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02-1   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅰ(4/5)

 昨日、サーヤティカさんの手紙への返事が届いた。俺にとっては残念なことだが、彼女達の目論見通り、クミクオナ卿爵代行からは何時でも歓迎するという内容の返事を頂いた。


 何故、俺が残念に思っているかというと、『勇者』という餌で卿爵を釣ろうという作戦になってしまったからだ。可能な限り正体は伏せておきたかったんだけど、流石に隠した状態では卿爵が釣れるような餌が何もないため、仲間に引き入れるのは難しいという結論に至ってしまった。……そう言われてしまったら、妥協せざるを得なかった。代案ないし。


 そういうわけで今日。4月8日にはクミクオナ卿爵代行が治める町、テンプイツへと大人数で出発した。……これでも少数だと夫人達はいうが、どうやらこれも作戦らしい。


 この作戦を遂行するために、俺は昨日までに面接を全員分終わらせ、密偵を派遣し、従属契約者を増やした。現在はキヨノアを隊長としてマオリス率いるヴァレンシュタイン班とリョーラン率いるフォックスベル班を従属契約者で編成された兵として、今回護衛として同行する。それとは別にアーキローズさんが男性兵で更生された兵団が編成されており、街の守備を受け持っている。


 武器の製造も間に合っており、鉄製ではあるが全員に行き渡っている。他にも街の運営も安定し、商人の育成も始めている。こうした準備を整えての卿爵訪問である。かなりハードなスケジュールではあったが、こっちも時間がないのだから都合が良かった。


 テンプイツはアルタイル領の南西に位置し、町の中を街道が東西へと貫いている。町の西は隣領のアルベルグ領へと街道は続いており、町は宿場町的な役割を果たしている。南は海、北は山と経済的にはアルタイル領で一番恵まれた場所である。ただし、現在それらのメリットを享受できているかどうかは不明である。


 テンプイツまでの道のりは流石に近隣の村を周っている時とは違い何も無い平穏な旅とはいかなかった。大規模な野盗の類が現れたが、誰も脱落することもなく無事に町へ入ることができた。むしろ、実戦経験のないお嬢様方には良い経験だったのではないだろうか。


 町に到着するが、テンプイツの衛兵に足止めをされてしまった。事情を聴かれる程度だと思って応対したが、まさか連絡が来ていないことには呆れてしまった。……何のための事前通達だったのやら。


「何事ですか!」


 そこに現れたのは武装した少女。金属製のアーマーやグリーブ。他の兵士と違う金属で作られているため、武器も含めて高価なことも判る。ヘルムを身に付けておらず、編みこまれた金髪が団子のように頭上で束ねられていた。青い瞳でもあることから、間違いなくマンビッシャー卿爵の血縁だろう。


 しばらく、衛兵と話したあと、彼女はこちらに近づいて来た。


「大変失礼いたしました。わたしはマンビッシャー卿爵の次女でカオルーンと申します。話はお母様から聞いております。町の兵士まで情報行き届かず、不手際をお許しください」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。……うん、もうこの不思議な光景は見慣れた。お辞儀にしては深すぎて違和感しかないが、これも文化の違い。


「頭をお上げください。……お久しぶりですね、カオルーン様。町の中に入ってもよろしくて?」


「どうぞ、お通り下さい。屋敷までエスコートさせて下さい、ロークライ騎士爵夫人」


 そう言って、俺達を先導する。町の入り口からでも目立つ大きな建物があった。とてもわかりやすいその屋敷が多分卿爵宅なのだろうと思っていたら、予想通りだった。ただ、意外だったのは、少し高い場所に建っていたらしく、思ったより距離があったことくらいか。


「ひさしぶりですね、サーヤティカさん。それと、お久しぶりです、コトリンティータ様」


 そう言って、コトリンティータに深めのお辞儀をする。


「お久しぶりです、クミクオナ様」


 コトリンティータが名を呼んだことで、屋敷の前で迎えた女性の正体がわかった。


 クミクオナ=P=クライローム。薄く赤味を帯びた金髪に深い青の瞳。面影はカオルーンに似ているが、童顔で可愛い系とはいえ控えめに言って若作りし過ぎてセンスが痛い。


「申し訳ありませんね。思いの外大勢での来訪が想定外でした。流石に全員を招き入れるのも難しいですので、お連れの方々にはお待ち頂いて、サーヤティカさんとコトリンティータ様。それと……アヤーチカさんも中にどうぞ?」


 目の前にいるのに、俺はスルーされたわけでコトリンティータが何か言おうして、それをサーヤティカさんが制する。そして、俺に笑顔を見せてウインクをしてみせる。……多分、何か考えがあるんだろうな。


「それじゃあ、失礼します……どうぞ、護衛の皆様は宿屋の方で待機をしていて下さいな」


「あ、サーヤティカさん。俺、近隣の村を見て回ろうと思うのだけど、良い?」


「構いませんよ。ここはわたしとコトリンティータ様でしっかり仕事をしておきます」


 俺はサーヤティカさんに対し小さな声で尋ねたのだが、何故か彼女はクミクオナ卿爵代行に聞こえるくらいには大きな声で答える。……でも、それは多分思惑通りになったのだろう。


「では、案内としてビビックルトを付けましょう」


「……それには及ばないわ。わたしが行きます」


 そう言ったのはクミクオナ卿爵代行との会話から無言でいたカオルーンだった。


「貴女は良いのです。村の案内くらい、ビビックルトで……」


「ラプダトールにも乗れない姉様に案内できません。なので、わたしが行きます」


「お待ちなさい!」


 クミクオナ卿爵代行の言葉を聞かず、何処かへ向かうカオルーンさんを目で追って、無言で口を動かすサーヤティカさんが視界に入って、その瞬間に俺はカオルーンさんを追いかける。


 ……確かに、クミクオナ卿爵代行から口が見えない向きで「追って」と口が動いていた。


 カオルーンさんが向かっていたのはラプダトールの厩舎。ラプダトールというのは、この国の一般的な騎乗動物。うん、地球人の定義として動物。そして、アストラガルドの定義では虫である。……というのも、アストラガルドで共通する認識として、生まれてくる際に幼体として生まれてくるのは獣。卵として生まれてくるのが虫という定義なのだ。紛らわしいが、これも慣れるしかない。


 一般的なラプダトールはパンダ柄でダチョウのような容姿をしている二足歩行の羽のない鳥。むしろ皮膚が鱗のようでトカゲに見えなくもない。……パンダ柄だけど。


「……母が大変失礼でごめんなさい」


「いや、大丈夫。むしろ、多分戻った頃には大慌てになっていると思うけれど」


 俺の返しに対して、彼女は苦笑しながらラプダトールに跨ると、俺に手を差し伸べて後ろに乗せる。そのまま町の外へ出る。


「改めて……わたしはカオルーン=C=マンビッシャー。貴方は?」


「俺はタイガ=サゼ」


 前に座る彼女には表情を見られる心配はないかもしれないが、俺はクミクオナ卿爵との関係性が気になっていた。なお、元々町の外にでるつもりだったので野盗に襲われても大丈夫なように、鎧に姿を変えた千寿を身に纏っていた。


「サゼさんはセレブタス様とどういった関係なの?」


「ただの客人だよ」


 そう答えると、彼女は少し真剣な表情をして数秒沈黙。


「サゼ様はご存知ないかもしれないけど、貴族の客人は貴族であることが常識。サゼ様は見たことがないくらい黒瞳黒髪。どう見ても貴族には見えない。まぁ、付き人か奴隷であれば、一緒に行動することはありえなくもない。……でも、そうなるとセレブタス様はおろか他の貴族出身の方々の対応に違和感しかない。もう一度尋ねるけれど、セレブタス様とどういった関係なの?」


 ……この人も言葉を真に受けない人か。ちゃんと観察して自分で判断している。さて、どうしたものか……。本来であれば、なるべく自分の正体を明かさない方向で済ませたいものだが、彼女の名前の横には、しっかりとレベル表示がされている。従属契約を結ぶ時のことを考えた場合は正直に話した方が良いかもしれない。しかし、クミクオナさんにも表示があるんだよな。当然ながら全員をいっぺんに契約なんてできないし……まぁ、いいか。


「客人だよ。ただし、異世界からのね」


 結論。下手に隠し事をすると今後敵対してしまうかもしれない。だから最小限で打ち明ける。


「え? ……異世界って……」


 そりゃ驚くよな。いくら異世界から人が召喚されるような世界だとしても1921年間で21人しか召喚されていないのだから。世界の危機がそんなに頻繁にあっても困ったものだし、異世界人頼りの世界というのも大問題だ。そして、大概は現在が世界的危機だと自覚している人もいない。居たとしても見当違いな理由からというパターンが多い。


「まぁ、想像している通りだと思うよ。だけどね、内緒にしていて欲しいんだ。俺のいた世界はこの世界より身体能力が低い世界なんだ。単純な武力において俺は弱すぎるからさ」


「あの……今、異世界から来たっていう証拠とかあったりします?」


「うーん。無くはないけど。でも、既にカオルーンさんは見ているよ? ほら、俺が乗っていたメローリン。あれ、霊獣だよ」


 数秒間の沈黙。


「ええええええええっ?!」


 そう叫ぶと、慌てて乗っていた騎乗用益虫ラプダトールから降りて、再び『頭下げ過ぎお辞儀』を見た。これ、身体が硬い人は謝罪もできないのではないのだろうか?


 ちなみにだが、跪いて頭を下げるという風習はある。しかし、それは公式の場での儀礼的な作法となっており、謝罪の意味でも高位の者への服従の意味でもないらしい。何で、そんな礼儀作法が生まれたのかと尋ねると、異世界の文化を取り入れられたらしいと聞いた。……どうせ伝わるなら正しく伝えればいいのに。


「た、大変失礼しました。これまでの無礼をどうか許してくださ……」


「いやいや、そういうのいいから。できれば正体隠していたいから、普通にしていて」


 俺も降りてから彼女の頭を強引に上げさせる。


「でも、そしたら、どのように謝罪すれば良いか……」


 流石は勇者という肩書といったところか。卿爵の娘である彼女にしてみたら、遥かに高い権力を持つ存在なわけで。貴族云々以前の話となる。


「うーん。じゃあ……俺に協力してくれない?」


 どちらにせよ、異世界人であることを白状した時点で、彼女を仲間に引き入れるしかないと考えていた。正直フェアじゃないし、こういう要請の仕方は良くないとわかっているが、手段を選べる状況でもない。


「協力ですか?」


 彼女は再びラプダトールに跨って、村へと向かわせる。そんな彼女の背中へ向けて今回の本当の目的を語り始める。


「実は今、村に向かっている理由もただの視察じゃないんだ。俺の従者となれる素質のある兵を10名スカウトしてリベルタスに連れて帰ることが本来の目的だったりする」


「素質とは、武術の心得的な話ですか?」


「いや、ただ強い人は村の守護にも必要なことはわかってる。説明が難しいけれど、俺の力が伝達しやすい……かな。そういう人材を探している」


 簡単にいうと、レベル表示のある人なのだが……本当はこう説明できれば一番簡単。でも、地球でのオカルト同様、『見えないモノは信じられない』という現実は多分、この世界でも変わらない。


「うーん。あの、わたしには素質ありますか?」


「ありますよ。ですが、先程話した通りリベルタスへ連れていくことになるので。それに、ただでさえ手順に抵抗があると思うので……」


「構わないです。タイガ様が良ければ是非、わたしをタイガ様の従者に加えて下さい」


「ありがたい申し出だけれど、従属契約にはですね……」


 全員にしている注意事項を説明したのだが、彼女はそれでも引き下がることは無かった。

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