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02-2   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅱ(1/5)

 祝霊歴1921年4月9日。テンプイツから帰ってきてからが大変だった。綺麗な街並みに活気溢れる人々。そんな空気に呑まれクミクオナ卿爵代行は小学生女児のように浮かれるが、実年齢を知っている俺からすれば、かなり痛々しい……似合っているけれども。何となく合法ロリとかロリババとか失礼な単語が脳裏を過るが37歳の本人を前にして言葉にする勇気は全く持ち合わせていない。


 それに、クミクオナ卿爵だけではない。他の方々も早く暮らしたいと新生活に期待している様子が見てわかる。……まぁ、無理もない話かもしれない。


 クミクオナ卿爵代行とビビックルトさん、カオルーンは暫くの間ロークライ家の客人として居候する。これも事前にサーヤティカさんと打ち合わせ済みだ。


 他のスカウトした兵士9名はアーキローズさんとキヨノアが暮らす屋敷へ泊まることとなった。流石に騎士爵令嬢を兵士宿舎に泊めるのは申し訳ないし、セキュリティ方面からも心配だからという理由でアーキローズさんから申し出てくれたのだが、メイド用控室のある貴族令嬢専用の女子寮が必要かもしれない。


 もう1人、貴族ではないが兵士枠外で急遽スカウトをしている。その人は特別にコトリンティータにお願いして少しの間だけセレブタス家の屋敷に居候させて貰っていた。


 一般の移住希望者は翌日から面接を開始し、直ぐに片づける予定である。何故なら基本的に全員移住を受け入れる予定だから。今回密偵の類は希望者として名乗り出なかったし、商人はアウトだと伝えてあるためだ。


 しかし、その翌日。


「……ヤバい。かなりダルい」


 体調がかなり悪い。厳密に言うと疲労困憊というヤツである。心当たりはある……1日に2人も従属契約をしたこと。それ以外に考えられない。でも、MPの消費は回復しているし、俺が無理すれば何とか増やせる枠であることは間違いない。実験した甲斐があった結果である。


「大丈夫?」


「まぁ、何とか」


 しかし……1日で複数人にコストを支払ったことなら何度もあったが、ここまで怠くなったことはない。つまり、コストを支払ったことではなく、複数人に契約紋章術を発動したことからきた副作用ということか? 機会があれば何度か試す必要はあるかもしれない。


 心配する千寿に応じてから面接会場へと向かう。面接会場は廃屋の一室。いや、元廃屋というべきか。人は住んでいないが面接会場として利用し続けている。毎日人の出入りしている家屋を廃屋と呼ぶのは違うか。


 ちなみに移住許可が下りたら即暮らせるのかというと話は別で、実際はまだ仮住居での生活が続く。許可が下りた順に新居が作られる。今のところ雨も少なく、家を建てるには都合の良い環境が整っている。こちらの世界の建て方だと材料が揃ってさえいれば小さい家なら1日で家が建つ。少しずつ人口が増えていっているが、まだ元通りには程遠い。


 いろいろ考えながら昼食を食べに屋敷に戻る。


「また来たデシ」


「今度は誰かな? 行こうよ、大牙君」


 マリアリスとユコフィーネに言われ、最初何の話かピンと来てなかったが、移動先が中庭で流石に察した。


「あ~、そういうことか。何でわかるん?」


「言われてみれば、何でだろう? ……何となくなのよ」


 ユコフィーネが答える。まぁ、本人がわかっていなければ、俺もわかるわけがない。祭壇のところまで行くまでもなく、祭壇のある建物の上に光の柱が建っていた。この光景は既に何度も見ている。


 祭壇へと近づくと既に丁度転移してきたのか光の柱の中に何か居るのが判る。そして……光の柱が消えると共にその正体が明らかになった。


「おっとっとっと……」


 バランスを崩して倒れそうになるところを受け止める。実体がないのに俺だけが触れる。そこに違和感しかないんだよなぁ。


「何か召喚された? 上下が変わってて転びそうになったよ……っていうか、呼んだの大牙君? ……って、アレ? 大牙君もさっきまで一緒にいたよね?」


 さっきまで一緒にいた……この一言で彼女は俺達がいた大晦日から転移してきたのだと判る。何か随分前の話のようにも思えるんだが、彼女にとっては今なんだよなぁ。


「そうだなぁ……まず、周りを見よう」


「え? 周り? ……って、ここ何処?」


「ここは異世界。お前はユインシア。OK?」


「わたしは誰とは聞いてないよ?」


 彼女の名はユインシア。その正体はミノタウロスである。俺が召喚したペットの1人であり、やはり残念な存在である。そして、お約束のボケにもツッコミを入れてくれるノリのよいペットである。今はこんなだが、召喚した当初は割と暗く大変だったヤツでもある。


 ミノタウロスとはギリシャ神話に出てくる迷宮の囚人で牛頭人身の魔物である。だが、彼女はアニメなどで出てくるような人の身体に牛の角、尻尾を付けただけの存在だった。……どうも、仲間内では『出来損ない』と呼ばれていたそうだ。


 とはいえ、同族同性と筋力は変わらず、むしろ知力は高い方だという。それでも見た目が違うという理由から、良い面は見て貰えなかったらしい。まぁ、人間から見れば間違いなく美少女の部類だろうが。


「それで、みんなが小さいのと千寿が一緒なのは?」


「ガーン」


 千寿、まだ何も言っていないのにダメージを受ける。やりたかったんだろうな……あのやりとり。でも、ユインシアの能力は知っているだろうに。


「こっちの世界の魔法……精霊術って言うんだけど、その眷属契約紋章術ってヤツで、みんなが俺の眷属になったってだけ」


「そうなんだ……いいなぁ」


 彼女が何を良いと思ったのかは謎だが、眷属契約をする気はあるらしい。


 見た目は20歳前後。毛先が黄色い長い銀髪をポニーテールにし、整った童顔に不釣り合いな巨乳。声も幼く聞こえる高い声なので、何も知らなければ美少女牛娘なのだが、中身はただの食い意地の張っている怠け者なおっさんである。


 コイツを召喚したのは中二の頃。当時の俺は女子にモテたかった。美少女だけと関わってチヤホヤされたかった。……年頃の青少年的には正常な思考の持ち主でアホだった。中二当時の俺が実験的に悪魔を呼び出して、最初に現れたのがユコフィーネ。懲りずに呼び出した次の悪魔がユインシアである。もちろん、彼女にも俺の当時の願望である『美少女に囲まれてチヤホヤされる人生を送りたい』という願いは無理と言われている。その代わりにユコフィーネに冷たい視線を向けられても怯むことなく、彼女は俺をチヤホヤしてくる。……ただし、食欲と睡眠欲が満たされている時に限る。……これだと見た目が美少女でも、ペットと一緒である。それが原因でそれ以降に呼び出したミユーエルやマリアリスも願望を叶えられなかった時点でペット扱いになったのだが。


「ユインシアも俺の眷属になる? まだ、何故コイツ等が眷属になったのか説明していないけれど……」


「なる。でも、説明も聞く」


 即答。とても短絡的に答えたようにも見えるが、彼女は賢い。


 彼女はその見た目から、仲間内でも避けられていた。常時孤独で誰にも相手にされていない。そもそも、親兄弟はどうしているのかと尋ねたこともあったが、そういった者は存在しないらしい。迷宮に放り込まれた人間や神の遺伝子的なものも含んだ迷宮内の魔素から永遠に自然発生されるオリジナルの複製体らしい。寿命を迎える事なく、永遠に孤独。それがユインシアという存在だったという。


 その当時と比べれば、今は幸せだという。……他のミノタウロスと絡まなかった故に優しさに飢えた純粋な心の持ち主として育ったのかもしれない。侵入者を排除する役割であるミノタウロスとしては欠陥品ではあるが。


「とりあえず、昼飯食べたら眷属契約しようか。食べる時間をくれ」


「うん、一緒に待ってる」


 精神体だから空腹という感覚がないのは、この世界に来たユインシアの最大の利点かもしれん。……食べるという行動が必要なくなったことに対し寂しがるとは思うが。


 ということで、ユインシアのみがガン見で見守る中、昼食を食べる。ちなみにいつもの事なので全く気まずく無く普通に食べる。その後、書斎で眷属契約をする。


「……大牙君、大丈夫? ダルいんじゃ?」


「まぁ、ダルいけど……今日は身体を派手に動かす予定はないし、大丈夫」


 千寿が心配してくれる。けれど、どうにもならないし、動けない程でもない。しかし、この怠さは何とかならんのか……例えるなら、明らかな睡眠不足。もしくは、一番眠りが深い時に強引に起こされた時の感覚が継続している……そんな状態。そして明らかに蓄積している疲労感。身体が重く、食欲も微妙。食えるだけマシというやつである。……まぁ、そんな思いをしてでも、今は契約者を増やした方が良い。


「ユインシアの名のもとに、我が力、我が命を主、大牙に対価をもって献上することを誓う」


 キスをして契約が完了すると、彼女の姿も身長140センチくらいにロリ化されていた。これにより更に怠さに拍車がかかる。


 ユインシア系の巫術は【魔晄眼】。効果は視界内の精霊術を探知。巫術や紋章術の効果が掛けられたり、霊石の力を秘めた装備を見抜いたり、効果を把握するというもの。熟練すると、無効化や術のキャッチ&リリースも可能なのだとか。……ユインシアのレベルは1なので、まだまだ先の話だろうけども。


「これで良し……んじゃ、仕事してくるから……留守番するなり、付いてくるなり、遊びにいくなり自由にしていてくれ……俺は寝たい……くそぉ……」


 面接会場にいって、面接を行う。今回は1000人くらい。途中で紛れ込んでいない限り密偵はいないはずで、ほとんどの人が許可されるだろう。


 様子を見ながら、面接が終わるまでの数日間を従属契約する時間に充てる。それと同時進行でやっているのが、兵士への紋章術の普及である。とはいえ、まずは店を構えて貰わないと普及もクソもなく、建物に関しては随時建築中。なので、それまでは打ち合わせを続ける。主に俺が教わる方向で。価格相場とか普及率とか紋章術を付与する方法とか。


 そんな割と忙しい中、今回は俺を困らせる人物がいる。


「やっとお会いできました。呼びつける失礼を許して下さいね」


 そう言ったのはクミクオナ卿爵代行。おとなしくしているかと思いきや……多分様子を伺っていたと思われる。


「それで、どういったご用件ですか?」


 ……俺が街を直接案内しろって命令なら断る気満々である。ただでさえ第一印象が悪いのに、今はガチで忙しい。怠さに耐えて頑張っている中、余計な手間を増やしたくない。


「街を見させて頂きました。とても衛生的で活気のある街。その基礎となる仕組みを考えたのがタイガ様ということで……大変御見逸れし、恥ずかしい思いです」


 ……随分、殊勝な態度……俺に何かさせる気ってことか?


「いえ。俺はアイデアを出したまで。それを効率良く実行できる仲間に恵まれてこその運営です。信頼関係を築くことの大事さを改めて実感しています」


 ……とは言ったが、要は皮肉である。


「そこで気づいたのですが、そのぉ……ギルド運営されているのは騎士爵夫人な上、全員タイガ様の従者だとか……」


「ですね」


 あぁ、なるほど。


「それでその従者になることに関して詳しく教えて頂けないでしょうか?」


 ……流石にすぐ従者にしろとは言わないか。


「従者になるというのは、俺と従属契約を結ぶということです。俺の元いた世界は、この世界の人から見ると非力すぎて最弱と言っても過言じゃないんです。なので、従者になって貰った方に力を授け、代わりに戦って貰う。これが基本的な従属契約の考え方です」


 こうやって説明しつつ、話して良いことと悪いことを高速で整理する。実は彼女にレベル表示を見つけてから、いずれは契約をしようとは考えていた。多分、伯爵攻略の際には必要となるだろう。だけど、今はその時ではない。戦力補充の方が優先されるべきと考えていた。


「ですが、それとは別に戦闘以外の貢献度が高い方はそっち方面に能力が伸びるという事実を発見しまして。……商才ではなく、情報管理能力が優れるようです。それをギルド運営に利用された結果、かなりの経済効果が得られています」


 ……まぁ、全くの嘘ではない。唯一違うのは、そういった才能を検証する云々関係なく従属契約したことかな。動機は違うが得られた結果に嘘はない。


「それなら、是非わたしにも……」


「申し訳ない。今は優先させるべき人物が多くて、少々後になってしまう。その間に自分の能力の方向性を示して頂けると契約しやすくなります」


 ……嘘である。ただ、優先するべき人が多いのは事実である。彼女の方向性は俺や自身で決められるものではなく、既に備わっているものである。


「ですので、可能な限り協力して頂けると契約の必要性が高まるかと思います」


 クミクオナ卿爵代行を働かせる良い口実になったと内心ほくそ笑んだ。

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