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02-3   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅲ(1/5)

 リベルタスに帰ってきたが、寝室にある椅子に座って一息吐くまで、少々時間が掛かってしまった。……おかげで、体力の限界が近いのを自分でも感じる。もう全てを投げ出して寝たい気持ちもあるが、そういうわけにもいかなかった。


「おかえりなさい、タイガさん。面接お疲れ様でした」


 ノックの後、留守番をしていたホノファが帰ってきたことに気づいて目の前に居る。これ状態こそ寝ることを許されない理由である。


「ただいま。今回も本気で疲れた」


 帰ってきて直ぐに休めなかった理由はマグルーシュ卿爵家の方々と直接スカウトした武術を学んでいた騎士爵令嬢方だけでも即面接して、必要事項を伝達後に移住許可を出すためだ。こちらから招いておいて、粗末に扱う真似はコトリンティータの代行として許されない。


「本来なら早く休んで頂きたいのですが……」


 そう言って、彼女は2枚の封書を差し出してきた。


「タラセドとアルミザンから届きました」


「ありがとう。あとで目を通すよ。夜遅くにありがとう」


 中身は見なくても判る。各町の調査報告だ。そして、今頃手紙を出した本人の方には訪れることを了承する返事が届いているはずだ。


「……畏まりました。それでは、おやすみなさいませ」


 そう言って、ホノファが退室する。足音が遠ざかるのを確認して、俺は体力の限界を感じ、そのまま布団にダイブする。……行儀悪いことは自覚しているが、本当に一瞬で意識を失ってしまった。


 翌朝の祝霊歴1921年4月18日。今回も1000人くらいの面接をすることになるのだが、前回のペースから察して準備に5日ってところだろう。1日約200人……いくら簡略化するとはいえ、前回もそうだが地獄である。


 昨夜受け取った報告書は朝の内に目を通し、食事時に相談した結果、タラセドへ先に向かうことを決断した。理由はアルタイル領の少ない霊石の供給源を確保するためである。


 町も残すところ2つ。それ以降は伯爵が治める街になる。どんどん犯人へと近づいている。大規模戦闘もそろそろ覚悟しなければならない。霊石もだが、装備も充実させたいところ。


 兵士に関しては現在、従属契約者は45人。人ではないがマウッチュを含めると46人。もちろん、全員が戦闘要員ではないが、これだけ居ると毎晩誰かしらにコストを支払い続けることになっていて、最近は毎日が怠い。まぁ、1日に2人と契約した時に比べれば、たいしたことではないのだが。そして現状では領内を制圧するのに、まだまだ戦闘要員は足りていない。これくらいの怠さには慣れていかないと……。


 日中は面接を続け、日没と共に施療院へと顔を出す。


「こんばんは、チャキアラさん。様子を見に来たのですが、どうでしょう?」


「タイガ様。……まだ、何とも……」


 そう言って、彼女は奥にあるベッドへ視線を向ける。


 彼女の名はマユユンという16歳の少女だ。彼女の母親からそう教わり、そして、彼女にもレベル表示がある。……1度見たとはいえ、直視が厳しいくらいに惨い……。現実にそんなことをする人がいるとは思えないくらいの残虐的な暴行跡だった。


 俺が初めて見た時は、あまりの状態に直視することが可哀想で視線を反らした。まず、彼女には両腕両脚が存在しない。全身は包帯のように布を巻かれ、その布も赤黒く染まっていた。眼球が存在せず、歯も全て無い。直接確認することはなかったが、髪はもちろん、頭皮や背中の皮膚も剝かれた状態で、森に捨てられていたらしい。……よく生きていたと言うべきか。


 状態が落ち着くまでは普通の治療を受けるべきと判断し、施療院で治療を施してもらっている。こういった特別な対応をする理由は彼女を救うと約束したからだ。


 一昨日の夜。オカブの町を案内して貰っている過程で偶然、牢屋敷を見つけた。特別に入れて貰った時に会ったのが、牢内で唯一のレベル持ちであるマナティルという少女だった。


「この人は何故、捕らえられているんですか?」


「卿爵を殺害しようとした罪で捕らえられています」


 ……確か、この世界だと死罪なんだよなぁ。


「ねぇ。どうして卿爵を殺害しようとしたん? どちらにせよ死罪確定の大犯罪。余程の理由だったんでしょ?」


「……」


 そりゃ、教えないか。


「じゃあ、交渉だ。俺はタイガ。これでも勇者。嘘っぽいかもしれんけど、髪色と瞳色が黒であることがこの世界の人じゃない証明になるんだっけ?」


 そう伝えると、彼女は俺をチラッと見て、動きが止まった。


「俺なら力になれると思うんだけど、何故殺そうとしたのか、理由を教えてほしい」


「……わたしはマナティル。ただの平民。卿爵を狙った理由は兄と幼馴染みの仇」


「仇? 卿爵に殺されたの?」


 そう尋ねると彼女は一瞬黙る。だが、すぐに答えた。


「あんな惨いことをできるのは貴族しかいない。この辺で暮らす貴族は卿爵だけ」


 ……ん?


「殺害されるところを見たわけじゃない?」


「そうだけど、でも……貴方も彼女を見れば判るわ」


 そう言われ、翌日に近隣の村で発見したのが彼女の兄とマユユンだったというわけで。


 発見された時点で彼女の兄は亡くなっており、辛うじて息のあったマユユンを有効な治療手段の無い中、マナティルの母が懸命に応急処置をして延命がされていた。


 マナティルはマユユンが回復し、彼女の口から何があったかを知ることができたなら、俺達に何でも協力してくれると言う。だから、報復の手伝いもするので、彼女が助かった暁には俺と従属契約するように迫り、本当に助けられたら……という条件付きで了承させていた。


 施療院からの帰り道、まるで待ち伏せのようにクミクオナ卿爵代行が待ち構えていた。


「えーっと……」


「面接、お疲れ様です、タイガ様」


 彼女はピンクを基調としたドレスにアクセサリーを身に付け、その低身長と童顔もあいまって、まさに『合法ロリ』とか『ロリBBA』と称されるに値する人物ではあるが、そういった存在は2次元に限ると思っていることは本人に内緒である。


「どうも。……こんな時間に何をされているのですか?」


「タイガ様をお待ちしていました」


 カナリアリートから、クミクオナ卿爵代行がリックアーネ卿爵夫人と何かについて話していたということを聞いている。内容までは判っていないが、どんな要求をされるのかを想像するだけで怖いものがある。


「タイガ様、いくつか確認したいことがございまして。リックアーネ夫人が別邸を建てて、今後はリベルタスで暮らすというのは本当でしょうか?」


 ……何だ、そんなことか。


「そうですよ。リックアーネ夫人は最初から従者になることを希望し、リベルタスに移住してアルタイル領の再編成にも助成してくれるという話なので」


 ……嘘はない。事実ではあるが、そんなスムーズな話では無かったんだよなぁ。オカブから去る際のマグルーシュ卿爵の取り繕う事もしない怒りの形相は忘れられない。


 彼がそこまで怒った原因は、俺が不在時のチアリート騎士爵夫人との交渉が原因ではないかと思っている。ただ、彼女の事だから嘘は吐かないと思うので、ミスリードさせるような手法をとったに違いない。……そう、俺はその時の状況を教えて貰えない。世の中知らない方が良いこともある……とのこと。


 ただ、予想くらいはできる。それは想像以上の若い女性の流出である。近隣の村を含めると総勢700人近くの若い女性が移住を希望したのだ。多分、その中には卿爵のお気に入りの女性も含まれていたに違いない。そんな大勢になるとは思わずに許可してしまったのだろう。


「そう……なのですか……あのっ、わたしの従属契約はまさか……」


「そうですね。今のところは、まだ先です。まず先約を契約し終えて、その後も武術の才に恵まれた10代の女性を優先にしているので……」


 これは以前も彼女に言っていた通りのままである。


「……そう……ですか……お時間、とらせて申し訳なかったわね」


 そう言って、悲しそうに帰る後ろ姿は10代の少女である。何も知らなければ罪悪感が沸く状況ではあるが、個人的には仕方ない処置だと思っている。


「こんばんは。わたしが来た理由はもう察しているよね?」


 その夜。夕飯後にユッキーナさんが尋ねてきた。目的はエルネウスト卿爵に関してのレクチャーだろう。


「「はい」」


 俺とコトリンティータで出迎え、そのまま応接室へと入る。


「準備が整い次第タラセドへ向かうという話だけど、オカブ行きの時と違って注意すべきことは少ないわ。……というか、ほぼ無いかしら。正直、行く道中で指摘すれば良いかもって思ったのだけど、前持って知っていれば心の準備ができるかなって」


 ユッキーナ=P=フランベル。フランベル騎士爵夫人で、夫婦揃って元冒険者だと以前紹介されたことがある。腰まである淡い茶色の髪で一見貴族には見えない。……それは生まれが平民であることを示している。事実、彼女の家は商家だったらしい。


 そんな彼女が何故、エルネウスト卿爵と繋がりがあるのか?


「わたしとシンラ……夫とアイナミス……エルネウスト卿爵夫人は若い時に同じパーティの仲間だったの」


 ユッキーナさんはそう話を切り出す。


「そんなわけで、2人のことは割と知っているの。タイガ様に注意すべき点は小細工をしないこと。嘘や隠し事は気づかれた時点で好意的な対応は終了だと思って良いかな。逆にストレートな物言いや失言とかは気にするタイプじゃないから、礼儀に関しては全く気にしなくて良いわ」


 ……失言を気にしない方なら安心だな。今度は会話に加われるか。


「それで、卿爵はどんな方なんですか?」


「シーゲルアッド様ね……美形の優男って感じかしら。ただ、凄く頭の良い方で紋章術の使い手でもあるの。アイナミスにベタ惚れしているから……多分、あまりわたし達の会話に口を挟まないと思うわ」


 うーん。どこまで鵜呑みにして良いのやら……。いや、多分、ユッキーナさんが話していることに間違いはないのだろう。ただ、個人の感想の部分が多いから、そこだけは鵜呑みにできない。けど、だからといってとれる対策もない。


 まぁ、それはそれでマグルーシュ卿爵の時に比べたら楽というものである。


 さらに次の日には、霊石や鉱石の買い付けに行ったハルチーヤ、ユイクオール、ユリザリナがリベルタスに帰ってきた。それと同時に紋章術の販売が開始された。


「おかえり、ユリザリナ」


「ただいま戻りました、タイガ様」


 面接終了後に店へ顔を出すと、座っていたユリザリナが立ち上がって恐縮する。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だから。それより、首尾はどう?」


「はい。緑色の霊石はたっぷり仕入れてきました」


 今まで使い道が少なく需要がほぼ無かった、余っている在庫を値切って買い叩いたのだろう。予算に対して明らかに多すぎる量を仕入れたようだった。


「じゃあ、早速だけど、これが新たな紋章のリストね。それで、これが例の従者に無料でプレゼントする紋章ね」


「……こんなにいっぱい……ありがとうございます」


 無料贈呈の紋章術は【木精の信徒】。パッシブ系の紋章術で毎朝1度唱えれば、意識を失うまで有効。木属性の攻撃効果を無効化する。弱点は木属性の精霊術によって発生した物理ダメージは有効であること。無効化するのはあくまで木属性の効果のみである。


 こんな弱点を用意したのは、盗られた時用の対策である。万能で最強だと悪用された時の対策が無くなるからね。


「それと、これが昨日までの従者リスト。居ないとは思うけれど、従者のフリをして、紋章を貰おうとする輩を阻止するのが目的ね」


「……あはは。実際居そうですね」


 お互いに苦笑いつつ、管理を厳重にするように改めてお願いした。


 さらに数日が過ぎ、出発予定の前日。辛うじて全員の面接を終え、街も賑やかになったタイミングで、再びクミクオナ卿爵代行が俺の前に現れた。


「タイガ様。今日はご報告に参りました」


 彼女のニコニコ笑顔が若干恐ろしく感じるのは、最近周りの女性全員が内心怖いと思っているからかもしれない。


「わたしも皆様と同じくリベルタスへ移住することになりました。もちろん、コトリンティータ様には了承を得ていますよ。……フフッ。絶対に従者になりますからね!」


 まぁ、思惑通りではあるのだが……内心、少しだけ後悔していた。


 予定通り準備を整え終えた4月23日の早朝、契約した従者を中心としたキヨノア部隊の護衛で、ユッキーナ騎士爵夫人と共にタラセドへと出発した。

 読んで頂き、大変ありがとうございました!


 今回も私信になります。


 前回の投稿後にブックマークをして下さった方、ありがとうございました。筆者が確認できました2人目の読者様です。読んで貰えたことに感謝いっぱいでございます。


 これからも読者がいて下さるということを励みに書き続ける所存です。今後も精進して書いていきますので、引き続きご愛読よろしくお願いします!

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