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02-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅱ(4/5)

 オカブは別名、賭博と性職者の町とも呼ばれている。最初、聖職者と勘違いしたが、そうではなく、要は風俗で働く裏方以外の人達を指す職業らしい。逆に風俗という言葉では、全く意味が通じない。自動翻訳は故意か偶然か判らないが、そこは翻訳されないようだ。


 ……良く言えば娯楽の町であるオカブは、領内の町の中で唯一領境に存在しない。南北に伸びる街道沿いに存在し、南にはテンプイツ。北にはタラセドがあり、東には森。西には山。周囲には小さな村々が存在する。このアストラガルドでは、森はエルフの領域。山はドワーフの領域。故に許可なくヒュームが入ることができない領域。よって、オカブは一番外敵からは狙われ難く、最も風紀の乱れた町として領の内外問わず有名である。


「ようこそ、ヴァナード騎士爵夫人。セレブタス様もお待ちしておりました」


 町外れまで出迎えてくれたのは、リッキルト=C=マグルーシュ卿爵。様子から察するにチアリートさんに会いたかったんだろうなぁと。


 他人様の容姿をどうこう言える身分ではないが、マグルーシュ卿爵殿は油分多めな濃厚おじさんで、残念ながらモテるタイプではないとの女性陣からの評価である。……はい、これでもオブラートに包んだ控えめな表現である。そのため、年頃の女性がマグルーシュ卿爵に合わないよう、しっかり親がガードをしている……という噂も聞いた。


 ただ、当然ながらお金は持っている。よって、普段は店のお姉ちゃん達に遊んで貰っているらしく、またお金に飢えている系の女性からは人気があるらしい。ただ、彼も貴族。見た目からして貧しい女性に用は無いようで、そこそこの身分の女性を相手にしているという報告だった。……つまり、貧しい町娘を捕らえて乱暴するといった行為はしていないとのこと。


「お久しぶりです、卿爵様」


 馬車……いや、馬が牽いているわけではないから、馬車ではないのか。ラプダトールが牽いているのだから、ラプダトール車というべきか? そこから降りたチアリートさんは卿爵に近づくと優雅に答える。


 今日のチアリートさんは昨日のようなドレス姿ではあるのだが、昨日よりは明らかに肌の……特に胸元の露出が多い。彼女の淡い金髪は頭上に高く巻き上げられ、うなじを露わにしている。160センチとこの世界の女性としては高い身長と大きな胸が女性らしいラインを際立たせ、実年齢より若く……いや、実際に表示上は6歳ほど若返ってはいるんだけど、それ以上に若く美しく見える。そして、今気づいたが、普段より香水の効きが強いようだ。


 その効果は抜群だったようで、卿爵の視線は彼女に釘付けにされていた。……多分、ワザとだろうな。


「さぁ、どうぞ屋敷まで……」


 卿爵が全て言い終わる前に、チアリートさんは言葉を挟む。


「卿爵様……ご紹介します。こちら、タイガ=サゼ様。わたし達の勇者様でございます」


「!」


 段取り通り、すぐに紹介された。移動の際にはマウッチュに乗っていたのだが、降りてから2人に近づき軽く頭を下げる。……そういう礼儀だからね。だが、彼は俺を見ていない。


「それは本当ですか?」


 マグルーシュ卿爵は信じられないようだった。


「本当です。卿爵様は、こんな黒瞳黒髪のヒュームを見たことがございますか? 仮に彼が勇者じゃなかったとして、わたしやコトリンティータ様の側にいることに誰も叱責しないことが不自然になりませんか?」


 すると、この時になってやっと俺をチラリと見て、彼の濃い顔に汗が浮かんでダラダラと流れ落ちる。そして、例の深々と頭を下げ過ぎるお辞儀を行った。


「知らなかったとはいえ、失礼しました。お初にお目にかかります。私はこの町、オカブを預かる卿爵でリッキルト=C=マグルーシュと申します」


「頭を上げて下さい。俺はタイガ=サゼ。昨年末にこちらの世界へ来た勇者です」


 自分で言って何だけど、まだ勇者という肩書には違和感しかない。でも、勇者だと紹介された以上、名乗らなきゃならんし、これも手札の1つである。


「そうそう。念のためにお伝えしておきますが、タイガ様が連れている獣ですが、霊獣です。刺激しないようにお気をつけて」


「!!!!!」


 チアリートさんの涼しい笑顔に対し、卿爵の脂汗。明らかに圧をかけているな。


「そ、そうでございましたか。ささっ、どうぞお入り下さい」


 こうして、俺とチアリートさん、コトリンティータを先頭に町の中に入っていく。というか、騎士爵より卿爵の方が身分上なんだけど、チアリートさんって本当に何者?


 オカブまでの道のりは、安全ではあったが何事も無かったわけではなかった。害虫……もちろん、アストラガルドでの定義での虫ではあるのだが、今回襲撃してきたのは大きな蟻のような生き物だったので、虫で違和感はない。……でも、俺が勇者と呼ばれることに比べれば、この世界の虫の定義について最近は違和感が仕事しない。……慣れつつあるんだろうな。


 しかも、流石に兵士が30名もいれば余裕なもので……道中は危機を感じないまま、オカブまで辿り着いた。


 若き女性兵30名の集団は圧巻らしく、今回も町内では関心を集めた。


「ここが私の屋敷です。さぁ、どうぞ……と、流石に全員は入りませんので、ヴァナード騎士爵夫人とセレブタス様、それと勇者様の3名までということで宜しいですか?」


 ……あ、この人はマコノハートに気づいてない。チアリートさんの娘なのに……。


「構いませんよ。さぁ、入りましょう」


 でも、今回に関しては気づかれなくても問題ないかもしれない。


「いらっしゃいませ」


 屋敷に入ると執事やメイド達が頭を下げて2人を出迎える。事情を聞いていないので俺のことはスルーされるが、毎度のことなので問題ない。


 卿爵自らが俺達を応接室へと案内してくれた。俺はわざと出口近くの席に座り、チアリートさんを卿爵と相対する席に座って貰う。これは作戦であり、事前の打ち合わせ通り。……そして俺は可能な限り沈黙する。理由は、チアリートさんの交渉スキルの高さから俺が足手まといになるからである。


「ご歓談中失礼します」


 応接室へ入って5分過ぎた頃。鳥肌が立ちそうなほど寒く感じる笑顔の2人の交渉を大人しく観察していると、扉がノックされ、女性が入ってきた。


「おぉ、良いところに。まずはご挨拶をしなさい」


「はい。……お客様、初めまして。シーノア=M=マグルーシュと申します」


 卿爵に促されてシーノアと名乗った少女は軽く下げる。挨拶前に向けられた視線から俺に言っているように感じた。……気のせいか?


 まず目を惹いたのは、彼女の金髪だった。……というのも、この世界の貴族の独身女性は基本髪を伸ばして、公の場では綺麗に髪を結う習慣がある。しかし、彼女の髪は胸を覆う程度の長さ。俺からすれば見慣れた長さではあるのだが、この世界の貴族の女性としては短すぎる。


 彼女は膝丈のパンツと上半身は素材が判らないがブラウス。デザインそのものは女性のものと判る代物なのだが、与える印象は男性的。何となく違和感があった……無理して男装しているような、全く似合っていないとさえ感じる。


「お久しぶりね、シーノアさん」


「お久しぶりです。ヴァナード様」


 やっぱり知り合いですよね、そこは。


「わたしも確か……」


「はい、お久しぶりです。コトリンティータ様とも結構前のことですが1度だけお目に掛かる機会がありました」


 あ、やっぱり俺に向けられた挨拶だったか。


「それと、こちらの青年が……」


 マグルーシュ卿爵が俺を紹介しようとするが、彼女は割って入る。


「はい、存じております。勇者タイガ様ですね。わたしも仲良くして頂けると嬉しいです」


 ニコっと微笑む彼女……やはり違和感。問題は俺が何を違和に感じているのか判っていないということか。


「初めまして、タイガです。この世界のこと、知らないことが沢山なので助けて頂けるとありがたいです」


 そう言って、軽く頭を下げた。


 あっ、そうか。紹介される前から俺を勇者だと知っていたからか。……いや、チアリートさんが手紙で俺を勇者だと紹介していたなら、それを見さえすれば消去法で俺が勇者と察することもできる……でも、ピンとこない。


 もちろん、町に入る前にこっそりと【審判眼】と【魔晄眼】は発動済み。彼女に悪意や虚言はないので、感じていた違和は俺にとっては悪いモノではないのだろう。


「わたしでできる事でした何なりと……」


「……それで、どうした?」


 シーノアさんが俺の存在を知っていたことが面白くないのか、不機嫌そうに尋ねる。


「お父様。是非、タイガ様とお話がしたいと思うのですが……もしタイガ様さえ宜しければ、大事なお話の邪魔にならぬよう、場所を変えても宜しいでしょうか?」


 と、媚びるようにこちらを見る。


「お、おお、そうかそうか。サゼ様、もし宜しければ娘の話し相手になっていただけませんか? 父親の私が言うのも何ですが、シーノアは見ての通り母親似の器量良しで、私に似て話上手。きっとサゼ様を退屈させることはないでしょう」


 おっと、さっきまでのオドオドした態度とは打って変わって良い笑顔。邪魔な俺を追い出せるので、彼的には内心ガッツポーズでもしているか?


 一応予定通り……チアリートさんをチラッと見ると彼女は頷く。


「わかりました。よろしくお願いします」


「こちらこそ。さぁ、どうぞこちらへ」


 俺は席を立ちあがって彼女の後ろを付いて応接室から出る。予定通り連れ出されたわけだが、問題は何処に連れ出されるやら。


「ふぅ……タイガ様も退屈でしたでしょ? お父様は女性しか相手されませんから」


 そう言って、ニコッと歳相応な笑顔を見せる。


「あっ、えーっと……」


 ここは正直に言って良いモノか判断に悩む……。


「フフフッ。ごめんなさい。タイガ様はこちらの生活にまだ不慣れですよね? どう答えるのがマナー的に正しいとか、考えちゃいますものね。……では、お詫びにタイガ様がリラックスできるよう、好きなところへご案内しますよ。どういったところがお好みですか?」


 そう言って、傍に寄ってきたかと思うと、俺の腕を取って抱き着いてきた。そのスムーズな流れに驚くが、驚かない方が不自然なので結果オーライである。


「いいんですか? じゃあ……」


「何処でも良いですよ? 何なら、わたしの寝室でも……」


「近隣の村々を見て回りたいのですが……」


 ほぼ同タイミングの発言。ただ、お互いの言っている言葉は理解していた。


「「え?」」


 そして、少なくとも俺は自分の耳を疑った。……まさか、ここまで言ってくるとは。相手もどんな理由かまでは判断できないが、次の言葉が出てこないようで、数秒の沈黙。


「あの、タイガ様? ……その、どうして近隣の村へ?」


「ご存じかと思ったのですが……俺は優秀な……いや、その言い方は不正確か。希望する者とは別に適正のある人材を求めています。俺の能力の都合上、女性に限られてしまいますが……今回の目的とは別に、俺個人の目的として人材集めをしています。そのために家柄や現状の立場関係なく、力を貸してくれる適正者を探しているんです」


 正直に話す。隠す内容でもないし、可能であれば協力して欲しい。逆をいえば、このことに協力的か難色を示すかで俺の対応も変えなければならない。


「あっ」


 バッと俺の腕を離して、距離を取る。そして俺に対し深々と頭を下げた。


「……失礼いたしました。ご無礼の数々、お許し下さい」


「ん? いや、何かされましたか? 俺は役得だと思って幸せを感じていましたが……?」


 とは答えたものの、この謝罪に対して俺は瞬間的にどう思われていたのかを察した。……まぁ、そう誤解されていても仕方ないんだよな、この仕様。それに……彼女の対応に悪意は無かったからなぁ。それに嘘も言っていない。


「フフッ。そう言っていただけると助かります。本来であればタイガ様の希望に応えて、ご案内することが道理ではございますが、流石に独断で屋敷の外に連れ出すと問題になる可能性がございますのでご容赦下さい。……実は元々用意されたお部屋にご案内するつもりでした。どうぞ、こちらへ」


 ……やっぱり。色仕掛けでアドバンテージをとって美人局で何か交渉しようと考えたのかもしれない。女好きではなくとも引っかかりそうな感じではあるが、俺はヒュームに最初からモテるとは思っていない。そんな俺がそういった待遇を受ける理由は勇者からの権力や金銭的な優遇を得るため……だとするなら、碌な目論見ではなかったはずだ。


「屋敷から出られない理由は察することができるけれど、何処へ向かっているの?」


 ……本当に寝室で既成事実目的だったら、俺は逃げなければならない。


「本来の交渉の場ですよ。実はあの場では何も決まりません。お父様も町の恩恵を貪っているだけで、実質の運営はお母様がしています。よって、あの人が仮に決断しても母に反対されたら周りは動かないのです」


 先程までと違い違和を感じない。そこで俺は気づいた。多分、こっちが素なのだ。さっきまで俺に媚びるような女の子らしい態度が演技……多分……なのだろう。とはいえ、万が一にも演技ではなかった場合が気まずいので指摘はしない。


 今は先程と違い、媚びた感じでは無いが、素でも可愛らしい声をしているし、その中や所作にさえ凛々しさを感じる。それは自然で清涼感がある。


 彼女はどんどん屋敷の奥へと向かい、俺はその背に付いていく。こうして歩いてみて、屋敷の奥行に驚く。正面からは判らないから。……まぁ、貴族の屋敷は大抵広々としているのだが。


「実は、ご紹介したい人がいるのです。もう察しているとは思いますが、本当は油断させて素の貴方をご紹介するつもりでした」


 そう言って、彼女は立派な扉の前で立ち止まった。

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