01-5 リベルタスを復興せよⅤ(5/5)
「お待たせしました」
ニーナレイアさんが俺達の元に現れたのは、予定より遅く日没間近だった。
「お疲れ様です」
彼女はずっと会議においてエルフ達を説得してくれていた。ヒュームとの交流と土地の管理について、長い時間をかけて説得し続けてくれていた。いくら霊獣を無力化した功績という説得材料があったとしても、全員を納得させるのには骨が折れただろう。
「リベルタス側の提案は受け入れる方向で問題なく、それは直ぐに決まったのですが。ただ、どのように進めるのかという話で随分と苦労しました」
「どういうことでしょう?」
何か問題が発生したのだろうか、流石にコトリンティータの言葉に焦りの色が見える。
「いえ、こちらの問題なので心配無用です。木の伐採に関しましては伐採した分の苗木を植えて頂くということで問題ありません。もちろん、伐採量に関しましては管理させて頂きます。問題が発生したのは交易の話でして」
そう言うと彼女は深々と溜息を吐き、「本当に情けない」と一言呟いた。
交易においての目玉商品は『ラクサピオン』と呼ばれる果実である。それはマジョロカーダ大陸を支配するプティライド王国では、アルタイル領だけが唯一生産できる超高級果物。大きさはスイカサイズなのに樹上になる実で、断面は巨大なトマトのようだが、皮はスイカのように厚く、果肉は梨に近くシャキシャキとして甘い。そして中心近くにサクランボ味に近いゼリーが入っていて、その中に本来は種の元があるのだが、種として成長する前に食べてしまう。逆に言うと種ができてしまうと、味が落ちて美味しくないらしい。余談だが、アストラガルドには食べるに値する美味しいサクランボも梨も存在しないらしい。……そう、俺がアストラガルドに来てから食べ続けた、唯一の食べ物のことである。……それが問題なのだろうか?
「交易をするにもお互いの言語がわからないのは不便すぎる。お互いの言語を普及させることが急務という結論がでまして。若い人の言語習得のためにリベルタスへ人材を派遣しようという話になったのです。問題は希望者に偏りがありまして……しかも思惑が透けて見えて……その選抜に時間が掛かったのです。タイガ様、申し訳ございませんが、最終選抜の中から10名ほど選んで欲しいのです」
「9人ですよ、タイガ様」
ニーナレイアさんの話に割って入ったのがチナーシャさん。……ん?
「1人はわたしが予約です。なので、残り9人です」
「……まぁ、こんな次第でして。既に近くに最終選考のために控えております。申し訳ないですが選んで頂けませんか?」
ニーナレイアさんもチナーシャさんを抑えることは諦めたようだった。
「わかりました」
「行きましょう!」
俺が立ちあがると実はヒューム語がわかっていたチナーシャさんが俺の腕に自身の腕を絡ませて引っ張っていく。……あー、またコトリンティータが不機嫌になる……。そんな心配をしていたが、一瞬でそんな次元ではないと気づかされる。
「この人達で全員ですか?」
「そうです」
後ろから一緒にきてくれたニーナレイアさんが疲れた声で肯定する。それもそのはずで、最終選考者は全員女性。代表者の選考基準はヒュームに対し好意的な者。そしてヒュームの言語と文化、礼儀作法を真剣に学びたい者。森の外でも戦う覚悟のある戦士。……という基準で立候補者から絞られ、その中から俺の目で選んでほしいとニーナレイアさんに頼まれ、結果的にレベル持ちのエルフ女性9人が選ばれ、チナーシャさんが選考対象とは別枠で強引に10人目に入った。まぁ、今回はずっと滞在というわけではなく、滞在するための下見という名目である。余談だが、代表の最終候補に男性は残っていなかった。戦闘力では上回る男性でも女性達からの圧に耐えられなかったのだと思われる。
1泊はするかもしれないと想定していた俺達だったが、クラップンの大群による襲撃により怪我人多数となり、結果としてエルフ達の会議に支障がでて、もう1泊する流れになったのは仕方ないとも言える。
リバティアで拘束されていた罪人のヒュームは全てエルフ達の協力により護送され、即分別して牢屋敷へと収容された。その協力してくれたエルフ達というのが、その代表者というわけで。その代表者選抜の激しさも1泊多くなった要因でもあった。
それらを説明するために、早速セレブタス邸の会議室で報告を兼ねて騎士爵達を招集した。
「……以上が、リバティアの里での顛末の報告です」
コトリンティータがチナーシャさんを紹介し、ヒュームの言語がまだ少ししかわからないことも伝えた。もちろん、俺が通訳することも。
「正直、驚くばかりだ。土地の拡張に関して了承を貰えるとは思えなかった」
最高齢のクロムゲート騎士爵が驚きの声をあげる。それだけ、エルフとの交渉は難しいという認識なのだろう。それも全てニーナレイアさんのエルフ達への働きかけのおかげである。
「それで、こちらでの問題はありましたか?」
今度はコトリンティータが各騎士爵達に話を聞く。主な問題はやはり転入希望者の取り締まりの件だった。特に元々リベルタスに住んでいた人達からの苦情が多く、取り締まっている兵が他所の村出身ということもあり、トラブルが発生しているとか。……まぁ、トラブルを起こしている連中は間違いなく暴動を誘発させるための密偵だろうけどな。
とりあえず、その件は明日から審査を再開するということで、この話題を終わらす。
「次なのですが……」
クロムゲート騎士爵の雰囲気がおかしい。明らかに緊張しているように見えた。
「これは我々の総意だと思って構わない。やはり治めていた村を放置状態にするのは、自主的に残った村人のことも含め心配だ。我々は各村に戻らせて頂きたい」
クロムゲート騎士爵が立ち上がって頭を下げると、他の騎士爵も頭を下げる。
「それは、一度引き受けたギルド運営が難しいので逃げたいという意味ですか?」
俺は彼等に対し、ある疑いをもっていたので、わざと煽ってみる。
「そ、そんなことは……」
「タイガさん、何か問題が?」
コトリンティータも俺の対応に違和を感じたようだ。……彼女もだいぶ鋭くなったな。
「大きな問題が1つ。ギルドの運営を放棄されるのは困る。本気で考えているのであれば、ギルド運営権を奥様かご家族に譲渡し、騎士爵様方はご家族を置いて行ってください。むろん、奥様以外の誰かを連れていかれても構いません。俺の言っている意味、わかりますよね?」
……ここで本音を言う気はないが、要は密偵が接触しに来て買収される可能性のあることが問題なのだ。だから、伴侶を置いていけ……つまり、人質を置いていけと言っているのである。
「承知しました」
最初に了承したのは一番若いエアテラリス騎士爵だった。それに皆が続く。今は【審判眼】を使っていないが、返事を渋ったら裏切りの可能性を考慮されることは承知しているだろう。
「……では了承します」
「奥様にはギルドについて説明しますので、順番にお呼びする旨、お伝え下さい」
ここまで作戦通りである。正直、この作戦は発動せずに終わった方が都合は良かった。
騎士爵達の失敗は、俺とのコネを作るために妻や娘を利用したことに端を発する。騎士爵の狙いは1つ。自分の娘と俺を結婚させ、名声を得ること。ただ、娘では押しが弱いと判断した彼等が自分の妻にサポートをするよう仕向けた。これが、俺を勇者と知った日からの彼等の企みだ。ところが誤算があった。それは、奥様達が俺と従属契約を望んだこと。理由は俺に仕えたいから……では、当然ない。この世界に来てからヒュームが自主的に好意から従属を希望したことはない。彼女達の望みは若さと美貌である。
従属契約は従属したものが一番身体能力の高い年齢まで若返る効果がある。俺もそれを知ったのは、アーキローズさんの変化によるもので、その若返り具合を奥様達は注視していたという。自分もその恩恵を授かりたい……その一心で全員が従属契約を希望している。ところがここで村に連れていかれたら、俺と従属契約ができなくなる……彼女達はそれを危惧して俺に密告したというわけである。……おかげで対策準備はかなり前からできていた。
これで奥様とお嬢様をリベルタスに残し帰ることになる。騎士爵令嬢の方々は既にスカウトしており、今は自らアーキローズの元で武術の修行をしている。その環境を捨ててまで父親についていくことはないだろう。
あとは細々とした街の整備の進捗やギルドに関する質問などを受け付け、会議は終了した。
会議が終わった後も慌ただしい。護送してくれたエルフ達に街を案内する。欲しい分の土地を説明し、植林してほしい希望の土地を聞いたりして過ごす。ちなみに今はセレブタス家の使用人が使っていた大部屋で生活して貰っている。もちろん、チナーシャさんは客室を利用して貰っているが。夕飯もヒュームの食事を美味しそうに食べてくれて、キクルミナさんも一安心していた。
騎士爵離脱の件もあり、面接の再開は遅れている。特にてこずっているのはマウッチュの扱いだ。リベルタスでも当然ながら霊獣の存在は畏怖でしかなく、それを手懐けた俺も勇者の称号がなくとも街の住人から一目置かれるようになる。
騎士爵達は会議のあった翌日の昼過ぎには一斉に出て行った。案の定、女性陣だけが街に残り、騎士爵本人はもちろんのこと、息子も同行して帰っていた。……多分、奥様達に命じられた騎士爵の見張りとして。
夕飯後には書斎で俺とコトリンティータ、アーキローズさんとキクルミナさんの4人が集まっていた。どのタイミングで話そうか悩んだが、面接を再開する前に話しておく必要があると考えた。他の人には申し訳ないが、公に話す前なので、席を外して貰っている。
「これから話すのはセレブタス侯爵と夫人について。それを話すことで見えてくるリベルタスを襲ってきた敵について」
「お父様とお母様についてって……?」
「コトリンも既に理解していると思うけれど、リベルタスを廃墟寸前までに追い込んだ敵にも動機がある」
「動機って何ですか?」
俺がアストラガルドに来てから、ずっとこれが疑問だった。だが、騎士爵夫人達から話を聞いて、ある程度話が組みあがった。もちろん、アーキローズさんもキクルミナさんも事情の一部を知っていて、その情報も俺と共有している。
「コトリンの母親であるマユマリンさんの前に侯爵には妻と子供がいたんだ」
「え?!」
この情報はキクルミナさんも含め古くからセレブタス家のことを知る人物であれば全員知っていた話だった。そして、そういった話は別に珍しい話でもなかったということも。
「死別したというわけでもなく、みんな健在。でも、コトリンも知っている通り、侯爵夫人はマユマリンさんのみ。侯爵は前妻と別れてマユマリンさんと再婚したんだ。これだけでも恨まれそうだが、一番の問題は先代の領主は前妻の父だったこと。その前妻は街を治めることに関心がなく、元々先代の領主の補佐をしていた侯爵に任せていたらしい。その結果、離婚になった際に前妻が出て行くことになったというわけだ」
最初にこの話を聞いた時は理解に苦しんだ。でも、理屈を聞けば納得せざるを得ない。土地は国王の物。故に個人の所有権がない。爵位を持つものが土地を貸し与えられ、領主となる。ならば、王族の血縁であるマユマリンさんと再婚することで侯爵になることが確定していて、領土を治める能力があるのなら、出ていくのは前妻ということになる。何故なら、爵位を持っていたのは前妻の父なのだから。離婚は前領主が亡くなった後ということで計画的と言える。
「じゃあ……」
「敵の目的……最初は、リベルタス……もしくはアルタイル領の掌握を狙っているのかと思ったけれど、セレブタス家への復讐の可能性の方が濃厚なんだよ」
少なくとも2月くらいまでは資源目的と思っていた。ただ、だとするならば街を占拠しにこないのはおかしい。コトリンティータが目的であれば、母親より彼女を拉致するはず。ただ、侯爵の殺害までが主犯の目的であれば、話は別。目的は既に達成しているので、もう何もする必要はない。この現状は主犯に手を貸して利用された人材による利益搾取なのだろう。
「……そんな、お父様が……」
「悪い。死者を悪く言うのは、俺の国でも禁句だし、礼儀のない行動ではあるけど……」
何も知らないコトリンティータには酷な話だったが、先に進むにはコトリンティータにも正しい知識を知ってもらう必要があると判断した。
調べてみれば、結果は……コトリンティータの父親である侯爵が強欲すぎて恨みを買っていたというだけの話。……なのか? 正直、それだけとは思えない。動機は調べた通りだとしても、漁夫の利を狙った何かがいても変ではない。現に今も密偵が送り込まれているわけで。
コトリンティータに気持ちを整理してもらうために解散した後、1人中庭で一息ついていると「ピコン♪」と聞き覚えのある音と共に【DM】アイコンが点灯する。開くと『ミッション《リベルタスを復興せよ》クリア』というタイトルのメッセージを着信していた。
[クリアおめでとうございます。そろそろ色々わかってきましたか? 次は少し難易度があがります。頑張ってくださいね]
……こっちからも質問したいんだが……マジで。それと同時に新しいミッションが表示されていて、結局クリア条件が何だったのか判らず、モヤっとした気分を抱える事となった。




