02-1 セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅰ(5/5)
「少し、我が家の恥を晒しても良いですか? もちろん、他言無用で」
本当はそういった事情を密偵から確認とってから話を聞きたかったけど、そんな時間が無かったんだよなぁ。
「わたし、家を出たいと思っています。理由は姉様の旦那様の方が町を治めるのにふさわしいというのもあるのですが、姉妹仲をこれ以上悪くしたくないのと、堅苦しい生活は性に合わないので、爵位を継ぎたくないのです」
何処まで本音だろうかと思うけど好意的に解釈したとして、『親離れして、自立したい』ということなんだろうなと。世の中、そんなに甘くないと思うんだよなぁ。
「ですが、テンプイツが抱えている問題を見て見ぬフリしたまま、姉夫婦に押し付けて逃げるような真似もしたくない」
「テンプイツの問題?」
聞き捨てならないワードが出てきたので、思わず問い返す。
「まぁ、色々。多分、わたしの知らない所で問題になりそうなことをしているんだと思います」
知らない所か。嘘か本当に知らないかは判らないけど……そこは重要ではないか。
「そこで、提案があるのですが」
「提案?」
「スカウトする兵士10名の中にわたしを入れて欲しい。好きに使って貰っても構わない。従属契約をするための全ての行為を受け入れます。タイガ様がまだ伏せている目的にも協力します。ですから、姉夫婦が問題なく爵位を継げるように、わたしにも協力してほしいのです」
……そう来たか。まぁ、事前に考えていた計画の候補でもあったけれど。
「わかった。兵士のスカウトは俺個人の目的なんだけど、俺達の目的はアルタイル領に巣食う正体不明の敵を炙り出して駆除すること。多分、アルタイル領内のあちこちに密偵が放たれていて、悪さしている可能性もある。その全てを駆除するまで俺の代わりに身体を張って貰うことになるけれど……やれる?」
「やります」
即答。もう覚悟ができているのだろう。
「わかった。そうなると、リベルタスにはビビックルトさんも連れて行かないとならないな。特に次期卿爵夫君殿には留守を預かって貰っている間に実績を積んで貰わないと……」
そんなに都合よくいくわけがないということで事前に却下した計画があった。それが『人質計画』である。要は現在のギルドミストレスの家庭と同じく、町を掌握した後、運営を任せる者の家族を人質としてリベルタスで管理するというもの。
「それはどうしてですか? ……いえ、実績を積むことは大事だということは承知しています。ですが、姉様を連れていくのは?」
「クミクオナ卿爵代行は多分、ビビックルトさんをリベルタスに送りたいと思っている。だけど、実際はカオルーンさんが既に確定している。この状態でビビックルトさんが残った場合、クミクオナ卿爵代行は彼女に対し、どう対応するか考えると少し怖いところがある。そこで、2人とも来てしまえば良いというわけ。……そうなると流石にビビックルトさんの旦那と2人で留守番は旦那が危険だと思うから、2人がかりでクミクオナ騎士爵もリベルタスへ連れていく。そうすれば、旦那も町の運営を思うとおりにできるという算段なわけ」
本来の却下済み計画とは説明を変えたが、これも満更的外れというほどでもない。というか、我ながらうまい事を言ったまである。
「明日の朝までに姉様を説得してみせます」
「お願いします。まぁ、クミクオナ卿爵代行には新しい金儲け方法を学んで貰えば、考え方がだいぶ変わるはずなんだよな。特に今の彼女にリベルタスは魅力的に映るはずだから。……じゃあ、町へ戻ったら従属契約を結んで貰っていい?」
「はい、こちらこそお願いします」
各村を巡って、あと9人をスカウトする予定だったのだが……想定外に希望者が多くなってしまい、リベルタスで面接あるよって伝えたが希望者の減る様子は確認できなかった。
すっかり暗くなってしまったが、テンプイツに戻ってきた俺達は一度解散する。どうせ直ぐに呼び出されることを想定して、先に町に放った密偵と接触する。その結果得られた情報は、想像の範囲内だった。
3年くらい前にマンビッシャー卿爵が亡くなり、夫人のクミクオナ卿爵代行が町を統治しているが、評判はあまり良くない。余所者が増えて治安が悪化していることが原因なのだが、彼女がそれについて何も手を打つ気がないことも住民は気づいているという。
ただ、それだけの話であって、リベルタスを追い詰めた何者かに繋がっている形跡は見つからない。街の様子も卿爵が亡くなった時に変化があっただけで、何か大きな事件が起こったとか、そういった類の話もない。と、送り込んだ密偵は語った。
唯一問題点として話題になっているのは、クミクオナ卿爵代行と長女ビビックルトとの仲が良くないという話。それ故に、次期卿爵予定のビビックルトの旦那が爵位に就けないという問題が住民も困っているという。ちなみに彼の肩書は卿爵令嬢夫君というのだから、何とも微妙である。できれば長すぎて呼びたくない。
まぁ、町の住民的には優秀と噂の彼に早く代替わりして欲しいのだろう。しかし、それは当面難しいようである。
「タイガ=サゼ様でしょうか?」
密偵と別れて町の住人をスカウトした後、宿へと戻ってきた俺は早々に声をかけられた。
「そうですけど……えーっと?」
「わたしはビビックルト=C=マンビッシャーと申します。タイガ様のことは妹のカオルーンから聞かせて頂きました。是非、わたしも協力させてください」
言われてみれば金髪も青い瞳も同じではあるが、それだけだと貴族のメイドでも同じ色。カオルーンさんはまだ鎧を身に付けていたから貴族だと断定できたけど、彼女は普通の服なので判断が難しかった。せめてドレスなら……。それに雰囲気も違う。カオルーンさんは童顔で少女っぽい高い声質。与える印象は可愛いという感じなのだが、ビビックルトさんは胸までのロングヘアーを高い位置でポニーテールにしていて、キリッとした男前な面構え。与える印象は武人のそれなのだが、カオルーンさん曰く武術の才は無いらしい。しかし、可愛らしい服が好きだったり、歌ったり踊ったりが好きで楽器の心得もある……これは俺から言ってはいけない秘密のリークらしい。それくらい、見た目と中身のギャップがあるので注意だと釘を刺されている。……カオルーンさんもそうだけどな……と、聞いた時は内心ツッコミを入れていた。
「ありがとう、助かります」
……わざわざ伝えにきた? いや、そんな訳がないんだよなぁ。
「実は、お母様に呼ぶよう言われて来ました」
……ですよね。
「クミクオナ卿爵代行のご様子は?」
「それはもう慌てております」
そう言って、クスクスと笑っている。
「では、待たせては悪いので向かいましょう」
この時点で勝負はあったのではないかと思っている。今頃、サーヤティカさんが話術で蹂躙しているのではないか。……いや、知らんけど。今回の戦略会議は奥様方かなり気合が入っていたからなぁ。
「ただいま戻りました。さぁ、タイガ様」
屋敷に入り、ビビックルトさんの案内で応接間へと案内される。すると、クミクオナ卿爵代行が凄い勢いで立ち上がって、俺の前まで出てくると綺麗に腰を折る形で頭を下げる。その角度、90度を超えている。年上に頭を下げさせるのは心苦しいが、そこで謝罪を遠慮しようものなら彼女がどうなるかわからない。
「先程は大変失礼しました」
その一言で気持ちは土下座級だというのは伝わる。恐るべきは『勇者』の肩書といったところだろう。……まぁ、悪用すれば強制的な力はないので、多用厳禁ではある。
「気にしていないので大丈夫ですよ。それより話は纏まりましたか?」
「えっと……そのぉ……」
クミクオナ卿爵代行の歯切れが悪い。
「タイガ様。実はですね、テンプイツを代表してクミクオナ卿爵代行の長女、ビビックルトさんを向かわせる予定だったらしいのですが、タイガ様の案内から戻ってきたカオルーンさんがタイガ様の従者になったので彼女がリベルタスへ向かうと宣言されまして」
「わたしもタイガ様から話を聞きました。でしたら、わたしもカオルーンと共に参りましょう」
「えぇ?!」
さらにクミクオナ卿爵代行は動揺する。……みんな、内心笑っているに違いない。しかし、それを微塵も表情に見せないあたり、みんな素晴らしい演技力である。
「2人が来てくれて頼もしい限りです。どうぞ宜しくお願いします」
コトリンティータがそう告げる。……どうやら全面勝利手前といったところのようだ。
「……というわけで、兵の統率権と町の運営の指揮権を一時的にリベルタスへ譲渡することをコトリンから迫られていると思う」
村を巡っている時、こんな話をカオルーンさんにしていた。協力を得るため、騎士爵夫人達と俺、コトリンティータを加えた面々での作戦会議の内容を共有した。
「兵を引き連れての来訪だったので何かあるとは思っていましたが……正直、お母様が承諾するとは考え難いですね」
それはそうだろうなぁ。こちらが要求している内容は『町を寄越せ』と言っているに等しい。おまけに一時的にとは伝えているが、その約束を守るかどうかは彼女にはわからない。とはいえ、反抗できる立場にないことも理解しているだろうし。……少なくとも好意的な協力は得られないだろう。
「実はクミクオナ卿爵代行の人柄については事前に調べてあった。そこで彼女の好みを利用する。要は『言うこと聞けば収益が上がる』ということを直接見て貰って理解して貰う」
俺は事前情報でクミクオナ卿爵代行はかなりの強欲だと聞いていた。今回の作戦はそれを利用するもの。……そう、儲け話であれば彼女は陥落すると見積もっていた。
何より彼女は贅沢で優雅な生活を好んでいる。事実、この世界での貴族は平民からの税金で生活している。厳密には平民から集めた税金の総額からセレブタス侯爵家へ収める金額を引いた額で生活している。町を治める仕事は夫が行っていたこともあり、自分は何もせず、夫の死後も他人任せ。商人を街に呼び、納税額を増やし、贅沢三昧をしている。
さらに言えば、プライドが高い彼女は権力も大好きで、チヤホヤされるのも大好き。自分に運営権、人事権があることで媚びへつらう商人を相手にしていると気持ち良いのだろう。じゃあ、好き放題悪事を働いているのかと言えば、そうではなくて、無自覚で良いように操られているだけだろう……それが情報収集から出た結論である。
「直接見るって、どうやって?」
「クミクオナ卿爵代行には暫くリベルタスに滞在して貰う」
……こんな説明をした後にカオルーンさんが考えた作戦というのが、2人してリベルタスへ行くと宣言するという作戦だったわけだ。……その作戦は彼女を動揺させるのに充分だった。
そして現在。
「いや、流石に2人とも行くというのは……」
まだ動揺中のクミクオナ卿爵代行だが、流石にカオルーンさんのリベルタス行きは阻止したいようだった。
「いいえ、行きます。わたしはタイガ様の従者として認められました。それに、あの剣聖のアーキローズ様から剣術指導して頂けます。そんな栄誉なこと、断るなんてありえません」
用意していた台詞だけにスラスラとカオルーンさんは言葉を並べる。
「わたしはリベルタスで売られている石鹸やヘアケア製品に興味があります。それに湯浴所でしたっけ? とても良いモノだと聞きました」
ビビックルトさんが追い打ちのように言う。実はコレ、本人は本当に楽しみにしているのかもしれないが、要はクミクオナ卿爵代行が興味のありそうなネタの宣伝である。
「えぇ。新しく作ったリベルタスでの別邸にも作って頂きました。肌も毎日良い調子になりますよ。若返った気分です」
サーヤティカさんがトドメを刺す。まぁ、彼女の場合は本当に若返っているわけだが。
「……はぁ。なら、わたしも向かいます。娘婿と2人で留守番なんて、絶対ありえないわ」
俺から見れば思いの外簡単に作戦成功したように見えたが……多分ここまで話をもっていくのは大変苦労したのだろうとコトリンティータの疲れた表情を見て察した。
「お帰りなさい、タイガ様。……皆様を受け入れる仮住居はご用意済みです」
カナリアリートが迎えに来てくれて、その様子に周りが驚く。……まぁ、宙に浮いたでっかい苦無に乗って人が現れたら驚くよな。
俺達がスカウトして連れ帰った人と移住希望者達の大群を見て、衛兵のどよめきが起こる。レベル持ちは漏れなく全員連れ帰ってきたので、スカウトだけでも9名超えているし。
「な……これがリベルタス? 前来た時と全然違うじゃない」
区画整理を行い、住民の活気が溢れるリベルタスを見て、クミクオナ卿爵代行が目を輝かせる。経済政策が素人考えながらも成功したってことだろう。
結局、街に入って一番興奮していたのはクミクオナ卿爵代行であり、子供のようなはしゃぎように娘2人は苦笑いを浮かべていた。




