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02-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅱ(5/5)

 ……コンコンコンコン。


 妙に長いノック。


「どうぞ」


 返事が返ってきたのを確認して、シーノアさんが扉を開く。


 そこは応接室より広い部屋だった。一目見て、その部屋は誰かの私室だと気づく。観葉植物が多く飾られているのが印象的な妙に片付いた物の少ない部屋。そして、一番印象的なのは天井がガラスであること。


 作り方は俺のうろ覚えで知っている方法と違って簡単なのだと数日前に学んだばかりだが、間違いなくアストラガルドではまあまあ貴重な品の1つである。そんなガラスの大きな物を使用し、天井として利用するのは、綺麗で贅沢ではあるが、寒そうではあった。……なお、当然ながらただのガラスであれば天井として耐えられるわけがなく、丈夫に作られた天井用のガラスである。ガラス製造技術では、精霊術で生み出されるのでアストラガルドの方が上かもしれない。


 そんな珍しいガラスに見惚れつつ、俺もシーノアさんに続いて部屋に入る。


「どうぞ、こちらへ」


 部屋の主は立ち上がり、俺達にそう声を掛ける。何故、その人が部屋の主と判ったかというと、頭上に『部屋の主 Lv1』と表示されていたからだ。……いやいや、今までのパターンから察して、違う名称だろうよ、そこは。


 彼女は俺を見てニコリと柔らかい笑顔を向ける。その優しそうな印象に、前情報が無ければ油断していただろうと背中に冷たい汗が流れた。


「ようこそ、勇者様。騙し討ちのように呼び出して申し訳ございません」


「いえ。予想していたことなので問題ないです」


 そう答えるとシーノアさんが苦笑する。……まぁ、彼女からすれば立場が無いか。


「わたしは、リックアーネ=M=マグルーシュ。卿爵の妻です。タイガ様のことは既に存じておりますので、どうぞ座って下さい」


 そう言って、彼女は対面の席を勧めてきた。


 金髪に僅かに赤味を帯びた青い瞳。娘に似ているが、娘より瞳の赤味が強い。この世界の住人はみんな若めに見えるが、事前知識から38歳であることを知っていた。


 何より、俺のことを調べてあるということをわざわざ告げるということは、夫である卿爵とは違うと主張しているようなもの。この時点でチアリートさんの情報は間違っていないことを証明していた。


「失礼します」


 俺は大人しく勧められた丸テーブルの対面の椅子に座ると、メイドの女性が紅茶と思われる飲み物を注いでくれる。……この世界に紅茶がある? 天井のガラスといい、違う意味で驚かされた。


「ごめんなさい。お母様が直接呼ぶとお父様に警戒されるので」


 シーノアさんは俺とリックアーネさんの間、隣の椅子に腰掛けながら再び謝罪の言葉が出る。


「……愛されているのですね」


「「まさか!!」」


 2人の声が重なる。……まぁ、俺も知ってはいたけど。


「……失礼しました。卿爵がわたしを警戒するのは、出し抜かれることを警戒してのこと。そんな愛とかではありませんよ」


 そういって悲しそうに微笑む。……悲しい?


「タイガ様に関しては、来るかもしれないということがわかったタイミングから、調べておりました。リベルタスの復興手腕は近隣の人々は驚いていたのですよ?」


「近隣の人々?」


「あ、もちろん平民達は何も知りません。もしかしたら騎士爵の方々も知らない方がほとんどかもしれませんが、情報を重要視する貴族であれば、何が起こっているのかくらいは調べているものです」


 なるほど。つまり彼女はリベルタスの惨事をほぼ初期から気づいていたと言っている。その上で手を貸さなかったと。


「つまり、セレブタス家を助けることに利益がないと見切ったわけですね」


「そうですね。正直中立でいるべきと思っていました。……貴方が現れるまで」


 まぁ、義理人情で自分の命を賭けるというのはナンセンスということだ。特に多くの人の命を扱う立場である人ほど慎重になるものだ。


「国の最高権力者は国王です。それに匹敵する権力を持つ者をセレブタス家の御令嬢が召喚された。王族しか知らず、王族でも成功率が低いと言われる召喚術を。ですから、セレブタス家は現在、王族に等しい扱いが適用されていると言っても過言じゃない。ならば、勇者に付くのが勝ち組というもの……というのが表向きの理由です」


 いや、過言である。セレブタス家と王族が等しい扱いであるならば、税金を免除してほしいところ。今はどうやってリベルタス内のお金を増やすかというのが命題で、移住目当てではない人の出入りが増えつつあるというが現状だ。そこに王族と同じくらいの優遇が感じられるかというと、全く感じない。……もちろん、俺も王族がどんな優遇を受けているかは知らんけど。……それに、彼女はちゃんと『表向き』と言っている。


「それで本命の理由は?」


「わたし達はずっとタイガ様がいらっしゃるのをお待ちしていました。わたし達……わたしとシーノアはタイガ様に属したいと考えております」


 ……ん?


「属したいって……」


「そのままの意味で、タイガ様の従者として契約したいと思っております」


「理由を聞いても?」


 これって明らかに従属契約のことを指しているよな? 何処から漏れている?


「多分噂でご存じかと思いますが……わたし達夫婦の仲は既に終わっています。その理由に関しましても概ね噂通りかと。それでも別れなかった理由は1つ。行く場所がなかったからです」


 聞いた話では、リックアーネさんの実家は兄が継いでいて、兄妹仲も悪く、両親が亡くなってからは会ってもいないらしい。


「タイガ様の噂を聞いた時は、本当に勇者なのか真偽が定かではなかったですし、どのような方かもわからなかったので情報を集めていました。そんな時に聞いたのです。タイガ様が従属契約という紋章術を使うため、適応できる女性を探していると」


「それ、何処から情報仕入れました?」


「リベルタスの街の鍛冶師ギルドですよ。心当たりありませんか?」


 ……あ。


「もしかして、鉱石買い付け……か」


「そうですよ」


 そう、鉱石買い付けにはリスクがあることは承知していたし、あの時点ではある程度の情報漏洩は覚悟していた。しかし、漏れた情報が従属契約のこととは……。


「確か、鍛冶師ギルドのミストレスがタイガ様と契約済みで……ドワーフの女性に勧めていたという話でした」


 買い付けで目を付けられて、ギルドで盗み聞きか。確かに永住となればチェックしていたが、街へ寄っただけの人はノーチェックだったしなぁ。収益も大事だし、避けられないか。


「そこでお伺いしたいのですが、わたし達に資格はありますか?」


 こういった展開を想定していなかったわけではない。しかし、こんな俺に都合の良い偶然ってあるのだろうか? リックアーネさんは間違いなく情報収集能力において優秀なユニットになることは確定だろう。そんな彼女からの申し出はラッキーでしかない。……問題は、その上で何を目的としているかという話で。


「部屋に控えているメイドさん達も含め、全員資格はあります。ただ、全員をすぐに契約とはいかない。コストの消費が激しいからね」


 MPの消費が激しい……では通じないんだよなぁ。マジックポイントじゃなくてメンタルポイントらしい。馴染みがなくてエムピーと読んでいるが、メンタルポイントと言っても通じない。一般常識ではないと理解した時点でコストと呼ぶことにした。こっちの方が意味は通じるから。


「わかりました。では、わたし達をリベルタスで受け入れて貰えますか?」


 それも少し困った話である。……ただの別居ではないからだ。彼女は『受け入れ』と言っている。その言葉には戻る気が無いという意味が含まれている。つまり、離婚する気だという強い意志を感じた。……いや、勘違いなら、そっちの方が良いのだけど……でも、念のため。


「それは構わないが、離婚はまだしないでほしい」


「……それは、マグルーシュ家の財力と情報収集能力を利用するためですね?」


 もう苦笑いするしかない。もしかして、「離婚するな」=「家柄を利用する」という意味として一般的なのではないかと思ってしまう程。


「そんな恐縮されないで下さい。そちらの事情は概ね把握しております。幸い、従属契約する資格があるということなので、約束さえして頂ければ既にしているものとして全面的に従いますよ」


 そう言って、彼女も微笑む。……もう、その微笑みが怖いよ。


「……要望はわかりました。ちなみに他の要望はありますか?」


 それでも想定よりマシな交渉である。もっと理不尽な取引をさせられると覚悟していたくらいだから、これなら健全と言える。


「そうですね……あとは……シーノアを嫁に貰って頂けたら……」


「お母様。もうわたしのプライドを折らないで」


 あぁ、これは冗談だな。


「あはは……失礼。母娘仲は良いのだなって。俺は母親とは幼い頃に別れているので……今は何をしているのか……」


「そうだったのですね」


「ちょっと羨ましいですね。……結婚に関しては当面できないですね。年齢的にはこちらの世界だと適齢期を過ぎているようですが、希望者が多く、養うだけの財産もない。今後どうなるかわからないので、今は誰とも約束はしないようにしています」


「なるほど。それは残念です……まぁ、その件はおいおい自然の流れでどうとでもなるでしょうし。タイガ様こそ、他に要望がございますか?」


「シーノアさんにも言ったのですが、近隣の村を回って、素質のある人材を集めたいと思っています」


「わかりました。シーノア、案内してあげなさい。そして、勧誘に力添えするように。タイガ様は武術が全然ダメだと聞いております。シーノア、わかっていますね?」


 リックアーネさんの無茶振りもなく、思ったよりも苦労なく交渉は成功に終わった。




 各村を見て回る時間は思いのほか短かった。……多分、テンプイツの時が逆に長かっただけなのかと。それでも、必要な人材をスカウトし、それ以上の移住希望者が現れた。それも全てシーノアさんの助力のおかげである。


 俺達が村々を巡っている間にリックアーネさんは行動を起こし、卿爵とチアリートさんに合流。卿爵が露骨に嫌がっていたが、彼女がリベルタスへ行くことを告げると上機嫌になったのだから、判りやすいとチアリートさんは苦笑していた。


 その際に、シーノアさんが俺の従者に選ばれ、アルタイル兵団に入ること。長期で留守にするので街を卿爵に任せること、アリヤウスを監視報告要員として置いて行くので、教育を任せることなども話していたとのこと。


 そして、翌日早朝。朝食後の時間。


「じゃあ、シーノア。貴女から従属契約をして貰いなさい」


「はい。タイガ様、宜しいでしょうか?」


 あれ? やっぱり、こちらではわざと名前呼びされている? ……こういうのも交渉術だったりするのかなぁ。知らんけど。


「うーん。多分まずいんじゃないですかね? 実は俺の使う従属契約にはお互いの唇を重ねるという行為が必要でして。流石に母親の前では恥ずかしくないですか?」


 そう言うと、母娘は顔を合わせてクスクスと笑い始めた。


「なるほど。タイガ様がいた世界ではそれが常識なのですね? 心配無用ですよ。この世界では相手と同席する者の同意さえあれば、構わないのですよ」


 ……そうなん? まぁ、そう言われると心当たりがあったりするんだけど。好きでもない相手とのキスのハードルが低いんだよなぁ。


 従属契約に必要な道具を用意しながら説明を始める。


「それではシーノアさん、両手を貸して頂けますか? ついでにこのメモを暗記して下さい」


 手に紋章を描いていく。が、途中で手を止める。


「ところで先日、召喚術に関して話されていましたが、詳しいのですか?」


 すると、彼女は満面の笑みを浮かべる。


「いいえ。わたしが知っていることは少ないわ。でも……紹介するわね」


 そういうと、少し疲れた感じのメイドの女性が俺にお辞儀をした。


「彼女はヨイスノー。今はメイド長をしていますが、彼女は元々王族なのですよ。彼女から召喚紋章術のことや、従属契約について聞いたのです」


「王族?」


 言われてみれば、彼女の髪の色はほぼ銀髪である。少し黄色っぽくなっているが、瞳の色は綺麗な紫色である。それだけ髪と瞳の色素が薄ければ、王族と言われても違和感がない。


 リックアーネが頷くのを確認してから、ヨイスノーはゆっくりと話し始める。


「元々、異世界から勇者を召喚するのは王族の務めなのです。ただ、初代勇者が呼び出されたのが1921年前。その間に現在まで20人しか呼ばれていません。もちろん、大小の「危機」と呼ばれる事案はあったのですが、何度も試みて、何度も失敗しています。むしろ、普通失敗すると思われてすらいます」


 ……それ、コトリンティータは知っていたのだろうか? いや、知らなかったんだろうなぁ、多分。


「契約紋章術に関しても、王族間では使える者もいます。……ただ、初代勇者様の理念までは受け継がれてはいませんが」


 そう言って、彼女は苦虫を嚙み潰したような表情をする。まぁ、どう使われているかは想像できなくもない。そして、それは俺も人の事を言えない。


「なるほど。1つだけ質問。召喚術が伝わっていた王族であれば、送還術……元の世界に返す方法は伝わっていませんでしたか?」


 ヨイスノーは若干考えた後。


「申し訳ございません。そういった話は聞いたことがありません。勇者様の話の詳細はこの国には伝わっていないのです。ただ、行方不明になったという話は聞いたことがありますが、帰還または送還されたという話は聞いたことは……申し訳ございません」


 やっぱり、ミッションをクリアしないと帰れないのかな。ただ、行方不明者というのは気になる。その人はミッションを達成して帰ることができた人なのではないだろうか?


 そんなことを考えながら、彼女の母親に見守られながらシーノアさんと従属契約を結んだ。




「お帰りなさいませ、コトリンティータ様、タイガさん」


 帰りは以前より遅くなり、辺りはすっかり暗くなっていた。辛うじて地平線近くの空が赤く染まっている程度で8割夜になっていた。


 出迎えてくれたのはホノファとキクルミナさん。アーキローズさん他、主に非戦闘系従者の方々。あと、元々街を守っている衛兵の方々。


「皆さんもおかえ……り……」


 ホノファの動きが止まり、不穏な空気が流れだす。……何事?


「タイガさん。今回のスカウトですが……タイガさんの好みのタイプとかではないんですよね?」


「そんな基準で選べるわけがないだろ? ……カナ、毎度のこと頼む。それと、ホノ……悪いけど、マグルーシュ卿爵夫人は移住希望だから、屋敷建造の手配を頼む」


 今回、若く色気のある女性の移住希望者が多いのは、マグルーシュ卿爵から逃げる目的の方々が多いから。しかし、そうと知らない出迎えの女性陣からの冷たい視線が俺を貫いていた。

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