関係者がマグルーシュ卿爵を嫌って逃げるためである。最初は角が立たないように俺にスカウトされるのを期待したらしいが、思ったよりスカウトする人数が少ないと察すると若い女性達が率先して自分を売り込みに来た。……それだけ、マグルーシュ卿爵と息子の女性への扱いは酷いということだ。
スカウト対象でないと理解すると、今度は移住を希望した。結果、俺達がリベルタスへ帰る際に多くの人が移住を希望してしまったというわけである。
「俺が直接引き抜いているのは、約10名だけ。さっきも言った通り現役の兵士は含まれていない。あとは兵士ではない別の素質のある人物がいれば誘うくらい。他に立候補者がいれば、素質なくとも問題なければ許可しているくらいかな」
「あの……その素質というのは、どのようなモノなのですか?」
「タイガ様の勇者としての能力で見極めると言っていたな?」
アイミュセルの疑問にアイナミスさんも続く。まぁ、当然の質問か。
「そうです。……何とも説明しにくいのですが、目視で俺の力を蓄積できる体質かを見極めることができるんです。これまでの統計から、共通するのは女性であることくらいなんですよ」
そう答えるとアイミュセルは俯いてしまって、何も言わなくなってしまった。
「しかし、そんなこと考えていたのか? あたしはてっきり、自分より弱い男に従うのが嫌なだけかと思っていたんだが……?」
アイナミスの一言にアイミュセルの身体がビクッと震えた。……何とわかりやすい。
「タイガ様はわたしより強いですよ。……強さの方向が武術ではないだけです。そこまで馬鹿ではありません! ですが……そう考えていたのは認めます」
それでコトリンティータと戦うことを希望したってわけか。
「……とりあえず、続きは中に戻って話そう。アイルも入れ」
「はい」
庭での立ち話を終わらせ、屋敷の中へと戻っていく。とりあえず、想定外の試合は無事に終わった。事故なく終わったことに内心ホッとしつつ、みんなの後を追って中に入った。




