02-3 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅲ(3/5)
「長々と悪かった。どうしてもケジメとして先に謝っておきたかったんだ。さぁ、本題に入ろうか」
そう言うと、アイナミスさんはシーゲルアッド卿爵に目配せする。その貫禄、本当にアイナミスさんが主のように見えるんだよな。
「ありがとうございます。それでは……」
コトリンティータが本題を切り出そうとするところをアイナミスさんが手で制す。
「まずはマユマリン様に関してですね」
やっぱり、卿爵達は俺達の目的を完璧に掌握しているようだ。これまで感知できなかったということは、俺達に敵意を向けるタイプの密偵ではなかったということ。
「恐れ入ります」
そう言って、コトリンティータが軽く頭を下げる。
「先程話した通り。間違いなくタラセドには来てはいません。王都へと向かうのであれば、タラセドは状況的に避けられなかった道でしょう……よって、タラセドに入る前に何かあったということになるのですが、我々は行方を掌握しておりません」
と、ここで会話が止まる。アイナミスさんは申し訳なさそうにしているが、卿爵達が動けない理由も察することができるわけで。
「貴重な情報をありがとうございます」
「本当は居場所を突き止めたかったのですが……次にギルド制についてです」
ここまで筒抜けだと苦笑いしかでない。俺がやってきた情報漏洩対策とは? ……と考えてしまう。やらないよりはマシだったと思うしかないだろう。
「正直、とても素晴らしいシステムだと思っています。実はその制度を知った際には驚きました。ただ、問題も多いかと考えています」
「問題?」
そう尋ねたが、既に欠陥には気づいている。しかし、どんなシステムにも問題はあるというもの。それが重大であるならば、改正すれば良いこと。ただ、どのレベルの問題を発見したのか興味はあった。
「ギルドは各商品の買取り販売を担っている。その目的は街で働く労働者の生産品を買い取り、街の外から来た人に売ることで利益を得る。そうすることで街を豊かにする制度だと理解しています。ですが、逆にアルタイル領外から品を持ち込んだ人がギルドで売却すれば、結果としてお金が外へ持ち出されることになる」
「そうですね。それが可能であれば」
……まぁ、当然の話。これを問題と捉えているなら、見当違いだ。
「なるほど。つまり既に手をうたれていると?」
そう尋ねられると、コトリンティータはこちらを見る。……交代の合図である。
「まぁ、手を打っているというか……予め想定していた必要事項ですから」
コトリンティータの後を継いで会話に入る。理由は簡単。彼女ではギルドの仕組みを詳細まで語ることができないからだ。彼女が全く知らないなんてことはないのだが、より詳しい人が傍にいるのだから、そっちが話すべきという正論を言われたことで引き受けることになった。
「必要事項ですか……」
もしかしたら、シーゲルアッド卿爵はギルド運営をお金の回収システムだと思ったのかもしれない。……一方的に巻き上げるだけなら税金で充分なのだよ。
「アルタイル領としては、領内で生産数が少ない品が入ってくることは歓迎です。そもそも、こちらの目的は利用者であれば遅かれ早かれ気づかれます。自分達だけの利益を考えていれば、他も同じことをします。そうなってしまった後ではもう外からお金は入ってこないでしょう」
地球で暮らす人なら当たり前の考え方だとは思う。自分の利益しか考えない人は、それ以外を敵に回してしまう。敵を無くすには全員の利益を考える。……ただし、それは非現実的だから、可能な限りの人を……となるわけだ。
「とはいえ財力さえあれば、狙ったようにお金を抜き、アルタイル領を金欠にすることも可能……と考える輩もいるかもしれません。そこで、買取りに制限を掛けます」
「具体的には?」
「アルタイル領内の人達にはギルド登録証を発行し、それを提示することでギルドに買取りをして貰うことが可能となります。つまり、アルタイル領民は無条件で貴族の保証の元、品を買い取って貰えるわけです。ですが、登録証の無い人物はギルド内に在庫が沢山ある物に対して、買取り拒否します。売りたいならば、ギルドで扱っていて在庫の無い品を持ってくるしか無いわけです」
「なるほど」
シーゲルアッド卿爵は少し考えると、首を傾げる。
「その制度は買取りに制限を掛けるためと言っていましたが、販売はどうでしょう? もしかしたら、在庫を買い取って転売するかもしれない。そうなると、アルタイル領が慢性的な品不足になるのでは……?」
「それも杞憂ですよ。値段は在庫量によって変動します。当然在庫が少ないモノは値段が上がります。そして、買取り額も上がる。そうなると領内で生産できる品は買取りを希望する領民が増えるでしょう。ですが、ギルド登録証のない領外の人は買取りを依頼できない。よって、利益を出すならば、アルタイル領で購入したものを他所の領で販売しなければならない。……まぁ、それならばアルタイル領に損失がでるわけでないので、問題ありません」
すると、シーゲルアッド卿爵は頷く。
「確かに良い制度ですね」
「あとは細かいギルド登録証の悪用方法などはありますが、それは予め禁じ、取り締まりの対象とすれば、悪用する人間はいないでしょう」
販売は領内生産品をメインにし、買取りは領民優先にすれば良いだけの話。領民のための制度なのだから、そこは差別化しないと意味がないだろう。
「それとタイガ様の私兵スカウトに関してなのだが……あたしから聞きたいことがある」
代わってアイナミスさんが次の話題を提示する。
「何でしょう?」
……ここまで、こちらからの質問はしていない。ペースは完全に相手に握られている。だが、その程度で怯むわけにはいかない。
「これまでタイガ様はあらゆる村で人材をスカウトしている。主に騎士爵の娘……まぁ、それは噂から理解できなくもないが……そうではない平民もスカウトしている。一方、現役の兵士は一切興味を示さない。それは何故だ?」
「それは……って、噂?」
そう聞き返した瞬間、アイナミスさんは俺から視線を外し、シーゲルアッド卿爵も大きくため息を吐く。
「まぁ、言っちまったものは仕方ない。あたし達が掴んでいるタイガ様の噂とは、『女好きの軟弱男』とか『女の背後に隠れる卑怯者』とか……どうやら敵も多いようだな」
「あはは。まぁ、完全には否定できん」
敵はかなり作った自覚がある。特に元々リベルタスで暮らしていた人々には恨まれているに違いない。……だが、その判断は後悔していない。それに……9割事実である。
「しかし、リベルタスの復興や他の町に対しての手際を見る限り無能とも思えない……むしろ、政策運営に関しては天才的と言っても過言ではない」
「それは、俺が凄いのではなく、リベルタスに残った住民が優秀だったんだ」
俺の知識なんてラノベやゲームなど、全てとは言わないが、ほぼフィクション。信憑性が皆無なモノだ。ただ、そんなアイデアに対し、街で暮らす人々が実現できるものに修正してくれている。つまり、優秀なのは住民である。
「話を戻します。俺の私兵は漏れなく従者です。確かに今日一緒に来ている連中は従者……もしくは従者資格を持ちます。ですが、スカウトするにしても資格保有者が全員従者になることを希望するわけではないし、仮に適正がある人が希望してくれたとしても、直ぐに従者にするというのも無理なんですよ」
「ん? つまり、タイガ様が集めているのは従者資格保有者ということか?」
「そうです。従属契約を結ぶことができる人材です」
「従属契約……もちろん、聞いている。ただ、どういったものかは知らん。でも、ユッキーナを見て興味が沸いた。どういったモノなんだ?」
逆にいえば、ユッキーナさんを見るまでは興味が無かったと言っている。さて、どうして急に興味が湧いたのか?
「俺の従者が女性しかいない理由。それは契約には唇同士を合わせなければならないんです。だから、男は無理。……俺にそんな趣味は無いんで」
「ほぅ?」
露骨な関心を示しつつ、何故かアイナミスさんが含みのある微笑を浮かべる。……あれ? 俺って男を好きになりそうな要素あったか? いや、違うところに興味を示したのか?
「女性でも、俺と唇同士を重ねることに抵抗がある人は従者にしない。仮に資格がある人であったとしても」
「そんなもん、勇者権限で命じれば良いだけじゃないか」
……おおう、キスって、この世界だとそんな価値観なんですか?
今度はつまらない事にこだわると言わんばかりに呆れる彼女を理解できなかった。いや、もしかして何か思惑があるとか? ……まさかね。
「いや、無理強いはしない。従者になりたい人だけが従者になれば良い。命令で従者になったとしても、本人の力を完全に引き出せるとは思えないし。……っと、そうか。従者になると得られるモノか。えーっと、霊獣と戦えるほどの身体能力。もちろん、なったら直ぐというわけではなく、少しずつ力を注いで身体に力が満たされた後ということになるけど。あとは、超回復力。身体の欠損や傷や障害や病気など、生まれつきの持病ではない限り回復する。もちろん、メリットだけでなく副作用として身体が縮んだり、俺の強制命令に逆らえなかったりする。だけど、強制命令は原則使うつもりはないんですよ。それこそ、勇者権限を使わないことと理由は一緒です」
多分、俺がその強制命令を使うのだとしたら、それはきっと、従者の無茶を止める時だろう。
「なるほどな。タイガ様はこの世界では非力。その代わり従者に力を分けることができる。よって女性に身体を張らせて、自分は後ろに居ると……噂を流した奴はかなりタイガ様を嫌っているようだな。悪意と嫉妬が見てとれるわ」
そう言ってアイナミスさんは面白そうに笑う。
「でも、そうなると……これまでの兵士にも女はいただろう? 何故スカウトしなかった?」
「確かにいましたが、資格が無かったんですよ。なので、誘いませんでした。もちろん、その方が希望していればリベルタスに来たかもしれない。でも、俺の従者になることは絶対にないんですよ」
「それは面倒だな。……マスミル、アイルを呼んでくれ」
彼女の声に応え、メイドの女性が頭を下げると部屋を退室する。
「そうなると、基準がますますわからんな……どうやって見極めている?」
「それは、俺の目です。勇者としての能力で見極めます」
……本当に能力が目という設定にしておいて良かったと思う。
「それは困ったな。これは時間がいくらあっても足りん」
きっと、アイナミスさんはもっと簡単に適当な人材を宛がうつもりだったのかもしれない。
コンコン。
「おっ、入ってきな」
「失礼します」
ノックの音の後に扉の向こうから聞こえてきたのは可愛らしい声。そして入ってきたのは少女だった。とはいえ、誰なのかは推測できていた。
「タイガ様に紹介しよう。わたしの娘だ」
やっぱり……。しかし、威圧的なアイナミスさんに対し、娘と紹介された彼女は随分と似ていないと感じた。多分父方の血統なのだろう。
「お初にお目にかかります。アイミュセル=L=エルネウストと申します」
腰まである長く淡い金髪が腰まであるのは、この世界の貴族女性であればよく見ているのだが、髪で顔の左半分が隠れているのが印象的だった。ただ、見えている右半分は穏やかで優しそうな印象で美人なのは見てわかった。ただ、ゆったりとした服の隙間から見えている肌には切り傷があり、見えない部分にも沢山あるのは想像がついた。
そして、頭上にはしっかりと名前の後ろに『Lv1』と表示されている。
俺も自己紹介し終えると、コトリンティータとユッキーナさんにも挨拶をした。2人とも既に面識があると聞いていた。
「さて、アイルを呼んだのは他でもない。我々が統制下に入るかどうかを決めるため、アイルと戦って貰おうと思う。……どうする、コトリンティータ様?」
「勝てば入って頂けるという認識で宜しいですか?」
アイナミスさんの言葉は解り易いくらいにコトリンティータを試している。本人もそれを承知で言質をとろうとしている……くらいは俺にでもわかった。
「あはは。そうだな……勝てたらな。じゃあ、そこから庭に出ようか」
そう言って彼女は再び立ち上がるとガラスの扉を開く。多分縁はアルミじゃなくて鉄……だと思う。アルミニウム、この世界にあるんかな?




