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02-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅱ(3/5)

 面接、クミクオナ卿爵代行への対応、紋章術普及の準備などを行っている内に5日が経過した。今日はついにユリザリナの店も完成したところである。面接も何とか全員終わってお昼休憩をしているとホノファが食堂に入ってきた。


「コトリンティータ様、タイガさん。今、チアリート様の使いの方が見えて、マグルーシュ卿爵から手紙の返事が届いたと連絡がありました」


「……ということは、午後から家に来られると?」


「はい」


 午後は面接から解放されたので、巫術の練習をしようと思ったが……残念。でも、その時はまだ、前回と同じく明日の出発に関する打ち合わせだと思い込んでいた。


 13時半過ぎた頃。チアリートさんがセレブタス邸に予告通り訪れ、そのまま応接室にて打ち合わせが始まった。


「何度かサラッと話したことはあったけれど、今日は2人にマグルーシュ家について理解して貰います。下手したら何も得られない可能性が高いと覚悟してくださいね」


 ……あれ?


 今日のチアリートさんはいつもの露出度の高い服ではなく、騎士爵が居た頃のようなビシッとドレスを纏った姿である。そして、その表情は真剣で少し怖い印象を与えるほどだった。


「特にタイガ様。コトリンティータ様には、昨日までしっかり貴族としての礼儀作法を叩きこみましたが、タイガ様はお忙しく、あまり情報を入れることができませんでした。ですから、申し訳ないですが、今日中に全部覚えて下さい」


「は、はい」


 あまりの迫力とギャップに思わず背筋が伸びる。


「まず、マグルーシュ卿爵本人に関してですが……彼は重度の女好きです。タイガ様が女性なら貞操を守る手段を教える必要がありましたが、男性なので多分早々に遠ざけようとするでしょう」


「何故? 邪魔だと思うまでは理解できるんだけど……」


「彼は自分を殺す力のある人間と同じ空間にいることを嫌うの。わたしはタイガ様を屋敷内に入れるため、勇者と紹介するわ。それを聞いた彼はタイガさんを屋敷に招き入れざるを得ない状況になるけれど、勇者故にどんな力があるか知らない彼は得体の知れない存在として排除を試みるわ。もちろん、失礼ないように慎重にね」


 なるほど。女性にちょっかい出したいのに邪魔なボディガードがいる的な考え方なのか。ボディガードが怖くて女性に触れないから、何らかの理由をつけて退室させたいということか。


「それを言うなら、コトリンの方が強いし、侯爵令嬢という立場上、卿爵には都合が悪いんじゃないの?」


「うーん。コトリンティータ様は箱入りのお嬢様な印象が強いので、武人としての力量を過小評価している可能性があるわ。まだ15歳の彼女のことを黙らせるくらいの圧を掛けられると考えているかもしれないわ。……心配があるとすれば、コトリンティータ様も彼の好みの範囲に入っている可能性が……」


「辞めて下さい。気持ち悪い……」


 どうやら、コトリンティータも卿爵の事は知っているようだ。


「逆に言うと、タイガ様がいる間は本題を切り出しても何も答えない可能性があるの。だから、タイガ様は彼が退室に導く素振りを見せたら乗ってほしいの。隙があれば近隣の村を巡ってスカウトしに行っても構わないと思うし、基本は相手の出方次第。多分、彼から協力を引き出すのはわたし達の方がやりやすいと思うから」


 ……もしかして、俺要らないんじゃ?


「問題は、タイガ様がわたし達と離れた場合、高確率で卿爵夫人のリックアーネ様に招かれる可能性が高い事なの」


「それが問題なの?」


 問い返すと彼女は即頷く。


「卿爵本人はかなりの俗物で、好きなモノは女、金、権力と判りやすい人物なの。でも、彼女は違う。アルタイル領内では伯爵家に劣らない情報収集能力と知略に長けた方。彼女ならば好機と見てタイガ様を味方に引き入れる……もしくは、自分が取り入る行動をとると思うわ」


「どうして?」


「うーん。これから話すことは何一つ確証の取れていない噂。ただし、噂と呼ぶには整合性が取れていて、極めて事実である可能性が高いと多くの人が思っていること」


 でも、事実かどうかは判らない……違うか。そもそも、そんな未確定な話をチアリートさんがわざわざ釘を刺してまで話す事の方が変なのか。だとするなら、表向き事実としてはいけない話ということか?


「リックアーネ様と卿爵は政略結婚なの。まぁ、そんな家の方がほとんどだろうから、それ自体は珍しくも何ともない。問題は卿爵を継いだマグルーシュ卿爵より、リックアーネ様の方が貴族の方々から一目置かれているという事実なの。町の運営は卿爵が好きなように行っているらしいのだけど、他の貴族との付き合いに関しては、全てリックアーネ様が行っているという噂もあるくらいなの」


 ……これもきっと噂ではなく、噂という名目の事実である。


「タイガ君はピンと来ていないようだから、掘り下げて説明するわね。まず、一番重要なことは、リックアーネ様の祖父が公爵だったということ。そして、公爵の娘……つまるところリックアーネ様のお母様は巫術士だったの。だけど、貴族としての生活が合わず、冒険者になって、仲間の男性と結婚したの。それがリックアーネ様のお父様ね。当然公爵家としては認めることができず、勘当されたのだけど……問題はリックアーネ様のお父様が亡くなったこと。娘の身を案じた公爵家は引き取ることにしたらしいのだけど、お母様は再婚を拒否。流石に体裁が悪いと考えた公爵は、孫であるリックアーネ様を貴族と結婚させようとした。その相手がマグルーシュ卿爵ね。彼は当時、喜んで彼女を受け入れたのだけど……彼の目論見違いだったのは、リックアーネ様が公爵を継承できる立場ではなかったこと。彼にしてみれば、出世目的の政略結婚だったのに、公爵とのパイプはできたものの、自分の爵位は全然上がらなかった。しかも、公爵夫婦が死去した後、卿爵自身、公爵家とのパイプを失ったこと。……その途端、妻への愛も冷めてしまったこと」


 なるほど。卿爵は公爵家とのパイプ……繋がりを失った。しかし、当然ながらリックアーネ様にはあったということ。格差から夫婦間が冷めたということか。


「一方、マグルーシュ卿爵はというと、実は彼、次男でね。元々は長男が継ぐ予定だったの。ところが、事故死してしまってね。優秀だった兄の代わりに次男の彼が卿爵に収まったという経緯があるの。その際に不安に思った前卿爵が前侯爵……コトリンティータ様のお父様の前の侯爵様ね。その方に相談したの。その結果、才女であるリックアーネ様のことを紹介し、公爵様との間を仲立ちしたという経緯もある。……わかるかしら?」


 えっと……卿爵の両親からは期待されていないマグルーシュ卿爵。そして、爵位継承権は無かったものの、才女として有名で元公爵の孫にして巫術士の娘。貴族達が相手にしているのはリックアーネさんと。リックアーネさんは元公爵の目論見通り、卿爵夫人としての立場をゲット。仮に離婚しても元卿爵夫人で貴族扱い確定。一方、マグルーシュ卿爵は爵位も上がらず、現公爵家との繋がりも切れ、夫人と比較されて貴族の方々に相手にされず。夫は妻への嫉妬心から愛情が冷め、妻は夫への愛情はそもそも無かった可能性か……。


「なるほど。噂ということにしている理由は事実陳列罪ですね?」


「何ですか、それは? よくわかりませんが、わたし達が暮らす世界では夫婦間の問題は仮に本人達から話を聞いたとしても噂と処理をします。悪用を避けるためです。我々は何を理由に狙われる立場になるか判らないのですから」


 意味、通じなかったか……でも、思っていたのと違ったな。ここではゴシップネタですら命を狙われる理由になるということか。


「認識が甘かったです。俺がいた世界とは違ったので……申し訳ないです」


「ん……いいのです。タイガ様は聡明なので、つい思ってしまったのですが、思えば常識も違っていて当たり前ですものね」


 理解が早いのは助かる。……でも、そう考えるならば故意に噂が流されたと解釈するべきなのか? だとしたら、誰が流出させたのか? 目的は何だろうか??


「とりあえず、リックアーネ様が俺の仲間になろうとする理由に関しては理解しました。要は有力者と繋がっておくこと自体が彼女の身を守る力になる……そういうことですね?」


「そういうこと」


「だとするなら、俺としては歓迎なんだけど……問題があるとすれば、仲間に入るために何か小細工をしてくる可能性……とか?」


「そうね。でも、タイガ様に対しては逆効果になるとは思うし、そのことを多分既に承知しているとは思うのだけど……」


 チアリートさんは既に密偵が俺の情報をリックアーネさんに伝えていると考えているのか。確かに、取り入ろうと考えるなら敵意や悪意は無いから感知し難いか。


「逆を言えば、タイガ様がリックアーネ様を陥落してしまえば、オカブの支配権は実質タイガ様のものとなり、人材は引っ張り放題になりますし、ギルド運営を広めることも可能になりますよ」


 ……マグルーシュ卿爵は切り捨てられる……そういう話ってことか。


「それであの、リックアーネさんってどんな方なんですか?」


「知的で真面目な方ですよ。話せばタイガ様はかなりの圧を感じることもあるかもしれないわね。でも、敵対する気は多分ないだろうから……良い人に思えるかも」


「ですね。わたしも怖い印象ないですよ」


 そうコトリンティータが話すと、チアリートさんは苦笑いを浮かべる。


「知らない方が幸せよ」


「……」


 一瞬、チアリートさんは何を知っているのだろうと思ったりしたけど、知らない方が幸せかもしれないと同時に思ってしまった。……根拠はない。勘である。


「さて、マグルーシュ家の人達の説明を続けるわね。2人の間には2人の子供がいるの。兄のアリヤウス君は若干幼い感じの男の子。見た目は母親似で美しく、女性人気はかなり高いわ。その人気は結婚した今も続いていて、第二夫人、第三夫人の座を狙っている女性も多いという噂もあるの」


 ……爆破されるタイプのリア充ってことか。


「ただね……彼は素直で良い子なの。もう大人なのだから知恵がついても良いと思うのだけど、残念なくらい素直でね……いろんな女性を虜にするものだから、貴族の殿方達の評判は残念な程で。今も女性に誘われては、店や女性の家を渡り歩いて家に寄り付かないという噂もある……あの女好き具合は父親の血かもしれないわね。うっかり出会ってしまったら、コトリンティータ様は注意して下さいね。彼は自覚なしで口説いてきますから、聞き流して下さい」


 そう言ってチアリートさんは、ため息を吐いた。


「妹のシーノアさんも母親同様に美形な子よ。兄と違って賢い子で、兄妹の仲は悪いと言われているの。愛嬌は少ないかもしれないけれど、真面目な良い子って印象かしら。でも、兄と決定的に違うのが、武術の才があること。そこは多分父親譲りなのかもしれないわね」


「え? マグルーシュ卿爵はお強い方なんですか?」


「もちろんですよ。貴族には武才も求められます。卿爵と名乗っている以上、実力者であることには変わらないです。……ただ、アリヤウス君に関しては微妙なんですけどね」


 ……うーん。それってダメなのでは? でも、実は武術が苦手で美形で人当たりが良くて金持ちで権力があって、女の言う事を素直に信じるアホであれば、女性からすれば扱いやすいのではないだろうか?


「ただ、シーノアさんは卿爵を継ぐことを拒否していることで有名なの。可能であれば冒険者として旅立ちたいとも思っているとか」


 ……それはレベル持ちだったら困るなぁ。


「まぁ、それも定かではありません。所詮は噂。タイガ様が口説き落とせれば、優秀な兵士を入手できますよ?」


「口説くって……まぁ、勧誘はしたいですけど」


 そう答えると、チアリートさんは満足して頷く。


「問題は何を要求されるか……可能な限り答えるつもりで良いとは思いますが……それだけ、リックアーネ様が仲間になるというのは伯爵方と相対する時に重要になりますからね。ただ、大きすぎる要望に関しては慎重に。仲間に引き入れた後、それが問題になる可能性もありますから。……本当は傍にいてあげたいのですが……」


 そう言って苦笑する。まぁ、交渉事に関して俺では頼りないよな。


「タイガ様には『目』がありますから、しっかり見極めて下さいね」


 当然、巫術のことである。


「あとは、アリヤウス君の奥様になったアヤノイアさんかしら。彼女はリックアーネ様が見繕った第一夫人で、優秀な人だと聞いているのだけど、その優秀具合に関しては残念ながら情報があまりないの。もし、仲間に引き入れるなら、しっかりと見極めてからにして下さいね?」


「わかった」


 まぁ、最悪【魅了眼】で全部自供させれば、悪事は全て暴けるから問題はないと思う。……でも、俺に切り札があるように、相手にも切り札があるかもしれんしなぁ。極力切り札は切らないようにしないと。


「さて、全員の紹介も終わったことだし整理をしましょう。まず、勝敗のポイント。タイガ様がリックアーネ様の信頼を勝ち取り、オカブの運営権を掌握できれば今回の交渉は成功と言えるでしょう。では敗北になる条件は?」


 ……運営権を掌握できないこと……ではないな。できないなら交渉を続けるということになるわけで。


「不要と思われることかな? 相手に旨味が無ければ、取引は成立しない」


「正解です。彼女の好む傾向として、知識に偏りがあり、特化している人。専門家の方々とお付き合いが多いようです。彼女はそうやって自分の範囲外の知識を補っている傾向にありますが、幸いなことにタイガ様は他者と競合することのない異世界の知識を有しています。多分、その辺は大丈夫でしょう。……ですが、与える情報に関しては考えて発言された方が良いでしょう。極力小出しにすることで彼女はタイガ様に必要性を感じるでしょう」


 ……難しい話だよなぁ。言われるまでもなく、俺は別の世界の知識をこちらにあまり持ち込みたくない派の人間である。とはいえ、完全拒否というわけでなく……極力出さないよう苦渋の決断くらいの気持ちで伝えるわけで。そう考えると俺の匙加減という形になるわけだが、明確な判断基準として、アストラガルドに元々あって代替えがあるなら、そっちを採用するようにしたいくらいかなぁ。


「了解です。判断基準がなかなか難しいですけど、やってみます」


「お願いしますね。これ以上細かく指示してしまうと、リックアーネ様に勘繰られてしまいますから」


 そう言って苦笑する。


「コトリンティータ様は礼儀作法をずっと講習されているから、保身にさえ気を付けておけば問題ないです。忘れてはいけないのは、マグルーシュ卿爵には大きな決断権がないこと。彼はいつでも、問題が発生した際に誰かの責任にできるよう指示するだけ。……恐らく、こちらからお願いする形になるのだけど、その際に決断権がないのに見返りを要求してくると思うの。それを徹底してはぐらかす。彼も機嫌を損ねたくないから、強硬手段はしないでしょう」


 ……酷い言われようだ。いくら何でも卿爵をしているのだから、そこまでポンコツとは思えないんだけどなぁ。


「これで最終打ち合わせは終わるけれど、タイガ様もコトリンティータ様も明日の事、頭の中でシミュレーションしておいて下さいね……それでは、また明日♪」


 最後だけ、普段の彼女でそう告げると応接室から出ていった。


「「ふぅ……」」


 2人、同じタイミングで溜息を吐き、思わずお互いの顔を見て笑ってしまった。


「それにしても、マグルーシュ卿爵は酷い言われようだったなぁ」


「え? 実際酷いのよ。タイガさんも会えばわかるわ」


 そう聞いて絶句する。その口ぶりから多分、コトリンティータは会ったことがあるのだろう。彼女にそこまで言われる卿爵……交渉の本命が俺だと気づくのは数分の後のことだった。

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