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02-1   セレブタス侯爵夫人を救出せよ(前編)Ⅰ(2/5)

 ギルド運営は、全ての業種をカバーできているわけではないが、それなりに順調だと思われる。相談に乗りつつ、俺は次の作戦に関する相談も同時進行していた。


 最初に訪れていたのは農耕師ギルド。この頃はまだ騎士爵の別邸が完成する前だった。


「いらっしゃいませ、タイガ様」


 訪ねるとギルドは閉まっているものの、フォックスベル騎士爵夫人だったユリアナさんが仕事を続行していた。夫が亡くなった今、騎士爵の地位を息子に譲るまでの間、彼女は騎士爵代行を務めている。


 日中は常に面接を行っているので、訪れるのは夕食後。当然了承を得てから訪問していた。


「ギルド運営の方はどうですか?」


「おかげさまで毎日忙しく過ごさせて頂いております」


 農耕師ギルドは現在、リベルタスの大型八百屋と化していた。紋章術を駆使した巨大貯蔵庫で、いつでも新鮮なまま野菜を貯蔵し、提供することができる。在庫管理をして値段を決めるという仕事をして貰っている。


 ギルド運営に関して相談を聞きつつ、一段落ついたところで本題を切り出す。


「実はそろそろ卿爵や伯爵の行動を抑えるため、密偵の派遣を考えています」


 そう伝えると、彼女は手を止めて少し沈黙した。


「……タイガ様。プティライド王国では貴族の屋敷へ直接赴くことは不作法だということはご存じでしょうか?」


「いや。そうなんですか?」


「やはり、御存じではありませんでしたか。……コトリンティータ様は現在侯爵代行という立場。今、リベルタスでギルド運営をされている騎士爵の方々は侯爵直属の管轄の家ということで、良くはありませんが事情を知っているので仕方ないことと思っております。ですが、他は違います。ちゃんと使いの者を出して、事前通達をする必要があります」


「……なるほど」


 電話でアポイントを取る。……まぁ、考えてみれば当たり前の話。しかし、この世界には電話もなければ物語に出てくるような遠隔で話ができるツールも無かったので失念していた。


「そうですね。もし、卿爵家や伯爵家へ訪問の際はコトリンティータ様の他に面識のある我々の内の誰かを同行させた方が交渉時に役立つことができるかもしれません」


 ……あっ。もしかして、騎士爵夫人にレベルがあったのって、このタイミングで必要だったのか?


「わかりました。ちなみにユリアナさんが詳しく知っている方は?」


「そうですね。わたしは以前からミッドフランネル伯爵とは懇意にさせて頂いております。伯爵にお会いする際はわたしが同行しましょう」


 貴重な助言と助力の約束を取り付けて、これは他の騎士爵夫人にも聞いて回るべきと判断したんだよなぁ。


 別の日。鍛冶師ギルドへ顔を出す。鍛冶師ギルドはクロムゲート騎士爵が受け持ったが、今は騎士爵夫人のリエララさんが運営している。もう鍛冶師は帰ってしまったかと思ったが、リエララさんの娘、ナオリッサさんがマキアティとユイクオールさんで俺が来るのを待っていた。


「いらっしゃい。待っていたよ」


 ギルド関係者のナオリッサさんを差し置いて、マキアティが俺に声を掛ける。


「お、ついに?」


「うん。完成したから」


 実はユイクオールさんが来て、俺達がリバティアの里へ向かう前に注文した武器があった。


「まず、これがリョーランさんとマオリスさんのソニアブレードね」


「おお。コトリンやキヨノアとはデザインが違うんだね。本人達に直接渡してあげて」


 リョーランの武器は刀身が細く、軽量化されている。一方、マオリスの武器は刀身が短く、ショートソードサイズ。


「それで、こっちがご注文のクナイだっけ? これで良い?」


 そう言ってユイクオールさんが持ってきたのが、まさに苦無である。1つは特大でサーフボードくらいのサイズがある。


「おお、完璧。ありがとうね」


「初めて作ったから、正解が判らなくて苦労したよ。まぁ、礼は判っているよね?」


「承知してますよ」


 そう、彼女もまた従属契約希望なんだよね。


「やった~♪」


 そう言うとユイクオールさんは俺に抱き着いてくる。それをマキアティさんが引き剥がす。


「タイガさん、モテモテだねぇ」


「可愛い人に好かれるのは嬉しいかな」


 そう、彼女もまだ契約していないのに、好意を示してくれる。ありがたい存在……多分、ヒュームじゃなくてドワーフだからだと思われる。


「ところで、ナオリッサさん。リエララさんって、領内の卿爵か伯爵で親しくしている方はいらっしゃいますか?」


「どういった目的でしょうか?」


「実は……」


 リベルタスを攻撃してきた人物を特定するため、まずはアルタイル領内の貴族を調査することを説明したのだが。


「……うーん。伯爵家の情報を探るのは良いのですが、まずお会いするなら卿爵家と接触し、卿爵家の方から伯爵家を紹介して頂いた方が良いと思いますよ」


「そういうモノですか?」


「はい」


 うーん。多分、この世界の貴族社会の礼儀作法なのかもしれない。が、元々敬語すらも苦手だというのに、堅苦しいのは面倒すぎる……。


「なるほど……卿爵家と親しい方ってご存じですか?」


 ……とりあえず、ひとまず置いておこう。多分何とかなる……多分……きっと……。


 それはともかく、アルタイル領には、4つの町が存在し、それぞれ卿爵が治めている。アルミザンを治めるリリィフィールド卿爵、テンプイツを治めるクライローム卿爵、オカブを治めるマグルーシュ卿爵、タラセドを治めるエルネウスト卿爵のそれぞれ4名だ。


「リリィフィールド卿爵とは家族単位で良くして頂いております。他は……そうですね。ロークライ家がマンビッシャー卿爵家と付き合いが深かったかと。あと、ヴァナード家はマグルーシュ卿爵と、フランベル家がエルネウスト卿爵とお付き合いがあったかと思います」


「わかった。じゃあ、準備が整ったら使いに手紙を持たせて送り出そう」


「わかりました。お母様にもそう伝えておきますね……それと蛇足かもしれませんが……」


「ん?」


「新しい武器、タイガ様から渡された方が喜ばれると思いますよ」


「そっか。じゃあ……」


 ……内心、重そうだなと思いつつ……サーフボードサイズの苦無以外を持って、屋敷へ戻る。もちろん、後日にはそれぞれ武器を渡したのだが、やっぱり俺からじゃなくても良かったのではないかと思っている。……まぁ、普通に喜んではくれたけれども。


 別の日。教えて貰ったロークライ騎士爵夫人に会うべく革工師ギルドへ。日中はここも賑やかなギルドの1つだと思うが、今はもういない。猟師の朝は早いだろうし、既に寝ているに決まっている。……俺には絶対できない職業の1つだろう。


「あら、タイガ様。巡回お疲れ様です」


「こんばんは、サーヤティカさん。ちょっと相談があって来ましたが、その前にギルド運営の方は如何ですか? 困っている事ありませんか?」


「色々困ることは多いですが、相談に乗ってくれる人も多くて、何とかなっています」


 革工師ギルドには、猟師、革工師、革製品の購入希望者が主に出入りする。不慣れなことも多く、従業員を雇って対応しているようだが、大変なことには違いない。


「それは良かった。あまり本格的な内容だと俺じゃ役不足だし、助言してくれる方がいて良かったです。それでは、本題の相談をしたいところなのですが……」


「はい、何でしょう?」


「マンビッシャー卿爵と交流があると聞いています。近々、協力を約束させて裏切り者を炙り出そうと思っています。そこで、連絡を取ってもらい、できれば俺とコトリンティータが向かう際に同行してほしい」


「もちろんです、タイガ様」


 この時には既に従属契約をしていたのもあって、サーヤティカさんは協力に応じてくれた。


「助かります。貴族のマナーとか、どうも苦手で」


「面倒ですものね。わかります」


 そう言ってクスクスと笑う。


「では、手紙は早めに用意しておきます。すぐに使いを出しますか?」


「いや、ついでにテンプイツについて調べる密偵も用意したいから、少しだけ待って」


 ……気づいてしまった。確かに従属契約の有無で対応が若干違う。裏切りを許さない効果はあるけれど、指示を強制させる効果はない。それでも、従順に従ってくれるのは元来の彼女の性格によるものなのか、それとも彼女に思うところがあるのか。


「それじゃ、準備ができたら声をかける。……おやすみ」


 そう言って、俺は革工師ギルドを出た。


 また別の日にはフランベル騎士爵夫人に会いに冒険者ギルドへ。


「こんばんは」


「いらっしゃい、タイガ様」


 一応、ギルドは開いている。だが、コアタイムでもないので客は1人もいない。


「こんな時間でもギルド営業中?」


 ちなみに他のギルドは準備中であり、そこに俺はお邪魔していた。


「そうですね。冒険者ギルドという仕事柄、依頼がいつ来るか判りませんから」


 騎士爵夫人のユッキーナさんは騎士爵同様に元冒険者。冒険者ギルドのことも詳しく知っているとのことで、運営を立候補した経緯がある。フランベル騎士爵もギルド運営は楽しんでいたように見えたが……。今ではユッキーナさんがギルドミストレスである。


「もう少ししたら街のリニューアルが知られて、常駐が増えて賑やかになると思うよ」


「それで、どういったご用件でしょうか?」


「実は相談があってね。エルネウスト卿爵とフランベル騎士爵は付き合いがあると聞いたんだけど、間違いない?」


「はい、よく存じていますが……あぁ、なるほど」


 彼女は俺の質問から意図に気づいたようだ。


「タラセドへ行くのですね?」


「うん。仲間に引き入れるため。それと裏切り者の炙り出しにね」


「では、その時は同行しましょう。夫人のアイナミス様は豪気な方。タイガ様では失礼ながら圧倒されると思われますので」


「……そうなんだ。気を引き締めておかないとな。使いを出すのは少し後になるけれど、手紙だけでも用意しておいてくれると助かるよ」


「畏まりました。何時でも使いを出せるよう準備しておきますね」


「よろしく。……それにしても冒険者ギルドって、何処もこんな感じなの?」


 周りを見ながら興味本位で聞いてみる。よくファンタジー系のアニメやTRPGでは定番の冒険者ギルド。実際はどう違うのか興味があった。


「え? ……あ~、そうですね。冒険者ギルドは伯爵以上が治める街にしか存在しません。どうしても人口の多いところに需要が集中してしまうので。冒険者のシステムはご存じですか?」


「ううん。実際はどんな感じなの?」


「依頼主が仕事を持ってきます。それを難易度指定して、冒険者には掲示板にて通達します。難易度は国で基準が定められていて、それに従っています。つまり、国内であれば難易度表記と仕事内容が一致しているということです」


 ……うん、よくある設定だねぇ。俺の知るのは漏れなくフィクションだが。


 今の説明、つまるところ冒険者はランク制ということである。依頼のチラシを見る限りランクは全て鉱石名で、アイアン、カッパー、シャドウ、シルバー、ゴールドの基本5階級だ。


「それで冒険者も5つの階級に格付けされていると」


「いえ、実はその上がいますよ。まぁ、王都以外で見るのはレアだと思いますが」


「そうなの?」


 本来、俺がギルド運営のアドバイスをする立場ではあるのだが、知識が浅すぎるため、どちらかというと逆に色々教えて貰う立場になっている……いや、ありがたいよなぁ。


 別の日。向かったのは盗賊ギルド。ただし、表向きではそういう名称ではない。それにこの世界では盗賊ギルドというギルドや文化も存在しない。なので、このギルドに関して少なくとも国内では間違いなくリベルタス発祥で間違いないらしい。


「いらっしゃいませ」


「こんばんは」


 盗賊ギルドは夜間でも賑やか。店員はもちろん、お客様も大勢いて賑わっている。……それもそのはず。何せ、表向きの名称は賭博場。しかも日中は運営されておらず、夜間営業なのだから、今がコアタイムと言って過言ではない。


「ギルミスは?」


「奥でタイガ様をお待ちしております」


 それだけ確認して、奥へと向かう。


 ギャンブル文化はこの世界にもある。しかも起源は昔の勇者が広めたものらしい。ただ、紙は貴重らしく、トランプが存在しない。そこで行われている平民向けギャンブルというのが、ジェンガとリバーシ、ダイスポーカーにチンチロリンの4種目。麻雀もあって良いかと思ったが、それも木製の牌では傷がつくと不正が可能になるのが流行しなかった原因だろう。


「こんばんは」


「お待ちしていました、タイガ様」


 奥の部屋を訪ねると、盗賊ギルドのギルドミストレスであるチアリートさんが露出の多い服装で俺を待っていた。ついこの前まで貞淑な奥様だったのに、旦那が不在になり、従属契約を結んだ後からは、出会う度にスキンシップが激しい。……が、今は触れて来ないだけ話がしやすいというもの。この人、実年齢より見た目が若くてスタイルも良い。てっきりキスしたことで気持ちまで若返ったのかと思いきや、ちゃんと娘との結婚を進めてくるあたり、どこまで本気で何が芝居なのか正直わからない。


「実は相談がありまして。ヴァナード家はマグルーシュ卿爵と懇意にしていると聞きました」


「……懇意……かぁ。懇意というか、一方的に付き纏われている感じだけどね」


 チアリートさんの表情が嫌悪で歪む。よほど嫌なことがあったのかもしれない。


「実はお会いして、仲間に引き入れつつ、裏切り者を炙り出そうと思いまして」


「それは楽しそうね。いいわ、協力させて頂きます……ただ、マグルーシュ卿爵夫人はなかなかのやり手だけど、大丈夫?」


「え? どういう……??」


 心底嫌そうだったチアリートさんに笑顔が戻る。それと同時に不安が過る。


「マグルーシュ卿爵は女好き過ぎて、男を相手にしないのよ。そんな彼が唯一恐れるのが卿爵夫人のリックアーネ様。逆に言うと、わたしが卿爵を引き留めている間にタイガ様が卿爵夫人を口説き落とさないと、思うようには進まないわ。今の内、作戦を練るのをお勧めしとくけれど、必要ならわたしがレクチャーしてあげても良いわよ?」


「ありがとうございます。自分で考えて行き詰まったら、是非お願いします」


 そう答えると、彼女はクスリと楽しそうに笑う。


「本当にタイガ様は反応が可愛いわね。どちらでも良いから、娘に孫を産ませてみない?」


「あ~……機会があったら……」


 今はまだ無理。重婚が認められている世界とはいえ、カナリアリートから結婚の法について聞いてしまったら……迂闊に結婚なんてできるわけがないんだよ。


 他のギルドにも毎晩顔を出していったが、結局見合い話のように娘との結婚を勧められつつ、卿爵に会う際のサポートをお願いしながら、騎士爵夫人全員との従属契約を終わらせた。

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